第一話:栄光と宝具も積み上げてきた
やれやれ、レイジィの旦那も相変わらずだ。
俺はただ数分間話しただけで疲れてしまい、ため息をつきながら、怠惰の魔王の寝室を後にした。
相変わらず。
俺の感想はそれに尽きる。
この魔王の軍に組み込まれてはや十年。
悪魔からしてみれば十年という年月はあっという間だ。事実、俺ももう千年以上生きてる。
『強欲』を司る俺――デジ・ブラインダークという悪魔は、悪魔の道としては、なかなかいい線いってると思う。
軍を率いるのも、この軍に来る前からもともと慣れちゃいたし、有する魔力も他の悪魔と比べれば高え方だ。今まで生まれてからずっと強欲を成してきたし、クラスもそれなりに突き詰めちゃいる。戦闘にもちったあ自信がある。
だからこれまで他国の悪魔軍をことごとく潰してこれたし、強欲の対象――栄光と宝具も積み上げてきた。
だがしかし、だ。
拝謁した回数はもう両の手の指で数えきれない程の回数に上るが、未だに顔も名前も覚えられちゃいねえときてる。簒奪のデジの名が廃るってもんだ。
きっきっき、まぁ堕落と怠惰を司る魔王様が相手なんだから仕方ないがねえ。
なんたってレイジィの旦那、旦那が一番堕落しちゃいねえか? 俺ももう長くに渡るが、まだ旦那が寝室から出た所を見たことがねえときちゃそりゃ真性ってもんだ。やはり『魔王』はひと味違うってことなんだろうねえ。
まぁ、今までこんな魔王見たことがねえけどな。
影寝殿
魔界の一大勢力でもある大魔王、破滅のカノンに与する魔王、レイジィ・スロータードールズの居城だ。同時に、レイジィ軍の最重要地点でもある、巨大な城だ。その大きさ、広さはカノンのいる居城、破炎殿を遥かに超える広さを持つ。
豪華ではねえが、それは旦那の司る怠惰を象徴しているように、ただ城の中で全てが完結するようにできていた。
事実、大魔王から賜われた悪魔は皆、影寝殿の中にあった。大魔王軍でも五指にはいる広大な土地が全くもって無駄になってるねえ。
自室に当てられた部屋の扉を開く。でかい扉だ。
割り当てられた部屋は旦那の寝室よりも遥かに広い。旦那は欲がないからねえ。そんなんじゃ悪魔もやってらんねえぜえ?
まぁ、だからこそ怠惰と強欲は相性がいいんだが。
室内に入ると、扉にしっかり鍵をかけて今日褒賞として受け取ったばかりの剣を検分した。
魔剣セレステ
大魔王が有する一級の武具だ。それなりの謂れもある品。剣の種類はオーソドックスなロングソードだ。地獄の炎を顕現したかのような真紅の両刃の剣身に、竜の意匠が施された柄。刃も柄も鞘ですら全てが血のような赤に染められている。
自慢じゃあねえが、武具を見る目には自信がある。きっきっき、俺の欲の対象だからなあ、そりゃ勉強もするってもんだ。
その俺の見立てからすると、その魔剣は間違いなく本物だ。
古代竜をわずか一太刀で膾切りにする力を秘めているとされる伝説の魔剣。鞘から抜き放ち、その真っ赤に燃えた刃をなぞる。
その本領はただの剣としての意味ではなく、もちろん剣としての能力も一級だが、どちらかと言うと魔具としての意味が強い。
事実、その剣身から感じる魔力も、今まで俺がコレクションした魔剣と比べても比類のないほどに絶大だ。本来将軍級程度の悪魔である俺が持てるランクの品じゃねえ。まさに魔王級だ。そりゃ大魔王様は魔王であるレイジィの旦那に与えたつもりだからなあ。それなりのランクになるんだろうぜ。
これさえあればどんな敵も怖くねえ。そんな風にすら感じる。
いけねえいけねえ。傲慢は俺の領分じゃないんだぜ?
自身を諌める。感情が、欲がぶれるとそれが原因で悪魔としての力もぶれることになっちまう。俺はまだ強欲を遂げちゃあいねえ。
剣をしっかりと強欲のスキルである『強欲の蔵』を使って生み出した異空間に所蔵する。
俺の欲望が続く限り、果て無き容量を持つ無限の蔵だ。これでこの軍に来てから賜った武具はちょうど3つ目だった。
それも、レイジィが直接大魔王様から賜った武具だからその位は一級。全てが全て、他国の魔王の宝物庫を漁ってもそうそう見つかるレベルの品じゃねえ。そりゃそうだ。大魔王の蔵から賜われたものがそのまま左から右に流されるように俺の手に流されているのだから。
そりゃ、この俺様がこの軍にいる理由もわかるってもんだ。他の魔王様じゃ、『強欲』でなくてもこうはいかねえからなあ。やはり、欲のない怠惰の王と俺は相性がいい。この軍は格好の狩場だ。
だが、今日の主菜はSSS級の魔剣ですらねえ。それこそが俺がこの軍に入った最大の理由でもあった。
俺は受け取ったばかりの骸骨の人形をテーブルに置いた。
レイジィ・スロータードールズ
無為の魔王にして大魔王カノンの配下でも珍しい怠惰を司る魔王だ。
その魔王が直接戦っている姿を見たことのある者はいない。そもそも怠惰のスキルは一般的にはほとんど詳細な内容が伝わっていないが、唯一、虐殺人形のスキルと、そのスキルで生み出した人形の戦闘能力だけは知れ渡っていた。
実際に俺は戦場でその人形に出会ったことがある。その時、俺は実際に刃を交え、確信したのだ。このスキルが、どれだけの数の人形を生み出せるのか知らないが――間違いなく魔界を取れる、と。
それ程までに、その人形は強かった。
その創造物の能力で名を轟かせる魔王の直々の品だ。
力には自信があるたあいえ、まだ魔王のクラスが開かれていない俺にも、人形なんざ門外漢の俺にもわかる。こいつはまだ生まれたばかりだが、まさしく――桁が違う。
ともすれば、大魔王様から賜った魔剣にも匹敵するかもしれねえ力を持っている。
まだまだ弱小だがねえ。これからこいつを育てれば俺の右腕にすらなりうるだろう。
きっきっき、俺の強欲は俺だけじゃ満たされねえ程に深いからなあ。さすがにもう一つ体が欲しくなるってもんだぜ?
骸骨型のただの燭台だったそれが、しっかりと二本の脚で立って、俺を穿たれた眼窩で見つめる。
クラス:スローター・ドール
そいつは確かに意志を持っているように感じられた。存在を生み出す力は悪魔のスキルは数あれど、魔王の御業だとしか表現しようがねえ。
それほどのスキルをスキル名を宣言すらせず、欠伸混じりで発動させる程の途方も無い力。
レイジィの旦那は恐ろしい男だ。性格じゃなくて、その力が。怠惰の魔王として何一つ動かずに地位を上り詰めたその力が、ただただ恐ろしい。
僅か一つしか位が違わないのに、とてもじゃないけどその力の先端すら見えない。
まぁ、いつか……いただくがね。その力。
骸骨人形が跪き、俺に忠誠の姿勢を取る。
けっこうけっこう。真に結構。
レイジィの旦那は、何一つ俺に興味を払っちゃいねえ。だからこそ、この兵器にも特に制限がかかっていない。
俺は自ら得た新しい武器に向かって視線を落として笑った。
「きっきっき、よろしく頼むぜ? 虐殺者」
いずれ、何もかもを手に入れてみせる。
まぁ、それまではせいぜいよろしくやっていこうぜ。