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二話 しらべても、てがかりなし

 五日経った。


 この五日で俺は結論を出した。と言っても、エトムントさんと話していた時には殆ど確信していたようなものだったが……。


 ここは日本では無い。


 それどころか地球ですら無い。五日のうちに話を聞き、そう判断した。ドッキリや夢を疑いもしたが、さすがに五日も経てば諦めもする。

 それに……初日に見たゴブリン。あれを見てしまったからには信じるしかない。信じざるを得ない程の衝撃を受けた。


 ここは異世界だ。


 小説やなんかにはよく出てくる、俺の居た世界とは違う、全く別の世界。

 屋敷で世話になっている間、ダニエルさんや屋敷の人たちにいろいろと話を聞いた。

 誰もが俺の知らないバケモノの事を常識として話し、それを知らない俺の事を『記憶を失った可哀想な少年』として見るのだ。


 しかし、俺に危機感が足りないせいか、屋敷で最初に驚いたのはメイドの存在だった。

 そう、メイドが居るのだ。

 初日の夜、あてがわれた部屋に夕食を持ってきてくれた時は、本物のメイドさんにびっくりしてじろじろと見てしまった。

 領主の屋敷の周りは村になっていて、その村の娘が働きに来ているらしい。


 そのメイドさんやダニエルさんが言うには、この世界の至る所に魔物が棲息しており、人々は常に魔物の脅威に怯えている。

 その魔物を国の兵士や冒険者が討伐することにより、人々の領域を守っているのだとか。


 まだ俺は見たことは無いが、獣人や魔族といった人族以外の――つまり人間とは違った種族もいるらしい。

 この村には人族しか住んでいないらしいが、別に争ったりしている訳ではなく、街に行けば仲良く共存していると言っていた。しかし習慣が結構違うので村程度の規模では共存は難しく、それぞれの種族だけの村や集落が出来上がるらしい。


 そんな感じでこの世界の住人なら本来誰でも知っているような常識をいろいろと教わった。

 魔物のこと、この国のこと、冒険者のこと、他にもいろいろと。


 一番興味を惹かれた話は魔法のことだ。

 この世界には魔法というものが存在し、魔法を操る人の事を魔法使いと呼ぶ。

 残念ながら魔法を使える人はこの村にはいないとのことで、実際に見ることは出来なかった。誰でもなれるものでは無く、希少な存在らしい。

 もし俺にも魔法が使えるのなら是非とも使ってみたいものだ。



 さて、俺が異世界に居ることはわかったが、なぜ居るのかはまったくもってわからない。

 手がかりは気がついた時に居た遺跡だけだ。

 もちろん真っ先に調べたが、何となく「ここにはもう何も無い」と感じただけだった。


 他にもこの森には小規模な遺跡が幾つかあるらしく、エトムントさんはこの遺跡群の管理を任されている。

 管理のついでだからと、五日掛けていろいろな遺跡にダニエルさんに連れて行ってもらったが、調べても手がかりは無く、何も分からなかった。


 つまり、帰れない。帰る手段が無い。そもそも帰る方法があるのかどうかすらわからない。

 元の世界に大した心残りがあるわけでは無い。ただ惰性で生きていただけに過ぎない。でも帰れるなら今すぐにでも帰りたい。

 あんなバケモノがいる世界で俺は生きていく事なんて出来やしない。


 帰る方法を探そうにも、探すには恐らく長い時間を掛けてこの世界を旅しなければならないだろう。

 見つかる保証も無いのに、わざわざ危険に飛び込むような真似なんてしたくない。


 ――俺は何故こんなトコロに居るのだろうか。


---


 この五日、エトムントさんには会っていない。領主というものは忙しいらしく、俺に会うような暇は無いらしい。

 しかし今日、エトムントさんに呼び出された。

 という訳でメイドさんに伴われて執務室に向かっている。


「エトムントさんに会うのは五日ぶりですね。何のお話か伺っていますか?」

「いえ、私は内容までは……。ただ、ダニエルさんもご一緒でしたよ」


 最近やっと緊張せずに話が出来る様になったメイドさんに聞いてみるが、内容は知らないらしい。

 何か重要な話なのだろうか?

 まあ、忙しい中俺のために時間を作ってくれたようだし、雑談なんて事は無いだろう。


「エトムント様、エド様をお連れしました」

「……入れ」


 執務室に到着しメイドさんが声を掛けると、程なくして返事が帰ってきた。

 俺を部屋の中に案内し終わると、メイドさんはすぐに出て行ってしまう。

 部屋の中に居るのは俺、エトムントさん、ダニエルさんの三人だけだ。


「よく来てくれた。すまないね、呼び出してしまって。まあ、座ってくれ」

「いえ、大丈夫です。失礼します」


 執務室の中には応接用のソファとテーブルもある。

 初日は奥の作業机で座っていたエトムントさん以外は立ったままだったが、今日はみんな座って話をするようだ。

 扉の正面のソファにエトムントさん、右側のソファにダニエルさんが座っている。

 俺はダニエルさんの正面の左側のソファに座った。

 俺が座ったタイミングでお茶を持ったメイドさんがやってきた。先ほど案内してくれたメイドさんとは違う人だ。メイドさんの配膳が終わるまで皆黙ったままだった。


「さて、呼び出した用件なのだが」


 エトムントさんがメイドを下がらせると、早速本題に入ってきた。


「君の今後について相談しておこうと思ってね。ダニエルからの報告では君の記憶に関しては特に進展が無いと聞いている」

「ええ、まあそうですね。気づいた時に居た遺跡も見に行きましたが、特に何も思い出せませんでした」


 今後の事か。

 俺もタダ飯食らいの現状はどうにかしたいと思っていた所だ。せめて何か手伝うなりしたい。


「そうか……。まあ、この屋敷に居てもこれ以上の進展は望めないだろう。そこでだ、街に行って貰おうと思っている。街なら人も多い。君の事を知っている人も居るかもしれない。少なくともこれ以上ここに居るよりかは良い結果になるだろう」


 街……?

 ああ、そうか、そうだよな。

 俺は本当は記憶喪失なんかじゃないが、エトムントさんたちからすればこの村にずっと居るよりかは良いと判断するのは当たり前だ。

 五日待っても記憶が戻らない得体の知れない男をこれ以上置いておきたくないという気持ちも多少はあるのだろうが、それでも今まで良くしてもらっている。

 厄介者はさっさと出ていくのが、何も出来ない俺にとっては最大の恩返しだろう。


「そう、ですね。確かに、ここでこれ以上お世話になるわけにもいきませんよね」


 少し、声が震えている気がした。

 訳も分からず異世界に来て、今日までは寝食を与えられ、命の危機も無く過ごしてきた。

 これからは一人で放り出されるのだ。


「君がもう暫くここに居たいというのであれば、居てくれても良い。だが、進展を望むのであれば前に進むのも手だろう?」

 

 エトムントさんは優しい言葉を掛けてくれる。本音を言えば、危険の無いこの屋敷から出ていくのは怖い。どうやって生きていけば良いのか分からない。


「街までは馬車を使えば、朝に出発すれば日暮れにはつく程度の距離だ。ダニエルも街に用事があるから、明日一緒に行くと良い。道中の護衛と御者代わりだ」


 しかし、結局出て行くしかなさそうだ。もう準備は整えられている。

 ダニエルさんをちらりと見る。


「俺は街には数日居る。その間に街での暮らし方もちゃんと教えよう」


 暮らし方か。

 これ以上迷惑を掛けて最終的に追い出されて路頭に迷うよりかは、今出ていって色々と教わっておいた方がまだ行きていける可能性があるかもしれない。

 怖い……が、仕方がない。


「……ありがとうございます。今日までお世話になりました。明日、街に向かうことにします」

「いいさ。こちらこそ力になれずすまなかったね。お詫びに餞別を渡そう」


 そう言ってエトムントさんは小さい袋を取り出した。

 受け取ると、じゃらりと金属のこすれる音がした。


「これは……」

「少ないが、街での生活に慣れるまでの宿代にでも使ってくれ」


 中身はお金のようだ。今ここで金額を確認するのも失礼だろう。

 ここまでしてもらっておいて、今更やっぱり嫌だとは言えなさそうだ。


 「……ありがとうございます。ありがたく受け取っておきます」

 「君の記憶が戻るよう祈っているよ。さあ、明日は早い。ゆっくり休むと良い」


 その日の夕食は、いつもより豪華だった。

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