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五話 ぼうけんしゃの、せいかつ

 冒険者になって十日たった。

 新しい生活に追われていたとはいえ、あっという間の十日間だった。

 ダニエルさんが依頼に出していた俺に関する情報は、当たり前だが何も進展は無い。

 俺のことを知っている人などいるわけがないのだ。


 ちなみに冒険者登録をした時以来、ダニエルさんとは会っていない。

 一緒に酒を呑むと約束したのだが、いざ宿に戻ってみると、用事が出来てすぐにノルデンへ帰ることになった、と店主に告げて帰ってしまったらしい。

 酒はまたいつか、と俺に伝言を残していったと店主に聞いた。酒はいいんだが、夜に街を出て大丈夫なのだろうか。まあ、大丈夫だから出発したのだろうし、心配しても仕方が無い。


 この十日、俺は配達や掃除など、街中で出来る依頼をこなしていた。

 報酬は安いが内容は日雇いのバイトみたいなものだ。俺みたいな何の特技も無いやつでも出来るし、安全で確実に報酬を得ることが出来る。

 十日も街中を走り回っていたおかげもあり街の地理もだいたい把握出来たし、知り合いも増えた。

 この街での生活にも慣れてきたといっていいだろう。


 しかし、問題もある。

 十日経ったということは、ダニエルさんが支払ってくれていた分の宿代が終わったということだ。今日からは自分で支払わなければいけない。

 そこで今更ながらハンネさんに宿代を聞いてみたところ、三食付きで一日銀貨一枚だとわかった。

 そして俺が一日に稼ぐお金は銀貨一枚には届かない。

 これではこの宿に泊まり続けることはできない。エトムントさんに貰ったお金もあるので今すぐどうこうなる訳では無いが、この十日間で必要になった日用品をその都度買っている事もあり、手持ちのお金はじりじりと減り続けている。


 そこで現在の生活を見直すことにした。

 宿を変えるか、食事を変えるか、仕事を変えるか。


 宿を変えた場合、ここより安い宿に泊まる事になる。となると、かなりランクが下がり、スラム街にあるようなボロボロの宿に住むことになるだろう。

 ここは新人冒険者のために格安で部屋を貸してくれているため、値段の割にいい部屋なのだ。

 スラム街には住みたくないし、ギルドに近く、コストパフォーマンスも優秀なこの宿を離れる気はない。


 次に食事を変えた場合だ。

 この宿の食事は安い訳ではない。もっと安い店はもちろんある。だが、安い食事には安いだけの理由があるのだ。

 不味かったり、量が少なかったり、怪しい食材を使っていたりする。配達依頼で街を駆け回っている時、昼食を屋台ですませたりする事もあるので既にわかっている。

 それに比べてこの宿は値段なりの質に量、人気店だけあって信用もあり味もいい。

 現代日本の食事に慣れきってしまっている俺にとっても美味いと感じられるここの料理は貴重だし、宿に直結しているので楽でいい。

 つまり食事も変えられないわけだ。


「という訳で、今より効率よく稼げる依頼は無いですかね?」


 俺は仕事を変えるためマティさんに相談するべく、冒険者ギルドに来ていた。


「今より報酬が良い依頼となると、街の外への採取の依頼ですね」

「街からは出たくないです」

「そうは言いましても、街中の依頼ではこれ以上の報酬は望めませんよ」


 まあそうだろう。俺が今やっている依頼は本来なら子どもの小遣い稼ぎや、怪我をして遠出が出来ない冒険者が日銭を稼ぐためにやるものだ。これだけで生活をしようとするものではない。

 スラム街に住むような生活をしているのであれば、日々を生きていく分には稼げるのだろうが……。


「とは言っても、俺は薬草の区別なんてつきませんし」

「慣れれば誰でもわかるようになります」

「魔物なんて出た日には即座に死んでしまいますよ」

「採取の依頼は森の浅い場所のものが殆どですから魔物なんて滅多に出ませんよ」


 ううむ。この生活を守るためには街からでなければいけないのはわかる。

 だが、俺は危険を冒すような真似はしたくないんだ。俺は冒険者だが、冒険しない系冒険者なんだ。

 だがしかし、このままでは屋根の無い生活をしなければならなくなってしまう。


 俺がうだうだ悩んでいるとマティさんが手を叩いた。なにか思いついたようだ。


「そうだ! 街の外が怖いのでしたら、慣れるまで他の冒険者のポーターをしましょう!」

「ポーター?」

「ポーターと言うのは、いわゆる荷物持ちです。新人冒険者が経験を積むため先輩冒険者についていく事が多いですが、怪我をして武器を持てなくなった冒険者がポーターになったり、ポーターを専門としている人も居ますよ」


 マティさんによると、ポーターとは、冒険者を身軽にしておくために代わりに荷物を持ったり、一度に多くの素材を持ち帰るために連れて行く人のことらしい。

 優秀なポーターは現地の案内から野営の準備など、それこそ戦闘以外の全てをこなす程の人もいるとか。

 そこまで行くと上級冒険者からも引く手あまたで、下手に自分で冒険者をするより稼げるそうだ。


「採取の依頼を受ける冒険者について行って勉強すれば薬草の判別も出来る様になるでしょうし、もし魔物が出てもその冒険者が守ってくれますから安心ですよ」


 確かにそれなら一人で採取に行くより安全かつ確実だが。

 そのポーターと言うのは稼げるのか?


「採取程度の依頼のポーターですと、街中の配達よりかは多少はマシってところでしょうね。迷宮なんかの危険地帯に入るのでしたら自分で採取依頼を受けるより報酬は多いでしょうけど」


 配達よりかは報酬はいいのか……。

 薬草の区別が付くようになれば自ら街の外に出て採取しなくても、薬屋に雇って貰えるかもしれない。

 よし、やってみるか。




 マティさんにポーターとして雇ってもらえる冒険者の紹介をお願いし、ギルドに併設されているバーで暫く待っていると、一人の冒険者が近づいてきた。

 こいつは……クンツか。


「よう、エド。採取のポーターをしたいんだって? マティさんから聞いたぞ」

「そうなんだよ。採取依頼に挑戦しようと思っているんだが、いきなりは怖くてな」

「なら、俺が雇ってやるよ」


 クンツは俺と同じ宿に泊まっている冒険者だ。こいつも新人冒険者らしいが、俺と違って積極的に街の外の依頼を受けている。

 剣も扱えるらしく、先輩冒険者と臨時パーティを組んでゴブリン討伐もこなしていた。

 期待の新人というやつだ。

 同じ宿に泊まっているので顔を合わせる機会も多く、歳も近いので多少は話す仲だ。

 配達や掃除の依頼ばかりしている俺を馬鹿にせず話しかけてくる。


「そりゃ助かるよ。クンツなら俺もやりやすい」

「じゃあ早速行こうぜ」


 マティさんにひと声かけ、クンツと並んでギルドを出た。


「ポーターをやるのは今日限りなのか?」

「いや、慣れるまでは何回かやると思う」

「なら背嚢(はいのう)を買っておくといい。でかいやつな。俺のを貸してやってもいいけど、他の冒険者についていく事もあるだろうから自分のを持っていた方がいいぞ」


 確かにそうだ。荷物持ちなのに少ししか持てないなんてただの役立たずだ。

 背嚢とはいわゆるリュックのようなもので、街を出る前に雑貨屋に寄って買っていった。

 この状況でさらなる出費は痛いが、これは新しい仕事の初期投資だ。仕方ない。




 街を出るのも久しぶりだ。この街へ来た時以来だろう。来るときは東門を通ったが、今回は北門から街を出た。街の北側を少し行くと森があり、その森の浅いところで薬草などが採取できる。


「これが傷薬の材料になるワブ草。これが毒消しになるオバの実だ」


 クンツはひとつひとつ説明しながら俺に渡してくる。

 俺はそれを背嚢に詰め込む。

 今のところ何の問題も起きていない。

 薬草や木の実、虫の抜け殻からよくわからない石のようなものまで、色んな物を渡してくる。虫の抜け殻はちょっと触りたくなかったが、我慢して受け取る。


「採取依頼ってのはこんなにいろいろと持ち帰るものなのか?」

「いや、依頼として出されるのはせいぜい一、二種類ずつだ。今回はポーターが居るから、まとめて受けたんだ」


 大きい荷物を背負っていたら魔物などが出た時に対処出来ない。今回は荷物持ちが居るおかげで、大量の採取を行ってもクンツ自身は身軽でいれる。

 それにポーターを雇うのにもお金が掛かるのだから、普段以上に稼ぐ必要があるわけだ。


 その日は魔物や野生動物に出くわすこともなく日が暮れるまで様々なものを採取し、初めてのポーターの仕事は問題もなく終了した。

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