二十話 ほうしゅうと、ゆめ
「こんなに受け取っていいんですか? 大して役に立ってないと思うんですが」
「いいんだ。お前たちもちゃんと役にたったし、三パーティとも二人組だからきっちり三等分だ。パーティ内の配分はそれぞれでやってくれ」
「……ありがたく受け取ります」
「それで良いんだ。若いうちは遠慮なんてするな」
「はい、ありがとうございます」
冒険者ギルドに戻って報酬を受け取った俺たちは、分け前の分配を行っている。
報酬は金貨三枚だったので、三等分で俺たちの取り分は金貨一枚だ。
依頼には二日掛けたので、一日銀貨五十枚分の稼ぎだ。
クンツの討伐依頼について行った時の報酬は例外として、今までの稼ぎが最大で一日銀貨三枚だったので、最高値の十五倍以上だ。
かなり良い稼ぎと言えるが、その分危険度は大幅に上がっているし、準備にもお金が掛かっている。
特に俺たちは装備を新調しているので、報酬の半分以上はそのお金を取り返したに過ぎない。
だが、それを差し引いても……懐は大いに暖まった。
次からは装備の分は今のものを使えるので、更に効率が良い。
頬が緩むのが止められないな。
「さあ、依頼達成の祝いといこう。これから呑むぞ!」
「昼間から酒ですか」
「そうだ、酒だ! エド達は初の討伐依頼だからな、俺が奢るぞ!」
そう言うとローマンさんはさっさとギルド内の酒場に向かってしまった。
「ローマンは酒好きだからな。諦めて付き合ってくれ」
「姉さんも酒好きでしょうに」
「まあな。エドは酒は飲めるのか?」
「飲んだことは無いのでなんとも……」
「そうか。じゃあ今日から飲め、酒は良いぞ!」
「エドくんが酔い潰れたら、アルマちゃんはあたしが宿まで送っていくから安心してね」
「酔い潰れないように程々にしますよ」
「無理よ。姉さんは飲むのも飲ませるのも好きだから」
「……アルマ、俺が潰れたら先に宿に帰っていてくれ。ユーリアさん、その時はアルマをお願いします」
「ええ、まかせてね」
「おーい! 何やってるんだ、早く来い!」
ローマンさんに急かされて、休む間もなく宴会へと突入していった。
アデリナさんの言ったとおり、イェニーさんに飲まされまくった俺は、明るいうちから記憶を失った。
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思い出した。
世界を救えと、言われたんだ。
何度目かは分からないが、俺は知らない天井を見つめながら目を覚ました。
夢の中に、白い女性が出てきた。
以前見た夢に出た女性と同じだ。
そして白い女性は、俺に世界を救えと言った。
そんなことを思い出した所で、俺にはどうすることも出来ない。
世界を救えと言われても、何をすればいいかわからない。
この世界を脅かす存在でも居るのだろうか。
魔物は世界の脅威だと思うが、それを統べる魔王みたいな奴でも居るのかもしれない。
だが、そんな話は聞いたことが無い。
わざわざ言わないだけで皆知っているかもしれないし、これから現れるのかもしれない。
まあ、そんなのが居た所で俺には倒せない。
俺は弱い。
ゴブリン相手にやっと戦える様になってきたが、それも何人かで囲んでの話だ。
そんな奴が世界を救える訳がない。
そんなことを気にしていてもしょうがない。
どうせ夢の中の話だし、今は目の前の生活で手一杯だ。
「いてて……」
頭が痛い。
そういえばかなりの量を飲まされていた。
二日酔いだろうか。
日本では未成年だったので今まで酒を飲んだことは無かったが、この世界では十五歳で成人だ。
酒を飲むこと自体はいいだろうが、あの飲み方は明らかに駄目だ。
いくら無理やり飲まされたとはいえ、これからはきちんと自制しよう……。
そういえばここはどこだ。
辺りを見渡すと、薄暗い部屋だった。
ベッドだけがいくつも並んでいて、一つだけある扉の隙間から明かりが漏れている。
遠くから人の話し声が聞こえるな。
それも大勢だ。
とりあえず、この部屋を出よう。
部屋を出てみると、そこは冒険者ギルドの中だった。
どうやらギルドの仮眠室か何かで寝かされていたらしい。
開かれたままのギルドの入り口から外を見ると、もうすっかり暗くなっていた。
どのくらい眠っていたのだろうか……。
ギルド内の酒場に行ってみると、大勢の人が酒盛りをしていた。
カウンターにローマンさんとイェニーさんを見つけ、声をかける。
「ああ、エド。起きたか」
「はい……他の三人は?」
「帰ったよ。アルマは二人が送って行ったから安心してくれ」
「あの二人もかなり飲んでいたようですが大丈夫ですか?」
正確には飲まされていた、だが。
「アデリナはフラフラしていたが、ユーリアはいくら飲んでも酔わないからな。大丈夫だ」
「まったく、飲ませがいの無いやつだ」
それで二人で飲み直していたのか。
酒をパーティ名に入れるだけあって、やはりかなりの酒好きだな。
「エドも飲むか?」
「いえ……帰ります」
「そうか、送ろうか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
流石にこれ以上は飲みたくない……。
宿に帰ってゆっくり休もう。
しかしこの二人はいつまで飲むつもりだ。
二人にお礼を言い、冒険者ギルドを後にした。
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宿に戻ると、カウンターにはオヤジが座って寝ていたが、俺が入ってくると目を開けてちらりとこちらを見た。
オヤジがカウンターに居るということは、かなり遅い時間だろう。
昼間から夜の早いうちはハンネさんがカウンターに居るが、途中でオヤジと交代して眠るからな。
その代わり朝はハンネさんが先に起きて料理の仕込みなどを行っているようだ。
「ただいま戻りました。アルマは戻っていますよね?」
オヤジは黙ったまま頷いた。
相変わらず寡黙な人だ。
「ああ、そうだ。今回の依頼はゴブリンの討伐だったんです」
「……ハンネから聞いている」
言ったっけ? 覚えていないな。
「それでですね。討伐は上手くいったので、何回かやってみて安定しそうなら、家を借りようと思っています」
「……ああ」
「もう暫くは厄介になってしまいますが、なんとか宿を出る目処が立ちました」
「そうか」
「それまではよろしくお願いします。では、これで」
そう言って部屋に向かうと、後ろからおやじの声が聞こえた。
「……無茶はするなよ」
「しませんよ、怖いですから」
「それでいい」
振り返って笑いながら返すと、オヤジも笑っていた。
……笑顔が怖すぎることは見なかったことにしよう。
アルマも疲れているから寝ているだろうと思って静かに部屋の扉を開けたが、アルマは起きていた。
部屋の隅に座ってぼけっとしていた。
「……ただいま。待っていてくれたのか?」
声を掛けると、即座に立ち上がり、いつものように何度も頷いた。
「アルマも疲れているだろうに、ありがとう。さあ、今日はもう寝よう」
そう言っていつものように先にベッドに入る。
いつもなら俺がベッドに入るのを確認するとすぐにアルマも自分の布団に入るが、今日は立ち尽くしたまま入ろうとしない。
「どうした?」
聞いてみると、アルマは少し迷ったような表情をしたのち、恐る恐るといった様子でベッドに入ろうとしてきた。
ああ、そうか。
きっとアルマも怖かったのだろう。
生まれて初めて魔物と戦ったのだ。
怖くて当然だ。
俺はアルマをベッドに入れ、頭を撫でてやる。
すると安心したのか、すぐに寝入ったようだ。
さっきまで寝ていたのに、俺も眠い。
夜営のテントでは熟睡出来ないからな。
ゆっくり寝て、疲れをとろう。
そうだ、明日は休みにしよう……。
そこまで考えるのが限界だった。
俺も、深い眠りに落ちていった。