三十話 さんにんで、いっぴき
「入り口側! 新手二匹!」
アデリナさんの鋭い声が洞窟に響く。
いつもは余裕ぶった話し方をするアデリナさんも、さすがに焦っている様子が伺える。
焦るのも無理は無い。
今は余裕があると言っても、それは一匹のオークを七人で囲んでいるからだ。
それが三匹になる。
絶対に勝てないとは言わない。
だが、七人のうちの二人は子供で、一人は俺だ。
勝てる確率は絶望的と言わざるを得ない。
どうする?
逃げるか?
いや、新手がやってきたのは入り口側だ。
完全に挟み込まれている。
逃げるにはあの二匹をどうにかしなきなゃいけない。
それは無理だ。
「ブギャアアアアア!」
俺が悩んでいる間にも、新手のオークはこちらに近づいている。
仲間がやられているのに気付き、雄叫びをあげている。
「役立たずはこのまま正面のオークをやれ!」
ローマンさんから指示が飛ぶ。
この場で一番経験が豊富なのはローマンさんだ。
彼の指示に従うのが一番生存率が高いだろう。
どちらにせよ、どんな指示だろうが俺に代案を考える余裕なんてない。
従うしか無いのだ。
「イェニーは双百合と新手の片方だ! 残りの一匹は俺が抑える!」
無理だ。
一人でオークを抑える?
いくらローマンさんでも、それは無謀すぎる。
俺は叫ぼうとした。
無理だと。
逃げるべきだと。
逃げる方法なんて思いつかないが、口をついて出そうになった。
だが、目の前のオークから振り下ろされる棍棒に気付き、叫び声を飲み込み俺は飛び退った。
その一瞬の間に、俺以外の仲間は全員動き始めていた。
ローマンさんは新手のオークの一匹に体当たりをぶちかまし、気を引いた。
アデリナさんはもう片方に弓を放ち、怯ませた。
イェニーさんがその隙を突き斬りかかり、ユーリアさんは二人を守る様に立ちふさがった。
アルマとビビでさえ、抜けた四人の穴を塞ぐ様に、飛び退いた俺を守る様に、傷だらけオークに立ち向かっている。
もう状況は動き始めている。
いまさら逃げ出すなんて選択肢が取れるはずも無い。
退路は最初から無かったが、もう、立ち止まり考える時間さえ無くなっていた。
やるしか無い。
死にたくなければ、立ち向かうしか無い。
怖がって立ち尽くしても死ぬだけだ。
なら、立ち向かい死んでも同じだ。
俺は、剣を握りしめ、地面を蹴り飛ばした。
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アルマは弓を投げ捨て、買い与えていた短剣を二本両手に持った。
いい判断だ。
俺とビビの二人で前衛をしても、こいつの動きは止められない。
三人ともオークに張り付いてしまったほうが、相手は動きにくく、俺達への的を絞れないだろう。
「アルマ! 左へ飛べ!」
俺の指示を聞いたアルマは即座に飛んだ。
目標を失ったオークの棍棒が地面へめり込む。
俺は刹那の間静止した棍棒を踏みしめ、オークの顔面めがけ、剣を突き出す。
オークは身を捩り、俺の剣は頬をかすめるだけに終わった。
「ビビ! 腕だ!」
「はい!」
踏みしめた棍棒をそのまま踏み抜く要領でオークの頭上を超えた俺は、ビビにも指示を飛ばす。
棍棒を踏まれた上に身を捩っていたオークはビビの剣を躱せない。
棍棒を持つ腕オークの腕から血が舞う。
俺はオークの背後に着地し、即座に脚を狙い斬りつける。
渾身の力を込めたにもかかわらず、オークは俺に見向きもせず、ビビの方を向いたまま棍棒を振り上げようとした。
ムカつくことに俺の事は眼中に無いようだ。
「首だ!」
何度もオークの脚を斬りつけながらアルマを呼ぶ。
俺の声を聞いた瞬間、アルマは跳躍し、オークの首めがけて短剣を振るう。
俺の力ではオークを怯ませる事は出来なかったが、急所である首を狙ったアルマの攻撃なら、オークも多少動揺するはずだ。
予想通り、いざ振り下ろそうとした瞬間に首を切りつけられたオークの棍棒は軌道をそれたようで、ビビも余裕を持って躱すことができた。
俺の攻撃はあまり効いている気がしないが、アルマとビビの剣は確実にオークにダメージを与えている。
アルマの動きはオークを軽く凌駕する速さだ。
盾をもたない俺達がオークの棍棒をくらえば、恐らく一撃で戦線を離脱する事になるだろうが、三人できちんと連携を取れば棍棒が当たることは無い。
先程までと比べて余裕は無いが、なんとか対応できている。
幸いにもこのオークは、先程まで七人で滅多斬りにしていたおかげでダメージは蓄積している。
最初よりも動きは緩慢になっている。
慎重にやれば、勝てる。
だが、そんな悠長にはしていられない。
様子を見る余裕はないが、今頃ローマンさんは一人でオークと対峙しているはずだ。
それに、死への恐怖と緊張で、思った以上に疲労している。
俺の方も長くはもたない。
チャンスを見つけて一気に畳み掛けないと駄目だ。
――見極めろ。
数分。いや、もしかしたら数十秒くらいなのかも知れない。
アルマとビビに指示を飛ばしながら、オークと対峙していると、ついにチャンスが来た。
俺がひたすらに脚を狙ったおかげか、それとも血を流しすぎてしまったためか、オークが片膝を地面に着いた。
――今だ!
「アルマ、思いっきり行け!」
最後で人任せなのは情けないところだが、三人の中で一番攻撃力が高いのはアルマだと判断した。
アルマは俺の指示を聞くと、凄まじい程の速度でもって、オークの首を切り裂いた。
その時、俺は確かにアルマの剣が煌めいているのを見た。
オークは口からドブ川の腐った様な色の血を撒き散らしながら、最後の断末魔を上げた。
前のめりに倒れたオークは、ぴくりとも動かなくなった。
出来れば暫く本当に死んだか様子を見たかったが、そんな時間は無い。
「――ローマンさんを助けに行くぞ」
俺はぼそりと告げると、がくがくと震える膝を無理やり動かした。




