十五話 はじめての、いらい
奴隷を購入して十日。
少女の名前が判明した。
名前はアルマだ。
アルマを買った次の日、本屋に行って文字の入門用の本を買った。
この世界の本は貴重なのか結構良い値段がしたが、その割に質は良くなかった。
結局本を見てもさっぱりだったので、飯を食いながらハンネさんに教えてもらった。
宿の台帳を書く事もあるので、文字の読み書きはある程度出来るそうだ。
ハンネさんのおかげもあって、何とかアルマの名前を聞き出すくらいには文字が理解できるようになった。覚えた分だけしか文字は読めないし、書くなんてもってのほかだが。
とりあえず本の内容は何となく分かったし、後は自分で勉強していこう。今度ハンネさんにお礼をしなければな。
アルマには文字以外に武器の扱い方も教えた。
十日間、文字の勉強以外はつきっきりで教えた甲斐があってかなり上達した。
というか上達し過ぎだ。俺の扱える武器は大体同じくらい扱えるようになってきた。
流石に力も弱いし速さも足りないので、まだ俺の方がマシだが、すぐにでも俺を追い抜くだろう。
これならそろそろポーターの依頼を再開しても良いな。薬草の見分け方や動物の狩り方など、冒険者の基本を教えていこう。
いや、その前に街中での配達や掃除の依頼をするか。
街中を走り回って体力をつけないと、森の中での移動は無理だ。足を取られて意外と体力を使うしな。
よし、しばらくは街中の依頼だ。
明日は久しぶりに冒険者ギルドに行こう。
「この子を連れて行くのなら、冒険者登録をした方がいいですよ」
というわけで今日は朝から冒険者ギルドでマティさんに相談している。
相談の結果、アルマを冒険者登録するべきだと言われたわけだ。
奴隷を連れた冒険者はたまにいるらしいが、トラブルの防止のため冒険者登録させるらしい。
相変わらず説明不足なマティさんはどんなトラブルがあるかは言ってくれなかったが、登録したところで不利益があるわけでも無い。配達依頼や掃除くらいなら一人で出来るようになるだろうし、その時には冒険者として登録しておいた方がスムーズだろう。
「じゃあ登録をお願いします」
「わかりました」
登録の流れは俺と一緒だった。
アルマは答えられないので俺が答えるが。
「職業はわかりますか?」
以前にも登録時に職業を聞かれたが今回もやはり聞かれた。気になってはいたがすっかり忘れてしまっていたので、せっかくの機会なので詳しく聞いておこうか。
「ジョブってなんですか? ……アルマだと奴隷ってことですか?」
「は?」
俺の質問を聞いてマティさんは「何言ってんだこいつ」みたいな表情で固まってしまった。
「いや、職業ってなんですか?」
「……ああ、そう言えばダニエルさんが依頼を出すときに記憶喪失だとかおっしゃってましたね」
俺がもう一度聞いてみると、やっと動き出した。腕を組んでうんうん頷いている。
そう言えばそんな設定だったな。俺も忘れていた。
「職業とは、その人の持つ役割のことです。生まれる時に神様からいただく才能です」
「どうやって自分の職業を知るんですか」
「教会へ行き、司祭様に見てもらいます。大体の方は十歳頃に見てもらうことが多いですね」
「じゃあ、アルマは自分の職業を知っているのか?」
アルマを見てみると、首を横に振っている。どうやら知らないようだ。
その様子を見て、マティさんが話を進める。
「とりあえず今は分からないようですので、空欄にしておきますね」
「ええ、お願いします。今度調べておきますよ」
「わかりました。では、ギルドタグを用意しますので少々お待ちください」
しばらく待っていると、ギルドタグを持ったマティさんが戻ってきた。何故かアルマではなく俺に渡してくる。
とりあえず受け取り、そのままアルマに渡す。
ギルドタグを渡されたアルマは困った顔をして俺の方を見たが、つけておけと言うと嬉しそうな顔をしていた。
ファッションか何かと勘違いしていないか?
「パーティ登録もしておきますか?」
「パーティですか?」
そういえばそんなシステムがあったな。
クンツたちもパーティを組んでいるし。
「パーティに登録しておけばいろいろと便利ですよ?」
いや、だからその説明を……。
説明を求めると、パーティ単位でのランク付けが発生するので、低ランクの冒険者がパーティ内居てもランク制限が発生したりしないということを教えてくれた。
つまりCランク以上でしか受けれない依頼も、Cランクパーティに参加すればDランク以下の冒険者も受けれるというわけだ。
他にもメリットや制限があるみたいだが、今は特に気にする必要のないものだからその都度説明する、と言われてしまった。
この人、受付向いてないんじゃないのか?
「じゃあとりあえず登録しておいてください」
「わかりました。パーティ名はいかがなさいます?」
パーティ名だと……?
そんなのあるのか。クンツたちはパーティ名なんて言ってなかったが……。
「すぐに決めかねるようでしたら今度でもいいですよ」
「……考えておきます」
クンツやローマンさんのパーティ名を聞いて参考にしよう。
「それで、今からでも出られるような依頼はないですか? アルマを連れて行って慣らせたいので、配達とか掃除とか」
「それでしたら、ドラゴンの討伐なんていかがですか?」
「だから無理ですって……」
懐かしいやり取りだ。
だがこの人は何故ドラゴン討伐を勧めたがるのか。鉄板のネタなのか?
「配達ならありますよ。以前エドさんがよく受けられていた依頼主ですね」
「常連さんならありがたい。それ、受けます」
「わかりました。パーティでお受けになるんですよね?」
「ええ」
マティさんに手続きしてもらい、書類を受け取る。
ああ、薬屋のエラさんか。
文字の勉強のおかげか、依頼主の名前が読めた。
「……冒険者を続ける気になって頂けたみたいで、安心しました」
「え? ああ、この前冒険者を続けないかもって言った事ですか。すいません、心配おかけしまして」
「いえ、戻って来ていただけたので、いいですよ。これからもよろしくお願いします。アルマちゃんもよろしくね」
俺のそばできょろきょろとギルドの中を見ていたアルマは、突然話しかけられてびくりと跳ねていたが、慌ててこくこくと頷いた。
その様子を見て、マティさんは楽しそうに笑っていた。
「よう、アルマちゃん! これ食うか?」
「これもやるよ! いっぱい食えよ!」
「こっちでお姉さんと一緒にたべましょーよ」
俺とマティは配達依頼を終え、宿の食堂に来ていた。
十日も宿に居れば、食堂の常連客とは顔見知りになる。俺も二ヶ月以上毎日食堂にいるので、そこそこ話せる人も居る。
この食堂には小さい女の子なんて来ない。男性客か男勝りの女冒険者ばかりだ。
そんな中、アルマが珍しかったのか、今では食堂のマスコットキャラのようだ。
あちこちのテーブルから声を掛けられるが、律儀に頭をペコペコと下げて俺の後をついてくる。
最初は不健康そうな薄汚れた子どもだったが、毎日食事をしっかり食べ、体を動かし、ちゃんと水浴びもして清潔にしている。
最近は血色も良くなってきたし、他の客から敬遠もされていない。
いい傾向だ。
俺が席につくのを確認すると、隣に座る。
初日はなかなか座らなかったが、今ではちゃんと座るようになった。
これもいい傾向だ。
俺が先に座らないと絶対に立ったままだが。
今日は久しぶりの配達だったが、なんとか上手くこなせた。
片手では以前の半分ほどの荷物しか持てなかったが、アルマのおかげで以前と同じか少し早く終わったくらいだ。
薬屋のエラさんもアルマを気に入ったらしく、客として来た時にはサービスするよ、と声を掛けていた。
それだけアルマが頑張ったということだ。
しかし、少し必死に頑張り過ぎな気がする。
初めての依頼で気負っていたのだろうか。
まあ、何度かこなすうちに慣れてリラックスしてくるだろう。
「今日は初めて依頼をこなして疲れただろう。食事の量を増やそうか?」
育ち盛りのアルマが今日はあれだけ走り回ったのだ。
さぞお腹も空いただろうと思いそう言ったが、アルマは首を横に振った。
「そうか。まあ、足りなかったら教えてくれ」
食事を増やさなくても他のテーブルを巡れば腹一杯になりそうだけどな。
初仕事だったのが他の客に聞こえ、オヤジに言ったのだろうか。
その日の夕食にはアルマだけデザートがついていた。
オヤジ、俺にはそんなサービスしてくれた事ないのに……。




