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五十三話 どらごん、みた

 俺たちが町を走り回って集めたのは、食料の他に罠関係のもが多かった。

 どうやらこれを使って魔物の侵攻を逸らすための罠を設置するらしいが、魔物の数が多すぎて殆ど気休め程度のものらしい。馬車がいっぱいになるほどの量でも気休めにしかならないのは、現時点で金を出している俺にとってはかなりショックな情報である。

 そんな俺の蓄えを吐き出させられた荷物を運んで向かったのは、ノルデン領が遠くまで見える高台になった場所だった。

 ゲーラからは緩やかに登っていくがノルデン領側からは崖になっていて、その崖のギリギリの位置に四人の冒険者が居た。一人はイェニーさんだから、残りの三人が『風の矢(ウィンドアロー)』だろう。

 近づいてみると、三人ともギルドで見た覚えがある気がする。話したことは無いがゲーラの町を拠点に活動している冒険者だと思う。


「意外と帰ってくるの早かったね!」

「こいつらが手伝ってくれてな」


 真っ先に気づいて声を掛けてきたのは、ピンと立った長い耳が特徴の兎獣人族の女性だ。

 軽鎧を着ていて腰には二本の短めの剣を下げていることから、たぶん遊撃か前衛をしているようだ。


「ああ、君! むの――エドくんだっけ」

「ええ、そうです。『役立たず(スクラップ)』のエドです」


 『無能のエド』と言いかけた事はスルーしておこう。別に気にしない。


「――あいたっ」

「うちのが失礼した。こいつはレティーナだ。オレはバレリオ。よろしくな」


 そのレティーナとやらの頭を引っ叩きながら近づいてきたのは、すらりと背の高い細身の男だった。

 そうか、この人がバレリオか。整った顔立ちに長い耳――エルフだ。


「どうも。俺はエドで、こっちはアルマとビビ。パーティメンバーです」

「レティってよんでね!」

「よろしくお願いします、レティさん、バレリオさん」

『よろしく』


 えらく軽い雰囲気だが、悠長に自己紹介などしていて良いのだろうか。

 と思ったらローマンさんは既に『風の矢』のもう一人、小柄な女性に物資のメモを渡して馬車の荷物を説明していた。


「荷物、降ろしましょうか?」

「このまま馬車ごと置いていって」


 慌ててローマンさん達に声を掛けると、女性からそんな返事が返ってきた。


「はあ、分かりました」

「もう用事は済んだでしょ。さっさと帰ったら?」

「もーカルラ。そんな言い方無いじゃなーい! せっかく持ってきてくれたのに」


 この頑なに俺たちの方を見ない弓を背負った小柄な女性はカルラというらしい。


「いえ、良いですよ」

「あ、そうだ! せっかくだしドラゴン見てく?」


 レティーナさんはそう言うと、返事も待たずに俺を崖の方まで引っ張っていく。アルマとビビも興味があるのか、レティーナさんに手招きをされて素直について来る。

 崖のぎりぎりの場所では、イェニーさんが筒状の物を片目に当ててノルデン領の方をじっと見ていた。片目で見るタイプの望遠鏡だろう。

 俺たちが来たことは分かっていたのだろうが、見張り役のイェニーさんはしっかり目を離さない様にしていたようだ。


「イェニーちゃん、代わってあげて!」

「ああ。ほら、エド」

「はい」


 渡された望遠鏡は意外と重い。よく見ると傷だらけで古そうだ。


「これは遠くを見る魔道具だ。ただの望遠鏡よりもずっと遠くが見える。あっちにドラゴンが居る。見てみろ」

「はい」


 イェニーさんに言われた方向は肉眼では何も見えないが、素直に望遠鏡を覗いてみる。


――これが……。


「……ドラゴン」


 遠い空の中。

 まさに優雅という表現が相応しい、ゆったりとした動作で翼をはためかせている。

 周りに比較するものが無いため大きさは分からないが、肉眼では見えないほど遠いというのに、その姿だけで威圧とも言えるほどの存在感を有している。

 ファンタジーな物語などでは定番中の定番だが、本物を見ることになるとは。

 白く輝いていると聞いていたが、こうして見てみると白というより銀――


 その時、背筋がぞわりとした。全身が総毛立つ。

 思わず覗いていた望遠鏡が手から滑り落ちた。


「ちょちょっ……とぉー! 危ない! これ借り物! 高いんだよ?! 気をつけてよ!」


 望遠鏡はレティーナさんが滑り込んで受け止めたため、地面に激突することは無かった。

 レティーナさんは俺に詰め寄るが、俺はそれどころでは無かった。


――今、一瞬、目が合わなかったか?


「ちょっと! 聞いてる?!」

「あ……す、すいません……」

「分かれば良いの! ビビちゃんとアルマちゃんも見る?」


 この距離で、こちらが見えていたというのか? いや、まさか。


「どうかしましたか?」

「いや……なんでもない。ビビたちも見せてもらったらどうだ?」

「そ、そうですね。せっかくですし?」


 ビビは俺の様子がおかしい事が気になった様だが、そう言うとそそくさと望遠鏡を借りている。

 アルマはまだ気になっていたのかこちらを見ていたが、大丈夫だと念を押すと、やっと納得したようだった。


「エドくん、そろそろ行こう」


 ビビから望遠鏡を引き剥がし、イェニーさんに返したところでバレリオさんが声を掛けてきた。

 どうやらローマンさんからギルドマスターの話は聞いたようで、出発の準備は出来ている。


「あ、はい。お待たせした」

「いや、こっちもローマンと情報交換をしていたからね。大丈夫だよ」

「いつでも出発できます」

「よし、少し飛ばそう」


 バレリオさんが走り出したので、俺たち三人も慌てて追いかけた。




「いやあ、すまないね。うちのパーティメンバーが」


 バレリオさんは俺の隣に並走すると、走りながらだと言うのに軽やかに声を掛けてきた。


「いえ」


 結構なペースで走るので、俺は一言返すので精いっぱいだ。


「君には話しておこうと思うんだが……」


 バレリオさんはちらりと後ろを見る。

 後ろにはアルマとビビが付いてきている。アルマは余裕そうだが、ビビには辛い速さなのかちょっと離れている。

 この距離なら二人に俺たちの会話は聞こえないだろう。


「オレのパーティメンバーのカルラ。あいつはホビット族でね」


 ホビットといえば、ビビがそうだ。まあビビはハーフだが。


「あいつが君たちのパーティとは――ビビちゃんとは関わりたく無いと言っていてね。実は避けてたんだ」

「……はあ」

「まあオレたちはBランクのパーティだし長期の依頼も多いから、そもそもあまり会うことも無かったけど」


 同じ町を拠点にしていてあまり会わなかったのは、そういう理由だったのか。俺自身が悪評のせいで避けられ慣れているから気づかなかった。

 カルラさんがビビを避けている理由は、まあなんとなくわかる。ビビがハーフ……忌子だからだろう。

 ほとんどの人はわからないみたいだが、同じホビットの血が流れているカルラさんにはわかったという事か。

 それ以外に思い当たることもないし。


「まあ、それでだ。こんな事態だから冒険者同士ちゃんと連携したいし、事情を話しておこうと思ってね」

「……はい」

「カルラはともかく、オレとレティーナは君たちと仲良くやりたいと思っている」

「そうですか」

「良い気はしないだろうが、よろしく頼むよ」


 まあ、別にこれから先もそんなに関わることもないだろうと思う。

 これまでも実害があったわけでもないし、カルラさんだけ気をつければ良いだけの話だ。


「わかりました」


 俺の返事を聞いたバレリオさんはにこりと笑うと、後ろの二人が追いつけるくらいに走る速度を落とした。


「魔物が一匹近づいている! 君たちに任せるよ!」


 俺は全く気づかなかったが、二十秒ほどすると前方にゴブリンが一匹居た。

 群れからはぐれたのか何なのかは知らないが、いつものように三人で囲む。一匹だけなら楽でいい。

 ゴブリンを処理している間、バレリオさんはニコニコと様子を見ているだけだった。

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