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三十二話 おうと、ぶらぶら

 冒険者ギルドを後にした俺たちは、まず最初に宿へ戻った。

 せっかく王都に来たのだからどこかで食事をしようかと思っていたが、よく考えれば俺たちは泥だらけな上にオークの返り血も浴びている。

 今は王都でも冒険者の多い場所に居るからそれほど目立ちはしないが、さすがにどこかの店に入るのは憚れる。

 まずは水浴びと着替えというわけだ。


 宿には直接は入らず裏へ回り、庭の井戸で鎧を軽く洗い、水浴びをする。

 大分汚れてしまったな。武器の点検もしておかないといけない。

 まあ、まずは飯と休息だ。疲労が限界に近い。


 部屋に戻って着替えを済ませ、鎧と武器を置いて宿をでる。

 廊下を少し濡らしてしてしまったが、ここは冒険者向けの宿だ。すれ違った宿の店員は、特に気にした様子もなかった。




 水浴びしてさっぱりした俺達は、三人で王都の町並みを歩く。


「なにか食べたいものはあるか?」

「私は特にはありません。ご主人様にお任せします」


 アルマも少し考える仕草をした後、首を横に振った。


「じゃあ、どっか適当に入ろう」


 そうは言っても、どこに店があるのか分からない。


 店を探してさまよい歩いていると、なんだか周りの雰囲気が変わってきた。

 どうやらスラムに近い場所に迷い込んでしまっているようだ。

 無意識に人混みを避けて歩いていたのかもしれない。


 しかし、こんなに大きく、活気にあふれているように見える王都にもスラムはあるのか。

 ゲーラの街ではスラムにはあまり近づかないようにしていたし、王都でわざわざスラムに来る必要なんて無い。さっさと引き返そう。


 そう思って立ち止まった時、路地の奥で蠢くものが視界に入った。

 路地は薄暗くてよく見えないが、どうやら人のようだ。

 目を凝らしてみると、ぼろぼろの布切れを服にした人間が倒れていた。

 痩せこけた老人のようにも見える。


 怪我人か?

 俺は思わず駆け寄ろうとしたが、ビビが服をつまんで止めた。


「あれはスラムの住人です。死にかけているようですが、助けた所で意味はありません」

「しかし」

「ご主人様が一生面倒を見る気が無いのであれば、あのまま死なせた方がきっと幸せでしょう。一時の幸福を味わっては、その後の不幸に耐えられません」


 ビビと話している間に、老人は動かなくなっていた。

 死んでしまったのだろうか。


 すると、どこから湧いてきたのか、薄汚れた格好をした数人の子どもたちが死体からぼろぼろの服を剥ぎ取った。

 あんなものまで盗む必要があるのか。

 思わず呆然と見ていると、子どもたちは俺たちをジロジロと見ている。


 声を掛けようか。

 しかし、何を。


 一瞬の逡巡の間に、今度は大人が数人やってきた。

 それを見た子どもたちが、蜘蛛の子を散らすように去っていく。

 大人たちはジロリとこちらを眺めた後、何も言わずに裸に剥かれた死体を抱えて行った。


 供養でもするのか。


「死体も、売れます」


 ビビがぼそりと言った。


 俺は何も答えず、逃げるようにその場を後にした。



-----



 スラムから退避した俺たちは、やっとの事見つけた店で食事をしている。

 店に着く頃には、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。


 食事をする間、俺は今後の予定を考えている。


 とりあえず数日は王都に居ようと思う。

 明日は冒険者ギルドに行き、クンツたちへの伝言を依頼する。

 うまく連絡が取れれば王都滞在中に会えるかもしれない。

 それと王都の依頼状況も確認しておきたい。

 ゲーラの街よりも条件が良く、安定して稼げそうであれば、将来的に王都に移住する事も考えよう。

 ああ、移住を視野に入れるなら家賃の相場も聞いておかないといけないな。

 

 その後は二、三日の観光と休養だ。

 ついでに武具屋でも見つかればちょっと覗いていこうか。


「とりあえず、目の前の予定はこんなところだ」

「クンツさんとデボラさんに会えるといいですね。オイゲンさんという方には会った事はありませんが、あのお二人のパーティメンバーなら、きっとお強いのでしょう」

「ああ、強い上に器用だ。野営のやり方なんかはオイゲンに教わった」


 二人に説明してみたが、どうやらアルマはそれどころではないようだ。

 

「アルマ、ゆっくり食え」

 

 夢中で骨つき肉にかぶりついていたアルマに注意する。

 肉を咥えたままぶんぶんと頷いているが、全く反省はしていない。

 

「はぁ……」

 

 俺はため息をひとつ吐いてアルマの事は諦め、もう少し先の予定について思考を割く。

 ビビが憐れみの目を向けている気がするが、無視だ無視。


 今回のオーク討伐をやってみて、アルマとビビがいればコブリン程度なら単独パーティでも討伐が可能だと判断した。

 だが、まだ駄目だ。

 今回の依頼や俺が腕を失った時のように、何かトラブルがあった時に対応するだけの余力が無い。

 戦力の増強はまだするべきだ。

 パーティメンバーを増やせば、それがそのまま安全性につながる。

 

 今回の収入で資金は貯まった。

 ビビと同程度か少し高いくらいなら、奴隷を買ってもなお、家賃を支払えるだけの金がある。

 奴隷を買って戦力を増やそう。

 出来れば今度こそ家事をこなせる奴隷が欲しい。

 家の掃除も大変だし、最低限の自炊が出来るようになりたいものだ。

 

「ご主人様」

「ん?」

 

 ビビに声を掛けられ、思考を中断する。

 ビビの視線の先を追うと、アルマがこくりこくりと船を漕いでいた。

 いつの間にか二人とも食事は食べ終わり、俺のことを待っていたらしい。

 俺は急いで残りの飯を掻き込むと、アルマの手を引きながら店を後にした。

 

 宿に着く頃にはビビも疲労の限界を迎え、まぶたが重そうにしていた。

 俺ももう限界だ。

 俺たち三人は、倒れこむようにして眠りに落ちていった。



***



「さて、次はどうしようか」


 朝一で冒険者ギルドに行き、伝言を依頼した。

 これから仕事に向かうであろう冒険者たちがギルド内でごった返していて、この人の多さはさすが王都、と言ったところか。

 案の定依頼書の張ってある掲示板の前も人垣が出来ていて、王都の依頼状況を確認するのもひと苦労だったが、時間を掛けつつも何とか一通り目を通すことが出来た。

 その頃には殆どの冒険者たちが依頼に向かったようで、ギルド内は落ち着きを取り戻していた。


 冒険者ギルドを出たあと、とりあえず街並みを見ながら歩いていたが、そろそろ昼時だろうか。

 適当にそこらの店をぶらついて、飯が食えるところがあれば、そこで昼にするのもいい。


「あの、ご主人様」

 

 そう思って辺りの店を眺めていると、ビビから話しかけられた。

 

「どうしたビビ」

「もしよろしければ、図書館へ行っても良いでしょうか?」

「図書館なんてあるのか」

「はい、王都には王立図書館があります」


 ゲーラの街にも本屋はあったが、図書館は無かった。

 デボラに魔法について教えてもらって魔導書とやらにも興味があったところだ。

 買うほどではないが、タダで読めるなら読んでみたい。


「俺は良いが、アルマも良いか?」


 アルマは少し考える様子を見せたが、素直に頷いた。


「じゃあ図書館に行こう。でも、もう昼時だから途中で飯にしようか」


 ビビもアルマも特に反論は無かったので、二人を連れ立って歩き始めた。

 歩き始めてから図書館の場所を知らないことに気づき、適当に通行人を捕まえて図書館の場所を聞き出したところ、歩き出した方向とは逆だった。


「なんで場所を知らないのに自信満々に歩き始めたんですか?」

「……気にするな」




 王立図書館は、外見だけ見ると美術館のような印象を持つ建物だった。

 装飾が施された入り口の大きな扉は開放されている。どうやら自由に入っても良いようだ。

 図書館の前は広場のようになっていて、何台も屋台が出ている。ベンチもあるようだし昼は屋台で済ませるとしよう。


「とりあえず昼はこれで済まそう」

 

 適当に目に付いた屋台で何かの肉を串に刺して焼いたものを買う。

 何の肉だろうか。かなりボリュームがある。

 二人にも串焼きを渡し、肉を齧りながらベンチに座る。

 かなりスパイシーな味だ。

 臭みを無理やり香辛料で抑えたのだろうか。


 俺が歯ごたえのある肉に苦戦しつつも半分ほど食べ終えたころ、アルマの手の中にはただの串しかなかった。

 早えな、おい。

 

「お前聞いたか、盗賊団の話」


 アルマの顎の強靭さに驚愕していると、近くのベンチから話し声が聞こえてきた。

 どうやら俺たちと同じく、屋台で昼を済まそうとしているようだ。


「近くの村が盗賊にやられたって話か? 大分でかい盗賊団らしいな」

「その盗賊団、姫さまが潰したらしいぞ」

「姫さまって、ツェツィーリア姫さまか。さすがSランク冒険者だなぁ」


 ローマンさんが話していたお姫様の事か。

 魔物退治だけじゃなく、盗賊団も相手にしているのか。

 衛兵かなんかの仕事な気もするが、冒険者にも依頼が来るようだ。

 そのうち俺もそういった人間相手の依頼を受ける機会があるかも知れないな……。


「さすがに何人か逃げたらしいが、頭領は捕らえたと聞いたから、盗賊団自体はもう心配いらないってよ」

「そりゃあ助かる。俺のお袋が襲われた村の近くに住んでるから心配だったんだ」


 噂話をしていた二人組は、あっという間に串焼きを食べつくすと、お姫様の素晴らしさを語りながらどこかへ去っていった。

 アルマといい、あの二人といい、異世界人は顎が強いな。


「ご主人様」


 声を掛けられ振り向くと、ビビの手には串だけが残っていた。

 どうやら食べ終わっていないのは俺だけのようだ。

 肉を口に詰め込み急いで食べ終え、二人を伴って図書館へ足を踏み入れた。

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