第一話:あー面倒臭い
かわいそうな悪魔の話
※中編予定。一人称。ストックは十話ちょいあるので、ちびちび出していきます。
あー面倒臭い。
唐突で申し訳ないが、異世界転生という言葉を知っているだろうか。
俺は転生するまで知らなかったし、元の世界でもそれ程知れ渡っている言葉ではなかったと思うが、それは読んで字のごとく死んで別の世界に転生することである。その場合、大体のパターンで前世の記憶があり、特殊な能力を持っていたりするらしい。
何か知らんが、強くてニューゲームといえば少しはわかるだろうか。
俺は別に前世で強いわけでもなかったんだがな。あっはっはっは。
例えば、俺は地球という星の日本という国の東京都という場所が出身だ。まぁ、興味無いと思うから飛ばすが、とにかくこの世界には、それ程数は多くないもののけっこうな割合でそういった奴らが存在し、けっこうな割合でわりかし重要な役職についていたりする。
英雄とか冒険者とか聖女とか発明家とか社長とか貴族とか。その辺りを適当につまむパターンが多いらしい。
そんな面倒臭いことをよくやろうと思ったもんだ。路傍の石ころ並に凄くどうでもいいが、その意気には感心せざるを得ないと思う。
どうしてそんな事を話しているかというと……
……あれ? なんで俺、こんなどうでもいいことをわざわざ口を動かしてまで話しているんだっけ?
「……大魔王様からの直々の御命令です。報告書くらいちゃんと書いてください!」
うるさい。
耳元でぎゃーぎゃー喚く声から逃れるべく、ふかふかのベッドに肘をついて、寝返りを打つ。
耳元で喚いている全身を黒を基調とした服で固めた女を見た。
人形のような冷たい女である。絶世の美女であることは間違いない。
くだらない話だ。
俺は枕に肘をついて、目の前で眉を釣り上げている女――大魔王、破滅の王『カノン』が保有する何とかとかいう騎士団の一員を眺めた。
「で……なんだって?」
「報告書です! 怒られるの私なんですよ!? 他の魔王様に派遣された同期はちゃんと使命を全うしてるっていうのに……」
「それは可哀想に……」
「いい加減にしてください! ほーうーこーくーしょ!」
意味がわからない。
なんだって俺がそんな事をしなければならないのか。
肘をつくのに疲れて、俺は再び枕に突っ伏した。下らない事に体力を使ってしまった。
肩が激しく揺すられる。きーきー声が耳元で鬱陶しくて仕方ない。
顔だけ上げて大魔王の直近らしい女を見た。
ったく、そんなことしてる暇あったらちゃんと仕事しろ、仕事。
「お前、報告書書け」
「は……はぁ!? な、なんで私が……大体、何を書けば……」
「任せる。俺は忙しい」
羽毛布団を掴み、中に潜ろうとした俺の腕を女が掴んだ。
くっそ面倒臭い。ここまで言ってやったのにまだ俺を煩わせるとは。
だるい。かったるい。もう何もかもどうでもいい。
というか、報告書ってなんの報告書だよ。
「大体、魔王様ですよ言ったのは!? 書くのが面倒だから一から話すからそれを書けって!」
「……話すのがかったるいから勝手に書け」
敷布団の端に落ちていた正方形の箱を投げる。
印鑑だ。報告書には押さないといけないらしい。取りに行くのが面倒くさいので、いつでも使えるように布団の中にしまっているのだ。
どうせ俺が話したのを書いても、女が勝手に書いても内容がファンタジーになるのは目に見えてる。
女はそれを慌てて受け取り、きょとんとした顔をした。
「……じゃーまたな」
「は!? ちょ……まった、これって……こら!」
喚く声を今度こそ無視し、頭の上まで掛け布団をひっかぶった。
ものの数秒で意識が遠くなる。ぎゃーぎゃー喚く声がすーっと遠くなり、意識の外に出される。
えーっと、最後に言うべき事があったはずだ。なんだっけ。
そう……名前だ。
俺の名前は……レイジィ・スロータードールズ。日本にいた頃の名前はとっくに忘れた。
かつては地球の日本で社に献身するしがないサラリーマンであり、今は大魔王様に献身するしがないただの魔王である。