十八話 さんどめの、そうぐう
冒険者パーティ『宵の酒』はCランクのパーティだ。
ベテラン冒険者の馬獣人、ローマンさんと、若いが実力派の人族、イェニーさんの二人組だ。
種族も性別も年齢も全く違う二人がパーティを組んだのは酒場で意気投合したから、らしい。
二人とも酒好きで、パーティ名にもその辺りが滲み出ている。
『双百合』も二人組パーティだが、二人とも人族の女性で歳も近い、Dランクのパーティだ。
弓使いのアデリナさんと片手剣と盾を使うユーリアさん。
アデリナさんは俺の弓の師匠でもある。
もう弓を引けないのが申し訳ない。
この二人はイェニーさんと同じ村の出身らしく、イェニーさんのことを姉さんと呼んでいる。
そして俺とアルマの二人を加えた六人でゴブリンの討伐に向かっている。
移動は馬車だ。
ローマンさんが御者をし、他のメンバーで周りを警戒しつつ雑談をしていた。
「あたしはエドくんと組むのは初めてだけど、みんなは一緒に依頼を受けたことあるんだよね?」
「私は一度だけな。ローマンは良く組んでたみたいだが」
「ユーリアが休んでいる間は毎日組んでたわ。弓を教えながらね」
「毎日だなんてそんな……嫉妬しちゃう」
「何言ってんのよ!」
女三人寄れば姦しいというが、この三人は同じ村の出身だけあって仲がいいようで、移動中ずっと話し続けている。
俺はこの中に飛び込んでいくほど会話スキルが無いし、アルマも喋れないので二人して黙ったままだ。
時折話を振られるが曖昧な返事しかできていない。
緊張して会話が頭に入ってこないのもある。
これから魔物を討伐しなければならないのだ。
初めて会った時は恐怖のあまり気絶し、二度目は腕を失い、そして今回の三度目。
今度こそ死んでしまうのでは無いかと思うと、恐怖で震えてくる。
前と今回は違うとは分かっている。
あの時より装備は充実させたし、周りには頼りになる冒険者が居る。
独りでゴブリンと相対する訳じゃない。
だが、分かっていても怖いものは怖い。
俺が怖がっているのが分かったのか、アルマが心配そうな目をして袖を引っ張っている。
曖昧に笑うと、神妙な顔をして頷いた。
何やら勘違いしている気がする。
「確認するぞ。目標はゴブリン四匹の群れだ。目標を発見したらまずアデリナとアルマが先制で弓を放つ。できればこれで一匹仕留めたいところだが、無理なら俺が二匹、ユーリアが一匹足止めする。残る一匹をイェニーとエドが仕留めろ。アデリナとアルマは四人の援護だ。近づき過ぎるなよ」
目的地付近には昼前にはついた。
川のそばに馬車を停め、昼食を取りつつ連携を確認している。
今回はバランスも考え、アルマには弓を使うように言ってある。
魔物を見るのは初めてのはずなので、出来るだけ離れた場所に配置したかったのもある。
俺も離れたかったが、弓が引けないので仕方がない。
「休憩が終わったらここからは歩いて向かう」
ローマンさんがこの合同パーティのリーダーの役目をしている。
まあ、ベテランだけあって経験豊富だし、適任だろう。
「この程度の群れは俺達四人だけで何度も討伐している。エド達は気負わずやれば大丈夫だ」
「はい……」
「戦闘中はエドはイェニーの指示に従え。アルマはアデリナだ」
アルマは真剣な顔をして聞いているが、緊張はしていないようだ。
俺なんかより肝が据わっているな。流石だ。
『宵の酒』と『双百合』はよく合同パーティを組んで討伐をしているらしい。
両方とも二人パーティだからゴブリンの討伐には組むのがちょうどいいというわけだ。
前衛にローマンさんとユーリアさん、遊撃にイェニーさん、後衛にアデリナさんと四人合わせるとバランスも良い。
俺たち部外者を入れてもフォロー出来るくらいには慣れているようだ。
「じゃあそろそろ行くか」
とうとうこの時が来たか……。
ああ、不安だ。
「アルマ、無理はするなよ……」
アルマにそう声を掛けると、両拳を顔の横に持ってきて頷いた。
本当に分かってんのかな……。
森の中を慎重に進む。
誰ひとりとして油断はない。
移動中にあった楽しげな空気はどこかに霧散したようだ。
森の移動は慣れたものだったが、ここまで緊張感の漂う移動は初めてだ。
暫く進んでいると、ローマンさんが立ち止まった。
草むらにしゃがみ込み、ハンドサインで止まるように指示してくる。
どうやら見つけたようだ。
森の奥を見ると、情報通り四匹のゴブリンが居た。
四匹ともその辺で拾ったであろう太い木の棒を持っている。
何をしているかは分からないが、四匹集まってギャーギャーと喚いている。
ローマンさんが視線で合図を送ると、アデリナさんがアルマを連れて前へ進む。
こちらを見てひとつ頷くと、ゆっくりと矢を引き絞った。
それを見たアルマも続く。
ギリギリと弓が軋む音が響く。
ゴブリンはまだこちらに気付いていない。
それぞれが剣を抜き放つ。
一瞬の静寂。
そして二人は同時に弓を放った。
その瞬間、他の三人が走りだす。
――くそっ! もうどうにでもなれ!
俺も一歩遅れて草むらから飛び出した。
アルマとアデリナさんの放った弓はこちらに一番近いゴブリンに見事命中した。
だがやはりそれだけで死に至るはずもなく、即座にこちらに振り向いた。
だが、二人は俺たちが駆け出した後も弓を放っていたらしい。
二射、三射、四射。
俺たち前衛が射線に入らないよう横に回り込みながら放たれた矢が次々とゴブリンに突き刺さっていく。
それを見て他のゴブリンも敵の出現に気づいたようだ。
木の棒を振り上げ威嚇している。
そこに真っ先に到達したのはローマンさんだ。
大きな盾を構え、ハリネズミのようになってしまったゴブリンを弾き飛ばした。
吹き飛んだゴブリンが木の幹にぶつかって止まると、さらに容赦のない矢の雨が降り注いだ。
最初は起き上がろうと呻きながら藻掻いていたが、次第に動かなくなっていった。
どうやら仕留めたらしい。
死んではいなくとも、しばらくは放っておいて大丈夫だろう。
続いてゴブリンに到達したユーリアさんは、体勢の崩れたローマンさんに襲いかかろうとするゴブリンとの間に入り、振り下ろされた棍棒を弾いた。
それをみたローマンさんは別のゴブリンの足止めに入る。
イェニーさんと俺は、一番群れから離れていた一匹に襲いかかるところだ。
イェニーさんが翻弄し、俺が隙を突いて切り掛かる。
短剣で切り掛かった時は皮膚を裂いただけだったが、新しく買った剣はなんとか肉に到達出来たようだ。
一撃お見舞いするごとに距離を取り、イェニーさんが切り掛かる。
戦えている。
あんなに恐れていたゴブリンと戦えている。
イェニーさんのフォローが上手いのもあるが、俺はゴブリンの攻撃を受けず、一方的にゴブリンを切り裂いていく。
何度も何度も切り掛かり、俺はとうとうゴブリンの棍棒を弾き飛ばすことに成功した。
その隙を見逃さず、イェニーさんはゴブリンの首を狙う。
先程までとは比べ物にならない速度で剣先が動き、白い軌跡を残して首を通過する。
少し遅れて、ゴブリンの頭が落ちた。
……何だ今のは。
明らかにさっきまでの動きと違う。
「エド! 私はユーリアの方を手伝う。お前はローマンの方に行け!」
「……は、はい!」
疑問はあるが、それは後回しだ。
ゴブリンはあと二匹。
俺はまだ危険の渦中に居る。
油断は、出来ない。
 




