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堕落の王【Web版】  作者: 槻影
Chapter4.憤怒(イーラ)

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第一話:思い出しただけで腹が立つ

 諸説では無能な働き者程に厄介な者はないという話があるが、私の個人的な意見を言わせてもらうと、この世の中で有能な怠け者程に腹の立つ存在はいないと思う。


 そして、まさに私が監視官として派遣された先の魔王――怠惰の王、レイジィ・スロータードールズ程その言葉を体現している存在もまたないだろう。こんなやつ一人で十分だ。


 大魔王『カノン・イーラロード』に与する魔王のクラスに至った悪魔は全部で十九柱いるが、怠惰の原罪を選択した魔王はその中でもたった一人しかいない。

 悪魔のスキルはもちろん、魔王のクラススキルはどれも非常に強力で、スキルツリーによってタイプが違うがどれも有用だ。故に、怠惰のクラススキルを進めるかの魔王は腹立たしいことに希少価値があり、それがますます彼自身を誰にも口を出せない一種の不緩衝地帯みたいになっていた。

 なまじ命令には従わなくとも結果を出し、自ら反乱を起こすわけでもなくただそこにいるだけなので質が悪い。


 今代の大魔王、カノン様は憤怒(イーラ)を内包する魔王である。憤怒の属性は攻撃力に特化しており、その一点突破力は、同じく高い攻撃力を誇る暴食(グラ)を遥かに超えるが、怠惰(アケディア)はいまいましいことに、悪魔のスキル系統樹の中で唯一、純粋な耐久力に秀でた系統だと言われている。悪魔たるもの、全てのツリーで防御スキルは存在するが、怠惰のそれは常識を遥かに超えている。

 何のためにあるのかわからない無意味なVIT(頑強性)と、それ故の莫大と呼ぶも烏滸がましい意味不明なHP(生命力)を持つ上に、ありとあらゆる属性攻撃、状態異常に耐性を持ち、そのVITの高さ故に彼らにはほとんど痛覚がない。


 反面、敏捷性と攻撃力に欠けるらしいが、そんなものは必要ないのだろう。

 彼らは意味もなく、石のように、貝のようにただそこにいるだけなのだから。


 そんな一種の無機物に似た存在に対してどうして自身の力を大きく削ってまで討滅する必要があるだろうか。多分歴代の大魔王もそう考えてたのだろう。

 それが私から言わせてもらうと、怠惰の王を配下に加えた一番最初の大魔王が犯した最大のミスだった。


 奴らは間違いなく害悪である。だからこそ、私のストレスは破壊できないその怠け者に対して溜まり続けている。言いようのない憤怒(イーラ)がもう完全に溜まりに溜まって、生まれてから一千年近く経つが、多分ここまで何かに怒りを感じたことは今までない。


 といった内容を、殺される覚悟でカノン様に定期報告書として仔細にまとめて提出したら、爆笑された。憤怒を抱える大魔王様がそこまで笑うのは初めてだった。

 あまりの意外性に、すっかり私の憤怒が消し飛んでしまう位に。


 大魔王様の目、耳の役目を持つ精鋭部隊『黒の徒』

 それは様々な要素で篩にかけられ選びぬかれた悪魔が所属するエリート部隊であり、次代の大魔王軍を率いていくといっても過言ではない、大魔王様直属の親衛隊だ。

 現に、現在所属する魔王の約五分の一はこの部隊に所属した経験があり、今代の大魔王であるカノン様もこの部隊が出身だということを考えると、この部隊が如何に洗練された歴史ある代物であるのかがよく分かるだろう。

 所属しているメンバーは、それぞれ大魔王に与する魔王に対して複数人一組で派遣され、魔王の行動――その抱える欲により、他者に大人しく従う事をよしとしない――魔王の行動を具に観察し、時に大魔王様からの命を伝え、時に諌め、時に共に戦い、時にその反乱を事前に察知することを目的としている。

 派遣という形であれど、他の魔王に仕えなければならないという非常に危険な任務でもあり、そしてその性質上、決して油断ならない重要な任務でもあった。

 

 それなのに、いくら部隊の中ではトップクラスの成績だった私、リーゼ・ブラッドクロスが担当するとは言え、最低、三人一組(スリーマンセル)でつくはずの任務に私一人でつくというのは全く理解できない事だったし、カノン様と同じ憤怒(イーラ)を抱える私が、対極の性質を持つ怠惰(アケディア)の魔王に仕えるというのはもっと意味がわからず、我慢のならないことだった。


 本来ならば、監視官には同種の性質を持つ悪魔がつくのが常道であり、そうでなくても近しい性質を持つ悪魔が担当すべきであるはずだ。いくら偉大なる大魔王様の決定とは言え、私にはとてもじゃないけどその御心が全く理解できない。我慢もできない。故に抗議せざるを得ない。例えその結果、殺されたとしてもだ。


 巨大な黒曜石の玉座に身体を埋める大魔王、カノン・イーラロード様が笑いすぎて、涙目で巨大な杖を突く。

 カノン様は女の悪魔である。男の悪魔に近い長身に、その憤怒を体現した地獄の業火のような真紅の髪はまるで溶岩のように煮えたぎり、長い穂先を玉座の手すりに垂らしていた。

 数メートルの距離があるにもかかわらず、感じる高揚感は大魔王様の有する力の底知れぬ深さを示していた。


 だが、そんな威光も、もう色々と台無しだった。そしてついでに、今日の大魔王様は珍しく非常に機嫌がいいようだ。

 咳払いをして、こちらをその灼熱の瞳で見据える。


「で、リーゼ・ブラッドクロス。それならばお前は何を望む?」


「はっ、レイジィ様はさっさと殺処分し、軍団と領土は他の忠実な魔王に割り振るべきです」


 考えてきた内容をそのまま直接大魔王様に進言する。

 大魔王様は私の意見を予期していたのか、すかさず問いを投げかけてきた。

 私の意見は大魔王様の意志に背くもので、刹那の瞬間で首が飛んでもおかしくないはずだったが、その眼には憤怒の気配が欠片もない。


「なるほど……ならば、誰が殺す? 怠惰を司る唯一の魔王にして、悠久の時をただ無為に過ごす、かの魔王を如何にして殺す?」


「それは……」


 それこそが、私が今まで数ヶ月の間我慢して仕えていた理由だった。

 仮にも将軍級の力を持ち、攻撃に最も適した憤怒を持つ私の攻撃を受けてあの魔王は事もあろうに――寝始めたのだ。

 まるで私の怒りが気に払う必要もないレベルだとでも言うかのように。


 思い出しただけで腹が立つ。

 熱い血潮が魂核を中心に全身に周り、真っ赤に染まる視界を何とか深呼吸をして落ち着かせるよう試みるが、全く効果がない。


「くっくっく、その様子だともう試したようだな……」


「……ハッ、越権行為だと分かってはおりましたが、とても私の憤怒(イーラ)を抑えきれず……」


 カノン様がその言葉を、愉悦のこもった眼で受けた。


「許す。くっくっく、リーゼ……貴様は昔の……私に似ているな」


「!? ハッ……光栄です」


 一体どういう意味?

 カノン様のお考えが分からない。理解できない。怒っているわけでもない。一瞬思考が固まり、すぐに跪いた。

 破滅のカノンの二つ名に似つかわしくない穏やかな表情でカノン様が呟いた。


「とにかく、リーゼ。奴は殺せん……もちろん殺せるのであれば自由に殺してもらって構わんが――リーゼ、私は貴様に期待している」


「……ハッ。必ずや魔王様のご期待に添えるよう全力を尽くします」


 突然のその言葉に、慌てて姿勢を正し、その望外の期待に、顔を伏せる。


 私は、果たしてその機会に応えられるのだろうか?

 怠惰の魔王はその態度に見合わず強力無比な力を持ち、その言動には大魔王様への忠誠も、その大魔王様から派遣されてきた私に対する畏怖も……それどころか興味すら、欠片も抱いていない。

 閉じた世界に生きているあの悪魔を相手に、私は何をできるのだろうか?

 少しでもできる事があるのだろうか? いついかなる時にも自身の意志で切り開いてきたが、今度の試練は欠片も自信がない。

 相性が――悪すぎる。


「よい……貴様の考えは分かった。だが、貴様をレイジィの監視官に任命したのにも、理由がある。察せ」


 その言葉は、大魔王様の口から言うつもりはないという事だった。後頭部に感じる重さ。見えないプレッシャーが私の頭をまるで押さえつけるように、顔を上げることを許さない。

 当たり前だが、それに対して問いで返すような愚は犯せない。


「ハッ。失礼いたしました。このリーゼ・ブラッドクロス。全てはカノン様の御心のままに」


「よし。ならばゆけ。貴様には覇王の素質がある。そして学べ、識れ、悪魔(デーモン)としての意味を」


「ハッ……必ずや」


 大魔王様の言葉に、遊びはない。

 ただその直接的な言葉が、私の魂核に刻々と刻みつけられていく。


 未だ私には欠片も理解できないその言葉を。

 怠惰の魔王から学ぶこと……?

 あの魔王から――前任者の怠惰の悪魔が匙を投げ出す程の罪を抱く魔王から、正反対の性質を持つ私が何を学べばいいのか?

 おそらく、それを知った時、それこそが大魔王様の期待に答えたという事になるのだろう。


 深く頭を下げ、扉から出る寸前にカノン様が最後に言った。

 破滅の名を冠している魔王に相応しからぬ、疲れたような声で。


「リーゼ、影寝殿に戻ったら、ついでにレイジィ兄様に伝えてくれ――たまには顔くらい出すようにと」


「……え!? 兄様!?」


 それは、完全に意図していない言葉だった。

 慌てて振り返る私に、カノン様は自分が何を言ったのか気づいたのか、はっきり舌打ちして、険しい表情で杖を向ける。

 何もかもを灰燼に帰す憤怒の罪。

 その眼が、燃え盛る炎のような眼光が、私の反論を許さない。

 そのプレッシャーに心が折れる前になんとか一言だけ出す


「カノン様、今の――」


「行け、リーゼ・ブラッドクロス! この私に――手間をかけさせるなッ!」


「は、はっ!」


 まるで追い立てられるように扉が閉まる。

 憤怒を司る大魔王様の怒声は決して珍しいものではない。大魔王の間を守る二人の近衛兵が、険しい、しかし同情の篭った眼を向けた。会釈して歩を進める。


 そうか……これが、憤怒を司るカノン様が、希少な堕落の王とは言え、一魔王に対して強く出れない理由……

 憤怒は直接的な攻撃については他の追随を許さないが、反面、絡め手に弱い。


 私は大魔王軍の意外な闇を見た気がして、少しだけ憂鬱な気分になった。

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