表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/55

三話 はじめての、まち

「今向かっているゲーラの街はな、ノルデン領ではないがノルデン領出身のやつが結構多く居るんだ」


 今、俺は馬車に揺られている。

 正直乗り心地は良くない。

 尻の痛みに耐えつつダニエルさんに街の情報を聞いている。


「どうしてノルデン領出身の人が多いんですか?」

「ノルデン領は農業や牧畜ばかりやっていてな。まあ、田舎なんだ。人の集まるような街が無い。そこでノルデン領の若者がひと山当てようと思ったら、一番近いゲーラの街に行くんだ」


 確かにエトムントさんの屋敷の周りも畑くらいしか無かった。あとは遺跡のあった森。


「ノルデン領を出ようと思ったら必ず通る街でもある。逆も然り。つまりお前さんがノルデン領の外から来たのなら、必ずゲーラの街を通っているはずだ」


 なるほど。俺を知っている人が居る可能性が高いと思ったのか。


「ゲーラの街には冒険者ギルドがあるから、まずはそこに行く。そこでお前さんの特徴を書いた張り紙をさせてもらうつもりだ」

「冒険者ギルドがあるんですか。と言うか張り紙なんてさせてもらえるんですね」

「まあ、依頼料は発生する。確かな情報なら銀貨一枚ってところか。前払いでギルドに金を預けておくつもりだ。こういった形式の依頼は珍しいが、全く無いってわけじゃない。それにゲーラの街の冒険者ギルドは顔なじみだから大丈夫だ」


 その後もダニエルさんと話しながら馬車での移動は続く。

 周りはずっと平原や畑の中、何の問題もなく街道を進んでいる。

 まあ、尻が痛いという問題はあるが、些細なことだ。




「見えてきたぞ。あれがゲーラの街だ」


 日が傾き始めた頃、ダニエルさんが言った。目を凝らして馬車の先を見てみると、壁が見える。


「壁の真ん中に門が見えるだろう。あそこから入るんだ」


 屋敷に滞在している間に聞いたことだが、この世界の街は壁に囲まれている事が多いらしい。

 大抵は魔物の侵入を防ぐためのもので、昼は門を開けているそうだ。

 このゲーラの街も例に漏れず魔物対策の壁で、入る時に門で止められたりはしないらしい。



 馬車が三台は並走出来そうな門をゆっくりとくぐる。くぐる際、ダニエルさんは門番に会釈していた。おそらく知り合いなのだろう。

 街の中は思ったより人が少ない。ぽつぽつと通行人が居るくらいで獣人や魔族も見当たらない。

 少しがっかりしているのがわかったのか、ダニエルさんが苦笑している。


「ここは街の中でも外れの方だからな。中心に行けば賑わっているぞ」

「ははは……ちょっと気がはやってしまっていたようで。ところで、冒険者ギルドも街の中心にあるんですか?」

「そうだ。冒険者ギルドなんかの主要な施設は全て中央通りにある。人通りが多い分、屋台なんかの店も多いぞ」

「それは楽しみですね」


 ダニエルさんと会話をしている間にも街の中心へ近づいているらしく、徐々に人が増えてきた。

 あ、猫耳の生えた人がいる。こっちにはトカゲのような顔。

 軽鎧をまとった兎耳の女性に、バカでかい剣を背負ったやつも居る。

 屋台で肉を焼いているのは……なんだ人族か。

 ローブを着ている人もいる。魔法使いだろうか。


 ああ、こういう景色を見るとファンタジーって感じがするなぁ……。

 俺が周りの景色に夢中になっていると、そこそこ大きな建物の前で馬車が止まった。

 看板に何やら文字と絵が書いてある。この世界の文字は読めないが、おそらく冒険者ギルドと書かれているのだろう。


「着いたぞ、ここだ」


 冒険者ギルド。

 魔物の討伐から素材の収集、果ては荷物の配達や掃除まで、様々な依頼の集まる場所。

 日銭を稼ぐろくでなしが入り浸り、一攫千金を夢見る若者が門を叩く。

 まあ、俺には関係の無い場所だ。

 依頼を出したらもう来ることも無いだろう。


 ダニエルさんの後に続き、冒険者ギルドに足を踏み入れる。

 正面にはカウンターがあり、受付らしき職員がいる。

 左側にはテーブルが並んでいる。どうやらここで食事もできるようだ。日暮れどきということもあってか、席は殆ど埋まっている。


「おう! ダニエルじゃねえか! 久しぶりだな!」


 俺たちが入ってきた事に気付いた何人かのうち、馬面の男……いや、馬の獣人の男が声を掛けてきた。

 ダニエルさんはそれに片手を挙げて答える。

 顔なじみというのは本当らしい。馬の獣人以外にも何人もダニエルさんに手を振って挨拶している。


「冒険者ギルドへようこそ。ダニエルさん、お久しぶりです」


 受付へ行くと、職員らしき女性が声を掛けてきた。ボブカットとそばかすの似合う人族の女性だ。

 白いシャツにロングスカートを履いている。職員は皆同じような服を着ているので、おそらく制服なのだろう。


「依頼をひとつ頼みたい。こいつはエドってんだが、こいつのことを知っているやつを探している」


 ダニエルさんは言いながら俺の背を押し、前に出した。

 これは自己紹介しろって事か?


「江戸孝宏といいます。よろしくお願いします」

「エド・タカヒロさんですか。私はマティルデです。マティと呼んでください」


 マティさんはスカートの端をつまんで頭をさげる。カウンターで見えないが、そんな感じの動きだった。


「それで、依頼の詳細だが───」


 ダニエルさんとマティさんが依頼の内容を詰めている最中、暇になった俺は改めて冒険者ギルドの中を見ていた。

 入った時には気づかなかったが、入り口の脇にボードがあり、いくつもの紙が貼られている。あそこで自分に合った依頼を探すのだろう。

 今は一人しかボードを見ていない。兎耳の冒険者だ。あれ? あの兎耳、来る途中でも見たな。

 白い耳に白い鎧だからおそらく間違いないな。


「エド、終わったぞ」

「あ、はい。次はどうするんですか?」

「次は宿だ。すぐにでも飯にしたいところだが、部屋を確保してから宿で食おう」

「そうですね。それじゃあ行きましょうか。あ、マティさん、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。また来てください。エドさんも、ダニエルさんも」

「ああ、それじゃあな」


 俺たちが冒険者ギルドを出る際、ダニエルさんはまたも他の冒険者たちに声を掛けられていた。人気者だな。


「宿は決めてるんですか?」

「ああ、知り合いがやっている店がある。この街に来るときはいつもそこだ」


 その宿というのは、冒険者ギルドからほど近いところにあり、馬車を預けることができ、食事も美味く、しかも値段も安い。

 ダニエルさんの説明を聞く限りすごく良い所のようだ。

 日も暮れたこんな時間に行って部屋が取れるものなのだろうか。


「心配ない。あの宿は店主の知り合いや若い冒険者しか泊めないんだ」


 ダニエルさんに聞いてみるとそんな答えが返ってきた。


「どちらかと言うと宿より飯がメインだな。そっちは知り合いじゃなくても入れる」


 なるほど宿はおまけみたいなものなのか。なら食事には期待出来そうだ。




 宿の食事は確かに美味かった。

 エトムントさんの屋敷の食事に比べるとなんとなく野性味を感じるが、味はこちらのほうが上だろうと思う。

 部屋の質は屋敷の方が上だったが、値段も安いらしいし十分だろう。


 ちなみにだが、宿は十日分とっている。ダニエルさんが餞別だと言ってお金を払ってくれていた。

 そのダニエルさんは二日分しかとっていない。それが過ぎればノルデン領に帰るらしい。


「昼まで俺は用事がある。お前さんは観光でもしていてくれ」


 ダニエルさんと朝食を食べていると、そんな事を言ってきた。


「昨日も多少見えただろうが、中央通りを歩けば色んな店がある。行ってみると良い」

「わかりました」

「裏通りにはあまり入るなよ。それと南の方はスラム街になっているから近づくな。中央通りなら人も多いから大丈夫だろうが、スラム街は昼でも危ない」


 スラム街があるのか。そんな場所に行く気はないが、聞いていなければ迷い込む可能性もあったな。


「観光するなら中央通りを北に進むと教会があるわよ。ステンドグラスが綺麗だから見に行ってみたら?」


 観光の注意点を聞いていると、後ろから声を掛けられた。

 この宿の看板娘のハンネさんだ。綺麗な金髪を後ろにまとめ、お盆を胸に抱えている。今はお盆で見えないが、相当な破壊力を秘めているのは昨日の時点で把握している。

 ダニエルさんは言っていなかったが、ハンネさんもこの宿のセールスポイントのひとつだろう。昨日夕食を食べている時、多くの客が声をかけていた。恐らくハンネさん目当ての客だ。


「教会ですか。行ってみようと思います」

「お昼には二人とも戻ってきてね。昼食を用意しておくから」

「ありがとうございます」


 朝食を食べ終えると、ダニエルさんは早々に宿を出て行ってしまった。

 ここでじっとしていても仕方がないので、俺も出発することにした。




 宿を出て中央通りを北に向かって歩いている。教会を目標として、途中の店を見て回る予定だ。

 こうして歩いていると、馬車から見るよりも細かい所に目を向けることができるな。

 昨日は獣人族のような目立つ人ばかり目に入ったが、人族よりちょっと耳が長いだけの種族や、子供くらいの身長の髭を蓄えた種族もいる。いわゆるエルフやドワーフといった種族だ。ちなみにエルフやドワーフは獣人族ではなく、魔族の一種族らしい。


 魔族は魔法の扱いに長けた種族で、獣人族は様々な身体的特徴に優れた種族。

 人族は魔族ほど魔法は扱えないし獣人族より力も弱い。

 だが、技術力に優れた種族とのことだ。


 それぞれの長所を活かして共存、繁栄しているのだ。


 ダニエルさんの言っていた通り、中央通りには様々な店があった。

 武器屋、防具屋、雑貨屋、服屋、薬屋などなど。看板は読めないが、扉が開けっ放しの店が多く、中を覗けばだいたい何の店かはわかる。

 本屋のような店もあったが、この世界の文字が読めない俺には関係が無かった。

 何かの肉を焼いて売っている屋台も多く出ていて、匂いに釣られそうになる。


 あっちの露店を冷やかし、こっちの屋台の匂いを堪能しつつ歩いていると、人だかりが見えた。

 野次馬根性丸出しで近づいてみる。


「てめぇ! ふざけんじゃねえぞ!」

「そっちが悪いんだろうが!」


 どうやら喧嘩のようだ。

 冒険者風の人族と毛むくじゃらの熊のような獣人族が言い争っている。

 あ、人族が手を出した。

 こうなるともう止まらない。お互いに殴り合いの喧嘩に発展していく。

 周りの野次馬は止めるどころかむしろ煽っている。


「ふばぁッ!」


 ストリートファイトは熊獣人の勝利で終わった。

 ふっとばされて気絶した冒険者風の人族は、何人かの男たちに引きずられて消えていった。

 それを見て野次馬たちも何事も無かったように去っていく。

 どうやらここでは日常の光景のようだ。


「……護身用に何か買おう」


 帰りに武器屋に寄る事を決め、俺も人混みに紛れた。




 教会のステンドグラスは確かに綺麗だった。

 日本に居た頃に教会へ行く機会は無かったので、現代と比べて綺麗かどうかはわからない。

 教会の中にはちらほらと人が居る。

 祈りを捧げていたり、何をするでもなく教会の中を眺めているやつも居る。

 ステンドグラスを眺めていると、恐らくシスターであろう女性が近づいてきた。


「こんにちは。教会へはどういった用件で?」


 タレ目のおっとりとした雰囲気の人だ。

 にこにこと微笑みながら声をかけてくる。


「この街には昨日来たところでして、観光のようなものです。この教会のステンドグラスが綺麗だと伺いまして。」

「あら、そうでしたの。旅をしておられるのですか?」

「いえ、旅というわけでは無いです。しばらくこの街に住む事になると思います」

「まあ、でしたら何か困った事がありましたらどうぞまたいらして下さい。何かお手伝い出来ることもあるかもしれません」

「ありがとうございます」


 シスターと雑談をしていると、なんだか少し騒がしくなってきた。


「シスター! お腹すいた!」

「今日のお昼はなにー?」


 人族、獣人族、魔族入り混じった子どもたちが元気に教会へ入って来た。


「騒がしくてすいません。彼らはこの教会で世話をしている子どもたちです。孤児院のようなこともしてまして」

「そうなんですか、元気が良くていいですね」


 そろそろお昼時のようだし、俺も宿へ戻ろう。

 シスターに挨拶をし、子どもたちへ手を振って教会を出る。

 お昼のメニューを聞いた子どもたちの喜ぶ声が後ろから聞こえてきた。




 宿に戻ると、既にダニエルさんは昼食を食べていた。

 カウンターに座り、宿のオヤジと話している。

 宿の主人は皆からオヤジと呼ばれている。

 誰も名前で呼ばないし、本人も名乗らなかったので俺もオヤジと呼ぶことにしている。


「オヤジさん、お昼お願いします」


 オヤジに声を掛けながらダニエルさんの隣へ座る。


「おう、戻ったか」

「すいません、遅くなったようで」

「気にするな」


 食事はすぐに出てきた。朝にハンネさんが言っていたとおり用意していてくれたようだ。

 ダニエルさんはもうほとんど食べ終わっているし、いつもより少し急いで食べよう。


 あ、そういえば武器屋に寄るのを忘れていた。

 まあ午後からはダニエルさんも一緒だし、早急に買う必要も無いだろう。


「飯を食ったら冒険者ギルドに行く予定だ」

「冒険者ギルドですか。今度はどういった要件なんですか?」

「エドに冒険者登録をしてもらう」


 ……マジですか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ