四十四話 おきて、てがみ
「……知らない天井……ではないな……」
俺が目を覚ましたのは、見覚えのある場所だった。
「あ、ご主人様。起きたのですねー!」
「コニーか」
声のした方を見ると、コニーがベッドの脇にある椅子に座って居た。まんまるな耳をぴょこぴょこと動かしている。
「シスターさんを呼んできますね!」
コニーはそう言って飛び出して行ってしまう。
そうか、ここはゲーラの街の教会か。
どおりで見覚えのあるはずだ。以前にも世話になったことがある。
「そうか……教会で倒れたのか」
新年祭のお祈りをしていたときに、気を失った事を思い出した。
指輪が光り、マナが吸い取られ、よくわからない空間で銀髪の女性と話した。
あれは夢だったのだろうか。
以前にも似たような夢を見た気がする。
「指輪は……」
自分の手を見てみるとそこに指輪は無かった。
明らかにあの指輪が原因だろうし、外されたようだ。
部屋を見渡してみると、ベッド脇の棚に置いてあった。
指輪についている宝石はもう光ってはおらず、それどころか光る前の色も失い、黒ずんでいた。
程なくして、シスターを連れたコニーが戻ってきた。
シスターに体を調べられつつ、俺が気を失っていた間の事を聞いた。
教会で気絶した俺は、シスターたちに手伝ってもらい、奥にある別室に――つまりこの部屋に――運ばれた。
司祭様の見立てによると、魔法使いが体内のマナを使い切って衰弱した状態に酷似していたらしい。
何日か安静にしていれば大丈夫だろうとのことだったため、アルマ、ビビ、コニーの三人で交代で看病することになった。
家に連れ帰っても良かったが、魔法を使っていないのにも関わらずマナが枯渇するという不自然な状態だったため、念のために教会にお世話になることにしたようだ。
「体に疲労感はありますか?」
「いや、特に無いですね」
聞く所によると三日間眠り続けていたらしいので、恐ろしいほどの空腹感はあるが。
「お食事を用意しましょうか?」
「いや、良いです。うちには優秀な料理人が居ますから、体に良い食事を作ってもらいます」
豆のスープだけの食事は勘弁していただきたいのでそう言うと、コニーはやる気に満ちた顔で頷いていた。
「アルマとビビはどうしてる?」
俺は体調に問題を感じなかったので、いそいそと教会から逃げ出すことにした。
シスターは心配していたが、なんとか押し切り脱出を果たした。
今はとりあえずコニーに食事を作ってもらうため家へと向かっている。
「今日はたぶん素材収集の依頼をやってると思いますー」
俺が寝ている間も、交代で依頼は受けていたようだ。
感心な事ではあるが、本格的に俺が居る必要が無くなって来てしまった。
何か俺にも出来る事を探さないと、謀反を起こされてしまう。
無能なトップは引きずり降ろされるのが常だからな。
まあ、あいつらならそんな事はしないと信用してはいるが……。
「そう言えば、ご主人様に手紙が届いていますよー」
「手紙? 誰からだ?」
「クンツさんという方からですー。お手紙は開けずにお家に置いてあります」
クンツから手紙か。
しばらく会っていないが、いったい何の用だろうか。
「そう言えばコニーはクンツには会った事は無かったな」
「そうですねー。でもアルマさんとビビさんからお話は聞きましたよ」
「色々世話になった奴らだからな。今度コニーにも紹介しよう」
雑談をしているうちに家へと到着したので、さっそくコニーに料理をお願いした。
出来上がるのを待つ間、クンツからの手紙を読むことにしよう。
「何が食べたいですかー?」
「さっぱりしたのが良いな。流石に濃いのは胃が受け付けそうにない」
「わっかりましたー」
コニーはうきうきとした様子でキッチンへと消えていく。
手紙はダイニングにあるテーブルの上に置いてあったので、俺は定位置となった席へ座ると早速手紙に目を通した。
”エドへ
相談したい事がある。
都合が良いときに王都へ来て欲しい。
すぐに来れない場合は手紙を出してくれ。
クンツ“
クンツからの手紙はやたらと簡潔な内容だった。
他に手紙なんて貰った事はないが、冒険者はこんなものなのだろうか。
そもそも冒険者と言うのは文字はある程度読めるし名前も書けるが、ちゃんとした文章ってのはなかなか書けなかったはずだ。
クンツが書けるかどうかは聞いたことがないが、もしかしたら代筆屋でも頼んだのだろうか。
それなら短く簡潔な文章なのも納得がいく。文章が長いと金額が跳ね上がりそうだしな。
それはともかく、相談事ってのはいったいなんだろうか。
クンツ程の実力者なら、俺に依頼の相談ってことは無いだろうし、金の無心ってこともないだろう。
絶対に俺より稼いでいるはずだ。
あのイケメンが女関係で俺に話を持ってくるはずも無いし……。
となると、後は奴隷関係か家関係だろう。
クンツが持っていなくて、俺が持っているのはそれくらいだ。
「おまたせいたしましたー」
適当な事を考えて騒ぐ腹を意識しないようにしていると、とうとうコニーが待ちに待った料理を持ってやって来た。
俺は手紙をテーブルの端に追いやると、目の前に置かれた料理に襲いかかった。
「ごちそうさま。相変わらず美味かったよ」
「ふふー」
素材の味が活かされた優しい味のスープを食べ終え礼を言うと、コニーは得意げな表情をして笑った。
美味かったのは本心だが、こんな定型文な感想でも心から嬉しそうだ。
「この後はどうしますー?」
「とりあえず冒険者ギルド行ってアルマとビビと合流するか。話したい事もある」
俺が起きたのは昼も大分過ぎた時間だったので、食事を済ませる頃には日が暮れはじめていた。
素材収集程度の依頼なら、冒険者ギルドで多少待てば帰って来るだろう。
ギルド内で待っていれば、行き違いになる事も無い。
食器を片付けようと立ち上がると、俺が手を出す前にコニーがササッと片付けてしまった。
---
アルマとビビとは冒険者ギルドで待っていると、日が暮れた頃には合流できた。
二人とも俺の回復を喜んでくれたが、いきなり歩き回った事は怒られてしまった。
「まあまあ。とりあえず話があるから聞いてくれ」
俺がそう言って適当な椅子に座ると、三人も黙って席につく。
「明後日くらいからノルデン領に行く。数日滞在したら、一旦この街に戻って補給した後王都へ行こう」
「ノルデン領に……? 依頼ですか?」
「いや、領主様に以前世話になってな。お礼に行こうかと」
「では、王都へは何をしに?」
「クンツから手紙が来ていただろう。あれが相談があるから王都へ来てくれって内容だったんだ」
「それでしたら王都の方に先に行ったほうがいいのでは……」
ビビはノルデン領を優先するのが腑に落ちないようだ。
ノルデン領を優先するのは、指輪の件をダニエルさんに相談したかったからだ。
これは俺の人生に関わる重大事項だ。
病み上がりでなければ今日、明日にでもノルデン領に向かいたいくらいだ。
「ちょっと事情があってな。クンツたちには十日後に行くと手紙を出しておいた」
二人を待つ間にギルドのカウンターに行き、マティさんは居なかったので別の職員に話を聞いて見ると、手紙の受付と代筆をしてくれるということだった。
なので俺も手紙を代筆してもらい、王都の冒険者ギルド経由でクンツに渡るようにしておいた。
やはりと言うか、文字数によって代筆の金額が決まるようだったので、本当に『十日後に行く』とだけお願いしたら、職員に呆れた顔をされた。
「じゃあ今日はもう用事もないし、帰ろう」
ビビは事情と聞いて首を捻っていたが、特に問いただすことは無かった。




