記憶と走る
部活帰りの海斗はコンビニで飲み物を買って帰る途中だった。
「ふぅ~やっぱ部活の後はこれだわ」
買ってきたドリンクを半分まで飲み干すと、海斗は駅に向かって歩き出した。
「ん?見覚えのある顔だなぁ…」
海斗は信号を待っていると、道路の向こう側に同じ部活の先輩を見つけた。
最近彼女が出来ていつもイチャついてる先輩だ。
手を振ろうと考えたが、なにかおかしいことに気づいた。
その先輩が、こちらをとても怖い顔で睨みつけているからである。
海斗は、なにやら嫌な感じがした。
信号が青になる。
それと同時に先輩がこちらに向かって物凄い勢いで走り出した。
やばい。
そう感じた。
何が起きたかは分からないが、とりあえず逃げなくてはならない。
走った。
大通りに出た。ここはいつも大勢の人で溢れている。
この中に紛れていけば、先輩を撒けると考えた。
誰かに当たりながら、謝りながら、ひたすら先へ先へと人混みをかき分けていく。
ビルとビルの間の小道に逃げ込んだ。
この辺りにはもう誰もいないようで、海斗は安心した。
小道を抜けると、居酒屋が建ち並ぶ道に出た。
念のため、辺りを見回してみた
「嘘だろ…」
海斗の顔が真っ青になった。
遥か向こうから、一人の男が凄い勢いで走ってくる。
先輩だ。
恐くなってひたすら逃げる。
走る。
海斗は陸上部だった。だから凡人よりはスタミナに自信があった。
しかし、それは先輩も一緒だ。
なんで自分を追ってくるのかが分かんないが、捕まったら間違いなく嫌なことが起こる、そんな気がした。
いつのまにか見たことのない住宅街に来ていた。
もうさっきの駅へは戻れないかもしれないが、ここら辺なら道が頻繁に分かれているのでもしかしたら逃げ切れるかもしれない。
その時だ。
海斗は強い頭痛を感じ、世界が歪んだと思うと、目の前が急に真っ暗になった。
「あれ…おかしいな…?」
…
気がついたら、となりの駅にまで来ていた。
「クソ…またこれか」
海斗には生まれながらの病気がある。
「群発性記憶障害」
確か母はそういってただろうか。
これは世界に三人しかいない特別な症状で、普段生活している中で、急に記憶が飛んでしまうというものだ。
ただしそこまで頻繁に起こる訳ではなく、せいぜい1日に三回ぐらいである。
しかし、これが引き起こすことは厄介で、友達の家に遊びにいったときも、一応遊んだことになっているのだが、自分は何も覚えてなかったり、授業の内容が全く頭にはいってなかったりと大変なのである。
自分の記憶がない間は、その時その時に応じた行動をとっているのだが、その間頭の記憶を扱う器官が全く働いてないという原理らしいが自分にはさっぱりだ。
そして、今もこのように歩いた記憶がないのにこうしてここに立っている。
(そうだ、先輩は…)
…
スタスタスタスタ…
スタスタスタ…
目があった。といっても、相手はかなり遠くなのだが。
でも、視線を感じた。
恐ろしい形相で近付いてくる。
また、逃げなくては。
…
商店街に出た。
ここは一本道で、逃げるにはあまり向かない。そこで、一つ考えてみた。
「すみません…変な人にずっと追いかけられてるんです…助けてください!」
助けを求めたのは、中年男性三人組だった。
「そうなのかい?」
「そいつはどこのどいつだい」
男性たちは必死に海斗の話を聞いてくれようとした。
「それは…」
後ろを指さそうとしたが、先輩はそれ以上に自分の近くに迫ってきていた。
「すみません、もう僕行きます!」
また走り出すと、後ろの方からさっきの人たちの声が聞こえてくる。
「おい、ちょっとそこの君」
どうやら先輩を呼び止めてくれたようだ。
「君はいったいどういう意図で、あの子を追いかけて…」
次の瞬間。
なにやら断末魔のようなものが聞こえた。
振り返ると、さっきの男性のうちの一人が腹から血を流し地面に倒れている。
それを眺める自分を今まで追いかけてきた男の手には、ナイフが握られていた。
「殺される…!」
…
どのくらい走っただろうか。
もう完全に日が暮れてしまった。
しかし、あの男は追ってきてはいない。
「助かったぁ…」
海斗は、ふとカバンに入っていた記憶覚醒剤の存在を思い出した。
これを飲むことで、その日限りの飛んでいた記憶を思い出せるという素晴らしいものだ。
といっても、これを病院から渡されるようになったのはつい先週のことである。
医者は言っていた。
「これは世界に三人しかいない君たちのために作られたものだ。実に画期的な発明だよ。応用すれば他の記憶障害にも使えるかもしれない、君はこれを誇りに思っていいんだよ」
もしかしたら何かの副作用があるかもしれない。
しかし、あるのとないのでは、ものすごい違いだ。
一粒飲んだ。
まずとても苦いのが舌に伝わってくる。
そうして段々と、失われていた記憶が思い出される。
…………………………
まだ今日学校にいたころの記憶だ。
あの先輩が、制服に着替え終わり、待ち合わせしていた彼女と会う。
二人は楽しそうに帰ろうとした、その時だ。
横から僕が入ってくる。そして先輩の彼女の前に立った。
先輩「おい、お前なんのつもりだ」
しかし、それでも僕は動こうとしない。
僕はポケットから何かを取り出した。
ナイフだ。
しかも、さっき先輩が持っていたものと同じである。
僕は先輩の彼女をめった刺しにした。
辺りが紅に染まる。
泣き叫ぶ先輩を傍らに、僕は去っていく…
…
…全ての記憶が覚醒した。
「ウソだろ…!?」
「誰か嘘だと言ってくれ…」
海斗は道の隅でうずくまった。
心臓がバクバクしている。
誰かにこの状況の説明をしてほしくてたまらなかった。
「僕が知らない間に、僕が人を殺していたなんて…」
衝撃的すぎる。
色んなことを考えていた。
その時。
「…」
「何の音だ…?」
スタスタスタスタ…
スタスタスタスタ…
「…」
「よう、源」
先輩の手には、あのナイフが握られていた。