三十一話 たっせい、ほうこく
何とかオークを倒した俺たちがローマンさんの所へ駆けつけた時、ローマンさんは、無事だった。
無事だったが、血塗れで、泥塗れだった。
傷だらけで、疲労困憊だった。
もう少し加勢が遅れれば、間に合わなかったかもしれない。
大きな怪我は無いように見えるが、おそらくもう一撃オークの攻撃を耐えるのは無理だっただろう。
それでも、ローマンさんからは気迫が、気合いが、凄みが感じられた。
何度吹っ飛ばされても立ち上がり、勝てなくとも、一歩も先に進ませなかった。
加勢が来るまで立ちふさがり、結果を出した。
――俺が抑える!
その言葉を実現した。
俺はこんなに格好いい男を、いや馬を知らない。
「ローマンさん、下がって! あとは俺たちが――」
「何言ってやがる! 俺はまだまだ余裕だぜ!」
俺の言葉を遮り、ローマンさんは盾を構えた。
その後ろ姿からは、依然として威圧感を放っていた。
俺は思わず笑ってしまった。
怪我をしていようと、疲労困憊だろうと、それでも俺なんかより頼りになりそうだ。
剣を構え、ローマンさんに並び立つ。
さっさとこいつも片付けて、イェニーさんたちの加勢に行こう。
頼りになるローマンさんと一緒なら、きっと楽勝だ。
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「あー、疲れたぁ!」
アデリナさんが足を投げ出し、座り込む。
確かに疲れた。
オークを三匹も相手にし、一撃でも食らえば終わりだなんて緊張の連続で、疲れない方がおかしい。
しかし、よく倒せたもんだ。
いまだに手が震えている。
「気を抜くのはまだ早いぞ。見たところこの広い空間で行き止まりの様だが、さっさとこの洞窟から出た方がいい」
ローマンさんの言う通りだ。
外からまた魔物が入ってくる可能性もある。
「いや、やはりその前にあの亡骸を調べておこう」
ローマンさんはそう言うと、ふらふらと、オークの食い散らかした死体へと向かう。
「エド、すまんがローマンに肩を貸してやってくれ」
「わかりました」
「おいおい、俺は大丈夫だ」
「無茶をするな。一番重症なのはお前だ」
「へいへい、わかったよ」
俺の肩を借りたローマンさんが死体へ向かうという事は、必然的に俺も死体へと近づかなければならない。
正直見たくはないが視界へ入ってしまう。
直視するのも耐え難い有様だ。
まともな四肢はひとつもなく、頭は潰れ顔も分からない。
中身はを食われたのか、お腹の部分がぽっかりと空いている。
ローマンさんは死体の胸元から何かを引きちぎった。
「ギルドタグがあった。恐らく王都の冒険者だろうから、タグは王都の冒険者ギルドへ届ける。さあ、行こう」
勝利の余韻もどこかへ行ってしまった俺達は、洞窟を出るまで一言も喋らなかった。
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洞窟は行き止まりで、迷宮とは繋がっていなかった。
だが、オークが三匹も出た。
あの迷宮が出現する前は、この近辺でのオークの目撃情報は少なかった。
迷宮がでてから急に三匹ものオークが現れるのはおかしい。
あの洞窟ではないどこかに、迷宮に繋がる穴が出来ている可能性がある。
早急に再調査をする必要がある。
王都の冒険者ギルドの個室で、ローマンさんはそう話した。
話を聞いているのは、生真面目そうな顔をした、細身の男だ。
ローマンさんは面識があるようだし、緊急時ということもあって俺への自己紹介は無しだ。
まあ、特に興味もないしそれはいい。
「報告ありがとう、ローマン。後はこちらに任せて、ゆっくり休むと良い」
「ああ、そうさせてもらおう」
ローマンさんは傷を癒す必要もあるので、王都にしばらく滞在する必要がありそうだ。
ゲーラの街への報告は王都の冒険者ギルドからやってくれるらしいし、依頼の報酬もここで受け取れると言っていたから、俺たちもしばらく王都に滞在しようかな。
部屋を出た俺たちはギルドのロビーへ向かう。
王都の冒険者ギルドはゲーラの街のギルドと比べ、かなり広くなっている。
やはり冒険者の数も多いのだろう。
「俺とユーリアは教会で治療を受けてくる。お前たちは報酬を受け取っておいてくれ」
そう言ってローマンさんとユーリアさんはギルドを後にした。
あの二人は盾を持った壁役だからな。
ユーリアさんはどちらかと言うと攻撃をいなすタイプだから怪我はしにくいようだが、それでもオークの攻撃では少なからず負担があったのだろう。
受付に声を掛けると、話は通っていたのだろう。すぐに報酬の入った袋を持って来てくれた。
何故か俺が代表して中身を確認すると、最初に聞いていたよりもかなり多くの金額が入っていた。
「今回の討伐は予定外にオークが三匹出ましたので、その分を緊急依頼として上乗せさせて頂いております」
俺が疑問に思ったのをすぐに見ぬいて受付の女性が説明する。
なるほど、確かにオーク三匹の討伐で最初の報酬額では割に合わない。
予定外の臨時収入だが、これで暫く家賃の心配をしなくて済むのはありがたい。
「それと、エド様とアルマ様はCランクへと昇格になりますので、ギルドタグをお預かりします」
ああ、そう言えば、この依頼は昇格試験も兼ねていた。
試験には合格したということか。
個室で説明をするときにローマンさんが戦闘の状況も話していたし、それで判断したのだろう。
「申し訳ありませんが、ビビ様はまだ経験が浅いということで、合格は保留となっております」
「そうですか。まあ仕方ありませんね」
俺とアルマがタグを渡すと、受付嬢がビビへと説明した。
そもそも俺だけ試験を受けたつもりだったが、パーティ全員を試験対象にしてくれていたんだな。
「ですが、実力は充分あると報告を受けておりますので、すぐにでもCランクへ上がれますよ!」
受付嬢のフォローを聞いて、アルマもぶんぶんと首を縦に振っている。
それを聞いてビビも嬉しそうだ。
実力で言えば俺よりビビの方が強いからな。
俺が受かった方が不思議だ。
受付嬢はフォローが上手くいったのに満足したのか、タグを持って奥へと引っ込んでいった。
じゃあ、待っている間に報酬の分配と行こうか。
報酬のうち治療費としていくらか抜き、残りを三等分する。
これは出発前に決めていたことだ。
よほどの事がない限り三パーティで均等に分ける。
今回はローマンさんの負担が大きかったので多めにしようかとイェニーさんに言ってみたが断られてしまった。
「治療費が足りなかったら言って下さい。その分は大きな怪我の無かった俺達が負担します」
「なら、そうしてもらおうかしら」
アデリナさんは遠慮なくそう言った。
冗談ぽく笑っているが、恐らく本気だろう。
「じゃあ私はユーリアの様子を見に行くわ。姉さんはどうする?」
「私も行こう。エドたちはタグを受け取ったら好きにするといい」
「わかりました。流石に疲れたので、食事をしたら宿で休んでいると思います」
アデリナさんとイェニーさんは、手を振りながら去っていく。
それから程なくして、奥から受付嬢が戻ってきた。
受け取った新しいギルドタグは、以前とは違う金属になっているようだ。
何の金属かは分からないが、Dランクまでの鉄板と比べ、赤みがかっている。
アルマはそれを受け取りはしゃいでいる。
あれだけの戦闘の後に殆ど休まず王都に戻ってきたのに、元気だな。
ビビもアルマに良かったですね、なんて声を掛けているが、その目は羨ましそうにタグを見ている。
大丈夫さ。
受付の人も言っていたが、きっとすぐにCランクになれる。
未だにはしゃいでいるアルマと空腹で騒ぐ腹をなだめながら、冒険者ギルドを後にした。




