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十三話 どれい、おかいあげ

 奴隷商の門構えは普通だ。

 どちらかというと、商店というより大きな屋敷に見える。

 看板も出ていないため初めて来た人なら奴隷商とは分からないだろう。

 俺は配達で来たことがあるため、ここが奴隷商である事は知っている。

 その時は入り口で荷物を渡したので中には入っていない。


 とりあえず足を踏み入れてみると、そこそこ広いロビーになっていた。

 入ってきた俺を見て若い男が近づいて来た。


「こちらには何の御用で?」


 男の後ろには体格の良い男が立っている。

 どうやら用心棒のようだ。立ち振る舞いで何となく分かる。


「ちょっと奴隷を見せてもらおうと……」

「……わかりました。店主をお呼びしますのであちらに座って待っていてください」


 男が指さしたのはロビーの一角にあるソファだ。

 机を挟んで商談が出来るようになっている。

 大人しく座って待つことにしよう。


 しかし、看板を出さない所といい、先ほどの男の対応といい、まさか無認可の奴隷商じゃないだろうな。

 無認可だと借金奴隷や犯罪奴隷だけじゃなく、人攫いなどで無理やり奴隷になった人も取り扱っていたりする。

 そういう所は買い手もろくなもんじゃない。


 程なくして、まるまると太った男がやってきた。

 上等な服を着ているが、ボタンが弾け飛びそうだ。


「ようこそ、我がアンスガー商店へ。こちらへは誰かのご紹介で?」

「いや、違う」

「そうでしたか。私は店主のアンスガーです。どうぞよろしく」

「どうも」

「……お客様の名前を伺っても?」

「……江戸、です」

「どうぞよろしくお願いします。エド様」


 何となく緊張してきた。上手く喋れなていない。


「それで本日はどういった商品をお求めで?」

「……」


 考えていなかった。

 とりあえずと思って来ただけだから、入った後のことを考えていない。


「……見たところ冒険者のご様子。戦闘奴隷をお求めでは?」


 黙っていると店主の方から助け舟を出してくれた。

 よ、よし。乗っかろう。


「そ、そう、冒険者。戦闘奴隷を見せてほしい」

「かしこまりました。では、ここでは何ですので、奥の別室に行きましょう。こちらです」


 そう言って奥へと歩き出す。

 俺は慌てて立ち上がりついっていった。


 別室とやらはやや広い個室で、入ってきたところと奥の方に二つの出入り口がある。

 座って待っているよう言われたので、ロビーと同じように置いてあるソファに座る。

 店主は奥の扉から出て行ってしまった。

 入れ替わりで入ってきた女が置いていったお茶を一口。うむ、美味しくはない。


 数分だろうか。

 しばらく待っていると、奥の扉から店主が戻ってきた。


「おまたせ致しました。我が商店自慢の戦闘奴隷を連れて来ました」


 店主が合図をすると、奥から店員であろう男に連れられた四人の奴隷が出てきた。

 どいつも強そうだ。

 質の悪そうな服を着て首輪をしているが、汚れていたりはしない。

 鎖に繋いだりはしていない様だが、逃げたりしないのだろうか。


 俺の正面に四人の奴隷を並べ店主が説明する。


「一人目は人族です。強さはそこそこですが、若く将来性があります。二人目は狼の獣人族です。足の速さと腕力が自慢です。三人目は人族です。若くはありませんが多くの技能(スキル)を持ち――」


 それぞれ店主が説明していくが、俺の頭には入ってこなかった。

 俺にこいつらを扱うのは多分無理だ。

 どいつもこいつもギラギラした目で俺を睨んでくる。

 連れて帰ったら最後、すぐさま俺を殺して逃げだそうって目だ。


「――いかがですか?」


 店主に声をかけられ、慌てて意識を戻す。


「あ、ああ。参考になったよ。ちなみに値段は?」

「説明しました順に、一人目は金貨十五枚、二人目は金貨十八枚、三人目と四人目は金貨二十五枚となります」


 高えよ! 全財産でも全然足りない! なんで明らかに貧乏人な俺にそんなの見せるんだよ!


「……流石に高望みしすぎたようです。予算に見合わない」

「そうでしたか……。ではもう少し金額を抑えた戦闘奴隷をご用意しましょう」

「いや、とりあえず、この腕では不便なんで。身の回りの世話をする為の安い奴隷が見たいかなぁ、と」

「……かしこまりました」


 屈強な奴隷たちを連れて出て行った奴隷商を待つと、しばらくして今度は二人の奴隷を連れてきた。

 年若い少女と、顔に大きく醜い傷のある四十歳手前くらいの女性。二人とも栄養が行き届いていないのか、ガリガリで不健康そうな顔をしている。

 先ほどの奴隷との落差が酷い。

 やはり、あまりまっとうな商売はしていないのかもしれない。


「二人とも人族です。歳のいった方は一通りの家事がこなせますが、まあ見ての通りですのでね。安いです。金貨一枚ってとこでしょうな」


 上客では無いと判断したのか、なんとなく態度が横柄になった気がする。

 きっと誰も買わないような奴隷を連れてきたのだろう。

 だとすると、少女が不自然だ。

 勝手なイメージだが、若い女は高い気がする。

 見たところもう一人の女性の様に目立つ傷もない。

 何か問題があるのかもしれない。


「若い方の値段は?」

「同じく金貨一枚です。お買い得ですよ」

「……何故そんなに安い?」

「……この娘は犯罪奴隷です。犯罪と言っても少し盗みを働いた程度ですので、すぐに親が買い戻せる様にこの程度の値段だったのですが、あいにくスラム街出身で親が居ないようでしてね。そのまま奴隷になりました。それなら他の誰かが買うでしょうが、この娘は喋れないため、誰も買い手がつかなかったのですよ」

「言葉がわからない?」

「いえ、こちらの言葉は理解しています。ただ、声を出すことが出来ません」


 喉がやられているのか、それとも精神的なものか……。

 しかし、その程度なら誰かが買いそうな気もする。いや、スラム街出身だから買わなかったのか?

 まあ、まだ何か隠していても、多分教えはしないだろう。


「ちょっとこの二人と話がしたい」

「どうぞ、お好きなように」


 店主はそう言うと部屋の隅に移動した。

 会話が聞こえないように配慮したのだろうか。

 態度が横柄になった割に、そのあたりの心遣いは忘れないようだ。

 俺はまず傷のある女性の方に近づき声を掛ける。


「俺はこの通りの腕でだから、世話をしてくれる奴隷を探している。出来るか?」

「……若い頃メイドをやっておりましたので、一通りの家事はこなせます。しかし……」


 女性は顔色が悪いが、なんとなく目に力がある。

 少女をちらりと見て言う。


「あなたはお優しい目をしている。きっと悪い扱いはしないでしょうし、是非あちらの娘を買って頂けませんか?」


 自分ではなくあっちを買え、か。状態を見るに二人ともここでは良い扱いはされていない。

 仕事内容も身の回りの世話と言っているのだから、ここより環境が良くなると思ったのかもな。

 その上で少女を出してやりたかったのか。


 次に少女の前に行き、屈んで視線を合わせる。


 背が低い。

 十歳から十二歳程度だろうか。

 黒い髪が肩ほどまであるが、手入れされておらずボサボサだ。

 近くで見ても変わらず不健康そうな顔をしているため美醜は判断がつかない。

 腕も肩も細い。よく見ると震えている。

 怯えているのだろう。目も床をじっと見つめたままだった。


「家事はできるか?」


 声を掛けると、びくりと震えてから首を左右に振った。


「文字は読めるか?」


 少女は首を左右に振る。


「ここから出たいか?」


 少女は首を振らず、ゆっくりとこちらを見た。

 その瞳は吸い込まれそうなほど深い赤色をしていた。

 瞳の表面には恐怖が映っている。


 だけどその奥には何か別のものが潜んでいる。

 希望か、絶望か、生への渇望か、あるいはまったく別のものなのか。

 俺にはそれが何なのか、分からなかった。


 俺は立ち上がり、奴隷商に声を掛ける。


「この娘、買うよ。名前は?」

「ありがとうございます。なにぶん喋れないもので、名前はわかりません」

「歳は?」

「いえ、それも分かりかねます。年齢くらいなら本人に確認は取れるでしょうが、見たままの年齢で扱っておりましたもので」

「そうか、まあいい。後で自分で確認する」

「ありがとうございます。では用意して参りますので、こちらでもう少しお待ちください」

「わかった」


 奴隷商は二人を連れて部屋から出て行く。

 部屋から出る際、傷の女が頭を下げた気がした。


 しばらくすると奴隷商は何枚かの書類を持って戻ってきた。

 売買の契約書と奴属の首輪とかいう魔導具の所有者登録用の紙らしい。


 奴属の首輪とは奴隷が契約者に逆らわないようにするもので、契約者に危害を加えたりすると絞まるらしい。とは言っても別に命令に逆らえなくなるわけでは無いので、やりようによっては逃げ出せそうだな。


 字の読み書きが出来ないので契約書を読み上げてもらい、サインは代筆してもらった。

 代筆なので仕上げに墨で手形を押す。


 契約書の内容は大したことないものだった。

 買った後の文句は聞きませんとかその程度だ。

 それを店側と俺の分とで二枚。


 さらにもう一枚、奴属の首輪の登録用の紙。

 魔方陣のようなものが描かれている。

 ここに契約者の血を一滴垂らすと登録でき、燃やすと破棄となる。


 登録し終わった所で、最初にお茶を置いていった女が少女を連れてやってきた。

 どうやら着替えさせたらしい。

 先ほどまでのぼろぼろの布よりは幾分ましな服を着ている。


「それでは契約料と服、首輪を合わせて金貨一枚と銀貨五枚……と、言いたい所ですが、初めてのお客様ですので全て合わせて金貨一枚になります」


 サービスするのは良いが恩着せがましい言い方しやがって。

 そもそも契約料とか掛かるなら最初に言っとけ。

 俺は黙って金貨を渡す。


「良い取引が出来ました。またお越しください」

「ああ」


 店主がお辞儀ししているのを背に、少女を連れて店を出た。

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