十七話 いやでも、やれ
「という訳で宿を追い出されそうなんですが、どうしたら良いですかね」
困った時は安心の……って訳じゃないがマティさんだ。
冒険者ギルドにやって来た俺は、いつも通りマティさんに相談している。
「宿がお高いとおっしゃるのでしたら……家を借りるとか」
「借りるんですか? 買うとかじゃなくて」
「ええ、もちろん買う事も可能ですが、冒険者の方は買うよりも借りる方が多いですね」
聞くところによると、ある程度稼ぎの良くなった冒険者は家を借り、パーティの数人で共同生活をするらしい。宿を別々に取ると余計に金が掛かるし、同じ場所で生活していればいろいろと都合もいいって訳だ。
俺も二人組とはいえパーティなので、借りたらどうかと提案された。
ちなみに何故買わずに借りるのかと言うと、パーティメンバーの増減や拠点とする街を変える事もあるので、家を手放しやすい借家を選ぶという訳だ。
「なるほど。ちなみに家を借りるにはどうすれば良いんですか?」
「冒険者向けの物件ならいくつかギルドから紹介も出来ますよ」
家を売りたい人と冒険者ギルドが提携して、冒険者に物件を斡旋しているらしい。
それなら好都合だ。今日はちょっと家探しと行こう。
「なら、ちょっと家を見せてもらえますか?」
「わかりました。では、書類をお持ちしますのでお待ちください」
しばらく待つと何枚かの書類を持って戻ってきた。
見せてもらうと、どうやら間取り図のようだ。
「今ギルドから紹介できるのはこの三軒ですね。もし契約されるのでしたらそれぞれの書類に持ち主を記載していますので、そちらの方に直接お話していただくことになります」
「なるほど」
本当に紹介だけか。思ったより不便だな。
書類をざっと眺めてみる。
文字の勉強の甲斐あってか、ある程度内容がわかる。
どこに建っているか、持ち主は誰か、間取りはどうなっているか、一年契約の金額……。
最後の項目を見て目玉が飛び出しそうになった。
一年契約とはいえ高すぎる!
だが、他の項目を見直すと少し納得した。
大通りに面したかなり大きな物件のようだ。
どこぞの貴族が住んでそうなくらい広いが、何故こんな物件が冒険者向けとして紹介されるんだ。
他の二軒を見てみると、最初の物件より大分値段は落ち着いている。
まだ高いことは高いが……。
「その三軒は同じ人の紹介です。なんでも家などの建物の売り買いを中心として商売を行っているとか。他の家も見たいのでしたら直接お話されると良いと思いますよ」
「そうしてみます」
不動産屋のような事をしている商人か。
他の物件も見てみたいし、会ってみよう。
マティさんに商人の居場所を教えてもらい冒険者ギルドを後にした。
持っていっても良いと言われたので冒険者ギルドで貰った家の書類を眺めつつ大通りを歩く。
もちろんアルマは俺の後ろについて来ている。
一軒目は改めて見ても値段が下がる訳でも無く高いままだ。
二軒目はそれよりだいぶ安くなっているが、まだ高い。
三軒目は一年契約で金貨十五枚か……。
この世界は一月が二十八日の十三ヶ月だから……一日に銀貨四枚と少しってところか。
クンツたちのパーティなら余裕だろうな。
もちろん今の俺には無理な値段だ。
家のお金だけで無く、食費などのお金も掛かって来ると考えるとその半額でも少々きつい。
アルマのおかげでやっと生活が安定すると思った矢先にまたこれだよ。
いい物件が見つかっても、恐らくオヤジの宿よりは高くつく。
しかし、それでもオヤジの宿と同レベルの宿に泊まるよりかは安い。
オヤジの宿はそれだけ良心的な値段なのだ。
となると、さらに稼ぎを増やす必要がある。
ああ、どうするべきか……。
後ろを歩くアルマに気づかれないように、そっとため息をついた。
「さて、今見ていただいたのが最後の物件になりますが、いかがでしょう」
「……そうですね。即決ってわけにはいかないので暫く考えさせてもらえますか?」
「もちろんです。買うわけでは無いとはいえ、長いお付き合いになるものですからね。慎重になるのはいいことです」
いきなりだが、既に物件は見終わっている。
ギルドで紹介してもらった金貨十五枚の物件を含む、三軒の家を見せてもらった。
一年契約で金貨十枚から十五枚の物件だ。
三軒とも内容に大差は無く、金額の差は立地と築年数だ。
どれもなかなかいい物件で、大通りからは少し離れるしそこそこ古い建物だが、室内がぼろぼろって訳ではないし庭に井戸もある。
部屋の数も十分……むしろ俺とアルマの二人では多いくらいだ。
なかなかに良心的な値段と言えるだろう。
良心的な値段とはいえ、金貨十枚となると一日に最低でも銀貨三枚は稼がないといけないわけだ。
今の稼ぎは一日銀貨一枚から良くて三枚。
正直きつい。
またマティさんに相談するしかないな。
「アルマ、どうだった?」
一応アルマに感触を聞いてみる。
不思議そうな顔をして首を傾げるだけだった。
「じゃあ、契約したくなったらまた伺わせてもらいます」
「ええ、お待ちしておりますよ」
眼鏡をしたスラリと背の高い商人と別れ、アルマを連れて冒険者ギルドへ戻る。
なんとも目つきの悪く冷酷な雰囲気を持った人だったが、話してみると物腰は柔らかく丁寧だった。
人は見かけによらないということか。
家を借りる目処がたったらまたこの商人に会いに来よう。
「というわけで、予算が足りませんでした。もっと稼ぐにはどうしたらいいですか」
「じゃあドラゴンを――」
「ドラゴンは良いです」
「そうですか。それにしても毎回私に聞くのはどうかと思うんですけども、そこの所どうお考えですか?」
「困ったらマティさんに聞くよう、ダニエルさんに言われてますので」
「……最近は字も読める様になったんですから、掲示板の依頼から自分で探してみても良いのでは?」
「そこはほら、やはりマティさんに聞いたほうが確実なので。信頼ってやつですよ」
「……まあ良いです」
マティさんは大げさに頭を抑えてため息をつく。
自分で依頼書を読むのが面倒って訳じゃない。読むのに時間が掛かるのが嫌なのだ。
依頼のプロであるマティさんに任せたほうがスピーディで効率的だ。
「最近は大型の動物も狩れるようですし、そろそろゴブリンの討伐に挑戦しても良いと思いますよ」
「嫌です」
「……私の言うことの方が確実なんですよね?」
「この腕を見て下さいよ。次こそ死んでしまいますよ」
「それは一人でゴブリンと戦おうとしたからです。最初は何人かで囲んで討伐するものです」
魔物と戦うなんてもう嫌なんだけど……。
マティさんは俺に死ねと言っているのか。
何人かで囲むとはいえ、怪我をする確率はあるんだぞ。
「他の冒険者の方から伺っていますよ。エドさんもアルマちゃんもゴブリンと戦えるだけの力がついてきていると。もちろん二人だけでなく、他の冒険者と共同でならですけど」
「誰ですかそんな訳の分からない事を言っているやつは! 無理に決まっているでしょう!」
アルマならあるいは出来るかも知れない。
だが、俺は無理だ!
「どちらにせよ、今より稼ぐなら挑戦するしかありません! わがまま言わないで下さい!」
うっ……とうとうマティさんが怒ってしまった。
理屈は分かっているのだが、いかんせん魔物は怖すぎる。
しかしマティさんも怖い。
俺は救いを求めてアルマをちらりと見る。
ぼけっと話を聞いていたアルマだったが、俺と視線が合うとキリッとした眼で両こぶしを顔の横に添えて頷く。
なんでやる気出してんだよ。勘弁してくれ。
「ほら、アルマちゃんはやる気みたいですよ。エドさんが尻込みしてどうするんですか」
「うう……分かりましたよ……やりますよ……」
ああ、言ってしまった、もう後戻りは出来ない。
俺が「やる」と言った瞬間、マティさんがニヤリと笑った。
「二日後に『宵の酒』と『双百合』の合同でゴブリン討伐があります。エドさん達をねじ込みますのでこれに同行してください。集合は二日後の朝にここです。それまでに準備を整えておいて下さい。じゃあここにサインを……はい、これで受理しました。あ、依頼の破棄には違約金が掛かりますので悪しからず」
マティさんは一気に言い放った。
全く口を挟む余裕もなく、勢いが凄すぎていつの間にかサインしてしまった。
というか俺の手を握って無理やりサインしなかったか?
明らかに俺の字じゃなくない? それ。
それに違約金ってなんだよ始めて聞いたぞ。
『宵の酒』とか『双百合』ってなんだよ。あ、パーティ名か。
……言いたいことは山ほどあるが、俺はぐっと飲み込んだ。
「やりますよ! やれば良いんでしょう!?」
「ええ、頑張ってくださいね」
「……ぐっ」
俺が思わず叫ぶとマティさんは晴れやかな笑顔で微笑んだ。
悪魔め。
やるからには準備をしないといけないということで、アルマと二人買い物に来ている。
マティさんから追加の情報を聞き出したところ、朝から移動し、昼に現場に到着するらしい。
一休みしてから討伐に向かっても日暮れには終わる。
その後に一晩明かしてから帰るそうだ。
クンツの討伐に同行した時は二日間の移動だったが、今回はそこまで遠くない。
荷物の量はあの時より少なくて良いだろう。
「アルマ、動き辛くは無いか?」
俺がそう聞くとこくこくと頷く。
なんだか嬉しそうだ。
今回は討伐という事で、アルマと俺の防具を新調している。
今までも防具はしていたが、ちょっと丈夫なだけの革の胸当て程度だった。
今回からは軽鉄の胸当てだ。
鉄とはいえかなり軽く動きやすい。
それでいて今までの革の胸当てより頑丈だ。
子供用なんてものは無かったが、ドワーフ用のものがアルマのサイズに合ってよかった。
俺も同じようなものを買っている。
こっちは普通に大人用だが、デザインはアルマのと一緒だ。
そこそこの値段がしたのが痛かったが、出来ることはしておきたい。
この胸当てが生死を分けるってこともある。
「さあ、次は武器を買いに行こう」
自分の胸当てをコンコンと叩いていたアルマに声をかけると、さっと手を下ろして俺の後ろについて来た。
魔物の相手はナイフじゃ無理だからな。
あまり近距離で戦わせる気は無いがこれも念のためだ。
どんどん軽くなっていく財布に生活の不安を覚えながらも、生き残るための手を打つのだった。




