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八話 ごぶりん、とうばつ

 冒険者として生活をしていると、知りたく無くても魔物の情報を耳にする。

 ギルド内では新人冒険者相手に講釈を垂れているやつもいれば、パーティメンバーが集まって討伐の打ち合わせをしているやつもいる。聞き耳を立てているわけではないが、冒険者はなぜか声がでかいので自然と聞こえてくるのだ。


 ゴブリンという魔物は、多少の知恵はある。群れると会話のような事をしていたり、襲った相手が自分より強いと判断すれば逃げもする。とりあえず襲いかかるあたりが魔物の凶暴さとゴブリンの知能の低さを表している気はするが。


 死体を漁り、見よう見まねで武器を使ったりもするらしい。

 そういえば初めて見た三匹のゴブリンも、手に武器のようなものを持っていた。


 そして今、目の前にいるゴブリンは、恐らく冒険者の死体から奪い取ったであろう片手剣を手にしている。

 ゴブリンが手入れなどするはずもないので、刃こぼれと錆でボロボロの状態だ。


 そのボロボロの片手剣をだらりと下げ、地面に引きずりながら辺りを見渡している。

 嗤っている。

 獲物が沢山いて嬉しいのだろう。どの獲物が美味いか、品定めしているようだ。

 俺の事など眼中にない。


 ちょうど良い、先制攻撃ってやつだ。

 手に持っていた弓に矢を番え、引き絞る。

 もう既に慣れた動作だ。身体がスムーズに動く。


 限界まで引き絞った矢を放つ。

 当たらなくても良い。

 少しでも怯んでくれれば御の字だ。


 ――運がいい。


 一射目がゴブリンへ到達すると矢はゴブリンの右目へ突き刺さった。

 目に矢を生やしたゴブリンは一瞬怯んだが、まったく倒れる気配もない。

 俺は即座に走り出し、二射、三射と放ちながらゴブリンへ向かって行く。


 ふざけやがって。

 目に矢が刺さっているんだぞ。

 人間ならのたうち回るどころか、脳に到達して即死してもおかしくないはずだ。


 こちらを見たゴブリンは二射目、三射目の矢が飛んできていることに気づき、大げさに避けた。

 どうせ走りながら放った矢なんて当たりはしないのに、流石に目に刺さった痛みに体が反応したようだ。


 俺は弓を投げ捨て、腰に下げた短剣を抜く。

 俺は嗤っていた。

 恐怖で脳内麻薬がどばどば出ている。


 目から生えた矢を抜こうとして隙だらけのゴブリンへ到達する。

 短剣を振りかぶる。

 狙うは首だ。

 頭さえ落とせば、魔物だろうと死に至る。


 狙い通り短剣は首へと吸い込まれるように当たった。


 ――くそっ!


 短剣は緑色の皮膚を少し裂いただけだった。

 分厚いタイヤを斬りつけたような感触に弾き返された。


 足りない。


 俺にはこいつの首を切り飛ばす程の力がない。


 なら、もう片方の目を潰してやる。

 今度は短剣を引き、切っ先を残った左目に向ける。


 しかし、首を切りつけられてやっと敵が近づいてきた事に気づいたゴブリンは、ありえない速度で剣を振り回した。

 とっさに左腕で胴をかばう。


 とんでもない衝撃だった。

 経験は無いが、今のは車に轢かれた衝撃だと説明されれば俺は信じるだろう。

 数メートル程吹っ飛び、家の壁に衝突してやっと止まる。


 脇腹にずきずきとした痛みはあったが、左腕に痛みは感じなかった。

 痛みどころか感覚が無かった。

 ちらりと腕を見てみると、赤黒い何かの隙間から白いものが見えた気がした。

 全く切れないほど剣がボロボロになっていたおかげかは分からないが、俺の腕は切り飛ばされずにまだくっついているようだ。

 剣が新品なら、腕どころか胴体ごと真っ二つだったかも知れない。


 だが、もう使い物にならないな。

 グチャグチャに曲がって骨が飛び出している腕を見ても、そんな感想しか湧いてこなかった。


 痛みを感じないなら好都合だ。

 むしろ脇腹の痛みの方が動きを阻害してしまいそうだ。


 ゴブリンがこちらへ近づいてくる。

 後ろに子どもたちを抱きかかえ離れていく村人が見えた。

 

 まだ足りない。

 まだ時間を稼がないと、ゴブリンに追いつかれる距離だ。

 運良く右手には短剣は握りしめたままだ。

 まだいける。


 ゴブリンは耳障りな叫び声をあげ、飛びかかってくる。

 不恰好な動きだ。なのにとんでもなく速い。

 横っとびに跳ねて転がる。

 ぶらぶらと揺れる左腕が邪魔だ。


 俺は立ち上がり、短剣をゴブリンに向ける。

 まだ動く俺が不快なのか、乱杭歯の隙間からよだれを垂らして唸っている。

 もうちょっとだけ付き合ってくれよ。

 俺はまだ戦えるぞ。


 まっすぐにゴブリンへ向かい駆ける。

 逃げずに向かってきた俺を見て、ゴブリンは嬉しそうに剣を振り下ろす。

 脚の筋肉を最大限に活用し、進路を曲げる。

 なんとか頭への直撃は避けられたが、慣性に従って取り残された左腕に接触する。

 体に振り回されて既に千切れかけていた腕は、二度目の衝撃には耐えられなかったようで、あっけなく切り飛ばされる。


 その衝撃で少しバランスを崩してしまったが、そんなことは気にしてられない。

 不恰好な体勢になりつつも腰だめに構えた短剣をゴブリンの腹に突き立てた。

 全体重をかけたおかげか、ぶよぶよに膨らんだ腹が柔らかかったのか。短剣は根本まで刺さった。

 俺は短剣を手放し、腰の後ろへ右腕を回す。

 その勢いのまま、無くなった左腕をゴブリンの顔めがけて振り上げる。

 千切れて無くなった腕の先から溢れ出た鮮血が、ゴブリンから視界を奪う。


 腰の後ろに収めていた投げナイフを取り出し、放つ。

 ゴブリンの心臓へ。

 ゴブリンの首へ。

 ゴブリンの口へ。

 ゴブリンの眼へ。

 

 心臓を狙ったナイフはゴムのような皮膚に弾かれる。

 首を狙ったナイフは視界を奪われ身をよじったせいで空を切る。

 口を狙ったナイフは人を食うための鋭い歯に噛み砕かれる。

 眼を狙ったナイフは――奴の瞼を貫通し突き刺さった。


 奴は両目を失った。

 これでもう村人を襲うことは出来ないだろう。


 俺は少し油断したのかもしれない。


 完全に光を奪われたゴブリンはめちゃくちゃに剣を振り回した。

 体勢の悪かった俺はそれを避けられなかった。

 とてつもない衝撃が俺を襲った。


 俺は吹っ飛ばされつつも、即死はしなかった。

 まだ生きている。

 だが、もう動けない。

 意識は朦朧としている。

 腕から流れ出た血はとんでもない量だ。


 ――死んだな、これ。


 しかし目的は達成できた。

 子どもたちは助けられたはずだ。

 あとは村人が冒険者なり兵士なり連れて来れば、目の見えないゴブリンなど即座に討伐出来る。


 いや、その必要も無いようだ。

 遠くからクンツが走ってきている。

 なんて必死な顔してやがる。


 クンツは、相変わらずむちゃくちゃに振り回される剣を流れるように躱し、ゴブリンを一太刀で両断してみせた。


 ――ちくしょう、格好いいなぁ。


 俺もああなりたかった。

 強くなりたかった。


 怖くて怖くて仕方がなかった。

 だが、冒険者という仕事にしがみついて来たのは、結局、憧れていたからだろう。

 才能が無いと言われても訓練を続けたのは、足掻きたかったのだろう。


 物語のような世界に来たんだから、俺にも何か出来ると思ってしまった。


 この世界の住人は強い。

 俺では辿り着けない領域に、簡単に登って行ってしまう。


 ――俺は、強くなれない。

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