表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/55

十四話 しょうじょの、こうふく

 はぁ……買ってしまった。

 剣を買った時も思ったが、本当に買って良かったのだろうか。

 買わなくてもなんとかなったんじゃないだろうか。

 確実に勢いだけで行動している気がする。


 ちらりと振り返る。

 少女がきょろきょろと周りを見渡しながら、俺の後ろをついてくる。


 買ってしまったからには今後はこの少女の生活費も掛かってくる。

 自分の分だけでもぎりぎり足りていなかったのに、二人分なんて稼げるのだろうか。

 買ったのはやはり失敗だっただろうか。

 今からでも店に戻って謝れば引き取ってくれるだろうか。


 いや……わかっている。

 奴隷商になんて足を運んだ時点で俺の負けだ。

 奴隷に対して割り切っているつもりだったが、こんなに弱っている少女を見せられて放っておくなんて出来なかった。

 こんな世界にやってきてもう二ヶ月以上も経つのに、まだ俺は以前の感覚が抜けていない。

 腕を失うほどの経験をしておいて、未だにこのざまだ。

 俺はまったく成長のない男だな。


 はぁ。

 いつまでもうだうだと考えても仕方がないのはわかっている。

 前向きに考えよう。

 子どもとはいえ、訓練すれば狩りは出来るだろう。

 この世界の住人ならあっという間に俺を追い抜く。

 きっとなんとかなるさ。


 とりあえずは身の回りを固めるところから始めよう。

 買い物だ。


 俺は少女を連れてあちこちの店をまわる。

 服屋でまともな服と靴を買い、雑貨屋で日用品を買い、武器屋で子どもでも扱えるナイフを買った。

 首輪をしているので俺が奴隷を連れているのはすぐ分かっただろうが、誰も何も言わなかった。

 武器屋のおっさんも、その腕じゃ面倒も多いだろうしな、くらいの反応だった。

 それよりも一日に二度も店に来た俺に驚いていた。

 奴隷を連れているのはそんなに珍しい事ではないのだろう。


 服と靴を買って渡した時、少女は驚いた顔をしていた。

 何に驚いたか気にはなったが、着替えるように言ったらその場で着替え始めたので、慌てて店の試着室に押し込んだ。

 その後も俺がいろいろと買っているのを見て、少女は不思議そうな顔をしていた。


 奴隷商に行ったのが昼くらいだったが、買い物を済ませるともうすっかり暗くなっていた。

 腹も減ったし宿に戻る事にしよう。




 宿に着き、受付を見たが誰もいなかった。

 今は夕食どきなので食堂の方が忙しいのだろう。

 この子の事は食堂で話せば良いか。腹も減ったし。


 食堂に行くといつものように繁盛しているようだった。

 端の方に空いている一席に座る。

 俺が座るのを見ても少女は後ろに立ったままだった。


「とりあえず座って。食事にしよう」


 何故かきょとんとした顔をしている。


「エド君、お帰り。夕飯?」

「ええ、ハンネさん」


 俺が食堂に来たのに気づいたハンネさんが注文を取りにやってきたようだ。


「あら、その子は……首輪をしているってことは奴隷を買ったの?」

「そうなんです。この腕ですからね。身の回りの世話をしてもらおうと思って。あと、宿にこの子を泊まらせても良いですか?」

「ふーん……。まあ良いわ。今の部屋のままなら追加料金はないわ。ただ、食事を頼むならその分は払ってね。それで、注文は?」

「じゃあ夕飯を……おまかせで二人分」

「……同じのを二人分?」


 ハンネさんが訝しげな顔をしている。

 ああ、この店の食事は量が多いからな。

 食べきれるか心配しているのか。


「いや、やっぱりこの子の分は俺の半分くらいの量でお願いします」

「……わかったわ。じゃあ少し待ってて」


 何となくハンネさんの反応がおかしかったな。

 小さい女の子を買ってきたから何か勘違いしているのだろうか。


 ふと視線を感じてそっちを見てみると、少女がじっとこっちを見ていた。

 まだ立ったままだったので無理やり座らせる。


 食事を待つ間、コミュニケーションを取ることにしよう。


「ところで、自分の名前はわかるのか?」


 そう聞くと、少し間があったがちゃんと頷いてくれた。

 そうか、名前はわかるのか。どうやって聞き出そうか。

 字は分からないみたいだしな。

 そうだ、この機会にこの世界の文字の勉強をしよう。

 せめて自分の名前が伝えられるくらいまでは、この子にも覚えてもらおう。

 本屋に行けばそういう本もきっとあるだろう。


「自分の年齢はわかるか?」


 そう聞くと、今度はすぐに頷いた。

 年齢なら順に言って行けばわかる。確認しておくか。


「十歳か?」


 首を横に振る。


「十一歳?」


 横に振って否定する。


「十二歳?」


 否定。


「十三歳?」


 またも否定。


「十四歳?」


 ここでやっと首を縦に振り肯定する。

 思っていたより年上だった。

 しかし十四歳には見えない。

 栄養が足りなくて成長が阻害されているからだろうか。


「そういえばこっちの自己紹介をしていなかったな。俺は江戸孝宏だ。冒険者をしている」


 俺の名前を聞いて少女はかくかくと何度も頷いた。




 その後食事が来たので少女と一緒に食べた。

 最初はなかなか食べようとしなかったが、何とか言って聞かせるとやっと食べ始めた。

 ……素手で。

 注意しようかと思ったが、泣きながら夢中で食べるので邪魔は出来なかった。

 周りの客の視線が痛かったが、なんとか気にしないようにした。

 まあ、ゆっくりマナーを教えていこう……。


 その後、もう用事も無いので部屋に戻ることにする。

 なんだかんだで数日ぶりの部屋だが、以前と同じ状態でなんだか懐かしい気持ちになった。

 少女にベッドで寝るように言うと、食事の時以上に頑なに動こうとしなかった。

 しょうがないのでベッドから布団を引っぺがし、床に引いてここで寝るように言うと、やっとの事布団に入った。

 どういう基準なのか分からないが、何かあるんだろう。


 あちこち連れ回されて疲れたのか、それとも暖かい食事を食べて安心したのか。

 布団に入るとすぐに寝付いたようだ。

 それを確認すると、俺は布団が無くなって寂しくなったベッドに転がる。


 さあ、明日も生きなきゃならない。

 今日はもう寝よう。


 心に沸き出そうになる不安を押さえ込み、無理やり眠りについた。



***



 少年――江戸孝宏は無認可だと思っていたが、ゲーラの街の奴隷商は国から許可を得ている、いわゆる“ちゃんとした”奴隷商である。

 しかし、扱っている商品は殆どが違法。ゆえに看板も出さず、そういった商品が仕入れやすいスラムの一角に店を構えている。


 この日、江戸孝宏が買った奴隷の少女も、店主であるアンスガーは犯罪奴隷だと説明していたが、本当はどこかの村で攫われ、奴隷として売られた。

 少女が住んでいた村が大規模な盗賊団に襲われた。

 殆どの村人が殺され、幾人かの若い女と子どもが攫われ、奴隷として売られたのだ。

 少女もその一人である。

 少女が言葉を話すことが出来ないのは、目の前で両親を殺され、悪戯に弄ばれた精神的ショックによるものだ。


 短期間『飼われた』のちまた別の奴隷商に売られ、また買われる。という生活が何年か続き、最終的にゲーラの街の奴隷商にたどり着いた。


 盗賊に攫われた事は不運だったとしか言いようが無いが、それでもこの世界では『よくあること』である。

 奴隷になってしまったとはいえ、そのまま殺されず、今日まで生きてこれた事は、少女にとっては幸運だったと言えるだろう。


 ちゃんとした食事を与えられ、暖かい布団で眠る事を許可された。

 そんな当たり前のことが、少女にとっては何よりの幸福だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ