七話 ふたたび、そうぐう
最近、冒険者ギルドの連中がよそよそしい気がする。
そんなことに気づいたのは、冒険者になって二ヶ月が経過しようとしている時だ。
相変わらずポーターとして仕事をしつつ、兎なんかの小動物を狩る毎日を送る俺に対し、なんだか可哀想な目を向ける奴が増えてきた気がする。
そんな目を向けられる理由はわかっている。
俺が無能だからだ。
剣や槍、投げナイフなんてものも習ってみたが、どれも結局は「才能無し」との評価をもらった。
自己評価的にはどれも様になっている気はするが、この世界の住人にとっては全然足りていないのだ。
弓の訓練も平行して行っているが、相変わらず上達はしない。いや、上達自体はしているのだが、結局はこの世界の住人にとって無意味なレベルだ。
それでも俺にとって遠距離からの攻撃手段は大事なので訓練を続けている。
狩りも上達したので、無駄ではないと思いたい。
「今度、ここから二日程の距離にある村でゴブリンの討伐をするんだ」
居心地の悪い日々を続けていたある日、クンツが声を掛けてきた。
どうやら遠出するらしい。
「そうか。気をつけてな」
「その依頼についてこないか? 歩いて移動するからポーターが欲しいんだ」
「ゴブリンの討伐について行っても足手まといだからな。遠慮しておくよ」
「移動の間だけでもいいんだ。村についたらそこで待っていればいい。もちろん、気が変わって討伐に同行したくなったら付いて来ていい」
移動中だけでいいのか……。
お金もジリ貧だし、付いて行く間の宿代の節約にもなる。
クンツの実力はわかっているから、道中の危険は無いものと見てもいいだろう。
「わかったよ。討伐には絶対に同行しないが、移動の間のポーターとしてならいい」
「ありがとう! 助かるよ」
クンツはそう言うと、最近結成したというパーティメンバーの元へ駆けて行った。
……あ、報酬を聞くのを忘れていた。
数日後、クンツ率いるパーティと一緒に、俺は街を出ていた。
クンツたちはいざという時のためにある程度身軽だが、俺はかなりの大荷物を背負っている。
移動に二日掛かるため、食料はもちろん夜営道具なんかの大きな荷物を持って行かなければならないのだ。
初日の移動は特に問題は無かった。
途中で猪が出たが、クンツにとっては晩飯のおかずが一品自分からやってきたに過ぎないようで、喜々として狩っていた。
今はもう暗くなり始めてしまったため、オイゲンにやり方教わりつつ、夜営の準備をしている。
オイゲンはクンツのパーティメンバーで、普段から夜営や食事の準備を担当しているらしい。
手慣れたもので、テキパキと作業を進めていく。夜営が必要になるような依頼は既に何度も経験していると言っていた。
「デボラ、昼間の猪焼いといてくれ」
「わかった」
デボラは貴重な魔法使いだ。
この世界には魔法が存在するが、それを操る魔法使いはあまり多くない。
魔法を使えるようになるには何より才能が大事らしく、普通はなれない。さらに、才能があったとしても優秀な師匠に教えを請わないと戦闘に役立つほどの火力は出せないのだとか。
魔法使いに興味があったので道中デボラに聞いてみたら、ほんのり自慢げな表情をしつつそんな話をされた。
だが、そんな貴重な存在をコンロ代わりに使ってもいいのだろうか。
こんがりと焼き上がった猪肉を頬張る。
今日一日、俺はかなりの大荷物を背負って歩いていたが、それほど疲れてはいない。
冒険者生活で体力がついたようだ。
自分の成長もわかったし、夜営の仕方も教わった。それに魔法も見れた。
付いて来て正解だった。
二日目の日暮れ前に村に着いた。
空き家を借りて一晩休んだら、早朝には討伐に出発するらしい。
クンツたちは夜のうちに連携を確認するようだ。することもないので、俺は黙ってそれを聞いていた。
クンツのパーティはバランスがいい。
前衛に両手剣を使うクンツ。
後衛に魔法使いのデボラ。
中央で臨機応変に対応する片手剣のオイゲン。
クンツは期待の若手と言われる程の実力だし、そのクンツが選んだ二人も相当な実力者だろう。
期待の若手率いるパーティだ。
きっとゴブリンなんて楽勝に違いない。
翌朝、クンツたちを見送ったあと、俺は村の端にあるひらけた場所で弓の訓練をしていた。
クンツは最後まで討伐にも付いて来ないか聞いてきたが、危険を冒したくない俺は断った。
そして依頼が終わるまで待っているだけの俺は暇になって、こうして時間を潰しているわけだ。
「……ん?」
こちらの様子を伺う気配を感じ振り返ると、数人の子どもたちがこっちを見ていた。
「お兄さんは行かないの?」
子どもたちに手を振ると、近づいて聞いてきた。
一緒に来た彼らは危険な魔物の討伐に行ったが、お兄さんは行かなくて良いのか、と。
「……お兄さんは魔物と戦えるほど強くないんだ。だけど、討伐に行ったみんなはとっても強いから、すぐに魔物を倒して戻ってくるよ。だからここでお兄さんと一緒に遊んで待ってよう」
俺は少し悩んでそう答えた。
子どもたちが納得したかはわからないが、遊ぼうと言うと、弓を触らせてくれと言ってきた。
どうやらそっちが近づいて来た本当の理由だったようだ。
数時間ほど、子どもたちに弓を教えていた。
子どもたちは驚異的な早さで上達した。
たかだか数時間の練習で、しかも、ひとつの弓を交代で使っていたにも関わらず、すべての子どもがある程度正確に矢を射れるようになった。
こんなのを見てしまうと、俺が才能無しと判断されたのも納得するしかない。
きっとこれがこの世界の普通なのだろう。
俺の冒険者生活も限界かもしれないな。
さて、気づけば日も暮れ始める時間だが、クンツたちは帰って来ていない。
何かトラブルがあって時間が掛かっているのだろうか。
まあ、クンツなら大丈夫だろうと思うが、今日は村に泊まることになりそうだな。
その時だった。
俺は全身に悪寒を感じた。
――この気配は。
俺が気配を感じた方を振り向くのと、頭の奥底に埋めていた嫌な記憶を掘り起こす叫び声が聞こえたのは同時だった。
――何故ここにいる。
まるで死に際の断末魔のような叫び声。
食い散らかした死骸が腐ったような臭い。
泥水を混ぜた絵の具をぶっかけたような緑色の肌。
「――グギャアアア!」
栄養不足でガリガリになった子どものような。
腹だけが丸く膨らんでいるその醜い姿。
人々を脅かす存在――魔物がそこにいた。
この世界に来た日。
あの日以来魔物と遭遇したことはない。
魔物の出るような場所には近づかなかった。
森の浅い所にだって一人では絶対に近づかなかった。
初めて魔物を目にした時、俺は体の芯が震える程の恐怖を感じた。
あんなものに自分から近づくなんて真似は俺は出来ない。
だからこそ精一杯近づかない努力をしてきた。
たとえ魔物の中では弱いゴブリンだとしてもだ。
そのゴブリンが今、近くに居る。
まだ数十メートル程の距離はある。
たった一匹だ。
それでも俺の体は恐怖で震えている。
今にも気絶してしまいそうだ。
この世界の住人は強いが、魔物って奴はもっと強い。
たとえ武器を持ったとしてもその辺の一般人では束になっても勝てやしない。
武器の扱いを覚え、冒険者となって経験を積み、先輩の討伐に同行して実際の討伐を学ぶ。
そこまでして、パーティを組み、息を合わせてやっと自分たちで魔物を狩れる様になるのだ。
それでも危険なのに変わりはない。
大怪我もするし、下手をすれば死ぬ。
相手がゴブリン一匹だろうと、たった独りで相手をしてはいけない。
――逃げないと。
冒険者として猪や熊を見てきたからだろうか。
初日の様に思考停止して気絶するなんて事は無かった。
逃げようと思える程度には思考できている。
だが、周りには子どもたちが居る。
俺が逃げたら間違いなく殺される。
――駄目だ。
「逃げろ!」
力の限り叫んだ。
しかし子どもたちは動かなかった。
いや、恐怖で動けないのだろう。
騒ぎを聞きつけた大人たちが出てくるが、役に立ちそうにない。
腰を抜かしたやつも居るようだ。
ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!
クンツはどうしたんだ! ゴブリンは討伐出来なかったのか?!
撃ち漏らした奴が来ただけなのか?!
それとも……殺されたのか?
やるしか無い。
多少なりとも武器を扱えるのは、ここには俺しか居ない。
どうせ冒険者生活も限界だと思っていたところだ。
村のみんなが逃げる時間だけでも稼いで、ここで人生も終わらせてやる。
こんな世界で俺は生きていけやしないんだ。
最後に足掻いてやる――死ぬ、覚悟を決めた。