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堕落の王【Web版】  作者: 槻影
Chapter12. 不遜(スペルヴィア)

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第四話:拝啓

 ハードさんの速度は桁外れだ。


 傲慢の魔王はそもそも、『圧縮された世界』を我が物にすると言われているが、それにしたって速過ぎる。

 こっちは移動用の飛竜に乗っているのに、地表を駆けるハードさんの速度はまさに『消える』とさえ表現できるレベルだった。

 しかも本人に聞いたら魔王になる前からそれくらいの速度は出せていたらしい。化け物だ。


 もちろん私の傲慢だって決して弱いわけじゃないけど、私の走る速度なんてハードさんに比べたら動いていないようなものだろう。私の傲慢は『強さ』に寄っていないので仕方ないのだ。


 来いとか言っておいて私を待つつもりはないらしく、私が必死で飛竜を駆って、ハードさんよりは遅く、それでも標準よりは遥かに早く赤獄の地についた時には既に日が暮れていた。


 ヴァニティさんの支配するその地は気温が高い。はるか昔に支配していた憤怒の王の影響が大きいとの噂もあるが、真偽は定かではない。

 夜とはいえ、その温度は元レイジィ様が支配していた暗獄の地とは比べ物にならないほど高く、じっとりした耐え難い熱気に私は一度熱いため息を漏らした。

 ポテンシャル以上の速度を強いたため、疲労困憊になっている飛竜を首を軽く撫で労い、私は数時間ぶりに地面に降り立った。


 しかしここ……本当に暑い……


 腕をあげて自分の匂いをかぐ。服装の乱れを確認する。

 身だしなみは、レイジィ様に仕える家系に育てられた私にとって必須課程だ。どんなに辛くても、疲労していても、死にかけてさえそれを乱すのは許されない。


 基本のスキルツリーに付随している耐熱のパッシブスキルがいるだけでじわじわ上がっていくのを感じる。

 一体どうしてこんな地に街を作ろうと思ったのか、私は不思議でならない。

 どうせ街を作るならもっと住みやすい所にしたらいいのに……。年中朝夕気温が変動しない暗獄の地とか……


 灰岩(グレーロック)と言うらしいこの街から暗獄の地まではほんの数キロ――目と鼻の先だ。

 境界に位置する街という前情報は正しく、ハードさんの居城である閃鬼殿はもちろん、レイジィ様の居る影寝殿にもほど近い。

 というか、頭上を通り過ぎてきた。ちょっと寄ってみようと思ったけれど結局寄り道しなかった私を褒めて欲しい。


 まぁ、後でハードさんに何言われるかわからないですし?


 もう一度深くため息をついて、街中を歩く。

 しかし、夜とはいえ、この街は静かだ。

 上から見ただけではっきりわかったが、住人の数はそれほど多くないだろう。本当にこんな所に悪食の王がいるのだろうか……いや、悪食の王の食事の後の可能性もある。悪食は悪魔を好んで喰らうらしいし……


 その可能性に思い当たった瞬間、私は悪寒を感じて自分の肩を抱いて身を震わせた。


 冗談じゃない。


 ヴァニティさんの話では、割と大人しくしていたとの事だったが信用できたものではない。相手は無限の胃袋である。暴食の悪魔程、相手にしたくない存在はない。

 それは、リスクだ。

 例えそのスキルのほとんどを優越で無効化できたとしても、私の勝ち目はあまり高くないだろう。


 まぁ、観察してみた感じだと戦闘の跡はない。

 ……もちろん、戦う間もなく住民全てが喰らい尽くされた可能性もなくはないけど、そこまで考えていたら何もできない。


 どのみち、ハードさんはとっくにここに来ているはずだ。如何な悪名高きゼブル・グラコスといえどハードさんには敵わないだろう。ここにいたとしても、とっくにいなくなっている。


 完璧な理論武装をすると、私は気配を顰めてゆっくりと赤い月が照らす夜の道を歩き出した。

 不気味な街だった。だが、感じられる悪寒の理由がわからない。


 町の名の語源となっているのだろう、灰色の岩でできた無数の建物からは人の気配がせず、しかしその窓からはぼんやりとしたオレンジ色の明かりが灯っている。

 外を歩いているのも私だけだ。


 そこで私は、違和感の理由に気づいた。


 静か過ぎるのだ。何もなさすぎるのだ。

 まるでごっそり白い絵の具で塗りつぶされたかのように、不自然に何もない。

 私は別に気配を読むことは得意じゃないけど、ハードさんの気配くらいはわかるはずだ。いつも隠す気がない、巨大な気配くらいは。


 慌ててキョロキョロ周囲を見渡す。それなりに広い道の真ん中で立っているのは――私だけだ


 それがわからない。耳をすませても、目を凝らしても何も見えない。

 その事実が魂核を静かに揺さぶる。

 胸に手を当てる。手の平に感じるどくんどくんと脈打つ音だけがここにある全てのものだった。


 冷静にならなくてはならない。こういった際に騒ぐのは――小物のすることだ。

 もう! だから影寝殿から出たくなかったのに!


 心臓の音に注意を向け、自分を勇気づけながら、再度ゆっくりと周辺を見回した。


「……くすくすくす、何なんでしょう、これ……おかしいですねえ」


 命の危機、だとかそういうわけじゃない。

 わけじゃないけど、理由がわからないのが酷く焦燥感を誘う。報告が正しければ、この地を天使の王が襲ったらしい。この違和感はそれが原因なのかもしれない。


 自身の天敵が刻んだ見えない傷跡が私に警鐘をもたらしている可能性。


 兎にも角にも、さっさとハードさんと合流した方がいい。ハードさんならば天使の王が相手だろうが悪食が相手だろうがなんとでもなるだろう。私がここにいるのだってハードさんのせいなんだから、責任くらい取ってもらってもいいはずだ。


 一度深呼吸をすると、目を瞑って今までにないくらいに感覚を研ぎ澄ます。

 自身の中で脈打つ負の魂を精錬する。私にはあまねく全ての魔王が保持する『混沌の王領(アビス・ゾーン)』のようなスキルはない。

 だが、凡百の悪魔よりはよほど知覚は広がっているはずだ。何だかんだハードさんに拉致されて受けさせられた修行は私の力を高めている。


 五感が滲みだすように空間に広がり、世界を私に伝える。冷や汗が玉となって地面に落ちる。


 まるでそれを合図にするかのように、その瞬間、私はここが敵地であることを心の底から理解した。

 それは多分共感覚。広げた五感ではない、まったく異なる第六感が私に伝えていた。


 共感(シンパシー)


 まるで鏡でも見るかのように、薄気味悪い世界が私を映している。


 この街は既に支配され尽くしている。住民が少ないのも、そのためだ。

 そしてそれは多分――ハードさんの手によるものではない。

 これは……そう。もっとずっと前から、少しずつ違和感を抱かないように変えられてきたものだ。


「ふん……下らんな……」


「ひゃ!?」


 背後から突然響いた声に、思わず情けない声をあげて振り返る。

 私の眼に入ってきたのは、私よりも頭二つ分高い長身の男だった。

 黒髪に黒目。傲岸不遜な表情は極めて不機嫌そうに顰められ、ついさっきまで合流したいと考えていたその思いを即座に翻したくなる。


 そこにいたのは、確かに、私が再会したいとさっきから願っていたハード・ローダーそのものだった。

 だが、眼の前にしてその気配はびっくりするくらい希薄で、目を離してしまえばわからなくなってしまうだろう。


 いつの間に背後にいたのか。

 私の知覚に引っかからなかったのは多分ハードさんの力じゃない。

 この空気のせいだ。何もかもを覆い尽くすような霧のような魔力のせいだ。


 その空気を、足元から蝕むような得体の知れない恐怖を吹き飛ばすように、私は声を張り上げた。


「く、下らないって何ですか? ハードさん」


「……チッ、卑慢め……相も変わらず姑息な奴だ」


 ハードさんはそんな私に視線を僅かも向けず、ただ何もない空間を睥睨している。いつも通りのしかめっ面だが、そこには確かに何かを確信しているような色があった。


 ……どうしたんでしょう?


 私が再度声をかけかけた瞬間に、突然ハードさんが向けていた視線の先、何もない空間が歪んだ。

 思わず声をあげかける私に被せるように、重苦しい、途切れ途切れの声が空気を震わす。


「そう……言う、な」


 卑慢のヴァニティ。ハードさんよりさらに背の高い、山のような男が唸り声をあげた。

 まるで今までずっとそこにいたかのように、平然と自然な様子で私とハードさんを見下している。その後ろには、黒の仮面で表情を隠し、王に付き従う無数の悪魔の姿があった。背の高さも在り方も様々で、しかし奇妙な統一性を持った悪魔の一軍が。


 いつの間に……じゃない。

 確かに、今の今までそこには何もいなかった。私の視力は悪くない。これだけの軍を見逃すわけがない。


 異常事態に戦慄を感じる。


 幻……でもない。色欲(ルクセリア)の上位スキルならもしかしたら再現できるかもしれないが、そういう類のものでもない。何より、ヴァニティさんから感じる力は確かに傲慢(スペルヴィア)だ。

 となると、彼の部下の力の可能性が高いが、ここまで大勢の軍を隠せる使い手となると、将軍級でも難しいだろう。

 もちろんミディアさんクラスじゃ論外だ。まぁ彼女はそもそも色欲でもないんだけど


 だが、ハードさんはこの異常事態もまるで予期していたかのように平静としていた。

 平静に、吐き捨てた。


「記憶が霞むほどの長き時を経て尚、小細工を好むか。卑慢」

 

「……策と、呼ぶがよい。傲慢独尊」


 にやり、と。

 ヴァニティさんの口腔が僅かに釣り上がる。笑ったのか?


 私はヴァニティさんの評価を一段階底上げした。見た目と中身があっていない。ちぐはぐだ。得体が知れなさすぎる。剛健な見た目に反した回りくどさ。

 これは、私と同じ渇望を抱いた悪魔にして、同時に正体不明という名の傲慢の天敵だ。


 ヴァニティさんとハードさんの力がぶつかり合う。

 双方とも一歩も動いていない。だが、私には確かに相互の魔力がぶつかり交じりあうのがわかった。

 ただ、そこに立ち止まっているだけで身も竦むような風が吹く。


「悪食はどこだ」


「彼奴は……怠惰(アケディア)の王の、元へ向かった」


 怠惰を司る王。

 それが意味する所は、この広き世界でも唯一だ。


 レイジィ・スロータードールズ。世界最強の怠け者にして、私が仕えるべく生まれた存在。

 そして、同時にハードさんの生みの親でもある。

 詳しい話は聞いていないけど、少なくとも怠惰の王はハードさんにとって大きな意味があるのだろう。


 ヴァニティさんはそれを知らなかったのか?

 いや、そうではない。そんなわけがない。

 そうでなければ――明らかに不機嫌になったハードさんを見て平然としていられるわけがない。


「……貴……様……端から知っていたな!?」


「然、り」

 

 その瞬間、短い音が空気を駆け抜けた。音と同時に埃が舞い上がる。

 思わず目をつぶりかけ、なんとか我慢する。


「な……に‥…」 


 ヴァニティさんの巨体が大きく数メートルずれる。私の顔くらいあるだろう手の平を広げた状態で。

 削られた路面が真っ赤な大地を表していた。

 いつの間にか前に広げられていた手の平から、煙が天に静かに昇っている。

 ハードさんが射殺すような視線でヴァニティさんを睨みつけている。


 理解した。


 ハードさんが拳を放ち、ヴァニティさんが受け止めた。ただそれだけだ。

 ただ、それだけの事実が私を打ちのめす。


 馬鹿な……傲慢独尊のハード・ローダーの拳を受け止められる者がいるなんて……


「相も、変わらず、凄まじい力よ」


「何が狙いだ」


 そして、状況についていけない。

 拳だけで語らないでほしい。私には全然わからない。

 鉄面皮に隠された表情はただ静かで、その中にある感情を僅かも想像できなかった。


 ……まぁ、もちろん、わかっている振りしますけど……


 私はちょっと考えて、明るい声で挙手をした。


「ハードさん、レイジィ様に敗北はありません」


 私が出会ったことのある中で一番の化け物はハードさんではなく、レイジィ様である。

 ハードさんは力が化け物だが、レイジィ様はそういったものとは全く無関係に、その存在が意味不明だ。強いて言うなら神様だ。畏怖しか感じられない。

 私、寝ている所しか見たことないのに……


 仮にもハードさんを破った以上、レイジィ様に勝てる存在はそうそういるとは思えず、それはもちろん、一回負けたはずなのに無様に再びレイジィ様の元に向かったというゼブルさんなどでは到底ないわけで――


「ふん……わかっている」


「然、り」


 予想外な事に、ヴァニティさん、ハードさんがさも当然のように頷く。

 なんでレイジィ様、寝ているだけなのにこんなに評価が高いのか私にはさっぱりわからないけど、多分そういう世界があるのだろう。


 しかし、ならばますますヴァニティさんがそれを黙っていた理由がわからない。

 ハードさんを謀った所で何一つメリットはない。


 その時、卑慢の王はまるで私の考えを読んだように、今度は明らかに口を歪めてわらった。

 しわがれた声質。質実剛健な声色に含まれたそれは、明らかな悪意であり、同時に意志でもあった。


 私の三倍はあろうかという太さの腕が天を指さす。

 雷鳴の声が不審に静まった街中に響き渡った。


「悪食なぞ知らぬ。我が、仇は――天、のみ、よ」


 まるでその台詞を待っていたかのように、巨大な風が吹いた。

 分厚く空を覆っていた紺色の雲が割れる。


 差し込んできたのは――純白の光。

 魔界の赤き月を断絶するかのように降り注ぐ無数の光の筋の向こうに、私は信じられないものを目撃した。


 ハードさんが珍しく、苦虫を噛み潰したような表情で……殺意の乗った視線を天に向ける。


「ヴァニティ……貴様――」


「ふ……」


 光が舞っていた。

 私はただ、それを呆然と見ていた。


 天使。


 私達悪魔の天敵にして、天界に棲まう魂。

 輝く純白の衣に身を包み、背中から生える巨大な翼――天翼が風を受け宙を疾走する。


 もちろん、私だって『天使』を見たことがないわけじゃない。


 だけど……数が違う。

 私が見上げている間にも雲が晴れ、その全貌が解き明かされつつあった。

 まだ、一部が雲に隠れているけど、はっきりと分かる。その数は百や二百じゃない。

 震える唇を噛み締める。じわじわと真綿で首をしめられているかのような息苦しさは本能が鳴らす警鐘だ。


 はっきりとした自覚があった。

 私は――『あれら』を怖がっている。


「くすくす……なんで、こんな所に、あんなに天使が――」


 悪魔とは正反対の存在。

 自然と震える腕を隠すように異なる腕で抑えつける。

 初めて見るその光景は、まさに神の奇跡の名に相応しい。

 天使は神の尖兵だ。何者にも縛られない悪魔とは異なるそこには、天の意志がある。


 私達を滅ぼそうとする意志が。


 その大群の先頭に経つ、一際豪奢な衣を纏った天使がふと顔を傾けた。他の天使は一対の翼を背に背負っていたが、その天使の背には二対の翼があった。

 自意識の欠片も見えない冷たい視線が一瞬だが、私達をはっきりと捉える。


「ッ……」


 視線だけではっきりわかる力の差。距離が大きく離れているにも関わらず、私にははっきりとわかった。

 間違いなく、悪魔ならば魔王級だ。


 ふと、その時カノンさんが議題に出していた名前が浮かんだ。

 魔王を尽く討滅する銀碧の戦乙女(ヴァルキリー)


「まさか、あれが……セルジュ・セレナーデ……!?」


「くく……」


 ヴァニティが含み笑いを鳴らす。

 視線が交わったのは僅か数瞬。だが、私にはそれがまるで数分のようにすら感じられた。冷や汗が止まらない。


 だが、すぐにセルジュは興味がないとでも言うかのように視線を変える。

 こちらから、暗獄の地への地平線へ。

 口元が僅かに歪み、微かな笑みを形作る。


「ハードさん、あ、あれ――」


 黙ったまま険しい表情で天使達を見上げているハードさんに伝える。

 ほぼ同時に、セルジュの天翼が大きく羽ばたいた。


 それは、白の光。

 一瞬で急加速した天使の体躯が空に白い残滓を残して消える。それに付随するように、無数の天使が音もなく空を駆けた。


 こちらに、ではない。

 ヴァニティさんとハードさん、二人の傲慢の王が揃った灰岩の街ではない。

 かつて怠惰の魔王が支配していた暗獄の地――影寝殿の方角へ。


「これが……僕をおびき寄せた理由か」


「我が、仇は、天、のみ、よ」


 答えとも取れぬ答えを放ち、ヴァニティさんが右手を上げる。

 街中から、そこかしこの陰から無数の仮面をかぶった兵がぞろぞろと現れる。まるで今沸いたかのように気配のないヴァニティさんの軍が。

 後ろに馳せ参じていた者達と合わせると、相当な数だ。あれだけの天使を見ていたはずなのに、その仕草に動揺はない。


 ヴァニティさんがハードさんを見下ろす。まるで品定めでもするかのように。


「くく……傲慢独尊……行くが、よい」


「……チッ……」


 天使と悪魔を比較して、最も異なる特徴はなんといってもその機動性だろう。

 天翼は飛竜に匹敵する飛行速度を天使たちに与える。それは並の悪魔ではとても追いつけない速度だ。

 それは恐らくヴァニティさんの軍でも同様。特に先頭に立っていた上位の天使であるセルジュには並の悪魔では追いつけない。


 だが、ここには並ではない悪魔がいる。

 時を置き去りにする傲慢の王が。


 判断は一瞬だ。

 ハードさんの身体がブレ、上空から放たれた蹴りがヴァニティさんの禿頭に突き刺さった。

 地面が大きく揺れ、撒き散らされた破片が散らされる。

 空気に撹拌された血、茶の肉片が一拍置いて濡れた音を立てて地面に飛び散った。

 惨状に顔を顰める。エプロンの裾についた肉片を指で弾いて地面に落とした。


 ヴァニティさんだったものはもう残骸として残るのみ。シトウさんに放った一撃では魂核は残ったが、残骸の中には魂核はない。粉々に砕けたのだろう。


 ヴァニティさんの配下も、言葉を失ったのか何一つ口に出さず血だまりを見ている。


 私は、事が終わったことを確信し、顔を背けた。


 何を考えていたのか知らないけど……くすくす

 ……ハードさんを舐めるような真似をするから……


 舐められる事に我慢ならない。それは私もハードさんも同じだ。

 だからヴァニティさんは死んで当然だった。


 張本人の傲慢の王は詰まらなさそうな表情で、血だまりを踏みにじってただ一言述べる。


「……行くぞ……」


「はい。飛竜、使いますか?」


「いらん」


 それはそうだろう。自分の足の方が早いのだから。

 地が砕け、ハードさんの姿が一瞬で消える。行っちゃった……

 速過ぎるというのも考えものだ。


 まぁ、ハードさんが使わないなら私が使わせてもらおう。

 飛竜でもあの天使に追いつくのは多分不可能だが、どうせ追いつけた所でハードさんが居る限り私の出る幕はない。


 ならば、レイジィ様に再会した時にどうでるべきなのか、どう出ればいいのかシミュレーションでもしておいたほうがまだ有意義だ。


「はいはい、少しどいてくださいねー」


 私は、黙ったまま静止する哀れな軍の真横を通って、飛竜の元に向かいながらふと思った。

 お姉ちゃん、今頃何しているんだろう……まぁ、多分いつも通り、レイジィ様のお世話を――ここ数千年繰り返されたルーチンワークをこなしているのだろうけど……


 拝啓


 お姉ちゃん


 ああ……もう色々大変だけど、ヒイロは元気です。

 お姉ちゃんはせいぜい無駄な努力でもしててください。


 私が、貴方達に代わって優越しますから。

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[一言] お前やっぱり王様のこと大好きだろ
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