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十一話 どれいと、きぞく

 奴隷というものがある。

 奴隷とは、人間を商品としたもので、安い労働力などとして使われることが多い。

 奴隷に身を落とす理由として、借金で首が回らなくなった人が自身や子を売って返済したり、罪を犯した人が服役の代わりに奴隷になったりする。

 中には運悪く人攫いに遭い、奴隷として売られる人もいる。


 このゲーラの街にも奴隷はいる。

 今までは気付かなかったが、意識して見ると奴隷の証である首輪をつけた人がそこそこいる。


 この街、この国で奴隷を所持するのは犯罪ではない。

 もちろん、人攫いなどして奴隷にするのは犯罪だが、国の許可のある奴隷商から買うのは合法なのだ。


 なぜ突然こんな話をしているかと言うと、今日俺は初めて奴隷を連れた人に会ったからだ。

 先ほども言ったが、奴隷は街中にもいる。

 だが、はっきりと奴隷と認識したのは今日が初めてだったのだ。




 朝早く、俺は教会から出る。

 シスターを説得し、なんとか昨日一晩教会に泊まるのみで宿に戻る権利を勝ち取った。

 説得は難航したが、忍耐の勝利だ。

 胃袋の熱意のおかげだ。

 宿の飯が食いたかったんだ。


 宿に着くと、ハンネさんが迎えてくれた。

 心配を掛けたせいかちょっと熱烈な歓迎だったので、宿のオヤジとすでに朝食を食べに来ていた冒険者たちに凄い睨まれた。

 とりあえず朝食を頼み、今夜からまた泊まりたい旨を伝えると、前の部屋を空けてあると言ってくれた。

 ありがたい事だ。

 朝食を食べ終え、預けてあった荷物を受け取った。

 愛用の短剣は刃こぼれしてぼろぼろだった。


 宿を出ると次は冒険者ギルドだ。

 マティさんから新しいギルドタグと報酬の入った袋を受け取る。

 前のギルドタグを返し、受け取ったギルドタグを確認する。

 うーむ、やはり文字が読めない。

 なんとなく前より板の色が明るくなったかな。

 報酬を確認するとかなりの金額が入っていた。

 しばらくはお金の心配はしなくて済みそうだ。


「今日は、依頼、お受けになりますか?」

「いえ、今日は受けません。というか冒険者を続けるかちょっと悩んでいまして」

「……えっ?」

「それじゃあ失礼します」


 俺はさっさとその場を離れた。

 マティさんは何か言いたげだったが、聞かない事にした。


 冒険者ギルドの扉を開けようとした所で、入ってきた男にぶつかった。

 俺は思わず尻もちをついてしまった。なんだこの男は、かなりでかい。

 二メートル、いや、それ以上はある。

 横幅もかなり広い。まるで壁のようだ。

 そして毛むくじゃら。

 毛? 獣人族か?


「おおっと、済まないね。これは失礼をした」


 その図体からは想像もつかない軽い声がした。

 と思ったら巨体の獣人族の影からひょっこり人族の男が出てきた。

 なんだ、こいつの声か。ギャップで笑うところだった。


「いえ、大丈夫ですよ。こちらも不注意でした」


 俺は立ち上がり男に向かって言う。

 続いて巨体の獣人族にも謝罪するが、彼は何も言わず前を向いたままだ。


「いやいや、重ねて済まないね。彼はこう見えて人見知りでね。許してやって欲しい」


 恥ずかしがってんの? この壁。

 そうは見えないんだけど。


 人族の男が手を差し出してくる。

 俺はそれをつかみ、立ち上がる。

 手を離そうとして……離れない。

 なぜか男は俺の手を握ったままじろじろと顔を覗き込んできた。


「おや? その風貌……キミ、もしかしてエド・タカヒロかい?」

「そうですけど……とりあえず手を離して貰えませんか」

「おっと失礼」


 なんだこいつ。変なやつだな。




 俺は冒険者ギルドに併設してあるバーの一席に先ほどの変な男と向かい合って座っている。

 男が俺に用があると言ってきたので、こちらに移動したのだ。

 巨体の獣人族は男の後ろに立ったままだ。ちなみに熊の獣人らしい。


「座らないんですか?」

「ああ、彼は奴隷でね」


 熊獣人に聞いたつもりだったが、またしても男が答えた。

 彼は一言だけ言い、それ以上の説明は続ける気は無いようだ。

 気をとりなおして話を進めよう。


「それで、なぜ貴方は俺を知っていて、こうして俺を引き止めた理由は何ですか?」

「簡単な理由さ。そしてその二つの質問の答えは同じものだ」


 大げさに両手を広げて言う。


「質問に答える前に自己紹介といこう。僕の名はヨーナス・ライプニッツ。ライプニッツ家の四男だ」


 さっさと質問に答えて欲しい所だが、男は胸に手を当てて名乗った。

 わざわざ家名を言うくらいだから貴族なのだろうか。

 この国に貴族制度があるのは知っている。

 だが、俺が出会ったことのある貴族はエトムントさん一人だけだから、こいつが本当に貴族かは判断がつかないな。


「俺は――」

「ああ、君の事は知っている。名乗る必要は無いよ。エド君」


 ……いちいち癇に障る野郎だ。


「さあ、答えを話そう。君について知っている理由は、ギルドにある張り紙だ。君の特徴が書いてあった。黒髪黒目なんて珍しいからね。すぐに分かったよ。後はギルド内の噂だ。数日前にこのギルドにやって来たが、みんな君の話をしている」


 噂、ね。どうせろくな噂じゃ無いだろうな。

 それにしても張り紙か。すっかり忘れていたが、そんなこともしていた。

 今まで俺のことを知っている奴なんて現れなかった。現れるわけがない。


「そして君への用だ。さっきも言ったように答えは同じさ。ギルドの張り紙についてだ。君の情報を持ってる」

「……報酬目当てで嘘をついても無駄だぞ。ただ何か言えば報酬が出るわけじゃない」

「いやいや、嘘なんかつかないさ。報酬目当てでもないから、有益な情報じゃないと判断されて報酬無しでも全く問題ない」


 俺の情報を持ってる?

 そんなわけは無いだろう。

 それに報酬無しでも問題ないだなんて訳がわからない。


「まあ、正確には君の情報じゃない。君に似た特徴を持った人を知っているだけだ。つまり、黒髪黒目のね。そしてその人は同じ特徴を持った人を探している」


 ……まさか。

 黒い髪を持ったやつは珍しいとはいえ、この街にもいる。だが、黒い目をしたやつは一人も見たことがない。

 ましてやその両方、黒髪黒目なんて日本人のような特徴を持つやつは見たことがなかった。


 そいつは同じような特徴を持つやつを探しているという。だとしたら、俺と同じく、この世界の異物、俺と同じ世界の住人、日本人の可能性がある。

 この世界に紛れ込んだ人間が仲間を探しているのかもしれない。


「……そいつは何処にいる?」

「おや、有益な情報と判断してくれたのかい?」


 ヨーナスは楽しそうに笑う。

 その目は、何故か俺を不快にさせる。


「……ああ、有益だよ。報酬を上乗せしてやってもいい。そいつは今何処にいる」

「さあ、わからないね。彼は旅人だ。僕が最後に見たのは王都だったが今何処に居るかはわからない」

「……そいつの名は?」

「さてね。名乗ってくれなかったものでね」

「そいつは何者だ」

「旅人さ。あっちに行ったりこっちに行ったり、何処かに留まることはしていないそうだ」

「……お前ごまかそうとしてないか?」

「いやいや、僕が語るのは真実だけさ」


 俺にはこいつが本当のことを言っているかどうか判断ができない。

 だが、なぜか嘘はついてない気がしている。


 言動は俺を不快にさせる。信じるどころか近づきたくないとさえ感じる。

 だが、何故かやつが言うように、その声は真実を語っているように思える。


「……まあいい。報酬はギルドに預けてある。話しておくから後で受け取ってくれ」


 話は終わった。直接的に役には立つわけでは無いが、有益な情報には違い無い。

 報酬を支払うように伝えるため受付に行こうと席を立つ。


「まあまあ、ちょっと待ってくれ。ここまでは仕事の話。これからは個人的な話をしよう」

「……俺はあんたと話したくないんだか」

「そう言わずに。僕は君に興味があるんだ、『無能のエド』君」


 無能のエド。

 これは、俺の二つ名みたいなものだ。

 かなり不名誉だが、誰かが俺の噂をするときにこう呼ぶことを、俺は知っている。

 直接言ったやつはこいつが初めてだがな。

 俺はヨーナスを睨むが、奴は飄々(ひょうひょう)と受け流す。


「さっきも言ったけど、噂で君のことは聞いてる。『無能のエドがゴブリンを単独で倒した』って噂さ」

「……倒したのは俺じゃない」


 なんとなく、こいつのペースに巻き込まれている気がする。

 こんな奴とは関わらず、さっさと行くべきだ。


「そうなのかい? だがそんなことは重要じゃない。単独で魔物と戦ったのは真実だろう?」


 確かに戦いはしたが……。

 答えない俺を気にすることもなく、ヨーナスは話し続ける。


「君は何故魔物と戦ったんだい? 無能の君が魔物を狩れないのは分かっていただろう? 村人を守るため? そんなのは言い訳さ。守るだけなら他にいくらでもやりようがある。君は戦いたかったんだろう? 自分一人で魔物を倒したかった。殺したかったんだ」


 俺が黙っていても、こいつの口はお構いなしに戯言を垂れ流し続ける。


「君は強くなりたかったんだ。自分の力だけで魔物を狩れると証明したかったんだ。村人を守り、命を賭け、自分を限界に追い込めば強くなれると思ったんじゃないかい?」


 そんな訳ない。俺は強くなれるなんて思っていない。


「だが、結局君は強くなれなかった。魔物は殺せなかった。挙句、腕まで失った。これじゃあ強くなるどころか、日々を生きる糧を得ることすらままならないじゃないか」

「……てめぇ、いい加減にしろよ」


 俺は苛々していた。

 無いはずの左腕が痛む。

 こいつの言動は俺を不快にさせる。

 何のために俺はこいつの話を聞いている?

 これ以上話しても無駄だ。早急にここから離れるべきだ。


「君は弱い。君は強くなんてなれやしないさ。認めたまえよ」


 我慢の限界だった。

 俺の体はまるで俺のものではないかのように、俺の意思を無視して動く。

 刃こぼれしてボロボロの短剣を抜く。

 座っていた椅子を吹き飛ばし、目の前の机を踏みしめる。

 短剣を奴の青い瞳に向けて真っ直ぐ突き立てる。

 奴は動かない。このタイミングなら、もう避けられない。奴の目に確実に突き刺さると確信した。


 だが、短剣は目に刺さることなく、その直前で止まっていた。

 短剣はこれ以上進まない。

 それどころか、少しずつ押し戻されている。


 誰かが俺の腕を掴んでいる。

 そんな馬鹿な。近くには熊の獣人しかいなかったし、そいつは今もヨーナスの後ろに居る。俺の腕を掴める筈がない。


 俺の腕を掴んでいる手は小さかった。腕も細い。

 だが、俺の腕はぎりぎりと悲鳴を上げている。

 こんな腕でどうしてそんな力が出る。何故俺を止められる。

 

 腕の先を見ると薄汚い襤褸(ぼろ)を頭から被った、小柄な人物だった。

 顔は見えない。

 だが、腕や体格を見るに、子供か女だ。


「おやおや、戻ったのか。頼んだ用事はちゃんと済んだかい?」

「問題は無かった」

「そうかそうか。それは重畳(ちょうじょう)。ああ、放してやってくれ。エド君、彼女が失礼をした」


 ヨーナスは何事も無かったかのように言った。

 それを聞き――彼女と言うからには女なんだろう――女は手を放した。

 俺は机に乗せていた足を下ろし、短剣を仕舞う。

 殺されそうになったのに、ヨーナスには一切動揺が見えない。

 自分が殺されるわけが無いと確信しているかのようだ。


「どうだい、やはりエド君は弱い」


 俺は舌打ちをした。

 ここまで挑発されても、俺はもう何も出来ない。

 この女には勝てない。

 後ろの熊にもだ。

 先ほど短剣を抜いた時、熊獣人は動かなかったが、気配が変わった。

 明らかに二人共、俺より強い。それも圧倒的な差がある。


「そして、この二人は強い。そうだろう?」

「……ああ、そうだな。少なくとも俺では勝てない」


 やはり、この世界の住人は強い。

 俺では、届かない。


「僕は君と同じさ。弱い。無能では無いが、魔物と戦えるような力はない」

「……お前の目的は何だ」


 こいつは何が言いたい。

 ここまで話しても、全く意図が掴めない。


「ただ君と仲良くしたいだけさ。誰よりも強くなりたいと渇望しているのに、強くなる才能はない。僕と同じ君に共感しているのさ」


 こいつのことは信用出来ない。

 だが、こいつの言葉は真実であるかのような響きを持っている。


「僕は弱い。だが、見てくれ」


 奴は両手を広げて言う。


「奴隷は私の手足となって働いてくれる。そして私の奴隷は強い。つまりこれは私が強いということだ」

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