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一話 めざめると、いせかい

 背中が痛い。


 まず最初に思ったのはそんなことだった。

 変な寝かたをしてしまったかな、なんて考えながら目を開ける。

 

 青い空が見えた。


 外……?

 いや、青い空は真ん中だけで周りは天井だ。

 天井に穴があいているようだ。


「えっ?!」


 慌てて上体を起こす。

 よく見ると毎朝見ている天井ではない。自宅の天井に穴があいていた訳ではない事にほっとしつつも、じゃあどこで寝ていたんだと周りを見渡してみる。


「ここ、どこだ……?」


 天井も、壁も、床も。全てが石で出来ていた。こんな場所は知らない。

 どうやら石の床に直接寝ていたから背中が痛かったようだ。

 いや……そんなことはどうでもいい。

 ここはどこで、俺はなぜこんな所にいる?

 昨日は確か……朝起きて、学校に行って、部活して、帰って……。


 家についた覚えが無い。


 部活を終えて学校を出た所までは確かに覚えている。でもその後の記憶が……。


 立ち上がり、自分の体を見下ろす。

 制服を着ている。

 荷物は……ない。

 ポケットに手を突っ込み中をあさってみても、いつも持ち歩いている携帯電話も財布もない。

 周りを見渡すが、やはりそれらしきものは無い。目につくのはせいぜい瓦礫くらいだ。


 こうして見渡して見ると、石造りの壁や床はヒビだらけで、所々苔むしている。

 相当に古い建物のようだ。

 俺がいる場所は窓の無い部屋のようになっていて、崩れ落ちたであろう穴のあいた天井から光が差している。周りに落ちている瓦礫はおそらく元々天井だったものだろう。

 出入り口らしきものはひとつだけあり、その奥には上り階段が見える。


 とりあえずここから出たい。

 

 扉が無く、石の壁にぽっかりと空いたの無い出入り口をくぐる。階段の先は明るい。外に出れそうだ。

 俺は何かに急かされるような気持ちで階段を駆け上がった。


---


 外に出て目に入ったのは鬱蒼とした緑。ここはどうやら森の中のようだ。

 振り返って俺が出てきた建物を確認すると、中と同じく石造りの、小さな祠のような場所だった。

 外観もボロボロで、まるで古代の遺跡のようにも見える。

 まあ、テレビなどでよく見る遺跡と比べるとかなり小ぶりだ。


「――誰だ! そこで何をしている!」


 俺は飛び上がるほど驚いた。

 遺跡の観察に夢中で人が近づくのに気づかなかった。

 そう、人だ。

 ここがどこなのか、俺は何故こんな所に居るのか、聞けば何かわかるかもしれない。

 だが、声の様子からは怒っているように感じる。

 刺激しないようにゆっくり振り返ろう……。


 そこに居たのは外国人のおっさんだった。ヒゲ面でいかつい顔をしている。

 いや、それは良い。

 外国人のようだが言葉も通じるみたいだし。

 かなりデカイ刃物を持っている。怒っているようだから、これは大問題だ。顔も怖いし。

 そして、何故か、鎧を着込んでいる。鈍く輝く鉄の鎧だ。

 全身を覆っているわけでは無いから軽鎧か?


 ――コスプレ?


「お前は何者だ?」


 いい歳してコスプレしているヤバイおっさんがまた聞いてくる。

 だがヤバイおっさんの登場でビビった俺の口からは、あー、とか、えっと、など要領を得ない言葉しか出てこない。


「質問に答えろ。お前は何者で、ここで何をしている」

「えっと……。名前は江戸孝宏で、ここには……あー、気が付いたらここに居たので、何故ここに居るかは……わかりません」


 なんとか答えられた。

 かなり怪しい答えになってしまったが、これ以外言いようがない。

 本当に分からないわけだし。


 おっさんがじっと見てくる。

 むしろ睨みつけてくる。

 目をそらす……ってあのデカイ刃物、鉈かなんかじゃなくて剣か。

 コスプレの小物か。凝ってるな。


「怪しいが……まあいい。見たところ丸腰だし、近くに伏兵も居ないようだ」


 いいのか。ほっとした。


「領主様に判断願おう。ついて来い」

「え?」


 よくなかった。

 こんなヤバイおっさんには関わりたくない所なのだが、ついて行くしかないのだろうか。

 おっさんは剣を鞘に収めると振り返って歩き始めた。

 逃げようかな。今なら後ろ向いてるし走れば逃げれるかな。


 しかし完全にビビってる俺は黙ってついて行く事しか出来なかった。

 どちらにせよ、ここがどこかも分からないのでは逃げようもない。


 ところで領主様ってなんだよ。

 コスプレ仲間のアダ名かなんか?


---


 森の中をおっさんの背中を見つめながら歩く。

 道中もおっさんは怒ったままなのか、ピリピリした雰囲気を纏い、黙ったままだ。


「あの……ここってどこなんですか?」


 沈黙に耐え切れなかった俺はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。

 俺が何故ここに居るのかはおっさんにも分からなさそうだが、ここがどこかは知っていそうだ。

 しかしおっさんは黙ったままだ。

 聞こえなかったのか?


「あの――」

「――静かに!」


 もう一度声をかけてみたが、鋭く俺の声を遮った。

 ちょっとビビってしまったが、ここは踏ん張って不満を主張しようとおっさんを睨む。

 おっさんは振り返ってちらりとこちらを見たが、すぐに顔を前に向けた。


「魔物の気配がする。そこまで強くはなさそうだが、二、三匹は居る」

「……え?」


 ヤバイ……このおっさんマジでヤバイ。

 魔物って何だよ。

 ファンタジー設定のコスプレだったのか。


「俺はお前を信用していない。そこを動くなよ」


 おっさんは正面の草むらを睨みながら言う。

 よく見るとその視線の先の草が揺れているように見える。


 ……何か、来る。


「――グギャアアア!」


 動物でも出たのかと思った。


 まるで死に際の断末魔のような叫び声を聞くまで。

 ネズミが食い散らかした死骸が腐ったような臭いを嗅ぐまで。

 泥水を混ぜた絵の具をぶっかけたような緑色の肌を見るまで。


 ――なんだ?


 それは人と同じ形をしていた。

 栄養不足でガリガリになった子どものような。

 腹だけが丸く膨らんでいるのが何故か不気味だ。


 ――なんなんだ、これ。


「ゴブリンが三匹か。いいな、さっきも言ったがそこを動くなよ。不審な動きをしたらお前も切るぞ」


 俺の思考は停止している。

 おっさんに言われるまでもなく動く事は出来ない。

 いや、そもそも俺の脳におっさんの声は届いていなかった。


 三匹。最初に飛び出してきた一匹で思考が停止してしまっている俺には他の二匹は認識できていなかったが、三匹のバケモノがこちらに向かってきていた。

 一匹は太い木の棒を頭上に掲げ、一匹は錆だらけの大振りなナイフを振り回し、一匹は石斧のようなもので地面を叩いている。

 どいつもこいつも訳のわからない叫び声をあげ、乱杭歯が覗く口を大きく開いてよだれをまき散らしている。


「ひっ……!」


 本能的にわかってしまった。

 こいつらは俺を喰う気だ。

 体に収まりきらなかった恐怖が俺の口から漏れる。

 先頭のバケモノが俺を見つめながら大きく口を開ける。


「ク、キャ……!」


 しかしその醜い口から漏れたのは掠れた音だけだった。

 心なしか戸惑っているような顔をしている。

 戸惑うのもわかる。

 なんせ、首と胴が離れてしまっているのだから。

 その戸惑った顔をしたバケモノの頭は、いつの間にか尻餅をついていた俺の足の間に、放物線を描いて落ちる。

 生暖かい液体が俺の顔に降り注ぐ。

 慌てて手で拭うと、それはくすんだ青緑色をしていた。


 これは、血だ。

 これは間違いなくこいつらの血だ。


 目の前に転がっている頭からも、同じ液体がとめどなく流れている。


 ――なんなんだ、ここは。


 そこで、俺の意識は限界を迎えた。



*****



「……また、知らない天井だ」


 だが、今度は天井に穴はあいていない。

 背中も痛く無い。


「気がついたか」


 どうやら俺はベッドに寝かされていたようだ。

 体を起こし、声のした方へ顔を向ける。


 ベッド脇の椅子に、いかつい顔をした男が座っていた。今はもう鎧は着ていないようだが、気絶する前に会ったおっさんに間違いないだろう。

 腰に下げていた剣も無い。


「あの、ここは……?」

「領主様の屋敷だ。まさかゴブリンを見て気絶するとはな。おかげでここまで背負って運ぶ羽目になった」


 おっさんは気絶していた俺を思い出したのか呆れたような顔をしていた。


「ああそうだ、お前の服だがゴブリンの返り血で汚れたから処分させて貰った。いい仕立てで珍しい服だったから申し訳ないと思ったが、ゴブリンの血は一度付くと落ちないからな」


 言われて自分の体を見下ろすと、確かに制服ではなかった。なんだかゴワゴワとした感触の服だ。おっさんも同じような服を着ている。

 制服に特に思い入れは無かったが、荷物が紛失していた俺の最後の所持品だった。

 寂しいというか、悲しいというか、なんだか自分の芯が無くなったような気分だ。


 何も答えずに暗い表情をしていた俺を見かねたのか待ちきれなくなったのか、おっさんは話を変えてきた。


「ところで、動けるか? ここで俺が事情を聞いてもいいんだが、二度手間は面倒でね。直接領主様に話して貰いたい」

「あ、たぶん大丈夫です。動けます」


 そう言いつつ、体の動きを確かめるようにベッドから降りた。

 なんと無く体に違和感を感じたが、ズボンも上着と同じように着慣れないゴワゴワした触感だったので、おそらくそのせいだろう。

 怪我をした様子もないし、動くのに問題は無い。


「よし、じゃあついてこい。案内する」


 そう言って立ち上がったおっさんは、後ろにあった木製の扉を開けた。


 部屋を出ると二、三人はゆうにすれ違える廊下があり、廊下の窓からは広い畑が見えた。

 廊下や先ほどの部屋を見る限り、屋敷は日本の建物とは違い、映画に出てくるような外国の屋敷のようだった。


「お前さんの名は聞いたが、俺は言ってなかったな」


 廊下を歩いているとおっさんが話しかけてきた。

 森の中にいた時のピリピリした雰囲気はもう感じられない。


「俺の名はダニエル。元冒険者だ」


 冒険者。

 ファンタジーの物語ではよく出るキーワードだ。

 鎧をまとったおっさん。

 おっさんがゴブリンと呼ぶバケモノ。

 そして冒険者。

 どれも物語ではよく登場する。


 ゴブリン。

 今にして思えば、確かにあのバケモノは物語などに登場するゴブリンのような特徴をしていた。

 絵で見るのと実物に遭遇するのとでは感じる嫌悪感や襲われる恐怖は別物だったが……。

 あの時感じた恐怖は、あれが本物であると確信するに十分なものだった。


「着いたぞ。この部屋だ」


 考えているうちに領主様とやらの部屋に到着したようだ。

 なんとか心も落ち着いてきた。

 これなら領主様にいろいろと話を聞けそうだ。

 ダニエルさんがノックをして声をかける。


「領主様、ダニエルです。例の少年を連れてきました」

「……入れ」


 扉を開けて入っていくダニエルさんの後に続く。

 その部屋はどうやら執務室のようだ。

 正面に大きな机、左右の壁は一面本棚になっている。


「君が遺跡に居たという少年か。名前はエド・タカヒロと報告を受けているが間違いないかね?」


 机の奥の椅子に座って居た人物が声をかけてきた。

 白髪の混じった金髪の男だ。

 口周りには髭を蓄えているが、無精髭のダニエルさんと違って整えられている。


「は、はい。江戸と言います」

「うむ。私はエトムント・ノルデン。このノルデン領の領主をやっている。よろしく頼むよ」


 人当たりの良さそうな人だ。

 見知らぬ少年にも丁寧に自己紹介をしてくれている。


「早速で悪いが、いくつか質問に答えて貰いたい」

「は、はい」

「君は私の管理する遺跡に居たそうだが、なんの目的があって遺跡に居たのかね?」

「えっと……気づいたらあそこに居ました。目的とかそういったものはありません」


 おっさんにも似たような事は言ったが、これ以外に言いようがない。


「君はどこから来たのかね?」

「……わかりません」


 なんとなくだが、日本の事は言わないほうがいいような気がしていた。

 異物だと判断されれば、中世であった魔女狩りのようなことをされるかも知れない。


「わからない? では、ここがどこかはわかるかね?」

「わかりません。先ほど、ノルデン領と伺いましたが、俺にはそれがどこのことなのか、わかりません」

「遺跡に来る前は何をしていたか覚えているかね?」

「……覚えていません」

「ふむ……。わかるのは自分の名前だけか」


 領主のエトムントさんは何か考えているようだ。

 質問も途切れたし、聞いてみるか。


「あの、こちらからもお聞きしたいのですか、よろしいですか?」

「なんだ?」

「ゴブリンって何なんですか?」


 エトムントさんはその質問に驚いたようだ。

 片眉をあげて俺をじっとみている。


「やはりゴブリンを見たことが無いのか?」


 その声はダニエルさんだった。

 ゴブリンに襲われて気絶したからか、ゴブリンを見たことが無いのだろうとは想像していたのだろう。

 エトムントさんほど驚きはしていない。


「ありません。アレは一体何なんですか?」

「ゴブリンは魔物の一種だ。繁殖力が強く、どこにでも棲息しているし、村の畑をよく荒らすからどんな田舎者だろうがゴブリンくらい知っているもんだが……」

「魔物って何なんですか?」


 今度こそダニエルさんも驚いたようだ。

 目を見開いてこちらを見ている。


「……どうやら記憶に混濁が見られるようだ。名前以外わからないようだし、普通なら魔物を知らないというのはおかしい」

「……そのようですね」


 なんだか二人で納得している。

 しかし、その口ぶりだとやはりここは――。


「しばらくこの屋敷で休むといい。何日かすれば記憶も戻るかも知れない」


 こうして俺はエトムントさんにお世話なることになった。

1/26 全話修正

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