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堕落の王【Web版】  作者: 槻影
Chapter10.飢餓(グラ)

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第三話:だめ……かあ

 匂いがした。

 眼の前のテーブルには所狭しと様々な料理が並べられていた。


 魔界の土地は一部を除いて貧困だ。だから、そうそうにテーブルの上いっぱいに並べられた料理なんてものにはお目にかかれないし、僕は見た目はあまり気にしない質だったからそんなのはどうでもよかった。


 ――飢えを満たせれば。


 磨かれた白磁の皿の上に乗せられた鮮血の滴る肉。

 暴食を司る僕にはわかる。それは『龍』の肉だ。

 魔界に存在する悪魔と対等に戦える数少ない種族の生肉。それはもちろん貴重品で、味だって悪魔のそれに比類するほどに美味であるはずだった。


 黙って皿の上に取り分けられた肉塊を見ている僕に、料理を持ってきた大柄の悪魔がおそるおそる伺いを立ててくる。

 恐らく傲慢か強欲か。名前も知らず、力も知らない。自己顕示欲だけが一人前で、たった一人で力を顰めて緩慢な歩みを進めていた僕を襲った哀れな男だった。


 魔王にとって将軍級以下の悪魔は基本的に有象無象のようなものだ。少なくとも、長き年月を魔王として歩んできた僕にとっては、例え欲望を失ったとしても『その他』の悪魔など語るに足らない。


「……い、如何でしょうか? つい先日討伐された紅蓮龍の肉です。悪魔と引けをとらない龍種の肉……暴食(グラ)を司る貴方様にとってこの上ない『贄』になりましょう」


「……はぁ……」


 必死で大柄な身体を縮めるようにして野太い声を震わせる悪魔。コレほど見苦しい物はないね。

 手にとった銀のフォークを弄び、龍の肉を眺める。


 困った。やっぱり食欲がわかない。食べる気になれない。


 香りは悪くないし、その肉が持つ力はひしひしと伝わってくる。級からすれば将軍級悪魔を超えるかもしれない。さすがに魔王は超えないだろうが、それでも極上の食べ物には違いなかった。


 眼の前で跪くこの哀れな悪魔が用意するのには相当苦労した事だろう。


 本来なら一も二もなく食らうべきそれは、今や無用の長物だった。感情が動かない。

 もはや飢えとはどのようなものなのかさえ忘却の彼方に消えつつある

 もともと魔王ともなれば飲まず食わずで数年の活動ができる。だから、死の心配はないのだろうが、もともと一日食べない日があっただけで途方も無い焦燥感にかられていた僕にとってそれはこれまで生きてきた中で間違いなくトップに入る異常事態だ。


 結局、どうしても食べる気になれず、銀のフォークを汚すことなくテーブルの上に置いた。


「……もういらないや」


「……え? まだ手をつけていないんじゃ――」


「……君、食べていいよ」


 あーーーーーー


 こんなの、僕じゃない。絶対僕のキャラじゃない。あの世で部下たちにどう顔向けしたらいいんだ!

 本来なら、料理も皿も食器も作ってくれた悪魔も全て喰らうのが『悪食』じゃないか!


 椅子から降り、呆然としたままこちらを見ている悪魔の側を通り過ぎた。

 そのまま、結局何一つ喰らわずに、貸しきった店から出る。


 入口では、無駄に用心深い強欲くんが待っていた。

 おっと、強欲くんじゃないか……そう、デジ。

 デジ・ブラインダーク。レイジィ・スロータードールズの軍の元将軍。

 まぁ、今は宝を求めて各地を旅するただの一悪魔らしい。


 ふふ、そういうの無職っていうんだよ。無職って。


「……おいおい、マジで渇望がなくなったのかよ……」 


「ああ。だから言ったでしょ」


 綺麗さっぱり何もない。ただ、そこにあるのは深い喪失感だけだ。

 僕はそれを埋める術を知らない。喰らう以外にできることはない。


 デジくんが難しそうに表情を顰め、腕を組む。


「……そんな話聞いたことがねえが……」


「まぁ、僕も初めてだからね」


 デジくんが長生きだったとしても、少なくともそれは僕程ではないだろう。

 まぁ、欲を失った本人からしたら面白い話でもないだろうし、例え過去現れたとしても話として広まらないかもしれないけど。


 デジくんは食材というただ一点の観点を外してみれば、悪魔としては変な話、『できた人物』だった。

 悪魔は基本的に渇望が深ければ深い程に話しにくい。そういう意味では、渇望がまだまだ浅いデジくんは悪魔としては半人前でも、付き合うものとしてはなかなか悪くない。


 怪物然とした見た目に反して、なかなかの常識人なのだ。彼は。

 まぁ、それはおよそ一年前に彼と戦ったその時点で気づいていた事ではあるけれど。


「まぁ、そんなわけで、今の僕には君を喰らう気力もないんだよ」


「きっきっき、そうかい。今のままの方が平和でいい気がしてきたぜ……」


 疲れたように大きなため息をするデジくんの姿はなかなかの苦労性であることを思わせる。

 考えすぎるのは良くないね。どうせ考えるなら、如何にして渇望を満たすかのみ考えるべきだ。


 ちょっと思いついて、デジくんに聞いてみる。


「……君、もしかして僕の食欲を簒奪した?」


「ぶっ……んなわけねーだろ。頼まれたっていらねえよ」


 まぁ、そりゃそうか。

 彼の簒奪の対象は恐らく宝具だ。最もポピュラーなタイプの強欲と言っていい。

 そもそも、僕の食欲を欲するような者が強欲になるとは思えなかった。そんな悪魔がいたら、きっとその悪魔は強欲(アワリティア)ではなく暴食(グラ)を司る事になっているだろう。


 デジくんの心外そうな表情は本物だった。ふふ、そんなに嫌がらなくてもいいのに。


 デジくんやゼータくんとやらは大分暑そうにしているが、魔王ともなればこの程度の温度の変化に影響を受ける程柔くない。

 天使を食らったにも関わらず、自分の食欲が微塵も戻っていない事を確認したところで、僕はカフェの一席に腰をおろした。

 もちろん、僕がへばっていた店ではない。あの店は既に天使の攻撃の余波で半壊している。

 僕とデジくんが久しぶりに旧交を温める場として選んだのは、僕がつっぷしていたカフェよりも幾分か新しい、しかしそれほど大きい差異はない、そんな小さな店だった。

 戦場からは離れているおかげか、先ほどの戦闘が夢であるかのように空気は緩やかだ。

 眠くなってしまいそうな程に。


 眼の前に座ったデジくんと、僕を警戒するように座ったゼータくんを眺めながら話を聞いた。何も隠すつもりはないらしく、滑舌よく、シンプルに今の情勢を語ってくれる。


 ここ一年で魔界の状況は大きく変わっていたようだ。


 赤獄の街を目指して正解だった。僕の名前は恐らく魔界で知れ渡っている。カノン様に弓引いた愚か者の魔王として。

 だからきっと、ここで顔見知りであるデジくんに出会ったのは一種の運命だ。ツキは僕に来ている。別に味方というわけではないけれど、悪魔は話を聞かない奴が多いからね。

 それに、たった一人でいるとどうしても喪失感が勝って活動に支障が出るから、そういう意味でも、この適度な緊張感は悪くない。


 天使に戦乙女。

 レイジィの序列降格にハード・ローダーが魔王となった事。


 ここ最近の話題は僕にとっては真新しい事ばかりだ。


 特にレイジィの降格と言うのは腑に落ちない。何があったんだろうか。

 少なくとも、僕を討滅したという功績は昇格にはなっても降格の材料にはならないはずだ。

 長きにわたってレイジィの元で軍を動かしていた古の悪魔、ハード・ローダーが魔王になったという点も合わせて考えると、ハード・ローダーがレイジィを優越したという可能性が一番高そうだけど……


 どちらにせよ、僕の討滅が起点になっていそうだ。

 傲慢の悪魔と暴食の僕はあまり相性がよくない。好んで戦いたい相手ではないけど……僕の討滅が起点になっているのならば、僕の生存がバレたら襲われそうでとても面倒くさそうだった。


 が、僕以外の強欲くん二人に取って重要なのは前者の方であるようだ。 


 過去より未来、か。まぁ、わからんでもない。レイジィとの問題は僕の問題であって、デジくん達は無関係だ。


 くだけた様子のデジくんに、まだ胡散臭いものでも見るかのような目でこちらをちらちら伺っているゼータくんの視線に対して、相槌を打つ。


「へぇ……天使、ねえ。珍しい事もあるもんだ」


「それも聖王級だ。きっきっき、絶対に何かあるぜ」


 そう言うデジくんの目はまるで獲物でも狙うかのような欲に輝いている。

 稀に魔界に天使が降りてくるのは周知の事実ではあるが、それもそう多くない頻度だし、一定以上の実力を持つ天使はそうそう降りてこない。

 確かに聖王級の天使が降りてくるなんて話は一万年前にあった『白と黒の戦争』を除いたら、ここ最近では聞いたことのなかった類の話だ。


 デジくんの言葉も尤もではある。



 ――でも、それだけだ。



 真剣に欲をたぎらせるデジくんに水を刺すのは悪いけど、これはそういう話ではない。ここに彼の栄光の道はない。

 僕から見れば明らかなんだけど、将軍級には将軍級の視点が、魔王には魔王の視点があるものだ。


「ふふ……デジくんは考えすぎだね。ふふ……栄光を望むなら、天使なんて追っかけてないでさっさと魔王(デーモン・ロード)を目指すべきだね」


 それが第一の分岐点だ。

 魔王にすらなれない悪魔に栄光など存在しない。

 そして、天使を追うのは時間の無駄だ。魔王への道は心身を鍛える事でも、悪魔や天使を討滅してレベルを上げる事でもない。


 渇望を極める事。ただ、それだけなのだから。


 討滅と渇望が直結していれば別だけど、君の渇望はそういう類のものではないんだろ?

 ふふ、そういうの現実逃避っていうんだよ。


 口うるさくなっちゃうのは年寄りの悪い癖かな。


 デジくんが顔を顰めて心外そうに首を振る。


「きっきっき、魔王に至るなんてそうそう達成できるもんじゃねえ。おいおいやっていくさ」


 ふふ……好きにするといいよ。

 尤も、友軍とは言え、他者に自分の渇望の対象(宝具)を貸し与える程度の強欲の持ち主じゃあ、いつまでたっても魔王になんてなれないと思うけどね……


 そう、彼は欲望が……薄いのだ。僕はもっと燃えるような『強欲』を知っている。

 宝具を投擲するという選択肢を取れるデジくんは柔軟性と言ってしまえばそうなんだけど、非常になってない。


 ゼータくんがデジくんに伺いを立てる。どうやら彼らはパートナーであり、そして一種の師弟のような関係らしかった。

 若き悪魔少年の表情には確かな信頼の色が見て取れる。


「で、デジさん。どうしましょうか? 一匹、天使を逃しちゃいましたが……」


「……王が出ちまった以上は、このままにしておけねえなあ。追うつもりだったが、あのレベルだと正直、手に余る」


 天敵たる天使という存在。

 そして位の差異。


 デジくんの言葉は正しい。強欲は条件次第では無類の強さを発揮するが、純粋な戦闘力では暴食や憤怒に一歩劣る。

 だが、デジくんが以前使っていたあの魔剣の力を借りればあの程度の聖王級の力ならばいい勝負ができるだろう。

 所詮あれは張り子の虎だ。


「きっきっき、大魔王様に報告だけ上げるか……それだけでもそれなりの褒賞にはなるだろう」


 ふふふ……甘い。甘すぎるね。甘いのは色欲の悪魔だけで十分だ。

 甘さと硬さ。彼はブレーキを踏み過ぎる。狡知は時に蛮勇に劣る。それは、長き時を生きた悪魔に稀に見られる現象だ。


 カノン様は憤怒を司る王にして、情け深い王でもある。

 だから、報告だけでも多少の褒賞はもらえるだろう。だけど、そんなんじゃデジくん、君の求めるものは手に入らないよ。


「で、ゼブル。貴様はどうするつもりだい?」


「……さて、どうしようかな」


 天使は美味しくはなかったが、それでも得たものはある。

 僕の体調が悪くない……いや、むしろ絶好調だという事実がわかったことだ。今の僕ならば、以前よりもレイジィといい勝負ができるだろう。僕はもう、一度、怠惰の王との戦闘経験を積んでいる。次はそう易易と敗れたりはしない。


 何より、今の僕は何を食らっても味を感じない。だから、今度こそレイジィを食らえるかもしれない。毒をもって毒を制す、とでも言うのかなこれは。

 せっかく拾った命、もう一度チャレンジするのも悪くないだろう。チャレンジャーか……ふふふ、そう思うと、少し心が踊るね。


 僕の表情から何か感じ取ったのか、デジくんが片目を釣り上げて聞いた。


「ゼブル、俺と来ねえか? 曾ては敵同士だったが、だからこそ、その強さを俺は知ってる。きっきっき、たまには悪魔だけじゃなく天使を相手にするのも悪くはねえだろ?」


「ふ……お断り、だよ」


 デジくんの提案は悪魔としては驚くほど真っ当なものだ。曾て自分を暴虐した相手を仲間に誘うなどそうそうできる事じゃない。

 だが、僕にも渇望を失ったとは言え、元悪魔としての矜持がある。何より、デジくんの誘いに乗るにはメリットが足りない。

 天使の味はメリットにはなりえない。


「何故だ?」


「ふふふ……僕はレイジィに会い(食い)にいかなくちゃならないんだよ」


 それこそが僕を倒したものにできる挑戦者としての義務だ。

 デジくんが微かに顔を歪めて化け物でも見るかのような視線を僕に向ける。


「……あんなに徹底的にやられてまだそんな元気があるのかよ……」


「当たり前だよ……食わずして暴食(グラ)は語れないからね」


 例えお腹がすいていなくても、だ。わからないだろうね。

 これはプライドの問題だよ。

 

「……やれやれ、魔王って奴らはどいつもこいつも狂ってやがる」


「だから魔王は美味しいんだよ」


「デジさん……この人、頭おかしくないですか?」


 ゼータくんがあからさまに表情をひきつらせて僕を指さした。


 失礼な子だ。

 まぁ、僕の思考を理解してもらおうとは思わない。これは僕の、僕だけのものだ。

 ふふ……如何に強欲が相手でもそう簡単に取られてはあげないよ。


「……じゃあこれから暗獄の地に入るのか……きっきっき、かの地の支配者はもう移り変わっている。ハード・ローダーは手強いぜえ? なんたって奴は古来からレイジィの旦那に付き従ってきた傲慢(スペルヴィア)だ。何より、今は魔王の序列第一位。いくら悪食と言えど、荷が重いだろう」


「ふふ」


 解っていないね。

 デジくんの言うことは正しい。

 傲慢はただでさえ年を取れば取るほど強くなる。それがレイジィと同程度ともなると、その強さは並の魔王では歯がたたない程のものだろう。序列は決して飾りじゃない。暴食とも相性は良くないしね。


 ――でも、それは僕が喰らわない理由にはならないんだよ。


 ふふ……第一位の傲慢、か。

 ハード・ローダー。君の熟成した味を味わえないのはとても残念だ。

 だけど、仕方ない。前菜としては少々重いが、食らってあげるよ。


「……けっ、考えを変えるつもりはねえようだな」


「デジくんは僕をなめてるのかい? ふふ……僕はこれでも、『元』魔王なんだよ」


「いや、そりゃもちろん知ってるけどよ……」


 デジが不満気にため息をついた。

 なまじ彼は欲望が薄いから僕に共感できないのだろう。

 僕とデジくんは違う生き物なのだ。身体を構成する魂はもちろん、位階が違う。僕の力は魔王の中でも上位だし、デジくんがいくら強くても、いくら魔剣を持っていても、その差は純然とそこにある。


 デジくんは気づいているのだろうか。

 僕の事を見るその目に、畏怖の色が僅かに混じっている事を。


「やれやれ……魔王ってのはどいつもこいつもやりにくくて仕方ねえな。仕方ねえ。俺は俺で好きにやらせてもらうぜ」


「止める気はないよ。好きに渇望を満たすといい。ふふふ……なくなってから後悔しないように、ね」


「渇望が消え失せるなんざ早々ねえよ。きっきっき、俺の目から見たら、悪食のゼブル――あんたの渇望が消えているようには見えないねえ」


 嘯くように呟くと、デジくんは奇妙な鳴き声で笑った。


 その目は、声はとても冗談を言っているようには見えない。

 まぁ、渇望とは己が内に秘めたるものだ。その本質は本人にしか完全に理解はできない。

 それに答えるように唇を舐めた。


 小さく身震いして、デジくんが立ち上がる。彼には彼の目的がある。それを止める権利もその気も僕にはない。


「それで、あんたはすぐに発つつもりかい? 俺はこれから破炎殿に向かうつもりだが」


「ふふ……まぁ、古い知り合いに会ってから、かな。久しぶりに顔を見るのも悪くない」


 もともと、僕が赤獄の地を選択したのは偶然だ。

 寄り道せずにまっすぐに来たから、天使が舞い降りる噂など聞いたことがなかったし、まさか知り合いと出会うなんて微塵も考えていなかった。

 でも、蓋を開けてみれば天使に出会ったし、デジくんにも出会った。目的からはずれるけど、ついでに後一度くらい出会っておくのも悪くない。


 人生って面白いものだ。ふふふ……いや、悪魔生って言うべきかな。


「古い……知り合い?」


「ああ……僕は大分昔から生きているからね……こう見えて顔は広い方なんだよ」


 もっとも、そのほとんどの知り合いは既に僕の腹の中なわけだけど……

 逆に言うなら、今回僕が会おうと考えているのは、僕の腹に収まらなかった稀有な知り合いだと言ってもいい。

 もちろん、同じ大魔王側の軍に所属していたから喰らわなかったという事もあるけれど、それ以上にその理由になっているのはその悪魔の力の高さ故、だ。


 ふふふ……


 まぁ、もちろん仲が良かったわけではないけどね。長く生きたもの同士、やっぱりシンパシーというものはあるものだ。

 デジくんは何か勘付いたのか、六つの目を見開いて僕の顔を穴が空くほどじっと見てくる。


「おいおい、まさかそれって――」


「ふふふ……まぁ、僕の友達……だよ」


「……心外、だ」


 それは、鉛のように重く沈んだ声だった。

 声に撃たれたかのようにデジくんとゼータくんの身体が大きく跳ねる。僕はずっと気づいていたから驚かなかったが、その気配は凄まじく薄い。

 将軍級の悪魔の力を持ってしてもその存在を察知できない程に。


 混沌の王領(アビス・ゾーン)がなければ僕ですらも見失いそうになるくらいに希薄で、内在する凄まじい存在、太古の彼方より溜め込んだ力の一片すらも周囲に見せない稀有な悪魔。


 それこそがこの悪魔の司る『傲慢』の業


 ゼータくんが引きつった表情でその巨体を見上げる。


「な、なんだ……お前――いつ、から」


「……チッ」


 デジくんよりも頭二つ分は大きな巨体は、曾て魔界に存在した『冥府の巨人グレイプ・ジャイアント』を思わせる程に巨大で異様。

 隆起した筋肉は岩のようで、身体全体を鎧のように覆っており、その威容と薄い気配とのギャップがとてつもない不気味だ。


 ヴァニティ・サイドスローン


 王位を諦めた傲慢の魔王。


 僕を見て第一声で舌打ちした失礼な悪魔、卑慢の名を持つ偉大なる悪魔の王が空高くに鳴り響く雷鳴のような声で嘆いた。


「何故生きてる……怠惰の王め……完璧に……殺さぬ、か」


「ふふ……久しぶりに会ったというのに失礼な奴だ」


 溢れる笑みと同時に、深い失望が僕の中に種火のようにくすぶっていた。


 やっぱり、だめ……かあ。

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