四話 きがつくと、ぼうけんしゃ
どうしてこんなことに……。
俺は冒険者登録をしに、再び冒険者ギルドにやってきている。昨日ここを出るとき、もう来ることは無いだろうと思っていた。
ゴブリンを見た時に感じた恐怖。あんなものに立ち向かっていけるほど、俺は勇敢ではない。
絶対に無理だ。
ダニエルさんが俺を冒険者にすると言った時、俺は全力で反論した。
戦うなんて無理だ、死んでしまうと。
「冒険者の仕事は魔物の討伐だけじゃない、配達なんかの街中でできる仕事もある」
街中で出来る仕事なら、どこかの店に雇って貰えば良いと。
「よそ者をすんなり働かせるような店がすぐに見つかるわけがないだろう。ギルドの依頼をこなして、この街に慣れてから探せばいい」
とにかく無理だ、できないと。
「やってみなくちゃわからないだろう。ギルドにはいろんな仕事があるからな。何か得意なことも見つかるかも知れないぞ」
他にもいろいろと言ってみたが、とにかく手持ちの金がそこまで多くない事もある。手っ取り早く稼ぐには冒険者になるしかないのだ。
理屈はわかる。だが、やはり冒険者といえば荒事のイメージがある。そんなものが俺に務まるとは思えない。
ダニエルさんは俺に死ねと言っているのか?
いや、そんなことは無いのだろうが、そうとしか思えなくなってきた。どうしても俺を冒険者にしたいように見える。
冒険者ギルドの中を見渡してみる。
ほらみろ、どいつもこいつも喧嘩の強そうな強面ばかりだ。
中にはまだ若い冒険者や、ローブを着た細身のやつもいるが、なんとなく自信に満ち溢れているように見える。
きっとゴブリンなんかを見てびびるようなやつはここには居ない。
そんな事をうだうだと考えていたが、どうやらもう手遅れのようだ。
ダニエルさんが受付にいるマティさんに声を掛ける。
「エドを冒険者登録してくれ」
「かしこまりました。エドさん、文字は書けますか?」
「……書けません」
「では私が代筆させて頂きます。名前はエド・タカヒロ……と。ご年齢は?」
「十七才です」
「そうなのか。成人したてくらいだと思っていた」
この世界の成人は十五才だそうだから、少し若く見られていたようだ。まあ、十五と十七じゃあ大差はないか。
「職業はなんですか?」
「じょぶ……?」
「ああ、エドはちょっと事情があってな。職業はわからない」
「そうですか。では空欄にしておきますね」
じょぶ……職業か? 今は無職ということになるのか。でも登録が終わったら冒険者が職業になるんじゃないのか。
「何か技能はお持ちですか?」
スキル……特技とか出来る事を聞いているのだろう。ただの学生だった俺に仕事で使える様なものはないな。
「いえ、特には……」
「わかりました。では最後に、保証人はいらっしゃいます?」
「保証人が必要なんですか?」
「いえ、保証人は居なくても冒険者にはなれます。ただ、保証人がいると評価が上がりやすくなりますよ」
なるほど。信用の差というやつか。
身分のはっきりしない奴だと厳しい目で見られると。
「保証人は俺がなる。必要であればノルデン領の領主、エトムント様も保証人になって頂けるそうだ」
「あら、ダニエルさんだけでも十分なのにエトムント様まで。期待されていますね」
マティさんはそう言って俺に微笑みかけてきた。
「期待に応えられるように頑張ります……」
「では、登録はこれで終了です。ギルドタグをお渡しするので少々お待ちください」
ギルドタグとは、冒険者ギルドに登録している証の金属板で、ある程度の身分証にもなるらしい。
軍人がつけるドッグタグのようなものだろう。
「マティにはお前さんの事を頼んである。依頼のことで困ったらあいつに聞くと良い」
「……わかりました」
「じゃあ、悪いが俺は用事があるからこれで失礼させてもらう。タグを受け取ったらお前も冒険者だ。依頼を受けるなり、観光の続きをするなり好きにすると良い」
ダニエルさんはそう言って出口へ向かう。
と、思ったら振り返った。
「ああ、そうだ。明日の朝にはノルデン領に帰るが、今夜は宿にいる。最後に一緒に酒でも呑もう」
そして今度こそギルドから出て行った。
「お待たせしました。あら、ダニエルさんはお帰りに?」
マティさんが戻ってきたようだ。
ダニエルさんは用事があったようだと伝えると「相変わらずお忙しいみたいですね」と言っていた。
「まあとにかく、これがエドさんのギルドタグです。ご確認ください」
とりあえず受け取ってまじまじと見てみたが、なんの変哲も無い鉄製の板だ。手のひらに納まるくらいのサイズで、細いチェーンが通してある。
そして相変わらずなんと書いてあるのかは読めない。確認しようにも読めないんじゃどうしようも無いな。
「ギルドタグは肌身離さず持っていてくださいね。失くすと大変ですよ」
何がどう大変なのかは言わないのか。
まあいい。とりあえずは何か仕事をしてみよう。この後の予定も無いし。
「これからこなせる簡単な依頼は無いですか? 配達とか」
聞いてみるとマティさんは顎に手を当てて少し考える。
「でしたらドラゴンの討伐なんていかがですか?」
「出来るわけないでしょう……」
「うふ。冗談ですよ。残念ながら配達などは朝に集中して依頼されるので、今は無いですね」
冗談にも程がある。
というか、ドラゴンはやはりいるのか。できれば今後とも遭遇したくはないものだ。
「じゃあ、また明日の朝あらためて来ます。今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。これからも宜しくお願いしますね」
はあ、結局冒険者になってしまった。やっぱり早急に護身用のナイフくらいは必要そうだ。
周りには怖い顔のお兄さんばかりな仕事場だからな。
激しく嫌だが、なるべく目を合わせないようにしておけばそうそう絡まれたりはしないはずだ。
たぶん、きっと……。
これも生きていくために仕方の無いことだ。嫌な職場だろうと働かないと金は手に入らない。
俺が肩を落としとぼとぼと歩いてギルドを出るまで、マティさんはニコニコとこちらを見ていた。
さて、ここ武器屋だ。
午前中に見かけただけの店だが、中央通りに面しているので迷うこと無く到着した。
壁には様々な剣や槍、斧や鎚が飾っている。鎧は防具屋に売っているのだろうが、盾は武器屋の領分らしい。小さい丸い盾から俺には持ち上げられそうにもない大きな盾も置いている。
奥のカウンターには俺の半分くらいの身長の男がいる。ただし横幅は俺の二倍ではすまない。
店主はドワーフのようだ。
「らっしゃい。何をお求めで?」
ものすごく面倒くさそうに言うな。購買意欲が削がれる。
「俺でも扱えるような武器が欲しいんです。何か無いですか?」
そう言うと、店主はじろじろと俺を眺める。
背は低いが威圧感あるな。
「あんた、素人か? 自分では分からないからまず助言を求める。最近の若者はこういう謙虚さがねえからな。あんたは見どころがあるぜ」
「はあ。ありがとうございます」
「最近の若者ときたら、やれかっこいいから剣が欲しいだの、ダサいから鎚は使いたくないだの、うだうだ言いやがるからな。大体からして――」
この店主は話し好きのようだ。延々と愚痴を履き続けている。
しばらく黙って聞いていたが、終わる気配がない。
「あの! それで武器が欲しいんですが!」
「ん? ああ、すまん。あんたでも扱える武器だったな」
流石に我慢の限界で声を掛けた。最初に言った事は覚えていたようで良かった。
店主はじろじろと俺を眺めた後、カウンターの後ろにある扉から奥に行き、すぐに幾つかの武器を抱えて戻って来た。
「あんたは細身で力がなさそうだからな。それに素人ってんならこの辺だ」
失礼な事を言われた気がするが、事実なので仕方がない。
気を取り直してカウンターに置かれた武器を見る。大振りのナイフや短剣の類たぐいばかりだ。
「剣を扱ったことのない奴がいきなり刀身の長い武器を持つと怪我をするからな」
確かにいきなりロングソードを使えと言われても困る。邪魔だし。
「護身用に使いたいんで、普段から持ち歩けるようなのだとどれですか?」
「ならこれだ。軽くて特に扱いやすい」
店主が持ち上げたのは刀身の薄い片刃の短剣だった。
持たせてもらうと、流石におもちゃの剣ほど軽いということは無いが、なんとか俺でも振り回せそうだ。
「じゃあ、これください。いくらですか?」
「銀貨四枚だ。鞘と腰に下げるベルトも付けて銀貨五枚でいい」
この世界の通貨の事は屋敷にいる間に教わっていた。一般人が使用する通貨は、銅貨、銀貨、金貨とあり、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚だ。
なにげに初めての買い物なので、この値段が高いのか安いのか分からない。宿の食事も宿代とセットだし、それもダニエルさんが払ってくれているからな。
分からない以上は素直に買うしか無いだろうと思い、エトムントさんから貰った袋から銀貨を五枚取り出し支払う。
「毎度あり。ベルトの調整をしてやる」
「お願いします」
日本の街中でこんなものを持ち歩いていたら間違いなく不審者だが、この世界では特に問題は無い。
冒険者らしき人が大きな剣や槍を持ち歩いているのも、この街に来てから何度か見ている。
来るときには無かった重みを腰に感じつつ、俺は店を出た。