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四十五話 しゃっきん、へんさい

「本当に田舎ですね」

「畑と牧畜が主産業の領らしいからな」


 俺たちはエトムントさんの屋敷を目指し、のんびりと馬車に揺られている。

 ノルデン領に入ってからしばらく経つが、周囲には牧歌的な風景が続いている。

 見える範囲には畑か牧場しか無いとはいえ、ノルデン領全体が田舎ってわけではない。

 エトムントさんの屋敷の向こう側には街もあるらしいが、王都に近いゲーラの方が人気があるため、そこまで大きく発展していないとのことだ。


 以前にも一度通った道だが、あの時は周囲を楽しむ余裕は無かった。今回は馬車のペースを落としてゆっくりと進んでいるため、まるでのんびり観光でも楽しんでいる気分だった。

 ちなみに、コニーに御者の練習をさせているのもスローペースの要因のひとつだが、本人としては精一杯のスピードである。


 特にトラブルも無く、周囲は見晴らしも良いので警戒も楽で、アルマに至ってはうつらうつらと船を漕ぐ有様だ。

 御者の指導はビビに頼み、俺も一眠りすることにしよう。

 どうせ道なりに進むだけだし、迷うこともない。


「ちょっとご主人様。わたしも御者の経験はそれほどないのですから寝ないで下さい」


 と、思ったが、ビビに止められてしまった。

 だが、誰かに教えるのも本人の上達につながる。つまりこれはビビのためでもある。

 コニーも教えてもらえ、ビビも上達し、俺も寝れる。

 みんなハッピーじゃないか。


「なんとかなるだろう……お休み」


 俺は睡眠を宣言して、目を閉じた。


「はぁ……。まあ、病み上がりなので勘弁してあげましょう」

「そうですねー!」




 寝るとは言いつつも薄目を開けて穏やかな景色を楽しんでいると、見覚えのある屋敷が見えてきた。

 どうやら目的地に着いたようだ。


「着いたみたいだな」

「あのお屋敷が領主様のお家ですかー?」


 屋敷の前で馬車を停めると、屋敷で働いているメイドの一人が近づいてきた。

 名前は知らないが、面識のある女性だ。


「こんにちは。以前お世話になった江戸です」


 馬車を降り、こちらから声を掛けた。

 メイドさんは俺の顔を見て、ああ、と頷いた。


「まあ、エドさん、お久しぶりですね。お元気そうで何よりで……す……」


 途中まで言ってから俺の左腕の肘から先がない事に気付いたようだ。

 みるみる顔色が青くなっていく。


「――す、すいません!」

「いやいや、気にしないで下さい。冒険者なんてやってるもんですから」


 慌てたように謝るのを制し、とりあえずエトムントさんに面会が出来ないか聞いて貰えるように頼むと、大急ぎで屋敷へと走っていった。


「ご主人様ー。馬はどこに繋いでおけば良いですかー?」

「……その辺の木につないでおいてくれ」


 そういえば聞きそびれてしまった。

 後で移動させれば良いか……。



---



 やがて戻って来たメイドさんに案内され、俺はエトムントさんの執務室に通された。

 俺が来た事を知って、すぐに通すように言われたようだ。

 ダニエルさんに遊びに来いと言われてはいたが、突然やってきたのにすぐに会えるとは思っていなかったな。

 運良くダニエルさんも屋敷に滞在していたらしく、執務室に同席している。

 アルマたちも一度部屋へ入れて紹介させて貰ったが、今は別室で待機させている。

 執務室はあまり広くないしな。


「いやあ、久しぶりだね。見違える程たくましくなったようだ」


 エトムントさんは相変わらずの立派な髭で気さくに話しかけてくれた。

 俺はそれほど逞しくなっていないので内容はただのお世辞だが、歓迎してくれているのはありがたいものだ。


「ええ、おかげさまで。エトムントさんとダニエルさんのおかげです。それでですね……」


 俺は袋を取り出す。

 中にはエトムントさんから借りた分に色を付けた金額のお金が入っている。


「借りていたお金をお返しします。本当にありがとうございました」

「あげたつもりで渡したものだったが……。まあ受け取っておこう。君が立派になった証だ」


 エトムントさんがそう言うと、ダニエルさんが代わりに袋を受け取った。


「ところで、記憶の方は進展はあったかね?」

「大きな進展はありませんね。ただ……」


 俺はダニエルさんから受け取った指輪について起こった事を話した。

 ただ、夢――かどうかは分からないが――に出てきた銀髪の女性の話は伏せた。

 指輪にマナを吸われ、気絶したと言う話をするに留まった。


「それは興味深い話だ。お前は遺跡に居たし、指輪も遺跡から出たものだからな。何か関係があるのかもしれない」


 あの指輪は専門家でも起動条件が分からなかったものらしい。

 だからこそ、俺が自発的ではないにせよ起動させた事に興味を持ったようだ。


「同じようなものが手に入ったらまた試して見るか?」

「いや、ダニエル。マナの枯渇で気を失ったのなら、命を落とす危険性がある。止めておいた方がいいだろう」


 どうやら、無茶をして魔法を使った結果、死んでしまったという話があるらしい。

 普通はそうなる前に気絶して終わりだが、今回の場合は外的要因でのマナの枯渇のため、下手したら死ぬ可能性は否めない。


「まあ、死ぬのは勘弁して貰いたいところですが、遺跡関係で何かあれば教えてもらえるとうれしいですね」

「なら、エドも冒険者だし迷宮攻略でもしてみたらどうだ?」

「迷宮ですか」

「ああ。前にも言ったが、遺跡が迷宮になる場合も多いし、何か情報が得られるかもしれん」


 ううむ、迷宮か。

 正直危険には飛び込みたくは無いんだが、情報源になるかもしれないのは確かだ。

 迷宮には行くべきだと思う。

 情報もそうだし、あの指輪の様な魔道具が欲しい。

 死にたくないから嫌だとは言ったが、多少の危険を犯してでも、またあの白い空間に行くべきだとは思う。

 そうでもしないと、俺がこの世界に来た理由はいつまでたっても分からないしな。


 「Cランクに上がったなら挑戦してもいい頃合いだろう。それに、実入りも良い」


 ダニエルさんいわく、迷宮は稼げる。

 様々な魔物が出るためいろいろな素材が入手出来る。

 俺は今まで魔物といえばゴブリンばかり討伐していた。

 あれは放っておくと村などに被害が出るため定期的に討伐を行わないといけないが、実は使える素材も無いし、そこそこ稼ぐようになった冒険者にとって殆ど旨味の無い依頼なのだ。

 だが、魔物にも色々ある。ゴブリンやオーク等の魔物はどこにでも居るが、特定の場所にしか居ない魔物も居る。

 往々にしてそういった魔物の素材が色々な物に役立つらしい。

 以前、迷宮は近くの街の産業になると聞いたが、つまりは魔物素材の流通などで儲けが出る訳だ。

 危険はあるが、安定して魔物を狩れるレベルの冒険者であれば、迷宮は良い稼ぎ場になる。


「上手く行けば古代の魔道具を見つけて一攫千金だ」


 古代の魔道具は殆ど流通しておらず、一部の金持ちや国で独占されている。

 よほど珍しい魔道具でも見つければ、それこそ一生遊んで暮らせる金額になるらしい。


「夢のある話ですね」

「結局、俺は現役時代のうちにはそこまでの物は見つけられなかったがな」


 そういってダニエルさんは快活に笑った。




 「め、迷宮に行くんですか?」

 「あ、ああ。まだ先の話だが、そのうち行ってみようと思う」


 エトムントさんとダニエルさんと話を終えた俺は、アルマ、ビビ、コニーを待たせていた部屋で合流した。

 二日程屋敷に滞在する事になったため部屋を一室借りたのだが、この部屋がかなり広く、ベッドも人数分ちゃんとあった。

 ダイニングテーブルも部屋に用意されており、まるでホテルのようだ。


 夕飯を部屋に運んでくれるということだったので、それを待っている間に迷宮の話を三人にした所、案の定というかビビが食いついて来た。


「迷宮が出てくる話でもあるのか?」

「迷宮と言えば冒険者を題材にした物語では定番ですよ。迷宮を攻略して一攫千金を狙うかドラゴンを討伐して名声を得る。やはりこの二つが冒険者の醍醐味です。迷宮の最奥の宝をドラゴンが守っているという物語も多いですね。やはり冒険者になったからには一度は迷宮に挑戦しないとと思っていたトコロなんですよね」

「そ、そうか」


 ビビは口早に言い切った後、俺が引き気味なのに気づいた。

 咳払いをひとつ、取り繕う。だが手遅れだ。


「ま、まあ、一般的には、人気のある、流れですね」


 どうやら迷宮はビビの大好物だったようだ。

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