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四十一話 まじ、めいわく

 アルマを先頭に洞窟を進む。

 洞窟の入り口は狭かったが、中は案外広く、余裕を持って歩けている。

 広い割に分かれ道なども無く、トンネルのように真っ直ぐだ。

 どうやら深くまで続いているようで、二番手の俺が持つ松明の灯りでは奥までは見えない。


 足跡を辿りながら、慎重に進む。


 思うに、ゴブリン等の魔物は薄暗い場所を好むのだろう。

 今までの経験からすると、洞窟に潜んでいる事が多かった。

 もちろん洞窟以外で遭遇した事もあるが、それにしたって日の光があまり届かない様な森の奥深くが殆どだった。


 例外は、腕を失った、あの時か。


 ふと、アルマが足を止める。

 目を凝らして洞窟の奥を見ると、途中でほぼ直角に曲がっていることが分かる。

 不快感を与える喚き声が、遠くに聞こえる。


 恐らくこの先に居る。

 これ以上進むと松明の光が届き、ゴブリンに気づかれるだろう。


「あの角の向こうに居ると思う。角の手前で止まり、迎え撃つ形にする」


 光に気付いたゴブリンが飛び出してきたところを弓で先制攻撃する。

 混戦になる前になるべくダメージを与えておき、先制でまずは一匹減らす。

 その後は、一対多で囲んでしまえばいつものパターンだ。

 俺はなるべく声を抑え、作戦を伝える。


「『銀の剣(シルバーソード)』で一匹受け持ってもらう。出来るか?」

「……やれます」


 答えたのはフーゴだ。エドゥアールは押し黙ったまま、ゴブリンが居るであろう闇を見ている。

 俺が離れている間にやはり何かあったんじゃないだろうか。

 エドゥアールの軽い雰囲気は霧散し、空気が重い。

 ただの緊張や、戦闘態勢に入っただけなら良いんだが……。


「じゃあ……行くぞ!」


 掛け声と共に、一斉に走り出す。

 曲がり角が近づく。ゴブリン共の(わめ)き声が騒がしくなる。

 どうやら俺たちの走る音と、近づいてくる明かりに気づいたようだ。


 曲がり角の手前、十五メートル程の距離で停止し、手に持っていた松明を投げる。

 アルマが弓を引き絞り、角から出て来るであろうゴブリンが照らされるのを待つ。

 俺も剣を持ち、いつでも動き出せる様に構え――。


「うおぉぉお!」

「なっ?!」


 俺とアルマの横を影が通り過ぎる。

 エドゥアールが剣を手に、猛然と走り出している。


「待て! エドゥアール!」


 フーゴが制止するが、エドゥアールは全く止まる気配は無い。

 そうこうしているうちに、一匹のゴブリンが姿を表す。

 だが、エドゥアールがアルマの射線を塞ぐような形になってしまい、矢を放つことはできそうにない。


 俺はチッと舌打ちをしつつも、足は前に出ていた。


「――アルマは横に回り込んで後続のゴブリンを牽制! 他はエドゥアールの援護!」


 エドゥアールにつづいて走りつつ、叫ぶ。

 アルマとビビは指示を最後まで聞かずとも動き出していた。

 フーゴも経験は浅いとはいえ、冒険者の端くれ。俺の指示に即座に反応し、走り出していた。


 エドゥアールは既にゴブリンの目前に迫っている。

 走る勢いのまま、ゴブリンへと斬りかかろうとしていた。

 だが、その動きはめちゃくちゃで、感情のままに振り回しているに過ぎない。


「クソッ! 死ね!」


 案の定、その剣はゴブリンに致命傷を与えることはなく、分厚い皮膚に浅い傷をつけるだけだった。

 ゴブリンはそんな傷は全く意に介さず、ゆったりとした動作でその手にもつ棍棒を振りかぶった。

 魔物相手には一撃離脱が基本だが、そんな事は頭から抜け落ちているのか、大して効いてもいないのにまたも剣を振り回そうとしている。


「――邪魔です!」


 最初に追いついたのは、ビビだ。俺の方が先に走り出していたのにもかかわらず、風のような疾さで駆け抜けた。

 ビビはエドゥアールの背を踏みつけ飛び上がると、空中で回転しながら棍棒を振りかぶったゴブリンの腕を斬りつけ、背後に着地した。

 腕を斬られたゴブリンにはそれほど効いてはいないようだったが、それでも軌道をずらす事は成功していた。

 ビビに踏みつけられて地面に這いつくばっていたエドゥアールに当たることは無く、地面をえぐるにとどまった。

 ゴブリンが体勢を戻す前にたどり着いた俺は、ゴブリンの無防備な顔面にめがけ、剣を突き出す。

 狙い通りに眼球へ突き刺さると、ゴブリンを蹴飛ばしながら剣を引き抜き距離をとる。


「こいつはフーゴとコニーに任せる!」


 ここでやっと追いついてきたフーゴとコニーに声を掛けると、目の前のゴブリンと他のゴブリンに挟まれる形になったビビの援護に向かう。

 幸いにもアルマの弓による牽制が上手くいっていたようで、他のゴブリン――予想通り、残りのゴブリンは三匹だった――の内、二匹はまだ距離がありビビと相対しているのは一匹だけだ。


「ここはおまかせ下さい!」


 俺が近づいて来たことに気づいたビビが、錆びついた短剣を持ったゴブリンの一撃を危なげなく避け、叫ぶ。

 後続のゴブリンはすぐに追いつくだろう。なら、ここで俺が加勢するより囲まれない様に足止めした方が良い。

 アルマと俺がそれぞれ一匹ずつ受け持ち、フーゴとコニー、役に立つかわからないが――エドゥアールの三人がゴブリンを倒し、加勢に来るのを待った方がまだ可能性はありそうだ。

 俺が片目を潰しておいたし、なんとかなると信じたい。


 「わかった! アルマ、一匹抑えろ!」


 俺の指示を聞いたアルマはダメ押しとばかりに最後に弓を放つと、短剣を両手に持ち駆け出した。

 俺も何本もの矢が刺さった二匹のゴブリンのうちの一匹に斬りかかる。


 なんで一人で魔物を相手にしなきゃならないんだ……!

 内心で毒づきながらも、恐ろしい風切り音を響かせる折れた長剣を躱した。

 油断すると死ぬのはいつもの事だ。

 Dランクばかりの三人の様子を見る余裕もなく、目の前のゴブリンに意識を集中させた。



---



 フーゴは驚愕していた。

 自分たちを馬鹿にしていたビビの身のこなしは、フーゴの想像以上だった。

 冒険者の経験の差から馬鹿にし、『弱い』と表現したのだと思っていたが、ゴブリンを一人相手取り翻弄するその姿は、間違いなく自分より上。確かに強い。


 そして、もう一人。

 短剣を両手に持ち、くるくると舞うように斬りつける、アルマという少女。

 弓を持って先制と牽制を行っていたため、てっきり遠距離担当かと思っていたし、その弓の腕も正確で、歳の割に優秀だと判断していた。

 しかしその上、近距離も出来る。

 それどころか、弓よりも短剣の方が遥かに得意なのだろうと思うほど、その動きは堂に入っている。


「――危ないですよ!」

「うおっ」


 三人目の少女、コニーの声でフーゴは我に返った。

 片目を潰されたゴブリンがよだれを撒き散らしながら振り回す棍棒を慌てて回避すると、その隙にコニーが槍で突く。

 コニーは槍の長いリーチを活かし、ゴブリンの間合いに入らないように立ち回っている。

 その動きは他の二人に比べぎこちないが、堅実にゴブリンへ攻撃を加えていく。


 自分の事をよくわかっている、とフーゴは思った。

 体格も小さく、戦い慣れていないからこそ、ゴブリンの攻撃を確実に避けられる距離を保っている。

 コニーはフーゴ達『銀の剣(シルバーソード)』と同じDランクの冒険者で、魔物討伐も初めてだ。

 孝宏は今日のために、コニーに槍の間合いを教え込み、ゴブリンに近づきすぎない様に指示していた。


「おい、エドゥアール! 起きろ!」


 フーゴはゴブリンの意識がコニーに移ったのを見て、後ろに座り込んだままの相棒に目を向ける。

 確かにコニーは初めての魔物討伐にしては上手く立ち回っているが、力が足りない。

 自分も何とかやれているが、隙をみて斬りつけるだけで精一杯で、致命傷となる一撃を与えられる程の余裕が無かった。

 このままでは、負けないにしても時間が掛かりすぎる。

 元々の作戦では『銀の剣』が一匹受け持っている間に、『役立たず(スクラップ)』が他のゴブリンを倒して合流する、いわば時間稼ぎしか任されていなかった。


 だが、『役立たず』のうち三人はそれぞれ一匹ずつのゴブリンを押さえ込んでいる。

 こちらへ加勢に来る余裕はないだろう。

 だが、フーゴとコニーだけでは抑えるだけで精一杯だ。

 このままではジリ貧。

 エドゥアールが加勢に入り一気に仕留めなければ、タフな魔物にいずれやられてしまう。


「おい、エド! なにやってんだ! このままでいいのか!」


 フーゴは普段エドゥアールと呼んでいるが、幼い頃はエドと呼んでいた。

 エドとはこの世界では珍しくもない愛称であり、よく紛らわしいことになっていたため、いつの日かそう呼ぶことをやめていた。


「……あ」


 放心して戦闘を眺めていたエドゥアールは、聞き慣れた声で懐かしい名を呼ばれ、やっと状況を把握するだけの余裕が出てきた。


「おい! 加勢してくれ!」


 この状況を招いたのは自分だ。

 感情の高ぶりを抑えきれず、仲間を危機に晒した。


「クソッ!」


 認めたくはないが、自分よりも年下の少女たちの方が、確かに強いだろう。

 エドゥアールは、そばに落ちていた愛用の鉄製の剣を手に立ち上がった。



---



「まったく! あなたは! 何を考えているんですか!」

「す、すまん」

「ご主人様の指示も聞かず! 一人暴走して!」


 俺たちは何とかゴブリンを討伐し、馬車まで戻って来ていた。

 エドゥアールは何とか立ち直ったらしく、三人がかりでゴブリンを倒したのち俺達へ加勢に来てくれた。

 一匹仕留めてしまえばあとは順番に囲むだけだったので楽なもんだったが、出来ればビビより先に俺を助けて欲しかった。

 ビビには余裕があったようだが、俺はぎりぎりだった。もう少し遅かったら何発か食らっていたかも知れない。

 しかし最後に助けに入ったアルマは優秀なもんで、加勢に入った時点でゴブリンは殆ど瀕死だった。

 放っといても一人で倒せそうな有様だった。


「ビビ、そのへんにしとこう。早く出発しないと日が暮れそうだ」


 地面に正座したエドゥアールにガミガミとお説教をしていたビビに声を掛けると、しぶしぶといった様子で俺の元へ戻ってきた。

 まあエドゥアールの暴走のせいで大変だったが、何とか討伐できたんだし俺はさっさと帰りたい。

 帰る為に準備を整えていると、ビビのお説教から開放されたエドゥアールとフーゴが近づいてきた。


 正直、明らかに俺を馬鹿にした態度を取るので、あまり話したくは無い。

 戦いぶりもなかなか良くて、期待の新人と言われるだけの事はあったし、暴走さえ無ければ俺なんかよりもよっぽど優秀だったように思う。

 とりあえず仕事だから適当に流していたが、もう終わったんだし、無能な先輩は有能な後輩なんかと関わりたくない。


「あの……今日はすいませんでした」


 俺が劣等感にまみれた思考に没頭していると、フーゴに背中を押されたエドゥアールが謝ってきた。

 フーゴも一緒になって頭を下げている。


「オレが先走ったばかりに……」

「ああ、うん。いいよ、次からは気を付けてくれれば……」

「あ、ありがとうございます!」

「じゃあ早く帰ろう……」


 まあ、次に君たちと組めと言われたら断ることにするよ……。

 内心そんな事を考えながら、馬車の御者席に乗り込む。

 『銀の剣』の二人が馬車に乗りながら「なんて心の広い人だ……」とか「またチャンスをくれるなんて……」などと話しているのは俺には聞こえない。ビビが「ご主人様はあなたがたとは器が違うのです」なんてご高説を垂れているのも聞こえない。

 絶対に聞こえないぞ。


 今日はコニーの初めての討伐だったから、帰ったら何か喜ぶことをしてやろう……。

 俺は後ろから聞こえる声を無視し、ゲーラの街に向かって馬車を走らせた。

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