第三話:いただきます
早くも後悔しかけていた。
特に魔王が食えないかもしれないという事実が僕と、軍団のやる気を削いでいる。
決して油断していたわけじゃない。が、さすが旧悪魔というべきか。
悪魔というのは基本的に長く生きていればいるほどに強い。クラスを進められる時間が長いからだ。もちろん、何もせずに長く生きていても力は上がらないが、同時に何もせずに生きていけるほど魔界は甘い環境ではない。
暴食じゃないが、魔界の摂理は弱肉強食を元になっているのだ。その世界で長久の生を刻む悪魔に対して油断しすぎていたか。
僕の軍は最短距離を走り、とっくに怠惰の王の支配領域に入っていた。
そして気づいたことがある。
ガルが、珍しく戸惑うようにこちらに視線を向ける。
「……ゼブル様……ゾーンが……」
「ああ、わかってるよ……くそっ、全然破れない。何だこれ……」
恐ろしく強固で、静かな空気だった。
それは、魔王に与する悪魔ならば誰しもが識る力だ。
『混沌の王領』
魔王同士の縄張り争い。
友軍だった時はこちらの味方だったレイジィの『混沌の王領』が敵になって僕の軍に牙を向いている。魔王は自身を中心に『混沌の王領』を発しているので、自身だけは影響を受けないが、それにしたって隣を並走するガルにまで達せないというのは異常だ。
途方も無いくらい長い時間を喰らいあってきたが、ちょっとこれは記憶にない。
感覚的にはあと少しなんだよなあ……競り合うレイジィのゾーンは確かに未だかつて記憶がないくらいに強力だが、ここまで近いと僕の方に分がある。
ただ、ほんの少しだけ、力が足りてない。魔王を食ってから二日間の強行軍で空腹であるのも問題の一つだ。
この状況では暴食の力を十全に使えない。
「後少しなんだよなあ……くそ、時間をかけても寄り道してもう一箇所魔王を食ってくるべきだった……」
さすが第三位。いやいや、まったく困ったよ。最初から最後までゾーンを打ち砕けた先の二柱とは大違いだ。
魔王同士の戦いでは関係ないとはいえ、軍を使った場合に『混沌の王領』はあるとないとでは大違いだ。むしろ、友軍のアビス・ゾーンが破れたら逃げたほうがいい。
まぁ、破られる時ってのはたいてい負ける寸前だから無理なんだけど。
しばらく走って行くと、興奮と戦意の匂いどこからともなく漂ってきた。
暴食の悪魔じゃない。もっと香ばしい、食欲を唆る匂いだった。
戦いは近い。魔王がいるかは知らないが、どうやらただ通してくれるわけではないようだ。
そりゃそうだ。魔王を二人も食らった魔王をただ抜けさせるようなことがあったら、それだけで領を治める魔王がカノン様に誅されてしまうだろう。だからこそ、先の二柱も怯えながらも出撃してきたのだから。
もうこいつらを食うか?
自軍を横目で見る。
いや、ダメだ。こいつらを食っても、得られる力は微々たるものだ。将軍級ならいざしらず、それ以下の悪魔を食らってもただ飢えを満たせるだけで意味がない。
そもそも、友軍にかけるためのアビス・ゾーンを通すために友軍を食らっちゃ意味ないよねえ。
魔王は出てくるのかな?
問題はそこにかかってる。
魔王が出てこないのならば、最悪一軍全て僕のスキルで食らうことは――暴食のスキルならば可能だ。
相手も魔王直々に出撃してきたら、僕はそちらに集中しないといけないので、レイジィの軍は友軍に任せることになるだろう。ゾーンの補正なしでレイジィの軍を相手にさせるのは、いくら攻撃力の高い暴食の悪魔で構成されている僕の軍でも荷が重い。
兵法の常ならば、相手は魔王を出してくる。よほど軍が強くない限り、魔王を相手にするのに魔王を出さなければ勝ち目がないからだ。
だが、相手は怠惰である。それを考えると、出てくるわけがないとも思える。特に僕と同じ格の悪魔だ。その突き詰めた渇望はもはや存在そのものになっているだろう。
そして、それを裏付けるようにレイジィは今まで戦場に出てきたことがなかったはずだ。少なくとも僕の記憶の中でレイジィが戦ったのはただの一度もない。
僕は自身の犬歯を舌でなぞり、スキルを起動させた。
少しだけ、僕の食欲をレイジィに披露してやるか。
補助用のスキルである、『儚き寓夜』
僕を中心に数メートルの一区間内に『夜』が訪れる。
触れたものの魔力を食らう暴食のスキル、『飢餓の波動』の強化スキルであり、同時に遥か昔に魔王と至った際に得たスキルでもある。
触れたもののダメージ及び魔術やスキルとして発動している権能までも分解し自身の魔力に還元する、そのスキルはまさに僕の絶えない食欲を顕現したスキルだと言えた。
レイジィのアビス・ゾーンすら喰らい、僕の周囲だけだがアビス・ゾーンを展開させる。
鼻を突くような強い苦味が感じられた。予想外のそれに思わず顔をしかめる。
ゾーンを食らっただけでこの味か……これだから怠惰ってやつは……
「ゼブル様、何かが来ます」
その瞬間、配下が報告した。
同時に、荒野をただ一人駆ける人影が五感に入ってきた。
いや、一人というのは語弊がある。一人だが、それは同時に無数でもあった。
同じ人影が、僕と同じくらいの姿をした女悪魔が、無数に分体して、かなりの速度で駆けてくる。
「……迎え撃て!」
軍全体が僕の指示で歩みを遅くする。
先遣隊――しかもたった一人か。
それより数百メートル遅れてこちらの倍以上の大群が来ている……
魔王の率いる軍勢相手に舐められた話だ。仮にも僕の目を欺くスキルとは恐れ入るが、それにしたってその少女の姿からは大した力を感じない。
かすかに香る匂いも雑味が混じっている。純粋に一つの渇望を求めた悪魔じゃない。
鋭い切れるような殺意が無数の分体から一斉に生じた。
思い当たるスキルを脳内で探る。今まで食らった膨大な悪魔、戦闘経験がそのスキルの正体を看破させる。
恐らく、色欲の上位スキルだね。確か、かの魔王クラスのスキルに複数の実体を持つ幻影を生み出すスキルがあったはずだ。
まぁ、自身のスキルじゃないみたいだけど。
ふふ……君は僕の序列を、名を知らないのかい?
『騎士』だろうが、『将軍』だろうが――それだけで魔王に勝てると思われているのならば舐めた話だよ。
……ま、後悔する時間はいくらでもあるだろう。僕の胃袋の中で、ね。
こちらの先頭の悪魔が放った『飢餓の波動』が幻を侵食する。魔力を食らうその力に触れて、少女の眉が一瞬顰められるのを僕は確かに見た。
未熟だねえ。戦闘経験が足りてない。いや、こちらの力を確かめるのが役目、か。
ふふ、いいだろう。遊んであげようじゃないか。
先頭の悪魔の手が一瞬少女の淡麗な美貌に止まる。
すぐに食欲を取り戻し、攻撃を仕掛けるが遅い。少女は一撃を容易く躱し、手刀で喉を貫く。鮮やかな手際。
色欲に惑わされるなんて……ふふ、青春してるねえ。若い若い。
倒れた悪魔に地面から触手を伸ばし、それを食らう。魔力が僅かに増加する。
味わっている暇はないが、君の犠牲を無駄にはしないよ……この世界は弱肉強食だからね。
ガルがその牙で背後ががら空きになった少女を貫く。
が、その実体は即座に幻夢に変化し、破られた事により魔力に代わり拡散された。
それを余すことなく吸い込む。甘い。非常に甘い魔力だ。なるほど……色欲、スキルを使うだけのことは在るという事か。
これは思った以上に美味しそうだ。
そして、天運に恵まれていたのか、その魔力を吸収した瞬間、僕の魔力がレイジィのそれを超えた。
ぷつんと何かが切れるような感触と同時に、レイジィのゾーンが壊れ僕のゾーンが広がる。それに触れた瞬間、少女の動きが止まった。
それも、全ての分体が同時に。
ふふふ、これだけ強力なゾーンだ。破られた経験がなかったのだろう。
でも、ダメだよ、そういう時に動きをとめちゃ……
地面を静かに這わせていた触手で接敵していた十体近い分体を地面から串刺しにした。死角から貫かれた分体は全て魔力に還元され、霧と消える。
さすがに、本体は入っていなかったらしい。まぁ、様子見だろうからね。
でも、それでもその魔力は非常に美味だった。魔王を食うことはできなくても、十分すぎる味だ。
僕の舌をうならせるとは、あの子、食材としての才能があるな……
……よし、グルメの僕が最高の調理を施して食してあげよう。
決意したちょうどその瞬間、僕はとてつもなく嫌な予感を感じた。
とっさに『飢餓の波動』を使用する。
それは、僕を今まで暴食の王として生かし続けた直感であり、そしてそれに従うのは今回も正しい選択だった。
突如遠方で発生した魔王のそれに匹敵する巨大な力。
暗獄の地の尽くを飲み込む炎の竜がとっさに使用した波動とぶつかった。
魔界の太陽のそれと比べても遜色ない強烈な熱が、光が、飢餓の波動と拮抗する。
「ゼブラ様、ごれば……」
「くっ……ふっ……今、話しかけないでもらえるかなあああ?」
それは凄まじい光と炎の蹂躙だった。
まさにかつて間近でみた天兵の使った兵器、神の裁きにもしかしたら匹敵しうる炎の神性。
波動を越えて感じる熱風に僕の髪が揺れ、汗で額に張り付く。
何だこの力は!? いくら空腹とは言え、第五位のこの僕の飢餓の波動で食いきれない魔力だって!?
憤怒? 違う、これは……憤怒の炎じゃないね。味が違う。
その時、僕は少し前に今は亡きミズナ達が話していた世間話を思い出した。
ごく最近、かの魔王に与えられた一本の伝説の魔剣の話を。
……そうか、これは……魔剣セレステ――魔王を超えるL級の竜の名を持つ宝具の力か!!
ふふふ、忘れてたよ……
ちゃんと聞いてください! ライバルの魔王様ですよ?
と困った顔で報告してきた僕の元に派遣されていた筆頭監視官のミズナの表情が脳裏をよぎる。
そうか、確かにこれは――脅威だね。
どうやらミズナ、君は思ったよりも随分と優秀だったみたいだ。
「相手の魔王が!?」
「ふふふ……魔王が使っていたら間違いなく僕達は消し炭になっているよ」
熱が、光が、壮絶な旨味となって僕に還元される。
充足感が全身に広がる。なんて味だ……濃厚な旨味、目が覚めるような刺激。素晴らしい、これこそが魔剣の力か!
またひとつ、楽しみが増えちゃったよ……
飢餓の波動がより強力になって魔剣の炎をぎりぎりと押し始める。
身体の底から力が溢れてくるかのようだ……
「なんて美味しいんだ……! 剣の効果でこれだけ美味しいなら、本体ならばどれだけ美味しいんだろうか……」
「ゼブル様、ずるいです!! 一人だけ……」
「君達の器じゃ食べたって死んじゃうよ……ふふ、一緒の食卓につけるように精進しなよ」
こんな時でもまだ食欲に意識を向ける可愛い軍を見回す。
随分と大仰なおみやげを持ってきてくれるじゃないか。
ふふ、これほどの魔剣を持ってきたんだ。魔王様抜きでいけると勘違いしても仕方ない。全くもって、仕方ない。
やはり、怠惰は来ていない。もし、怠惰の王が参加していたのならば、一撃でケリがついていたはずだ。
しかし、大魔王様もずいぶん危険な武器を褒賞にするんだね……僕にもくれればよかったのに……
有象無象を喰らう暴食にとって、力の拮抗は最高の馳走だった。
舌なめずりしながら、炎の力を食らう。
その時、完全に押し勝っていたはずの波動が更に勢いを増した炎に押された。
まだ出力が上がるのか……波動の制御に力を込める。
だが、時間が経てば経つ程に僕が有利になっていく。この程度じゃ僕の食欲は満たせない。
暴食のスキルは放出系のスキルや魔剣と非常に相性がいい。
炎だろうが氷だろうが、雷だろうが、何だろうと食らえる。
このタイプの魔剣の威力は使い手に依存する。
確かにこの魔剣の威力は――強力だ。だが、並の魔王ならいざしらず、僕を一撃で討滅できる程じゃない。
また、魔剣の炎は無限に出せるものじゃないが、『飢餓の波動』は暴食の基本スキル。僕なら何時間でも維持できる。
「ふふ、いつまで出し続けられるのかな? 僕の飢えを満たせるのなら、許してあげてもいいんだけどね」
あまりの魔力、食欲を満たす快感に、疼くような熱が体全体に広がり、脳内を波となってかけていく。
ああ、なんて素晴らしいんだ。やっぱり、遠回りなんて無粋なことをしなくてよかったよ!
夢心地に炎を味わっていたが、目を細めて味を感じ入った瞬間、魔剣の力が大きく膨れ上がった。
それはほんの刹那の瞬間。
今の今まで押し気味だった波動が一気に押し流され、何もかもを焼きつくす炎が視界を覆い尽くした。
「なっ!?」
「ッ!?」
隣に立っていたガルが僅かな抵抗もなく、最期の叫びを挙げることもなく、一瞬で炎に焼きつくされる
僕はとっさに触手を伸ばし、魂が消え去る直前にその魔力を食らった。
それは僕にとって、完全に予想外だった。こちらが押していたのが油断につながっていた。
忘我によって、腹の中からその炎に負けず劣らぬ身体を喰らい尽くすような飢えが、衝動が荒れ狂う。
馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な
無数の触手でなぎ払う。自軍を。暴食の悪魔が一つの呼吸をするまもなく、炎に焼かれる前に触手に吸収される。
このエネルギー、魔力。僕以外は間違いなく全滅する。スキルを張る暇もない。もともとグラのスキルは防御に適していない。
ずっと決めていた。自身の軍が破滅する時は――僕がその遺志を告ぐと。
僕の飢えを共有すべく鍛えあげられた軍を自身で食らう。
僅か一振りで薙ぎ払われた触手が絶え間ないエネルギーを送り続けてくる。そのたびに、僕は魔力を食らってより自身の力が強靭になっていくのを感じた。
僕を包み込んでいた『儚き寓夜』が炎を向かえうつ。その炎はもはや、憤怒の魔王が放つ炎に匹敵した威力を孕んでいた。
だが、飢餓の波動とは異なりこちらのスキルは魔王のスキルだ。ただの悪魔のスキルじゃない。
範囲こそ狭いものの、僕を包み込んでいたそれはセレステの炎を遮断し、そのエネルギーを余すことなく僕に伝えた。
涙が出てくる。その力、その意味、そのあまりの美味しさに。
恐らく、向こうの悪魔の切り札だったのだろう。
炎の奔流は僅か数秒で終わった。炎が残した熱が風となって荒野を吹き晒す。
何も……残らなかった。三百近くあった僕の軍は残らず魔力となって僕の腹に収まっていた。
セレステの炎と同様に。
「はぁはぁはぁ、ごめん……みんな――」
唇を舐める。万感の想いで天を見上げる。
敵軍はまだ遠い。広い暗獄の荒野に僕はただひとりぼっちだった。
両手を合わせる。感謝を込めて。
「――ご馳走様」
食った力が還元され、僕の位階を更に高める。
もはや意味のなくなった僕のゾーンがレイジィのそれを完全に上回り、荒野を駆けた。
力が満ち溢れる。曾てない程に。
ふふふふふふふ。もはや、何もかもがわかる。
第三軍も、この魔剣を使った相手の将軍の場所まで。
数キロに渡って、僕のゾーンはレイジィのそれを破っていた。
爆発的に広がった知覚が伝える。
予想した通り、魔王の気配はどこにもない。
「舐めてたよ……ふふふ、まさかただの将軍級にここまで追い詰められるなんて……確かに君達の切り札、味あわせてもらったよ」
『儚き寓夜』のスキルを解除する。スキルに割いていた力が己の身に収束される。
ここからは、僕の――いや、僕達の攻撃だよ。
敵将の声と同時に僕達よりも遥かに多くの悪魔が鬼気迫る面で駆けてくる。
予想していたよりも遥かに強靭な悪魔だ。将軍級以下の悪魔にしては、ね
君達の力に、健闘に経緯を表そう。
唇を舐めた。
いただきます。
背中から触手を出し、向かってくる悪魔どもに突き刺す。
一人目を突き刺した瞬間に感じた。美味しい……
ふふふ、さすがだ。さすがだよ! レイジィ・スロータードールズ! さすが、天界との戦争を生き延びた旧世代の悪魔! いい軍を持っているじゃないか!
無我夢中で触手で食らう。背中から突き出された槍を、攻撃を食らう。
それは夢の時間だった。魔王相手にその戦意は衰えない。なんという勇猛果敢。僕の軍に負けずとも劣らない強力な軍団だ!
将らしい六本腕の筋骨隆々とした大きな悪魔が剣を振りかぶる。
こちらも背負った『牙剣』を抜き、それを迎え撃つ。
象牙色の僕の牙と大男の持つ真紅の刃が噛み合った。
刃を交わした瞬間に理解する。
ふふふ、なるほど。この悪魔がセレステの担い手みたいだね。なるほど、美味しそうな匂いをしている。
剣だけじゃなくて、悪魔本体から。
僕は湧きだしてくる笑みを噛み殺した。
「軍団長か……」
悪魔が壮絶に笑い、残りの腕に握られた剣を振るう。その全てからそれなりに強力な魔剣の気配を感じる。僕はそれを触手出迎え打った。
その匂い。戦闘スタイルではっきりわかる。
これだけの魔剣を操る悪魔。強欲の悪魔に違いない。
そして、先ほどの炎の一撃。
なかなか、自分の力の使い方を知ってる。
「いい腕だ」
「きっきっき、お褒めにいただき光栄ですよっ!!」
剣から炎が舞い上がる。揺らめく剣に惑わされず、牙剣で斬撃を迎え撃つ。さすが音に聞こえた魔剣、まともに受けたらやばそうだ。だけど、魔王と将軍じゃ基本スペックがそもそも違う。
もちろん、弱いわけではない。弱いわけではないが、いくら肉体を鍛えていも……『傲慢』ならばともかく『強欲』に打ち負ける程、将軍と魔王の差は小さくない。
触手で背後から迫った小さな悪魔を打ち据え、身を翻す。
そこには、初撃でこちらに突撃を駆けた勇敢な少女がいた。
氷の魔剣と短剣。ふふ、仮にも色欲が近接戦闘とは……勇敢だ。
判断する。この二人が将軍級だ。
一位が強欲くん、二位が色欲くんでその他の悪魔が雑兵。一位と二位で戦闘能力に差異が見られるが、そんなの僕の前にはないに等しい。
どちらも等しく食物に過ぎない。
「二人か……少々小さいけど、なかなか美味しそうだね」
少女の動きが一瞬止まる。どうやらこの子は戦場で驚いた時に動きが止まる悪い癖があるみたいだね。まだまだ未熟だ。
その隙を見逃さず、剣で貫いた。どうせまた幻だ。眼がそういってる。
考えていたとおり、少女の姿が霧となって消える。それを余さず吸収し、背後で大きく振りかぶられた剣に対して大きく口を開いて向かい打った。
悪魔の驚愕の表情。ふふふ、やっぱり本当の味を識るには自身の口で食べないとね……
そこら辺は暴食でも強欲でも変わらないんだよ。
「魔剣か……食べたことがないな。珍味かもしれないな」
「何ッ!?」
豪腕で振り下ろされた剣を、牙でがっちりと受け止めた。
舌に感じる金属の熱さ、魔力の濃さ。漏れ出る炎もただのアクセントにしかならない。
食べてあげるよ……君のコレクションをね。
なんたって、それが強欲の調理法なのだから。
振り下ろされた別の腕の剣を牙剣で受け止め、わざとらしく隙を作る。
ふふふ、わかってるよ。ルクセリア。
僕には何もかもがわかる。なんたって君は今……僕の縄張りにいるんだから。
若い。若い。若い。若い。若い色欲――あああああああ、さぞ美味しいんだろうね。
もう、我慢出来ないかもしれないよ。
「君が本体か……なかなか美味しそうな魔力をしている」
あえて驚かせ、その隙に背中で解放した口から舌を伸ばし、剣を絡めとる。
冷たくて美味しい魔剣だ。強欲の悪魔の表情が一瞬歪んだ。
「ふふふ、舌触りは悪くないね……」
舌をみせつけるように動かし、剣を少女の腕から引っぺがす。
非力だねえ。ちゃんと腕力を『嫉妬』しておかないからだよ……ふふ。
焦ったように振るわれた強欲の剣を手の平に顕現した口で受け止め、そのまま噛み砕いた。
何もかもが優っていた。
膨大な戦闘経験。悪魔としての格。そのどれもが僕の足元にさえ及ばない。
強欲はコレクションを壊されると隙ができる。
これだから最近の悪魔は……また年寄りみたいな事言っちゃったかな?
そのまま舌で受け止めた剣をそのまま噛み砕き飲み込む。
強欲が悲鳴を挙げる。大丈夫、君の自慢の剣はとっても美味しいよ。
さて、そろそろいいかな?
予想通り、そのまま動きが止まった強欲に舌を伸ばしかけた瞬間、舌が凄まじい力に吹き飛ばされた。
何だ!? いきなり?
無骨なバスタードソードが地面を大きく砕く。
爆発するように弾かれた礫。そのまま奇妙な動きで、しかし凄まじい勢いで迫ってきた刃を舌と触手で迎え撃とうとして、まとめて弾き飛ばされた。
「……何だ君は?」
それは、鉛色をした骸骨だった。身長二メートル。感情もなく気配もなく、ただ無骨なまでにその腕が振るわれる。
だが、その膂力は強欲の男を遥かに越えていた。
あまりにわけがわからない。悪魔じゃない。悪魔の匂いがしない。
セレステを一なめし、仕方なく離す。もうどんな弱者相手でも、油断しないって決めたからね。
「……何だい、それは……悪魔でもないし気配がない」
「きっきっき、ただの燭台だぜえ! ちょいと旦那のスキルがかかってるがなあ!」
骸骨が地面を踏抜き、獣のように突進した。
僕の身長程もある巨大な剣が振るわれる。
その速度は確かに早く、力は強いが僕がそれでも大した攻撃ではない。見切れるし、正面から剣で迎え撃てば力ではこちらが勝るだろう。
匂いが生き物のそれじゃないので驚いたけど、ただそれだけだ。
だけど、こいつ……全然美味しそうじゃないんだよねえ。
燭台? あのろうそくを立てる? なんで燭台が動くのさ?
「……あまり美味しそうじゃないんだよなあ。僕はこう見えてもグルメなんだ」
剣を弾き飛ばし、片腕を切り飛ばす。
骸骨の表情に変化はない。痛みがないのか? というかそもそも、こいつは生き物なのか?
まぁ、そんな事はどうでもいいか。
今の攻防でわかった。確かに強欲くんも色欲くんも強いが、燭台くんもまあまあ強いが、僕には敵わない。
唯一セレステのみが僕に攻撃できる唯一の手段で、多分これ以上の切り札はないのだろう。ただの将軍級が上位の魔王である僕を討滅する目が出るなんてとんでもない武器だ。十分さ。
距離をとった。そろそろ調理に移らせてもらうとしよう。
魔王のスキルの一つ、『魔王の眼』を発動させる。
格下の行動を縛る緊縛の魔眼だ。こちらも動けなくなるという制約はあるが、スキルのためには十分利用できる。
そして僕はそのまま、暴食のスキルを発動させた。
『無尽の食卓』
空気中に漂う魔力を食らう。
体全体から、顔も身体も脚も関係なくその全身から、今までとは異なる触手を発生させる。
紫色の濡れる無数の軟体。
極めて高い食欲を有する餓鬼の腕。ふふ、君達に耐えられるかな?
せめてもの手向けに調理法を説明し、対象に触手を伸ばす。
今までの手と同じだと思ってもらっては困る。
ふふふ、これは……悪魔じゃない。魔王のクラススキルなんだよ。
色欲と強欲が避け、骸骨がそれを剣で受け、ばらばらにされる。
味をより確実に確かめるため、そのまま触手で引っ張り、口にいれて噛み砕くが、やっぱりただの『物』だ。何の仕組みもないただの物体。あまり美味しくない。
だが、強欲くんのコレクションの一つだったらしく、いい感じの悲鳴を上げてくれた。
ふふ、また調理が一工程終わったみたいだね。
「くそっ、それを作ってもらうために俺がどれだけ苦労し、何人殺したか……ッ!」
「ふふふ、それは申し訳ない事をした。大丈夫、すぐに腹の中で会えるよ」
触手を伸ばす。
もちろん、メインディッシュに直接当てるような事はしない。
その他の悪魔をつまみ食いしながら、強欲くんの方は武器を、色欲くんの方は装備をじわじわと狙う。
餓鬼の腕は普通の触手よりも遥かに早い。強欲くんはうまい具合に避けているが、色欲くんの方には少しハードルが高いらしく、みるみるうちに隠されていた肌が見えていくのはある種、官能的な楽しみがあった。
殺意の篭った眼が綺麗だ。僕も同じ女だけど、欲情してしまいそうなほどに。
「何のつもりだ……」
「ふふふ、君は食事をする時に殻ごと食べるのかい?」
触手を振るう。
ふふふ、ごめんごめん、僕が勘違いしていたよ。
食道楽として認定しよう。確かに君は色欲だ。しかも極上の。
極上のデザートだ。僕が君に本当の悦びを教えてあげよう。
セレステは固い。だが、いくら魔剣とは言え、僕の力を何度も受ければぼろぼろになっていく。
だいぶ前にストックがなくなったのだろう。もう既に強欲くんのコレクションは一本だけだ。
そこからは流れ作業だった。
だが、それがいい。重要な工程だ。
じわじわと強欲くんをいたぶる。一枚一枚色欲くんを剥いでいく。
こういった工程が食欲を増進させるんだよ。自分で作った料理ほど美味しいものはない。
色欲くんが生まれたままの姿になった所で、何事か相談を始めた。
一旦手を止めて眺める。まだ何か反撃の手があるのか?
こちらも軍が潰されているんだ。その分美味しくなってもらわなくちゃ困る。
どうせなら全部見せてもらおうか。そっちの方が味が向上するだろうし。
ここまできてまだ恥ずかしいのか、胸と性器を微妙な手つきで隠しながら色欲くんが強欲くんに何やら険しい顔で話している。
しかし……、敵前で言い争いをするなんて若いねえ。僕がそんな真似してたのはいつぐらいだろうか……
数万年の遥か遠い記憶を探ろうとして、そこで気づいた。
僕の風が別の風に吹き払われる。
周囲数キロまで奪いとった縄張りが一瞬で弾き返され、新たな魔王の力で犯されていた。
それはただ静かな、ただそこにあるだけの、何の味もない恐ろしく静謐とした魔力。
そして同時に、先ほど僕が喰らい尽くすまでこの地に満ちていた力と同様のものに他ならない。
馬鹿な……何故今更……
「……おいおい、何をしたんだい? これが君たちの秘策?」
そんなわけがない。今更ゾーンを復活させた所で彼らの必敗は覆らない。
僕と彼らの差はその程度の差ではない。
だが、一瞬でそんな事はどうでもよくなった。
目の前の色欲くんや、強欲くんじゃない。
雷で撃たれたかのように魂に感じた。
自身に匹敵しうる巨大な魔力の気配、闇の存在を。
立っているだけで感じる何かが起こるという高揚感。悪魔としてはそれなりの格だった色欲くんや強欲くんを足してもまだ足りない絶対的な存在感。
なるほど……凄くラッキーだ。大ボスまで出てきてくれたらしい。
今の僕は凄まじく調子が良い。色欲くんと強欲くんを食らっていたらさらに上がっていただろうが、もはや気にしている余裕すらない。
如何なる術理か、唐突に目の前に現れた黒髪痩身の青年が怠そうな表情で、僕を目の前にこともあろうに地べたに寝転がった。
そのふざけた動作で確信する。
この者こそは、
偉大なる魔王の一柱。
堕落と怠惰を司る悪魔の王。
「……君、誰さ」
僕の問いに、魔王が怠惰な表情で言った。
「……そうか」




