表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堕落の王【Web版】  作者: 槻影
Chapter2.強欲(アワリティア)
7/63

第二話:ハードな話だねえ

 時間通りに軍議室を訪れると、すでにメンバーは揃っていた。


 怠惰の魔王、レイジィ・スロータードールズの有する戦力――軍は大きく3つに分けられる。

 最も構成人数の多く、戦争における攻守の要である第一軍

 最も構成人数が少なく、主に旦那の城を守る精鋭部隊でもある第二軍

 手頃な人数を要し、高い機動力と攻撃力を活かして戦争での襲撃を行う俺の率いる第三軍


 別口で大魔王様から派遣されてきた悪魔であるリーゼ・ブラッドクロスの率いる部隊がいるが、こいつらは旦那の戦争では動かないからあまり関係ない。


 それこそが、精強な軍団を要することで魔界全土に知れ渡る魔王の全てだ。案外シンプルだって? そうかも知れねえがな。何だかんだ言って最終的にはシンプルが一番何だぜ?

 おまけにこれで勝ててるわけだからこのままで行くのもしょうがねえってもんだ。基本的に悪魔の軍は――力と力のぶつけ合い、スキルとスキルのぶつけ合いだからな。


 俺は全員の視線を感じながら、一番左の肘掛け椅子に腰を下ろす。その右に側近であるスローターを立たせた。

 旦那から受け取った時にはサイドテーブルに乗る程度の大きさしかなかったそれは、存在を得て魔界の瘴気を吸うことで『成長』していた。暗い眼窩の二メートルはあるかという骸骨が一言も言わずに佇む様はまさに圧巻だ。


「デジ、遅い」


「きっきっき、悪いねえ。まぁ時間には間に合ってるだろお? 許してくれや」


 第二軍の将軍であるミディア・ルクセリアハートがいつものように不機嫌そうに言う。


 小柄な女の悪魔だ。無愛想な顔に血のようなルビーのような真っ赤な目。ざっくばらんに切りそろえられた髪を髪飾りでとめている。

 まったく、真面目なお嬢ちゃんだぜ。

 だが、なめちゃいけねえ。こんなんでも将軍級だ。かわいい見た目に騙されると痛い目にあう。見た目と能力は比例しないからねえ、悪魔は。


 まぁ、戦えば武具と性質の差で俺が勝つだろうがな。


 続いて、中央に座る優男――ハード・ローダーが全員を見回して口を開いた。

 身の丈は俺よりやや低い、痩身のおとなしそうな黒髪の男だ。だがこいつはこの軍の総司令でもある。つまりそれは、レイジィの旦那の右腕って事だ。

 旦那の配下は色物が多いが、こいつはその中でもトップクラスに危険な奴だ。その力も多分この軍の中では最もレイジィの旦那に近い。


「やれやれ、ようやく集まったようだね。じゃあ始めさせてもらおうか」


 ハードの声を皮切りに、円卓に地図が映写された。


 旦那の縄張りを中心にした魔界の地図だ。

 大魔王カノンとそれに与する魔王の領土の中でも、第一位の広さを誇る暗獄の地をまるまる飲み込んだ広大な土地だった。この間戦争して奪い取った炎獄の地も含まれている。


 惚れ惚れするほど広いが、同時に大魔王に反抗する悪魔達の縄張りに最も接している最前線の地でもある。

 きっきっき、それはつまりは領土を切り取り放題という事だ。逆に言えば、油断すると奪われるってことだがそれはよくねえ。簒奪のデジから物を奪い取ろうなんざ百年はええってもんだ。

 まぁ、大魔王様からの命令でもない限り勝手に戦いを仕掛けたりはしないがね。命が最も惜しいからねえ。破滅のカノン……憤怒を司る大魔王を怒らせるなんてたまったもんじゃねえからなあ。

 さすがの俺でもレイジィの旦那よりは大魔王様につくぜ?


 ハードが平然と情報を述べる。


「大魔王様より、暴食の魔王である、ゼブル・グラコスの討伐命令が我が軍に下された。この魔王はもともと大魔王様に与する一魔王だったが、この度、食料の不足に伴い反旗を翻し大魔王派の魔王であるアステル・ザブデュスとクラード・アスタルの両名を殺害。我が領に接近しつつある」


 地図に移された光の点が2つの丸を貫くと同時に、その領土が赤く染まる。光の点はそれに満足することなく旦那の支配領に向かって歩みを進めていた。

 旦那の居城が存在するここ、影寝殿にはまだまだ距離があるが、一直線に進みつつある。

 きっきっき、また厄介な話が舞い込んできたもんだ。


 今回は以前、俺が討滅したグランザ・エスタードとの戦いとはワケが違う。


 相手は――魔王本人だ。グランザの時はその軍が相手なのであって、魔王本人は出張っていなかった。そもそも、魔王って存在はそうそう戦場に出てくるもんじゃねえ。

 だが、今回は違う。情報を見る限りでは、相手の軍には魔王本人がいる。


「相手は二柱を下した魔王か……なかなかハードな話だねえ」


「ああ。だが、魔王を二人を下したといっても、大した力も持たない新参の魔王だ。レイジィ様の敵じゃあない」


 だが、ハード総司令官はそれを知りつつ、取り合わない。

 ああ。その通りだ。全くもってそうだろうさあ。

 なんたってレイジィの旦那の魔力はそれこそ、そんじょそこらの魔王なんざ目じゃねえ程すげえ。あんなんでもこの間第三位になったんだぜ? 第三位ってことは――単純に言えば、旦那はカノンに与する魔王の中では三番目に強えってことだ。


 だが、仮にも魔王ってことはそのご両名は、まだクラスが悪魔である俺らよりはよほど強いってことは忘れちゃいけねえ事じゃねえか?

 相手はその魔王を二人続けて打ち破った強力な悪魔だ。


 さすが傲慢独尊のハード・ローダー。自信満々で羨ましいこったあ。だが、自身の力を少々高く見積もりすぎちゃいねえか?

 俺は強欲ではあるが、他者の力を認めている。

 暴食のゼブルと言ったらそれほど他の魔王に詳しく無い俺でも知ってる相当なビッグネーム。二つ名は悪食。大魔王軍の中でも第五位の地位にあった凶悪な魔王だ。そしてうちの魔王様は自分じゃ動かねえからなあ。


 ただの悪魔なら一対一で負ける気はしねえ。

 軍団でも討ち滅ぼす自信はある。

 だが、相手が魔王となっちゃあ、さすがにこれまで無数の戦を勝ち抜いてきた一騎当千の俺でも分が悪いと言わざるを得ねえな。


 答えはわかっちゃいるが、念のために聞いておく。


「旦那はなんて言ってんだい?」


「よきにはからへ、と」


 ひゅう。

 と口笛を吹く。ミディアが顔を顰めて俺を咎めるような眼で見た。

 やはり投げっぱなしか。さすが怠惰、魔王本人が来た所で興味ねえってか。


 興味がない。傲慢が子供に見えるぜ。スタンスが歪みねえ。

 ミディアの嬢ちゃんが顔をしかめてぱらぱらとゼブルの情報がまとめられている書類をめくる。すぐに顔を上げて言った。


「……少し分が悪いように思える。他に使える駒は?」


「この話はレイジィ様にのみ下されたものだ」


 その言葉に、ハードが言葉を返す。

 やれやれ、旦那もなかなか大変だねえ。だが、五位の魔王にこちらも第三位をぶつけるという手法は理にかなってる。旦那の特性を考えなければ、の話だがね。

 ミディアが腕を組んで不機嫌そうに貧乏揺すりをする。機嫌が悪いねえ。何かあったのかい?


「レイジィ様のお手を煩わせるわけにはいかない」


「是なり。相手が魔王ならば、こちらも相応の戦力を出すまで、だよ」


 魔王に値する戦力っていうのは、一体何を指しているのか。

 だが、堕落の魔王っていうのは……何があっても動かないものだ。

 強欲の俺が命がかかる戦いを経てでも宝具を求めるように、その渇望は無機物のようにただそこに在ることを求めている。


 はっきりと分かる。これは……栄光への一つの試練だ。

 軍を率いてとは言え、魔王を打ち破るという事実はレイジィの名をこれまで以上に高めるだろう。

 同時に、魔王を二柱滅ぼした魔王を破ったという功績の褒賞は魔剣セレステを超える――SSS級を超えたL級の宝具になる可能性すらある。そして、それは俺に流されるはずだ。

 それを得た時、俺の中に眠る渇望はさらなる位階に到達するだろう。もしかしたら――魔王にすら到れるかもしれない程に。

 命をかける価値は十分にある。


「ふん。魔王様の名を汚すわけにはいかないな……デジ、通例通り行けるかい?」


 ハードが平然と俺に強い視線を向ける。その感情に焦りはない。こいつは、本気で考えているのだ。自分が出ればこの程度の魔王、簡単に討ち滅ぼせると。それでいて俺に話をふるのは、その本質たる傲慢が自身のみでなく自身の指揮する軍団にまで及んでいるからだ。


 たしかに通例ならば初撃は第三軍の役目だ。

 きっきっき、難しいことを平然と言ってくれるねえ、総司令官様は。

 俺は無理はしない男だぜ? 手柄は欲しいけどよお。


「きっきっき、俺の軍だけじゃきついねえ。軍団を相手にするのはわけねえが、暴食(グラ)のスキルは範囲攻撃に特化してるし、そもそも相手は強力な魔王だ」


「私が出よう」


 小柄な少女が席を立つ。


 どういうこった。

 旦那の護衛を役目としているミディアの嬢ちゃんがまさか自分から出ようだなんて。

 明日は槍でもふるんじゃねえか?


「……おいおい、どんな風の吹き回しだい? ミディアの嬢ちゃん? 嬢ちゃんには役割があるだろおお?」


 どちらかと言うと、『暴食(グラ)』と相性のいい総司令官様に出て欲しいんだが。

 旦那の居城を守護するという役割がよお?

 だが、ミディアの嬢ちゃんは強い視線で平然と答える。


「デジ、レイジィ様は私程度の力、必要としていない」


 おいおい、そりゃいっちゃいけねえお約束ってもんだろ?

 大体そういう問題じゃねえ。

 魔王のスキルは強力だ。習熟度によって使用可能なスキルに差異はあるが、俺たちの功績とはいえ、第三位まで上り詰めた旦那のスキルがどれ程の力になるのか、この俺には想像もできねえ。

 だが、それを言っては俺だってハードだっていらねえってことになっちまう。

 不穏な雰囲気に軍議室の空気が乱れる。


 だが、それは次の嬢ちゃんのセリフで払拭された。

 嬢ちゃんが珍しく感情を顕にしてジト目で俺を見る。


「それに、最近手柄を立てていない。少し運動しないと……」


 意外な言葉だった。それは本来ならばお嬢ちゃんの領分じゃない。


 が、なるほどねえ。そういうことか。

 理屈じゃねえってことだな、そりゃ。

 嬢ちゃんも大人しそうな顔してなかなかやるこった。

 手柄。強欲でも傲慢でもないお嬢ちゃんが求める理由。

 にやりと笑って一応聞いてみる。


「ほう。つまりは……たまっているってことかい?」


「……」


 おーおー、おっかないねえ。

 三白眼が俺の全身を貫き、凄まじいプレッシャーが室内を満たす。

 視線だけで人が殺せそうじゃねえか。

 きっきっき、色欲を司るミディア・ルクセリアハート

 なーに、恥ずかしいことじゃねえ。俺だって物欲は覆せねえからなあ。嬢ちゃんが色欲を抑えられなくたって仕方ねえってもんだぜ

 ……まぁ、そもそもそういった感情が残ってる色欲の悪魔なんて珍しいがな。


「デジ、貴方は引っ込んでていい……いや、引っ込んでろ。私がやる」


 だが、その言葉は聞き捨てならないねえ。

 俺はにやにや笑いながらも反論する。


「いやいやいやいや、攻めは俺の軍の役割だろお? 引っ込んでるわけにはいかねえなあ。俺はよ、『強欲』だぜ?」


「ふん。二人で行けばいいだろ」


 ハードが見下すように言い捨てる。

 確かにその通りだ。さすがに名高い旦那の軍を2つも出して敗北したら目も当てられねえなあ。魔王軍は大魔王様から下賜されたものだ。もし失ったならば、大魔王様の『憤怒』を刺激しかねねえ。理由を与えちゃいけねえ。


 嬢ちゃんはその言葉に嫌そうな顔をしたが、相手の能力はわかっているのかそれ以上は何も言わなかった。忠誠心だねえ。

 円卓から映写されていた地図が消える。

 軍議と言っても悪魔は皆自分勝手、決めることは誰が対応するかだけだ。後は各軍団長の指揮にかかってる。

 俺は立ち上がる前に念のためにハードに聞いた。


「だが、あんたはいいのか? ハード総司令官」


「ああ。僕が出るまでもない。デジとミディアに任せるとしよう」


 その声には本気の色があった。こいつは本気で、ただの悪魔が魔王を打ち破れると思っている。

 どいつもこいつも狂ってやがる。

 きっきっき、傲慢もなかなか業が深いこった。怖い怖い


 まぁこちらとしても、処分されないように最大限の事をやるだけの話だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ