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意図せぬ復讐

そんな話は聞いてない

作者: 織方 終

「意図せぬ復讐」番外編第一弾はリーシアの旦那様、レザリオ視点です。

 レザリオ・ウルム・ファラングの運命もまた数奇なものだと言えるかもしれない。



 レザリオは先代のファラング国王の第四子として誕生した。ファラングでは一夫多妻が容認されている。レザリオは正妃腹に生まれ、同腹の兄と弟が一人ずついた。元々の王太子はその兄である。

 彼は幼い頃から活発で、ともするとやんちゃであった。軍部に飛び込んで一兵卒からのし上がるぐらいには。そこで寝食をともにした仲間と友情を育んだついでに、今の彼の特徴の一つである砕けた軽い口調も仕入れたのであった。

 約二十年前、先代国王はファラングの版図拡大に力を入れはじめた。軍部における出世の階段を実力で駆け上がったレザリオは、やがてファラング軍の急先鋒として戦場を駆け回ることになる。父の命を受け、兄の指示に従い、多くの国を攻め落としたのである。

 レザリオが本国に戻ることは稀であった。常に戦場に身を置く気ままな次男坊――正確には四男坊だが――らしく、彼は妻帯を先送りにしていた。それでも婚約者の一人ぐらいはいて然るべきであるが、本人にその気がなかったことに加え、本国に留まる兄と弟が大人気であったという事情がある。いつ死ぬともしれない、戻ってくるかも分からない第四王子の妃よりも、国民に近い場所でその才を知らしめている彼らの側妃、あわよくば正妃を狙う方が堅実であったのだろう。

 元より、先代が版図拡大を掲げた時から、子どもたちの伴侶には呑み込んだ国の王族を宛がう算段が立てられていた。その思惑にしたがって兄たちは既に妃を娶り、弟は国内の有力貴族の娘を正妃に迎えることになっていた。次こそはレザリオ、と目された矢先にファラング王家を揺るがす事件は起きたのであった。

 その時レザリオはやはり遠方の戦場に出兵していたのですべて聞き及んだ話である。

 兄である王太子が毒によって暗殺された。その王太子に寄り添うように、王太子妃もまた毒によって命を散らしていたと言う。公式発表は王太子と王太子妃が暗殺されたというものであった。しかし、状況証拠から見て王太子に毒を飲ませたのは王太子妃であるとの推察が妥当とされた。

 王太子妃はファラングが版図拡大を掲げて最初に攻め落とした国の王女であった。その彼女から渡された毒の杯を、王太子はどんな思いで飲んだのだろう。

 急ぎ本国へ帰還したレザリオを待っていたのは、兄に代わって王太子になれ、という先代からの通達であった。版図拡大路線を引き継がせるには、年長である側妃の子どもたちよりも華々しい戦果を挙げているレザリオの方がふさわしいとの判断であったと言う。

 そんな話は聞いてない、その一である。

 王太子暗殺により、レザリオの妃に併呑した国の王族を据えることは一旦凍結となり、見直されることとなった。



 王太子となってからも、レザリオは変わらず戦場で剣を振るった。先代が没して王位が転がり込んでくるまで。

 王になるとは思っていなかった。なりたいとも思っていなかった。それでも、任された荷がどれほど重くても、投げ出すことはできなかった。

 二十一歳で王位を継いだレザリオは、先代の版図拡大路線を維持しつつ、新たな派兵は行なわなかった。代替わりしたからと言って侮られることがないよう、既に喧嘩を売った相手にはきっちり勝負を挑み、ことごとく勝利を収めたのである。

 ファラングが最終的な到達地と見ていたのがシグルムであった。両国の間には小国がいくつかあり、外交手腕に定評のあるシグルム王妃の伝手によって同盟が結ばれていた。いかに武に優れる大国ファラングであっても容易に攻略できるものではなく、結局は時間をかけて一国一国地道に潰していくしかなかった。

 そうして併呑した国の使える人材を見繕っていた時のこと、レザリオはある噂を聞いた。


 ――シグルムには、既に王妃の後継者である『王妃の器』が育っている。


 ファラングの侵攻を阻む王妃の後継者と聞いては、レザリオも無視できない。

 王妃にとかく気に入られている非常に優秀な娘であると言う。期待半分、誇張半分――所詮噂は噂でしかないが、火のないところに煙は立たない。

 王妃と言えば、レザリオの正妃の座は空いたままである。それどころか側妃の一人も持っていない。

 王になった時に決めたことがある。シグルムまでを呑み込んで版図拡大を完了させたならば、次は肥大化した国内に目を向けると。そして、政略的な優先順位をそのまま妃の序列に反映させると。

 たとえば弟夫婦のように、政略的に有意義でありながら、それでいて互いを心底想い、愛し合っている関係は素直に羨ましい。望むべくもないからこそ尚のこと。


 ――愛はいらない。捧げられた毒杯に命を散らしてしまうような、目を曇らせる愛は。


 ただ信頼できれば、いやせめて信用できれば、それが無理でも「使えれば」。

 レザリオが王妃に求める最低条件である。レザリオとて無下に縁談を断ってきたわけではない。ただ「妃に殺されるのは勘弁ね」と調べていくとどうにも怪しげな娘たちが多いのである。背後関係的には問題ないと判断した場合でも、今度は本人が「使えない」。どうせシグルムが手に入れば終わる独身生活、レザリオは妃問題を再び先送りにし、残り少ない自由を楽しむことにしたのであった。



 シグルム近隣国の同盟の柱であったシグルム王妃が亡くなったのは、ファラングにとっては幸運なことであった。彼女が生きている限り、たとえ近隣国を呑み込んだとしても、その動向を注視し続けなければならない。シグルムを攻めた瞬間に反乱でも起こされようものならさすがにファラングと言えども慌てざるを得ない。

 それにしても、王妃亡き後のシグルム政府は機能不全もいいところであった。家を支える要の柱が倒れて後は総崩れを待つばかり、という状況だろうか。

 挙句の果てに、いらぬと突っぱねた貢物を無断で送りつけてくるとは、どうやら完膚なきまでに叩き潰されたいようである。


 ――『王妃の器』とやらもその程度か。


 噂を聞いて、少しばかり期待が先行してしまっていた感は否めない。冷静に考えれば、政府の暴走を娘一人に止められるわけもないのだが。

 突っぱねたはずのシグルムからの貢物が届いたという知らせを聞いた時、レザリオは呆れと怒りで一瞬思考を停止した。

 そんな話は聞いてない、その二である。

 所用で城外にいた彼は、非常識にも程がある貢物など受け取る必要なしと指示した後自身も事後処理のために城に戻ったのだが、そこでなぜか外交担当がその贈り物を城内に入れた、と聞かされた。勝手なことをしてくれて、王様の威厳形無しかとぼやきつつ――外交担当とは古い付き合いであり、気安い仲でもある――、弟宛だというその貢物の顔ぐらい見てやろうと思い立った彼は来賓室へと足を向けたのであった。



「あれ、思ってたのと違う」

「……はい?」


 はじめてその娘を目にした時、レザリオは違和感を覚えた。

 漆黒の髪は緩やかに波打ち、白い肌を際立たせている。造作は確かに整っているが、華やかというよりはやけに落ち着いた感じで、王弟を誑かし、その兄である王までも視野に入れているだろうその手の貢物にしては何というか「らしくない」。身に着けているものもそうである。上品であり上質なもので彼女によく似合っているが、男の欲を刺激する類には見えない。


「いや、だってさ、色仕掛けのつもりにしてはこう……いろいろ足りなくない?」

「売られた喧嘩なら買ってもよろしいかしら?」

「あー、そうじゃなくて。ほら、言うなればシグルムからの貢物でしょ? 真面目に交渉する気がないならもっとこう色方面特化で来るだろうと思ってたから、そういう頭空っぽ系じゃないんだなぁって」


 レザリオがそう言った瞬間顔を青褪めさせたところを見ると、シグルムがどれだけの悪手に出たかをしっかり理解しているようである。

 ずいぶん無礼なやり方で送りつけてきたにしては案外まともな中身だな、とレザリオは思った。

 まさか『王妃の器』本人であるなどとは思いもしなかった。あろうことかそれをシグルムは流出させたと言うのである。


「シグルムって馬鹿なの?」

「……即座に否定できないのが悲しいところです」


 つい本音が口を突いて出てしまっても仕方がないだろう。

 外交担当曰く、そんな馬鹿な話があってたまるかと事実関係を確認しつつ、万が一にも本人であった場合戦局すら左右しかねない一大事であることから、突き返すわけにもいかなかったので城内に入れた、ということらしい。レザリオが城に戻ったのとちょうど同じ頃彼女の身分証明が確認されたようである。


 ――おもしろい。


 シグルムの悪手を利用しない手はない。『王妃の器』が実際にどれほどのものか、見定めてやろうではないか。

 頭が空っぽなわけでも、愚鈍なわけでもないことは少し交わした会話からも十分窺える。

 できれば噂通りであってほしいが、それが駄目でも「使える」ぐらいには優秀であってくれよ、と思いながら、レザリオは『王妃の器』リーシア・カトルディに狙いを定めたのであった。


 ――兄に毒の杯を差し出した女は祖国を捨てられなかった。さて、君はどうだろう?


「意図せぬ復讐」3話と見比べていただくと分かりやすいかと。

本編後のリーシアとレザリオも書きたいのですが、番外編第二弾はたぶん故王妃様視点です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 他の人視点も面白いですね
[一言] いいねぇ 主要人物とその周囲の方(ファグラングの外交官や近衛隊など)のほとんどの視点を見てみたい気がする 特に騎士の連中らや本編終了後のシグルムの住民の視点を
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