第四話:堕落と怠惰
自身で望んで得た地位ではないとはいえ、仮にも王である以上、俺にも部下……臣下がいる。
魔王というのは人にとっての天敵であり、何とかとかいう国に住むなんとかという神の兵隊にとっての仇敵である。ついでに基本的に自分勝手な他の魔王や悪魔からも狙われている。
つまり、敵が多い。俺が何をやったわけでもないのに敵が多い。トップのカノンのやつが世界征服とか天界征服とか魔界征服とか無駄に頑張っているせいでしわ寄せがくるのだ。部下がいないと、戦いたくない俺は死んでしまうのだ。
四半期に一回くらい勇者のクラス持ちやその他の英雄が攻めてくるし、年に一回か二回くらいは神の兵が暗殺にくるし、月に一回か二回は魔界の戦争に巻き込まれる。面倒臭え。俺は自分から戦わないので、魔王の中でもお手頃に見えるらしい。世も末な話だった。
リーゼという名らしい大魔王の手先がいらいらしながら腕を組んで嫌そうな表情で報告する。
「魔王、レイジイ・スロータードールズ。炎獄における他国の魔王、グランザ・エスタードとの闘争において、類まれな戦績を残した事を認め、大魔王・カノンの名に下に、序列第三位への昇格及び、魔剣セレステを与える事をここに宣言する」
「そうか」
どうでもいい話だ。
俺は嫌そうに差し出された一振りの剣を受け取ると、よく見もせずに床に捨てた。
剣なんていらねえ。かと言って盾がほしいわけじゃないし、当然勲章がほしいわけでもない。地位がほしいわけでもない。ほしいのは安息と時間だけだ。
「あああああ、カノン様から授けられた魔剣になんて真似を!」
リーゼが慌てて剣を拾って大事そうに抱きしめて俺を睨みつけた。
魔剣と普通の剣の違いも知らないし、ベッドからほとんど出ない俺にそれを使う機会はない。まだ包丁の方が役に立つ。
まぁ、包丁も使わないがね。
「……納得いかない。なんで貴方が昇格するんですか! 何もやっていないのに!」
「しらん」
そんなのはお前のご主人様に聞くがいい。そのほうが時間を無駄にせずに済む事だろう、
俺は顔を合わせただけで疲れたので、ベッドに仰向けに寝っ転がった。
リーゼが派手にぶっ壊したので新品である。初めは前のベッドが恋しくなったが今は気にならない。俺に必要なのはただ単純な睡眠だということだ。
昇格する理由も知らないし、今自分がどの地位にいるのかも知らない。第三位が高い地位なのかどうかも知らない。
すべてはどうでもいいことだ。
だが、俺の態度が気に入らないのかリーゼが地団駄を踏む。こいつが来てからどれくらい過ぎ去ったのか知らないが、かつてあった美人だという印象はもうかけらも残っていない。美人は飽きるというのは本当だったのか。今は小うるさい所だけが目につくが、同時にそれにも慣れつつある俺がいた。
「私は知ってますよ! 簒奪のデジが貴方の軍を率いたんですよ! 率いてグランザの軍団を打ち破ったんです!」
「そうか」
簒奪のデジって誰だ?
まぁ、どうでもいい話だ。興味がない。
リーゼは俺の顔を見てため息をついた。俺がこいつに慣れたのと同時に、こいつも俺に慣れている。適応力のあることだ。
「見事な采配でした。堕落のレイジイの軍は精強という噂は本当だったんですね。グランザの軍団がまるで子供扱いでした……カノン様が貴方の態度を許容している理由もわかります」
「そうか」
「……聞いてますか?」
「そうか」
もう一度寝返りをうち、俺の身長ほどもある大きな低反発枕を抱きしめる。俺は眠ることも好きだが、起きた後にごろごろするのも大好きなのだ。
リーゼが眉を釣り上げて俺の枕を取り上げた。仕方ないので掛け布団を抱きしめる。
「……とにかく、大魔王様から派遣されてきた身の上ですが、忠言させていただきます。魔王として、大きな勲功を成し遂げたデジに褒章を与えるべきです」
「……そうだな。……デジ? って誰だ?」
「はぁぁあああああ? 貴方、まさか自分の軍団のメンバーも覚えていないんですか?」
怠惰とはそういう事だ。
そして、俺はデジという悪魔に対して、ひたすら興味がなかった。
億劫だったが、リーゼが抱きしめている剣を指さした。
「……その剣をくれてやれ」
「は? 本気ですか? 大魔王様から賜った魔剣を、いくら勲功を成したとはいえ、ただの悪魔に与えると?」
「俺はいらん。寝具だったら欲しいんだがな」
ベッドとか枕とか、あるいはこいつが壊した安楽椅子の代わりでもいい。カノンは結構あれで几帳面な所があるのでさぞ良い物をよこすだろう。
「神具……神の宝具を、いくら魔王とはいえ悪魔の貴方が使うと?」
リーゼの、まるで化け物でも見るかのような視線は、俺が初めて感じたものだった。
明らかに勘違いしているが、それを正すのも面倒だ。
「……そうだ」
「なるほど……ただの昼行灯ではないようですね……」
昼行灯……なかなか面白い事をいう女だ。
まぁ、どうとでも言うがいい。俺はそんなお前の言葉に――興味がない
俺は再度寝返りを打つ。布団は暖かく重く、安心感があった。
すべきことを全てやり終えた俺は、大きく欠伸をして、目を閉じる。
「お待ちくだせえ、レイジィの旦那」
うるさい奴だ。いつもそうだ。俺が休憩をしようとすると皆が俺の邪魔をする。
このまま眠ってしまおう。
「魔王様、デジです」
だからデジって誰だよ。
肩が揺らされ、仕方なく重いまぶたを上げる。
一人の男がそこにはいた。
筋骨隆々の大男である。ひげのないのっぺりとした能面に頭に生えた巨大な巻角。
だが、一番の特徴は左右三本ずつ生えた合計六本の腕だろう。
そして、ギラギラ光る6つの瞳、いやらしく歪められた口に生えた牙が俺を見ている。
「誰だ、お前」
「……相変わらずですねぇ、レイジィの旦那。……デジ・ブラインダーク。レイジィ様の軍団、第三軍の司令官を担当しております」
「そうか……」
デジと名乗ったその男悪魔が、見た目にそぐわぬ飄々とした口調で言う。
こいつが先ほど仕切りにリーゼがいっていたデジか……なるほど……
とてもどうでもいい。
「俺はお前と知り合いか?」
「もちろんでごぜえます、レイジィの旦那。私を第三軍の指揮に任命したのは旦那ですから」
「……そうか」
第何軍まであるのかちょっと気になる。が、けっこう偉いのだろう。
このデジという悪魔、そこそこ強力な力を持っているのが俺の本能には感じられた。
「ミディアのお嬢ちゃんの反対を押し切って第三軍の司令官に任命したのは旦那ですよお? 相変わらずですねえ」
ミディアの嬢ちゃんって誰だ。リーゼの方を見るが、特に気にしている様子がない所を見ると、俺の軍では周知の悪魔なのだろう。
まぁ、どうでもいいことだ。
名前も存在も力も何もかもがどうでもいい。好きにするがいい。
俺はまぶたをこすりながらデジに言う。
「よは」
「はっ、旦那の期待に添えて光栄でごぜえます」
デジが畏まる。その仕草に、リーゼが首を傾げた。
「……その『よは』って何ですか?」
『よ』きに『は』からへ
『よは』満足だ
その2つの意味を持つ独自の言葉である。いちいち労ったり命令したりするのが面倒だったので決めたルールである。適当に言っておけば適当に解釈して動いているので重宝している。
答えるのが面倒だったので無視することにした。
「で、何の用だ?」
「はっ、僭越ながら、旦那は私に対する褒章を決めている最中ではないかと愚考致しますが、いかがでございましょうか?」
いかがもカカシもない。
そんなことはどうでもいい。俺にとって大切なのは、これから如何に気持よく睡眠を取るかというただそれだけだ。
俺は冷めた目でデジを見下ろした。もちろん面倒なので口に出さないが。
「その剣をくれてやる」
デジはその言葉に、リーゼの抱える一振りの剣を見て、ぎらりと獲物を見つけた肉食獣のように真っ赤な目を輝かせた。
が、ペロリと唇をなめてこちらを見直す。
「身に余る光栄でございます、旦那。ですが、私にはもう一つ賜りたいものがございまして……いえ、剣が要らないというそういうわけではないんですよ? この通り、私には腕が六本ありますからねえ……」
「デジ……貴様、一悪魔の分際で、大魔王様から賜った魔剣セレステでは足りないと言うつもりか!?」
激高するリーゼを手の平を差し出して止める。枕がミシミシと音を立てて裂けそうになっていた。やめて欲しい。
うるさい。面倒だ。少しは口を閉じるといい。俺はもうただ眠かった。
強欲の悪魔。欲深いのは当然と言える。
そして、強欲のデジと怠惰の俺では望みのものが衝突する事はない。
俺はリーゼから枕を取り返して頭に敷いた。天井のぐにゃぐにゃした模様を視線でなぞりながら答える。
「好きにするがいい」
「はっ、それでは旦那の『お人形』を新しく一体頂いてもよろしいでしょうか?」
それは予想外の答えだった。
既存のものならばともかく、新規の人形を作るのには手間がかかる。
「……面倒くさい」
「そこをなんとか、一番底辺のタイプでようございますので……」
食い下がる強欲。ぎらぎらした欲望は俺が是と答えるか、俺がこいつを殺すまで消えそうにない。
こいつを処分するのと、人形を新しく作るのでどっちが手間がかからないだろうか。
難しい所だが、こいつが功績を残したのは確からしい。
どちらも同じくらい手間がかかるのならば、人形をくれてやってもよかろう。
部屋を見渡し、一番手近にあったサイドテーブルに乗っかった燭台を手にとった。
骸骨の人形を模したデザインの燭台だ。面倒だしこれにしよう。
それをそのままデジに放る。
デジはそれを喜色満面で恭しく受け取った。
六本腕で肋骨をなぞる。
「旦那、魂が入っておりません」
入れていないからな。
「入れたほうがいいか?」
「……ご冗談を。魂のない人形などただのモノに過ぎませぬ。私が賜りたいのは虐殺人形でごぜえます」
「……そうか」
やはり手間をかけなければいけないらしい。
仕方ない。さっさとやってしまおう。
欠伸をしながら指を差し出し、魂のない骸骨の人形に向けた。
スキルを使用する。
それだけで人形に気配が生じた。
魔王のクラスが持つスキルには人形に生命を吹き込む力があった。
俺の得意とするスキルだ。それ故に、俺はスロータードールズと呼ばれている。
「それでいいか?」
「は、有難き幸せ。ついでに名前をつけていただけませんかねえ?」
名付けは悪魔に取って重要な儀式である。名は体を表わし、名前によって力が決まるといっても過言ではないからだ。
なぜ俺がそんなことをしなければならないのだ。
「……次に功績を立てたらな」
「……きっきっき、承知いたしました。処分されないように精一杯やらせていただきましょう」
耳に残るキーキー声で笑うと、あっさりとデジは引き下がった。強欲を司る悪魔に相応しくないその様は意外ではあったが、どうでもいいことだ。
そのまま、険しい表情で案山子のように突っ立っているリーゼから剣を奪い取ると、
「それでは旦那。また功績を立てたら拝謁させて頂きます」
一度深くお辞儀をして出て行った。
別に二度と来なくていい。欲しいものは何だっていくらだってくれてやろう。
断りもいらん。よきにはからへ。
だから、俺の邪魔だけはしてくれるな。
堕落と怠惰。それだけが俺の存在意義であり、それこそが俺の欲するものなのだから。