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五十二話 とうちゃく、ちょうたつ

 出来る限り急いで馬車を走らせたおかげか、その日のうちにはゲーラの町へたどり着いた。と言っても、もうすっかり夜中である。


 町の中は普段とは違う雰囲気だった。

 普段なら町も寝静まり店なんて開いていない時間だ。星明かりと夜警の見回りの松明くらいしか辺りを照らす光は無いはずだが、この日に限ってはぽつぽつと明かりが見え、人も出歩いているようだ。


 町に着くまでにもそこそこの数の馬車とすれ違った。

 それは貴族の馬車ばかりではなく、乗り合いの馬車もあった。中には歩いて王都に向かっている人も居るようだったし、町の様子から見てもドラゴンが近づいているのは町の人々にも知れ渡っているようだ。


「コニーはディーとエレナを連れて家に戻っていてくれ」

「わかりましたー」

「疲れているだろうけど、アルマとビビはもう少し付き合ってくれ」

「問題ありません」


 新人の面倒はコニーに任せてばかりになってしまっているが本人は不満も無さそうで助かる。

 緊急事態のためディーとエレナの相手をしてられない。


 大通りで三人を馬車から降ろすと、俺はそのまま冒険者ギルドへ向かった。




 冒険者ギルドの前には馬車を停める場所があるのでそこに馬を繋いでおいた。

 受付に言っておけば後で回収してもらえるが、情報が確定するまではこのまま借りておくつもりだ。

 逃げる必要が無いとなれば返すが、先に返してしまうとまた馬車を借りるのに手続きが必要になるからな。

 冒険者ギルドの中に入ると、夜中であるに関わらず多くの人が居た。

 バーが併設してあるため夜でも酒を飲んでいる冒険者は居るが、今は誰ひとりとして酒は飲んでいないようだ。

 いつもとは違う、ピリピリとした雰囲気が漂っている。


「エドさん! 帰ってきていたんですね」


 俺が受付へ近づくと、いつものごとくカウンターに居たマティさんが話しかけてきた。


「王都から帰る途中に『銀の剣(シルバーソード)』に会って話を聞きました」

「なら、事情は分かっていますね。申し訳ありませんが冒険者はギルドで待機していて下さい」


 しまった、ギルドに拘束される可能性を考えていなかった……。


「……断れますか?」

「Cランク以上の冒険者にはギルドからの指名依頼扱いとさせてもらっていますので、これは強制です。断ると最悪の場合冒険者の資格を剥奪させてもらう事になります」


 どうやら、思っていたより深刻な状況だったようだ。まさか資格剥奪まで持ち出されるとは。

 だが、最悪の場合は逃げさせてもらおう。

 資格を剥奪されても、俺の事を知らない他の国に行けばなんとかなるだろう、と思う。

 いざとなったら命を優先するべきだ。


 逃げるにせよ、逃げないにせよ、今は情報収集が先だ。


「……何か他に、ドラゴンについての情報はありますか?」

「数組のパーティでドラゴンの調査依頼に行ってもらっています。そろそろ定期連絡が来るはずですが――」


 丁度その時、ギルドの扉が勢い良く開いた。


「来ましたね」


 扉を開け、俺に――というか俺のすぐ近くに居るマティさんに――向かってまっすぐ歩いてきたのは、馬獣人のローマンさんだった。


「ローマンさんが調査していたんですね」

「エドか。すまないが挨拶は後だ」


 ローマンさんは俺をちらりと見るとそう言ってマティさんに視線を戻し、調査結果の報告を始めた。

 ついでに聞いておこうと聞き耳を立てると、ギルド内の殆どの冒険者も会話をやめて同じようにローマンさんを見つめている。

 誰しもがこの情報を待っていたのだろう。


「ドラゴンはノルデン領を抜けた辺りで高度を急激に下げた。その影響で魔物や動物たちが逃げ出し、ドラゴンに追い立てられるようにゲーラの町に向かっている。魔物の正確な数は不明だが、とんでもない数だ。中には大型の魔物も確認出来ている」


 ざわり、とギルド内の冒険者たちの空気が変わったのがわかった。

 冒険者だけで無くマティさんたちギルド職員も息を呑んでいる。


「そんな……! すぐにギルドマスターへ報告に――」

「――必要ない、聞こえている」


 力強い声が響いた。

 いつの間にか、ハゲ頭のギルドマスターが俺たちの近くに立っていた。


「マスター……」

「ドラゴンの種類はわかったか」


 ギルドマスターがじろりとローマンさんを見る。

 ローマンさんはギルドマスターの眼光に怯む事無く報告を続ける。


「まだ距離があり種類は不明。ワイバーンの数倍以上の大きさであることから、間違いなく、上位種です」

「色は?」

「白っぽく輝いて見えました」


 ギルドマスターは目を閉じると、一瞬だけ考えるようなそぶりを見せる。


「衛兵長のフェルディナントと『風の矢(ウィンドアロー)』のバレリオを俺の所に連れてこい」

「は、はい」

「町長――は逃げたか。町長の補佐役のアルノシェルトが居るだろう。あいつに門を閉じるように言え」

「はい」

「急げ」

「はい!」


 マティさんはギルドマスターに急かされ、カウンターの奥に走っていった。

 他の職員に声を掛け手配しているようだ。


「エド。お前はローマンについて行って物資を届けろ」

「え?」


 走り回る職員たちを眺めながら先ほどのローマンさんの情報を元に逃げる算段をつけていると、ギルドマスターはあろうことか俺に指示を飛ばしてきた。


「緊急依頼だ、拒否は許さん。物資の調達もお前がやれ」

「は?」

「金は後で請求しろ。行け」


 ハゲはそう言うと俺の返事を待たずにさっさと奥へ引っ込んでいってしまった。

 マジかよ。


「悪いが、頼むぞエド」

「まあ、しょうがないですね……」


 ローマンさんは謝りながらも、俺の肩を掴んでいて、どうにも逃げ出せそうにない。

 ここまで大人しく経過を見ていたアルマとビビに目を向けると、疲れているだろうに真剣な顔で見つめ返して来た。


「もうひと仕事頼むよ」

「はい」


 信頼出来る俺のパーティメンバーの二人は、しっかりと頷いた。

 まったく、頼りになる。


「エドさん、ローマンさんに付いていくのであれば、帰りにバレリオさんを連れてきてもらえますか?」


 一通りの指示を出し終わったのか、マティさんが俺たちのところへ戻ってきた。

 どうやらバレリオというのは調査に行っている冒険者のうちの一人で、これからローマンさんが戻る場所にいるようだ。


「調査は『宵の酒(よいのさけ)』と『風の矢』で行っている」

「という訳で、物資を送り届けたら帰りは護衛をお願いしますね」


 どうせ行くのだから帰りは一人増えるだけだ。断る理由もない。


「わかりました」

「ローマンさんはその間に調査の詳細な情報を教えてください」

「ああ。じゃあエド、これを頼む」


 ローマンさんはメモを取り出すと俺に渡してきた。

 メモの内容は様々なものが書かれており、確かにローマンさん一人では運べそうに無い。

 三人で手分けすることにしよう。




 物資の調達を終えた俺たちは、再び冒険者ギルドの前へ集まっていた。

 俺は片腕だが配達依頼を数多くこなした経験を活かし、効率よく物資を調達することが出来た。

 アルマは喋れないためメモを渡し、文字の読める店員のいる店を回ってもらう事にした。

 この辺の情報も町中の配達依頼の経験が活きたな。

 ビビは何も問題ない。優秀なやつだ。


 馬を交換した馬車に荷物を積み込むと、いつでも出発出来るよう御者席に乗り込んだ。

 後は詳しい報告を終えたローマンさんが出て来るのを待つだけだ。


「逃げなくてよかったのですか?」


 聞いてきたのは、ビビだ。

 ここまで来るともう逃げるという選択肢は取れそうにも無い。

 この町にももう一年近く住んでいる。

 出来れば離れたくはないと思う程には愛着が湧いている。


「危険だとは思うが、しょうがない。これも冒険者としての義務だ」

「……そうですね」


 ビビはドラゴンが見れると最初は喜んでいたようだが、魔物の群れが近づいていると聞いてその興奮はすっかり冷めていた。

 怖がって逃げ出すというほどではないが、幾分か冷静になったようだ。


 家に寄って、コニーたちには事情を伝えておいた。

 明日はコニーも冒険者ギルドへ連れて行かなければならないが、新人の二人は家に居るように伝えておいた。

 今日のうちに食料を用意しておくようにコニーに言っておいたので、明日は二人でも大丈夫だろうと思う。


 まともな食事が取れていないせいで空腹なのか、お腹を抑えて暗い表情をしているアルマを眺めて暫く待っていると、ローマンさんがギルドの扉を開けて出てきた。


「すまん、待たせた」

「いえ、急いで出発しましょう」


 ローマンさんが馬車に乗り込んだのを確認すると、俺は馬車を走らせた。

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