六話 はじめての、かり
右手に短剣を構え、切っ先を獲物へ真っ直ぐに向ける。
獲物はこちらの様子を伺っている。
警戒しているようだ。
だが、俺にだって油断はない。
隙を見せるような真似はしないのだ。
獲物が動いた。
体を屈め、こちらに狙いを定める。
――来る!
獲物がこちらに飛びかかってきた。
俺はカウンターを繰り出すべく、短剣を前へ突き出す。
手応えがあった。確実に仕留めただろう。
俺は無事に仕留めた兎の脚を持ち、逆さまにぶら下げて血抜きをしている。
きっと俺は死んだ魚のような目をしているだろう。
採取依頼のポーターをしていたはずだが、なぜ兎狩りなんてしているのか。
ポーターの仕事は毎日ある訳ではなかった。
クンツだって採取依頼ばかり受けている訳では無いし、他の冒険者についていったりもしたが、それでも毎日都合よく雇ってくれる人がいたりはしない。
そんな日は相変わらず配達依頼をしていたわけだが、ある日マティさんが言った。
「薬草の採取だけではなく、動物の素材の収集について行ってはいかがですか?」
「動物ですか」
「ええ、場所は採取依頼とあまり変わりませんよ」
確かに採取依頼についていくときに動物が出たりすることもある。
兎などの小動物から猪や熊といった大型まで。
小動物なら無視するし、大型なら遭遇しない様に気をつけるか、遭遇しても冒険者が追い返して終わりだ。
熊に遭遇した時は腰を抜かしそうになった。
その時一緒に居たクンツなんて何事もなかったかのように追い返していたが。
「ちょうどローマンさんのパーティメンバーが怪我から復帰したそうで、リハビリがてら素材収集依頼を受けるみたいですよ」
ローマンと言うのはダニエルさんに声を掛けていた馬獣人の冒険者で、何度かポーターとして採取依頼に同行した事がある。パーティメンバーが魔物の討伐依頼で怪我をして、治療の間に一人で採取依頼を受けていた。
そこそこベテランの冒険者だと聞いている。
収集依頼とは言え、やることは荷物持ちに変わりはない。
そう思って同行することにしたのだ。
いざ同行してみると、ローマンさんとそのパーティメンバーのイェニーさんは無理やり俺に兎を狩らせた。
流石に依頼目的の狼が出たときは自分達で狩っていたが、小動物が出るたびに俺に狩らせたのだ。
せっかく冒険者になったのだから薬草の見分け方だけでなく、動物の狩り方、血抜きの仕方なんかも覚えたほうが良い、受けられる依頼が増える、と説得されてしまった。
小さな虫くらいしか殺したことの無い俺にとって、動物の命を奪うのは精神的にきつかった。
しかし、これも生きていくために仕方が無いと自分に言い聞かせて兎に短剣を突き立てた。
一匹目の兎で心が折れ、目的の獲物以外は無視した方が良いと提案してみたが、リハビリだから効率は気にしていないと言われてしまった。
結局依頼達成までの間に全部で五匹ほどの兎を狩ることになった。
もっと遭遇はしていたが、狩ることが出来たのが五匹の兎だけだった。
その日以来、どの冒険者に同行しようと、採取依頼だろうが収集依頼だろうが、動物と遭遇すると皆、俺に狩らせようとする。おかげで兎を狩るのにも慣れたもんだ。
猪を狩らせようとする冒険者もいたが、俺が猪の突進に吹っ飛ばされたのを見て慌てて助けに入った。
それ以来誰も猪や狼にけしかけたりはしなくなったが、あれは死ぬかと思った。打撲ですんだが、数日は休むことになってしまった。
誰も彼もが動物を狩らせようとするので何故そんなことをするのか聞いてみたが、答えは皆「経験になるから」と同じことを言っていた。そりゃ確かに経験にはなるが、兎を倒したところで強くなるわけじゃない。血抜きの方法を覚えたくらいだ。
そんなこんなでこの街に来てからひと月が経つ。
俺の稼ぎはポーターの報酬と兎の肉を売ったお金で、日々消費するお金とやっととんとんだ。
むしろ、猪に吹っ飛ばされた後に買った傷薬と革鎧、日用品の追加購入で所持金は減っている。
このままじゃあ流石にやばい。慣れ親しんだ宿を離れることになってしまう。
だが、猪も狩れないし熊も追い払えない俺は、一人で街の外の依頼を受けるなんて自殺行為だ。
俺の後に冒険者になった新人どもは、どんどんと強くなっている。
新人同士でパーティを組み熊だって狩るし、今度先輩冒険者に同行してゴブリンを討伐しに行くとも聞いた。
この世界の住人は強い。
俺のいた世界では辿り着けない領域に、簡単に登って行ってしまう。
やはり俺はこの世界では生きていけないのだろうか。
この世界の住人じゃ無い、異物の俺には。
パーティを組めば良いかも知れないとも思った。
新人連中がやっているように、お互いに足りない部分を補って、一人では倒せない敵を倒すのだ。
しかし、俺は何も出来ない。
盾を持って前衛にいても敵を食い止められないし、敵を攻撃しても小動物くらいにしか効果がない。
しかも熊を見て腰を抜かすような小心者だ。
そんな俺をパーティに入れてくれるような奴は居ないのだ。
兎は狩れる様になったが、それだけだ。荷物持ちくらいしか、役に立てることはない。
やはり俺は死んだ魚のような目をしていたのだろう。
冒険者ギルドに戻りマティさんから報酬を受け取る際、目をそらされた。
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弓を習うことにした。
弓が使えれば獲物に近づかなくてすむ分、安全に狩りが行えるはずだ。
そうすれば兎以外の動物も狩れる様になるかもしれない。
今まで同行した冒険者に弓を使う奴は居なかった。
そもそも採取や簡単な素材収集をするのはパーティを組んでいないソロの冒険者だ。
敵を食い止める前衛が居ないのに弓を使うのは危険だし、矢は消耗品だから、剣で獲物を狩れるなら剣を使った方が経済的だからだ。
ローマンさんとイェニーさんはソロではないが、二人も弓は使っていなかった。
しかし、今日ポーターとして同行した冒険者は、普段は弓を使うと聞いた。
今はパーティメンバーが怪我をして休んでいるので、ソロで素材収集依頼を受けているらしい。
そこで思い切って弓を教えてほしいと頼んだのだ。
「教えるのはいいけど、仲間が復帰するまでよ。それに今日は道具もないし、明日弓と矢を買ってから冒険者ギルドに来なさい」
「ありがとうございます。流石にただで教えてもらうのは悪いので、今日の分も含めポーターの報酬は結構です」
「あら、そう。それは助かるわ」
弓を教えてくれるのはアデリナという人族の女性だ。
これから数日はポーターとしてアデリナさんに同行しつつ、報酬として弓を教えてもらうことになった。
「才能ないわね」
アデリナさんは冒険者ギルドで見かける事もあったが、見かけるときはいつも男性に声を掛けられていた。
そしていつもバッサリと断り、相棒の女性がぺこぺこと謝っているのだ。
今日は制止する相棒が居ないため、俺はただ心を斬られ続けるだけだ。
アデリナさんに弓を教わって数日が経った。
予定では明日には相棒が復帰するので、弓の指導も今日までだ。
俺はなんとか狙った所に矢が飛ぶようになっていたが、精度も甘いし威力も低い。
ましてや動いている獲物に当てるのは絶望的だ。
「とりあえず訓練を続ければもうちょっとマシにはなるわ。ただ、エドには才能は無いから、こちらに気づいていない獲物への奇襲以上の事はしないようにしなさい」
弓の師匠は指導の最後にそう言って締めくくったのだった。