二十一話 じょぶと、やすみ
「あなたの職業は、私にはわかりません」
目の前の神父は、申し訳無さそうな顔をしている。
「わからない?」
「ええ、本来であれば私の頭の中に、こう、スッと浮かんで来るんですけどね」
なんだそりゃ。曖昧な表現だな。
俺とアルマは教会に来ている。
俺が何日かお世話になったあの教会だ。
とりあえず今日は冒険者の活動を休む事にしたが、じゃあ何をして過ごそうと考えた結果、職業を調べることにしたのだ。職業を調べるのは教会で神父に見てもらうと良い、とマティさんから聞いたため、こうして足を運んでいる。
が、俺の職業は分からないらしい。
「私の信仰が足りないのでしょうか。お力になれず、申し訳ありません」
信仰の問題なのか?
確かマティさんが、職業は神様に与えられる役割だとか言っていたな。
と、いう事はだ。
俺はこの世界の住人ではないから、神様に役割は与えられていないということかも知れない。
「とりあえず俺はもう良いんで、こっちの子も見てもらえますか?」
なんか手を組んでぶつぶつ祈り始めた神父を引き戻す。
「え、ええ。分かりました。ではお嬢さん、お手を」
神父はアルマの前に立ち、アルマの手を取り、手の甲に指を当てる。
アルマは珍しく神妙な表情だ。
数秒ほど神父は目を閉じ集中する。
「分かりました」
お、今度はすぐ分かったようだ。
俺の時はあの状態のまま数分もうんうんと唸っていたからな。
ちゃんと分かるときは早いんだな。
アルマは神父を見つめながらゴクリと喉を鳴らす。
「……あなたに神が与え給うた職業は、『従者』です」
……メイド?
エトムントさんの館で見たあのメイド?
それともどっかのお店で給仕をしているメイド?
クンツがアルマを見て才能があるとか言っていたが、メイドは戦闘職なのか?
いや、そんなはず無いよな……?
じゃあアルマは戦闘より掃除の方が向いているということか?
正直な話、冒険者として生活費を捻出している現状において、戦闘に向かない職業ってのは痛い。
戦闘系の職業だと技能スキルを覚えやすいって聞いたし。
でも、クンツに才能があると言われ、実際にどんどん強くなっているアルマが戦闘に向いていないと言われてもピンと来ないな……。
なら、やはりメイドは戦闘職ということになる。
「では、ぜひとも神へのお気持ちを」
「は?」
神父に声をかけられ、思わず考え込んでいたことに気づく。
アルマは手を差し出した体勢のまま固まっていて、神父はそれを放置して俺の前に立ち、手をモミモミと見つめてくる。
あ、ああ、お布施ね。金払えって事か。
俺は銅貨を何枚か取り出すと、神父に手渡す。
「他に何か私に力になれることはございますか?」
「あ、いや、大丈夫です。ありがとうございました」
あんまり長居しても迷惑だろうし、他に用は無いからもう出よう。
「ほら、行くぞ」
固まったままだったアルマを引き連れ、再度神父にお礼を言って教会を後にした。
教会を出ると、箒を持って表を掃除しているシスターに出くわした。子どもたちも一緒になって掃除をしている。
俺に気づいたシスターは掃除の手を止め、声をかけて来た。
「こんにちは、エドさん。お久しぶりですね」
「どうも、シスター」
「こちらのお嬢さんは……初めましてですね」
俺の後ろについて来ていたアルマにも気づいていて、俺を避けるように横からひょっこりと顔を出して声をかける。と、何故か笑顔が固まった。
「こいつはアルマと言います。すいませんが喋れないので自己紹介は出来ないですが勘弁してやってください」
「……もしかして、奴隷を買ったのですか?」
「え、ええ。この腕では不便なので」
なぜだか先ほどよりトーンの低い声に戸惑いつつも、返事をする。首輪を見て奴隷と気づいたようだ。
シスターはアルマから目を離さない。
アルマは突然雰囲気の変わったシスターが怖かったのか、シスターの視線から逃げるように、俺の後ろに隠れてしまった。
「ああ、どうして教会を頼って下さらなかったのでしょう。神よ、この罪深き子羊をお許し下さい……」
「あ、あの?」
シスターは突然持っていた箒を投げ捨てると、跪いて神へ祈りを捧げだした。俺が声をかけてもシスターは反応せず、祈り続けている。
神父も突然祈りだしたし、教会関係者は自分の世界に入り込む癖でもあるのだろうか。声をかけたら戻って来てくれた分、神父はマシだった。
一緒に掃除をしていた子どもたちは、シスターが祈り始めると、ほとんどが箒を投げ捨てて遊びに行ってしまった。
どうやらいつものことらしい。
「こうなるとしばらく戻ってこないよ」
遊びに行かずに残っていた一人にそう教えられ、俺はシスターとの会話を諦めることにした。
「一緒に遊ぶ?」
アルマも別の女の子に話しかけられていたが、首を振って断っている。
一緒に遊んできてもいいと伝えてみたが、アルマはやはり首を振るだけだった。
しょうがないので教会を後にした俺達は、街を散策した。
お昼は屋台で済ませ、あてもなくブラブラと練り歩いているだけだ。
途中で適当な店を冷やかしたり、知り合いに声をかけたり。
俺もアルマも配達の依頼で街中を走り回っていたので目新しいことは無かったが、なんだか気持ちがスッキリとした気がする。
リフレッシュ出来た俺は、今後の生活が明るいものになりそうな気がしていた。
まあ、気のせいだった訳だが。
***
「ああ、神よ……」
「ねぇ、シスター。もうお昼だよ。ご飯にしようよ」
「……はっ。あ、あれ、エドさんは?」
「もう帰ったよー。お腹すいたー」
「そ、そうですか。じゃあご飯にしましょうか」
孝宏が去ったあとも、シスターは暫く祈り続けていた。
お昼時になり、お腹の空いた子どもたちによって正気に戻され、やっと孝宏が居ない事に気づいた。
しかし、気づくと目の前の相手が消えている事は、シスター本人も慣れているようだ。
特に気にした様子もなく、子どもたちに言われるまま教会へと戻っていった。
「シスター」
「神父さま、ごめんなさい、お昼が遅くなってしまって」
教会に入ると、シスターは神父に声を掛けられた。祈りに熱中していたためお昼の時間が遅くなった事についてお叱りがあると思ったシスターは、素直に謝った。
しかし、神父の用件は別だったようだ。
「中から見ていましたが、先ほどの少年……エドさんとおっしゃいましたか。彼と仲良くしているようですね」
「ええ、挨拶程度ですが。以前お怪我をしてこちらにお泊りになってらっしゃったのは神父さまもごぞんじでしょう?」
「ええ。あの時は、若い冒険者が大怪我をするほどの無茶をしたのだと思っておりましたが、どうやら何か事情がお有りの様です」
話がつかめず、シスターは首を傾げる。
「事情……と、おっしゃいますと?」
「彼の職業を調べたのですが、全くわかりませんでした。こんなことは初めてです」
「まあ、そうなのですか」
「彼が今後もここに来るようなことがあれば、注意深く見ておいて下さい」
正直、シスターには事の重大さがわからなかった。
職業が分からないからといって、何か不都合があるのだろうか。
だが、尊敬する神父の言葉だ。
シスターは疑問を残しつつも、頷く以外の選択肢はなかった。




