五十五話 きたく、まほう
冒険者ギルドで放置された俺は適当な職員に声を掛けた後、アルマとビビを連れて家に帰った。
仮眠室は解放していて、何かあった時の為にギルドで休んでいる冒険者もいるらしいが、俺は家が恋しいのでさっさと帰った。
「おかえりなさーい」
「ただいま」
「お食事は用意してますよー」
家に帰ると、コニーが出迎えてくれた。食事があると聞いてアルマの目が輝く。
コニーたちはもう既に食べ終わっているようなので、俺たちもさっさと食べてしまおう。
ダイニングとして使っている部屋に入ると、ディーとエレナが椅子に座っていた。
もう結構遅い時間なのにまだ起きていたようだ。
「コニーさんに色々とお話を聞いていまして」
「そうか、じゃあついでだから今の状況を話しておこう」
俺も座りながら言うと、椅子にだらりと腰掛けていたディーは背筋を伸ばして座り直した。
アルマとビビも座る。このテーブルと椅子はもともと家にあったものだが、ギリギリ椅子が足りてよかった。部屋は足りないから二人ずつで共有になりそうだな。
コニーが俺たちのぶんの食事を配膳し終わり、椅子に座るのを見届けてから、今の状況、明日の予定を話した。
「――と、言うわけでディーとエレナは家で待機。それ以外は夜が明けたら冒険者ギルドに行く」
「わかりました」
全員が神妙な顔で頷く。ごたごたしてばかりで新入りの二人には悪いが、今は諦めてもらうしか無い。
「皆はもう寝てくれていい。俺は念のため起きている」
「見張りなら私がやりましょうかー?」
コニーはそう言ってくれるが、どうにも寝れそうにない。ドラゴンを見たからだろうか、心が落ち着かない。どうせ何かあった時のために誰かしら起きていて貰おうと考えていたので、だったら自分でやろうと思ったのだ。
「いや、起きていたいんだ」
「そうですかー……」
コニーは休みなく動き回っている俺が心配なのだろう。王都から馬車の御者もずっとしていたし。ありがたいことだが、ちょっと気まずいので話をそらすことにした。
「そうだ、せっかく皆そろっているし、少しマナの訓練でもやろうか」
ゲーラに居る間は寝る前に殆ど必ずやっていたが、最近は移動が多くてあまり出来ていなかったからな。
新入りの二人には、まずこの訓練の重要さを説き、一通りのやり方を教える。
ディーはあまりやる気が無いようだが、エレナは興味が湧いたのか真剣に聞いていた。
「優秀な『彫金師』は装飾品に魔法を込めると聞いた事があるので……」
「へぇ、そうなのか」
ダニエルさんに貰った古代の指輪も魔法らしきものが発動していたし、そういう技術でもあるのだろうか。
「魔法といえば、王都で観光をしていた時に図書館に行ったのですが」
俺と別行動を取った時のことだろう。
ビビは相変わらず本好きのようだな。また図書館に行くとは。
「簡単そうな魔法の詠唱をメモしてきました」
「どんなのだ?」
ビビはメモを取り出すと、それを見ながら読み上げる。
「えーと……火を起こす魔法ですね。”ラ・イグニ“」
ビビは指を立てると、一音一音を意識するようにゆっくりと詠唱する。が、当たり前のように何も起きない。
その詠唱は知らない異国語を聞いているようで、俺に意味は理解できなかった。
「何も起きませんねー」
「発音は合っていると思うのですが……やはりちゃんと魔法使いに教えを請わないと駄目なんでしょうか」
火を起こす魔法か。簡単そうって言うくらいだから小さい火なのだろう。
俺も指を立て、そこにマナを集めるように意識を集中する。
以前教会で気絶した時からマナの感覚が分かる様になったため、この辺の操作もなんとなく出来ているんじゃないかと思う。
火だ、火。俺の指はマッチだ。ライターだ。火よ点け……えーと。
「”ラ・イグニ“」
……あ。
「え? これ、え?」
天井を向いた俺の指先から、想像していたよりも弱々しいが、赤い火が、確かに火が――
「あ、消えた」
――うおおおおおお! でたぁあああああ!
「い、今火がでたよな?!」
「出ましたねぇ」
「おめでとうございますー!」
『さすが ご主人様』
これで俺も魔法使いだー! 小さい火だが、確かに出たんだ。まごうことなき魔法だ!
「さすがですね。何かコツでも掴みましたか?」
「お、おう。指先にマナを集めるように意識したんだ」
ビビも再チャレンジするようだ。再度指を立てると、今度はマナ操作の訓練をする時のように目を閉じて集中している。
「……”ラ・イグニ“」
カッと目を開いて詠唱すると、ビビの指先から俺のときより少しだけ大きな――と言ってもマッチの火ほどの――火が点る。
ビビはふっと息を吹きかけその火を消すと、眉尻を下げてちらりとこちらを見た。
「……私も出来ました」
気を使わなくて良いぞ。
「あっ」
唐突に声を上げたのはエレナだ。
嫌な予感がしつつそちらを見てみると、天を向いたその指先から――
「できちゃいました……」
――ゆらゆらと優しげな火が揺れていた。
その後、コニーも魔法を成功させ、結局詠唱が出来ないアルマと、最初からやる気の無かったディー以外はみんな出来てしまった。
同時期にマナの訓練を始めたビビ、コニーはともかく、エレナが成功させてしまったのは才能があるということだろうか。俺が一番最初に出来た事をとりあえず喜んでおこう……。
---
魔法が使えた興奮冷めやらぬまま一晩を明かした俺は、アルマ、ビビ、コニーを連れて冒険者ギルドへとやって来た。
ギルド内は早朝であるにも関わらず、すでに昨日より多くの人でごった返しており、併設されたバーの椅子やテーブルは端に寄せて場所を確保しているほどだった。
ほとんどの冒険者は見たことのある顔だ。アルマとビビに声を掛けてくるやつも多い。俺と離れて二人で討伐依頼をこなしていた時に組んでいた奴らだろう。
それに比べて俺に声を掛けてくる奴はあまり居ない。仲の良かったクンツたちも王都に行ってしまったしな……。
「エド! こっち!」
ちょっと落ち込んでいると、奥の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。
『双百合』のアデリナさんとユーリアさんだ。
人混みを避けてそそくさと近づく。
ローマンさんとイェニーさんは居ないが、あの後も罠を仕掛けたりしていたはずだから、どこかで休んでいるのだろうか。
「どうも」
「顔色が悪いわよ。びびって足手まといにならないでよ」
アデリナさんは相変わらず言い方がきついが、真っ先に顔色の悪さに気づくあたりが優しさだと思っておこう。
「そうは言っても、昨日も働いていたもので」
「それでも一晩で万全にしておくのが冒険者ってものよ」
「そうですね、すいません」
確かに昨日はちゃんと休まずに調子に乗って起きていた俺が悪いので、ここは素直に謝っておこう。
反論がなければそれはそれで居心地が悪いのか、アデリナさんは腕を組んで黙り込んでしまった。
「アデリナも緊張してるのよ。ああ見えて繊細だから」
「はあ、そうなんですか」
「ちょっと、ユーリア!」
どうやらユーリアさんの方は緊張してはいないようだ。
アデリナさんをからかって楽しそうに笑っている。
「集まっているな」
二人のやり取りを眺めていると、ギルドの奥から響く低音の声が聞こえてきた。
ギルドマスターだ。後ろにはマティさんが書類の束を持って控えている。
ギルド内の冒険者たちは静まり返り、ギルドマスターに注目する。
「もう知っているだろうが、この町にドラゴンが近づいてきている」
もう既に冒険者たちには話は回っているのだろう、その言葉を聞いても誰も声は上げなかった。
「だが、それは気にするな。俺たちではどうしようもない」
続けて出た言葉は少し予想外だった。俺を含め、冒険者たちから軽いどよめきが起きる。
ギルドマスターはぐるりと自分に集まる視線を見渡す。
「そっちの対処はSランクの冒険者が救援に来る。邪魔だけはするな」
Sランクか……。王都に居るっていう例のお姫様だろうな。
「それよりもお前たちがやるのは町の防衛だ。魔物の大群が近づいてきている」
「大群ってどのくらいだ?!」
大柄な冒険者の男から声が掛かる。
ギルドマスターが話に割り込んできた男をぎろりと睨むと、その男は萎縮したように押し黙った。
「……大型の魔物を含む、百以上」
その情報を聞き、ギルドがざわつく。ドラゴンなんて想像もつかない脅威より、普段から対峙している魔物が百匹も突っ込んでくる方がリアルに感じる。
だがその中でも、ベテランと呼べる程経験の多い冒険者は数よりも別の言葉に引っかかったようだ。
「大型ってのは?」
「現状確認されているのはダイアウルフが三匹。他にもいる可能性はある」
「な……ダイアウルフ?!」
俺はその名前を聞いてもピンとこなかったが、聞いたベテランはかなり動揺しているようだ。
誰かに聞こうにも今はそういう雰囲気ではなさそうだしな……。
「皆には町の四方にある門を守ってもらうことになる。詳細はマティルデから聞け。以上だ」
ギルドマスターは言い終えると、奥へと戻っていく。代わりにずい、と前に出たマティさんは、徹夜で働き続けたのか目の下に隈ができており、顔色が悪い。
だがその瞳は力強く輝いて、凛とした立ち姿からは疲れを感じさせない。
「それでは、これより防衛作戦を説明させて頂きます。あなたたちの働きが町の存続に関わりますので、心して聞くように」
いざとなったら逃げれば良いと思っていた俺には、マティさんの言葉が重く響いた。




