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十九話 せいこう、さいのう

 その後、ゴブリンは無事に討伐出来た。

 ゴブリンの攻撃はローマンさんがシャットアウトし、俺は横から切りつけるだけだった。

 イェニーさんとユーリアさんも同様に危なげなくゴブリンを倒しきったようで怪我もない。

 アデリナさんとアルマはゴブリンが俺達から離れた隙をみて弓を放ちつつ、他の魔物などが近づいて来ないか警戒していたので安心してゴブリンに集中できたのも大きい。


 今は馬車まで戻ってきて夕飯を食べている。

 ここで一晩明かしたのちゲーラの街に戻るのだ。


 怖かった。

 なんだかあっさり終わった気もするが、未だに心臓がバクバクと喚いている。

 今回はゴブリンの攻撃は全てイェニーさんとローマンさんが引き受けてくれたが、もし俺が受けたら一撃で剣が弾き飛ばされているだろう。

 そうなったら次の一振りで俺の命も軽々吹き飛ぶ。

 小柄なゴブリンからは想像もできない、ありえない速度と力で行われる攻撃は、一撃でもまともに食らえばアウトだ。

 目の前で見て確信した。


 まあ、既に身をもって知っていた訳だけど……。

 よくあんなバケモノと一人で戦おうとしたよ俺。

 無知は罪だな。


 だが、独りじゃなければ勝てると分かった。

 これは進歩だ。


 冒険者にとっては小さな一歩でも、俺にとっては大きな飛躍だ。

 今回のように討伐に慣れたベテランに寄生……いや、フォローして貰えればなんとかなる。


 いつもより前向きな気がするが、それは恐らく戦闘の興奮を引きずっているのと、報酬が貰えると確定したからだろう。

 魔物の討伐は高額の報酬がでる。

 装備を整えたせいで懐がすっからかんだったが、これでまたしばらくはお金の心配はしなくて済む。


「今日はどうだった、エド」


 馬車に戻る途中で入手した兎の肉を頬張りながらローマンさんが聞いてきた。


「怖かったです。ローマンさんたちが居なかったら逃げ出していたところですよ」

「相変わらず臆病ね。ゴブリンなんか大したことないじゃない」

「まあそう言うな。冒険者ってのは臆病な方が長生きするんだ。特にリーダーってのは臆病な方が良い」


 アデリナさんはいつも通り心を(えぐ)りに掛かるが、ローマンさんのフォローが俺の心を癒やしてくれる。

 さすがローマンさんだ。出来る男は違う。


「冒険者ってのは慣れた頃が一番危ないが、エドならその心配はいらんだろう」

「そうだな。今回も深追いはせずちゃんと自分の間合いを保てていた。あの調子でやればいい」

「姉さんが褒めるなんて珍しいわね」

「そんなことないよ。アデリナがいつも怒られてるだけだよ」

「ちょっと、ユーリア!?」

「そうだな。アデリナはいつも詰めが甘い」

「姉さんまで!」


 このまま放っておくと姦しい三人娘……って年齢でもないが、三人が騒いで会話に割り込めなくなる。

 そうなる前に聞いて置かなければ。


「ところで、イェニーさんに聞きたいんですけど」

「なんだ? アデリナと違って優秀な後輩の質問にはなんでも答えてやろう」

「ちょっと!」


 アデリナさんが散々な言われようで少し可哀想だが、何度も俺の心を抉った恨みもあるので助けない。

 哀れみの視線を向けるだけに留めておいて、ゴブリンの首を切り落とした時の事を聞く。


「あれは剣技の一つだ。ああ、剣技ってのは剣を扱う技能(スキル)の事だ」


 スキル……何度か聞いた覚えのある単語だ。

 単純に特技のことだと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。

 あの時の動きは、普通の攻撃とは鋭さも威力も段違いだった。


「どうすれば使えるようになりますか?」

「修行あるのみだな。自分の得意な剣筋が、ある時を境に剣技になる」

「どこかの道場に入れば早いよー。ひたすらその流派の剣技の『型』をやらされるから」


 そういえばユーリアさんも剣をメインに使うな。


「ユーリアさんもどこかの道場に?」

「あたしは姉さんに教えてもらったから、道場には通ってないなあ」

「私もユーリアも剣を扱うのに向いている職業(ジョブ)だからな。他の奴よりは覚えは早かったが、適性が無いときついぞ」

「職業ですか……街に帰ったら調べようかな」


 そう言うとみんな変な顔をした。

 そうか、普通は自分の職業は知っているものらしいしな。


「ああ、アルマの事か。調べておいたほうがいいだろうな」


 イェニーさんがアルマの事だと勘違いしてそう言うと、他のみんなも納得したようだ。

 アルマの職業もわからないのは事実なので、曖昧に頷いておいた。

 

 結局、剣も才能が大事ってことなのか。

 何ヶ月も剣を振っているが、剣技なんてものを覚える兆しも無い。

 俺に才能が無いのか、自己流の振り方が悪いのか。

 片腕じゃあ道場に入っても結局自己流になりそうだな。




 明日も御者をする予定のローマンさん以外の五人で夜の間は交代で見張りをすることになった。

 夜営の経験の浅い俺とアルマは二人で見張りにあたり、他の三人は一人ずつ交代で行う。

 興奮が未だ収まらない俺は最初の見張りをさせてもらうことにした。

 まだ子供であるアルマを夜中に起こしても、見張りに集中出来ないかもしれないという懸念もあったからだ。

 みんなにそう説明している時、アルマはちょっと不服そうな顔をしていたが、反対はしなかった。


 アルマと二人、並んで焚き火を見つめながらぽつぽつと会話している。

 といっても、興奮冷めやらぬ俺が一方的に話しているだけだが。


「今日は怪我も無く終わってほっとしたよ。アルマは怖くは無かったか?」


 アルマは火を見つめてぼけっとしていたが、話は聞いていたようで、こちらを振り向いて頷いた。

 アルマは時折ぼけっとして何か考えている。

 喋ることが出来ないので今は何を考えているか分からないが、そのうち字を書けるようになれば教えてくれるかも知れない。


「これからは今日みたいに魔物と戦う機会が増えると思う」


 アルマは真剣な目をして聞いている。

 その目を見ると、罪悪感を覚えてしまう。

 本当にこれでいいんだろうか。

 アルマはまだ子供だ。

 それなのに俺の都合で危険な事をさせている。


 見知らぬ男の奴隷となり、魔物と戦わされる。

 逃げだそうにも頼るべき親はいない。


「もし、魔物と戦うのが嫌だったら、アルマは街で待っていてくれてもいい」


 正直、他の冒険者についていくとはいえ、アルマが居ないのは不安だ。

 俺は既にアルマを片腕として認識し始めているのかもな。


 今ではアルマの方が俺よりも強いかもしれない。

 そんな頼れる片腕を連れずに街から出るのは、怖い。


 アルマは首を横に振った。

 つまり、これからも討伐についてくるということだ。


 だが、アルマは奴隷だ。

 俺の命令には逆らえないと思っているのかもしれない。


「もし今の生活が嫌なら、奴隷契約を破棄してもいい。宿のオヤジやハンネさんに頼めばきっと宿で雇ってくれるさ。そうすれば俺なんかについてこなくても日々生きていく事は出来る」


 思わず口をついて出た言葉だったが、考えてみればその方が良いかもしれない。

 アルマはまだ子どもだ。わざわざ街の外に出て危険を冒す必要はない。

 宿を手伝いながら、街中の配達依頼でもすればいい。


「だから、俺から離れて宿で世話に――」


 言いながらアルマを見て、俺は言葉に詰まった。


 その顔からは感情が読めない。

 まるで人形の様に無表情だ。


 だが、その吸い込まれそうな深い赤色の瞳の奥には、何か感情のうねりを感じた。


 俺にはそれが何かは分からない。

 初めてアルマの瞳を見た時もわからなかったが、その時とは違う何かだ。


 あの時の瞳を見て、俺はアルマを買う決心をした。

 そして今、この瞳の奥の何かを見て、俺は何も言えなくなった。


 無言でアルマの瞳を見ていた。

 アルマも俺から目をそらさなかった。


 十分だろうか、五分だろうか。

 もしかしたら数秒かもしれない。


 俺は自分の心臓がゆっくりと鼓動を刻む音に気がついて我に返った。

 いつまでも戦闘の余韻を引きずって喚いていた心臓が、今は落ち着いている。


「……さっきの話は忘れてくれ」


 そう言うと、途端にアルマの顔に感情が戻った。

 瞳の奥の何かも、なりを潜めたようだ。


「そろそろ、交代の時間だな」


 そう言って立ち上がる。

 アルマも慌てて立ち上がり、こくこくと何度も頷いた。

 もう、いつも通りのアルマだ。

 アルマに背を向け、テントに向かう。


「……明日からも、よろしく」


 アルマに背を向けたまま、そう言った。

 俺の心を締め付ける罪悪感からか、アルマを見る事は出来なかった。

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