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堕落の王【Web版】  作者: 槻影
Chapter3.色欲(ルクセリア)

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第二話:負けるわけにはいかない

 灼熱の光が世界を満たした。


 魔剣セレステ


 炎の属性を持つ剣である。

 武器としての等級はSSS。竜のみならず、相性的には最悪であるはずの上位の天使を焼き殺したという逸話さえ持つ宝剣だ。

 大魔王の蔵に長年安置されていたその武器が今、久方ぶりに現世をその力で満たした。


 高位の魔剣が有するのは決して剣としての使い道だけではない。


「きっきっき、さすが、すげえ魔力だぜえ……」


 きーきー声で笑いながら、デジが剣の力を解放する。

 本来ならば魔王の扱うクラスの魔剣。将軍級でも荷が重いはずだが、デジは特に問題なくその莫大と呼ぶも烏滸がましい魔力の渦を敵軍に向ける。

 それだけでその巨体が見掛け倒しでない事がわかる。


 忌々しい男だ……


 魔剣から顕現した炎の竜が疾駆する第三軍を軽々と追い越し、数キロ先の敵軍を舐めた。

 瞬間、暴食の軍から黒い光が発生する。


 『飢餓の波動』


 暴食の暴食たる所以のスキル。

 波動と魔剣の炎がぶつかり合う。


 何もかもを喰らい尽くす飢餓の魔力と無限とも感じられる膨大な焔が拮抗する。

 魔剣の力を借りて、デジの力はゼブルの力と確かに渡り合っていた。

 デジが忌々しげに分厚い唇を舐める。


「セレステの力を借りて未だ互角か……さすが魔王様……その力、欲しいぜえ」


 原罪の根源とは、いわば欲である。

 金が欲しい、物が欲しい、美味しいものを食べたい、SEXしたい、働きたくない、他者を見下し、跪かせたい。

 そして、デジの欲も私の欲も最終的にはただ一点、他者への嫉妬に集約する事になる。

 結局の所、奪う事こそが悪魔の本質。限られたリソースを他者よりもどう多く食らうか。


 デジが灼光を放ち暴れる剣を4本の腕で押さえつける。だがその表情は自身が放つ暴力的な力に、壮絶に笑ったままだ。

 灼熱に腕が真っ赤に焼いているが、握られた腕の力が抜ける気配はない。


「きっきっき、やはり遠距離攻撃しかないねえ。近づいたら直接、食われちまう。暴食が相手だと少々相性が悪いか……」


「……だけど、負ける訳にはいかない」


「当然だ。将軍級を二人も出して負けたら……魔王様の前にハードの野郎に処分されちまう」


 デジの腕を、握られた剣に触れる。

 身体が、魂が焦がされる程の莫大な熱量。

 スキルにより、友軍へのダメージ――フレンドリーファイヤーと呼ばれている――は切ってあるようで、ダメージはない。だが、ダメージを切って尚、それでも感じるその威圧に、私は嫉妬した。


 デジの片腕のリベルという悪魔が険しい顔をする。


「ふむ……暴食のスキル、『飢餓の波動』はありとあらゆる力を食らう。デジ、さっさと決着を付けないとセレステの魔力を喰らわれるぞ?」


「知ってるぜえ? きっきっき、拮抗……拮抗ねえ。くだらねえなあ。確かにセレステの魔力はすさまじい。だがこの程度じゃあ俺の欲は満たされねえなあ! 敵の魔王さえ倒せば後はこっちの勝ちだ!」


 席巻する炎に、友軍の進軍が止まる。いくらダメージを受けないといっても、炎の中に飛び込む度胸はないのか。

 いや、今や戦況は魔王とセレステの一対一になっていた。一歩でも踏み込めば相手の魔王に食われるのは自明の利。魔王のオーラはそれほどまでに暴食(グラ)に飢えていた。

 そして、その配下も。


「きっきっき、だが後、一手足りねえなあ。押しきれねえ。仕方ねえ、人形を使うか……」


 デジが背後の銀色の骨で作られた骸骨人形に視線を向ける。


「……その必要はない。私がやる」


 デジがあっけにとられた眼で私を見る。おかしいか?

 色欲(ルクセリア)がそんな事を言ったらおかしいか?


 相性は悪い。それは認めよう。だが、そうも言っていられない。なりふり構っていられない。

 このままじゃ、デジに全て手柄を取られてしまう。


 眼を閉じて、全身の力を抜く。悪魔の心臓である魂核から魔力を絞り出す。炎には炎。何もかも全てを飲み込む地獄の炎を望む。

 何もかもを、飢餓をも焼き尽くしこの世から消失させる炎を。


 そして私は『剣』を顕現させた。


「……おいおい、何の冗談だよ……」


「……冗談なんかじゃない」


 右手の剣を上に掲げる。

 炎の刃を持つ一振りの美しい剣を。私のほぼ全ての魔力を元に顕現した剣の炎はセレステにはやや劣るものの、魔王クラスのそれに匹敵している。

 デジだけで振りきれないならばそれに上乗せすればいい。

 強欲の悪魔の表情が歪む。


「それも……ルクセリアのスキルか!? 馬鹿な……何をした!?」


色欲(ルクセリア)の力を刮目して見るがいい」


 そして私は、剣を振るった。

 力が荒れ狂い、世界が赤で染め上げられる。

 腕全体に膨大な熱が生じる。

 魔剣には代償がある。セレステのそれは担い手へのフィードバックか!?

 魂すらも焼き尽くす地獄の業火が腕を飲み込み炎の竜となってデジの竜に合流した。


 身体を引きちぎられるような痛み、炎に、頭がかき回される。

 だが、同等以上の痛みを受けていたはずのデジは平然としている。私だけが弱音を吐く訳にはいかない。


 私だって……司令官だ。レイジィ様の軍を率いる者だ。

 腕が灼光に焼かれ、ぶすぶすと醜悪な匂いを発する。白い肌にあっという間に水ぶくれが浮かび、それもまたたく間に消え醜い火傷に変化する。

 私は痛みに全力で歯を噛み締め、ただ視線を前に向けた。

 私の炎龍がデジの炎龍に交わり、光がより強く発光する。目を開けられていない程に。

 その瞬間、確かに炎は魔王の波動を上回った。じりじりと炎の並が魔王軍を押していく。

 

「……なんだかわからねえがやるじゃねえか。きっきっき、だが俺は――」


 デジが醜悪に笑う。その4つの眼は、ぎらぎらと不気味に輝く。


「――さらなる力を欲するぜえ」


 そう言い切った瞬間、炎の高さが、魔力が爆発的に膨れ上がる。


 これは……強欲のスキルか!?


 炎が交わった瞬間に一瞬押された黒の波動は、デジのスキルによって密度を遥かに強固にされたそれに一気に押し流された。

 赤き光の波が暴食の軍を飲み込み、四方千里に爆発的に拡散した。

 光の渦が、無数の矢となり数キロ離れているここまで届いた。

 確かな手応え。


「きっきっき、これがセレステの力……悪魔の王を焼き払った天の光に対抗するために作られた武具っていうのも眉唾じゃねえなあ」


 デジの興奮したような声。


 恐ろしい威力、危険な武器だ。しかも、ただでさえ魔王の力を押しきれるその威力を強欲のスキルがさらに引き出している。


 レイジィ様……この玩具は、デジに与えるには危険すぎる。

 光が魔界の荒野に灼熱の風を生み、髪が舞い上がる。


 だが、次の瞬間、デジの笑みが消えた。


「おいおい……マジかよ……」


「……馬鹿な。並の魔王ならあれには耐え切れないはずだ……」


 リベルが驚愕の視線を遥か遠く荒野――もはや意味のない距離だが――に向ける。


 黒い塊がうごめいていた。四方を囲んでいた軍団の姿はもはやどこにもない。

 あれだけの熱量だ。おそらく魂まで消し飛ばされたのだろう。


 塊が大きく揺れ動き、収縮する。

 そば数百メートルの距離まで接敵していた第三軍の精鋭がざわめく。


 空気が変わった。

 ゼブルの周辺だけではない。この数キロ離れた今私がいる場所に至るまで。

 澄み切った黒から、沼のそこのような粘ついた闇に。

 それに気づいたデジが呆然とした声をあげた。


「……レイジィの旦那が……負けやがった……だと!?」


 『混沌の王領(アビス・ゾーン)』の上書き。

 友軍の王領から敵の王領に入った証。身体から確かにわかる程に力が抜け、満ち満ちていた魔力が落ちる。


 混沌の王領(アビス・ゾーン)のスキルはそれを使用する魔王との距離が近ければ近い程強力に作用する。

 だから、決して序列が上の魔王のゾーンを下の魔王が破る事もなくはない。


 だが、それでもレイジィ様のゾーンは今まで破られたことがない。いや、なかった。

 どんなに激しい戦火においても。


「……勘弁してくれよ。神の炎で消滅しない魔王だと!? L級じゃねえか……」


「……デジ、さっきのスキル、もう一回できる?」


「冗談だろ? 旦那のゾーンの中でさえ効かなかったのに、敵のゾーンで効くわけがねえ」


 デジの視線が焦ったように周囲を見渡す。

 確かにその通りだ。混沌の王領(アビス・ゾーン)は友軍の能力を上げる。無視できないレベルで。


「ゾーンはどこまで食われた!? リベル!」


「……相当、奪われたようだ! 私の能力の範囲外だ!」


 存在で感じる敵対の気配。

 粘液のような飢餓のオーラ。


 残ったのは魔王ただ一人か? その他に影はないが、そんなものは何の慰めにもなっていない。

 収束した黒い塊が、徐々に形を変える。

 スライムのような不定形から――人型に。


「ゼブル・グラコス……飽くなき飢え……何もかもを食い尽くした悪食の王か……」


 私には見える。

 世界を侵食する、ヒビを入れ分解し食らう暗黒の獣が。


 成した人型は予想よりも小柄だ。私よりも小さいかもしれない。二メートル以上ある長身のデジと比べれば頭4つ分は小さいだろう。

 あれほどの体積が一体どこに行ったのか?

 まるで穴が開いたかのように光を無限に吸い込む闇の外套がはためく。

 数キロの距離がまるでゼロであるかのように間近で感じる圧迫感。

 それは、行軍中には全く感じなかったものだ。近くによるまでは。


「きっきっき、面白え……すげえ勢いで旦那のゾーンを食ってやがる……」


 まだ笑う余裕があるのか。デジの度胸が恐ろしい。

 盛り上がった大胸筋がさらに膨れ上がり、凄まじい怒声が響き渡った。


「者共! 何をぼやぼやしてやがる! 相手は魔王ただ一人! 突撃だ!」


 空気がビリビリ震える。

 デジの叱責を聞いて、脚が止まっていた第三軍が猛烈な勢いで疾走した。

 其の勢いはまるで津波のごとく、魔王の力を見ても、ゾーンが破られても尚、陰りがない。


「嬢ちゃんはよお、力はあっても根性が足りてねえ。いろいろ考えているんだろうが、俺たちゃ凡人にとっちゃあ、戦場で諦めたら終わりだぜ? きっきっき、嬢ちゃんは戦場で寝てられるほど強くはねえんだろお?」


「……そうね」


 だがこのままで全滅は必至だ

 確かにデジの言葉は正鵠を射ているが、同時に部下共に死ねと言っているようなものだ。

 いくら第三軍といえども、並の悪魔ではわずかな時間すら稼げはしない。目の前で実際に戦った私だからこそわかる。


 外套からヌラリと飛び出た触手が容赦なく先頭の悪魔を貫く。

 悲鳴すら出す間もなく、あっという間に黒で塗りつぶされ飲み込まれる。

 だが魔王の体積は全く増えていない。


 こんなの相手にどうやって戦えと言うんだ……!?


 全身から伸び射出される無数の粘液滴る触手。

 それに押され、顔を隠していたフードが取れる。


「あいつ……女か……! 嬢ちゃんと同じくらいの見た目じゃねーか」


 黒に近い緑色の髪に同色の瞳。其の眼は、全く目の前の軍を見ていない。

 悪魔に見た目は関係ない。

 いや、見た目が大人しければ大人しい程に危ない。それは武器になるからだ。


 ゼブルは、暴食を司りそうもない大人しげな風貌をしていた。

 何を考えているのか、胡乱な眼で目の前の悪魔たちを睥睨している。


 さすがに数の利があるのか、魔王の死角――魔王に死角があるのかどうかは甚だ疑問だが――魔王の背後から槍が突出される。

 それは確かに外套を貫き、そのまま飲み込まれた。とっさに手を離したので担い手の悪魔は飲み込まれずに済んだ。飛来する触手をバックステップで躱す。だが、武具がなくなったことには変わりがない。

 その隙にまた別の悪魔が灼熱の炎珠を無数に展開し、魔王にぶつける。だが、それもまた飲み込まれただそこには静寂しか残らない。

 ゼブルがぺろりと唇を舐めた。


「……ありゃ反則だろ。暴食にあんなスキルあったか?」


 リベルが表情を青褪めさせながらも冷静に答える。


「暴食の中級スキルだな。何もかもを飲み込む無限の胃袋だ。……本来ならあんな無差別に他者の攻撃を飲み込むスキルじゃないんだがな」


「練度の違いってやつか……きっきっき、これだから到達者ってやつはよお……まさか、セレステもあれで飲み込んだわけじゃねえよなあ?」


「さすがにあれは飲み込めないはずだ……と思いたい。中級スキルで防がれたとしたら、上級スキル使われたらどうなるかわからんぞ……」


 魔王が特に何の感情も浮かべず、周りを見渡す。

 デジが嫌そうな表情で唇を歪め、億劫そうに剣を手に取る。

 一本でも持っていれば上位の悪魔だと認定されかねない魔剣を4本。だが、そこまでの武装をして尚、私には勝ち目が万に一つも見えなかった。


「やべえ、今眼があったぜ……」


「逃げるか?」


「馬鹿言え、上位の魔王から……逃げられるわけがねえだろ。きっきっき、覚悟を決めろ、リベル・アイジェンス。黒白戦争を思いだせよ、あれと比べたら――まだましだろ? 相手はたった一人だ」


 覚悟を決めたデジの言葉に、リベルが深くため息をついた。


「……やれやれ、仕方ない。どうせ一度死んだ命だ……。デジ、君の覚悟には嫉妬すら浮かばんよ」


「きっきっき、相変わらず真面目だなあ。俺はただ少し――人よりも欲深いだけだ」


 ……仕方ない。覚悟を決めるしかない。

 偽物とは言え、魔剣の顕現で魔力はほとんど残っていない。スキルもせいぜい使えて初級。

 肉弾戦は色欲の領分ではないが、ベルトにさしたナイフを抜く。

 レイジィ様から賜われたこれも、セレステに比べれば格は遥かに落ちるが、一応は魔剣の類ではある。刹那の瞬間程度の時間稼ぎにはなるだろう。


「嬢ちゃん、逃げてもいいんだぜ? ほとんど魔力が残っちゃいねえだろ?」


「逃げる? 冗談でしょ?」


 何故、この私が――レイジィ様に拾われたこの私が主の危機を見捨てて逃げられるものか。

 ただの雇われのデジですら、この絶体絶命の場において逃走しようとしないというのに。

 予想外のものでも見るかのようにデジが眼を瞬かせる。


「ふん……だがいくらなんでも短剣じゃ勝てねえよ。剣は使えるかい?」


「……人並みには」


「きっきっき、ならば上等よお。俺の剣を――一本貸してやる。利子はその短剣でいいぜ。生きて帰れたら、だがなあ」


 利子?

 どこまでたっても強欲な其の言葉に、私は思わず吹き出した。

 命がかかっているこの状況でまだ取引できる元気があるとは……


「くすっ……貴方、こんな状況で何をいってるの? 強欲も大したものね」


「きっきっき、手に入れられる時に手に入れておかねえとなあ……なにせこの世界には俺の欲しいものが多すぎる」


「一番大切なものは命じゃないの?」


「もちろんだぜえ、だからそれもまた、俺は手に入れるつもりでいる」


 デジから渡された剣は凍気を纏った剣だった。

 セレステには劣るが、それでも将軍級の悪魔が持つにはもったいない程の力を感じる。

 手に吸い付くようなそれを軽く二度、三度振り直し、具合を確かめる。大丈夫、扱える。

 必至で武具をふるう鍛えあげられた兵をまるで紙切れのようになぎ払う王を睨みつけ、デジが言った。


「きっきっき、俺は死ぬつもりはないぜ?」


「私も死ぬつもりはないわ」


 そうだ。負けるわけにはいかない。まだまだ悔いが残っているもの。

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