第五話 そばを食べるためには闘いが必要だったり
前話から一年以上たちました、どうもすみません!
「チラシによればこの国道に出て……」
「ここまでもそうだけど、国道でさえも車が少ないですね、部長さん」
彩の言うとおりで、普段は夜でも車が行きかう国道が今では横断歩道ではなくてもゆっくりと歩いて渡れる状況になっている。
「やっぱり大晦日ってみんな家にいるのでしょうか。そんな中外に出ている私たちって貴重なのかもしれませんね、森部長」
「俺たちよりもスーパーで働いている人たちのほうが貴重で尊い存在かもな」
そう言いながら和平は三華、彩の順に視線を向け、さらに自分たちより少し後ろで少し呼吸が荒くなっている人物へと視線を移す。
「えーと、清水さんはどうしてここに?」
「……いや、私は何のそばにするか言い忘れたし……、それになんだかんだで荷物多そうだったから……」
和平が手にしているメモに書かれているそばは五人分。自分と「どうせ一緒に行くので」と言わなかった彩を含めても七人分。
「どうりで一人足りないと思ったら……」
「スーパーに何があるのか見て決めようかな……と考えていたら、つい……ね。」
息を整えて和平の隣に並ぶ一香。
「まあ買い物は多いほうが賑やかでいいから」
「うん……、ありがとう」
ほんの少し一香の息が再び乱れたのを気づかぬまま和平は片側二車線の国道をゆっくり渡る。
(えー警察の方、ごめんなさい。車全く来ないので許してください)
「ここは人が多いですね、部長さん」
「そうだね、買い物って目的があるから大晦日でも来るだろうね」
自分たちが発する音以外はほぼ無音だった世界からようやく音と他人の声のする場所に来て安心する和平。もうすぐ年が改まるためか琴の音が店内を流れている。
「じゃあ私、早速山菜探してきます。ついでにネギも任せてください」
棚の様子を見て大晦日ゆえに品揃えが少ないと感じたのだろうか。三華がカゴを取って野菜売り場へと足を運ぶ。
「さすがに今日は二十四時間営業はしないみたいね」
「あ、そうだった」
一香に言われて初めて気がついたが、チラシには大晦日である今日の営業時間が書かれている。それによると今日は午後八時まで、あと三十分しかない。ほぼ品物が何も置かれていない棚の存在や三華のあせりも当然と思える。
「じゃあまずは惣菜コーナーに行こうか。ええと、油あげと天かすと……、この『やっぱりそば入れて』って何だっけ?」
「たぶん先生の注文だと思いますよ……」
「それ天ぷらそばのことだわ」
「えっ、清水さんこれで分かるの?」
「すごいです、清水先輩」
一香は少し慌てながら「いやいやいや」と手を振ると。
「立花先生、最初に『天ぷらそばそばぬき』って言ってるのよ」
「ああ、そう言えばそうだった。『そばぬき』ってなんだ? と思ってたから天ぷらそばのことは忘れていたよ」
「どうも酒飲みの人は『天ぷらそばそばぬき』って言うのを注文することがあるらしいわよ。早い話、そばつゆを天つゆの代わりにして天ぷらを食べるってことかしら」
「そばぬき」の謎は解けたものの問題は別にあった。
「天ぷらってことは分かりましたけど……、何の天ぷらにすればいいのでしょう?」
「うーん、やはりここは順当に海老の天ぷらでいいんじゃないのかしら……」
「この閉店間際でそれが残っているか……、無かったらかき揚げ……、最悪あるもので我慢してもらおうか」
「そうと決まれば急ぎましょう、目の前で売り切れなんてそんな悔しい思いしたくないですから」
一香がメモとカゴを素早く取り、一歩足を踏み出したところで動きを止めた。
「……惣菜コーナーってどこ?」
困り顔で見上げる一香に和平は少し戸惑いながらも
「……あそこだけ人が多いから行ってみる?」
惣菜コーナーはおろか店内の案内板さえも見つからないので和平は他力本願に賭けてみる。
賭けは当たったがそこにあるのは異様な光景。売るべき惣菜はないのに客が多い。
皆自炊の経験があまり無い、もしくはこの時間帯にスーパーに来たことが無いためにこの行列に近い集団を見るのは初めてだ。
「ぶ、部長さん……なんですかこれは?」
「なぜ商品が無いのに人がいるんですかね……」
「きっと、今作っているんじゃない。それでみんな待っているとか」
「確かに従業員入り口に人が多いよな……」
和平が言い終わるや否や人々の視線を集めた扉が開かれると、彼らは一斉に出てきた白衣の店員に飛びかかっていった。
「そうか、みんな出来立ての天ぷらが欲しいから並んでいたのか!」
「部長さん、感心している場合じゃないでしょう」
彩のツッコミを聞いてか三華が喧噪の中へと飛び込む。一香は一歩前に出た後で
「見ているだけでは……あの人たちに負けてしまう!!」
と、彼女の言う戦場へと足を踏み入れた。
「私たちも行きましょうよ、四人なんですから多くの天ぷらが手に入るはずですよ」
「う、うーんそうなんだがな……」
一香と三華が立ち入った先は客の悲鳴と怒号。和平が以前テレビで見たことがあるデパートのバーゲンセールに殺到する人々そのものだったのだ。
和平がためらっているところへ、一つの物体が彼目がけて飛んできた。
「おや……?」
「部長さんっ、危ないっ!」
すんでのところで彩がそれを捉える。彼女の指の隙間から見えるそれは黄色と茶色が混じった何か。
「えーと、これは……『ちくわ天85円税抜き』ですね」
「そうか、俺を狙っていたのはちくわか、助かったよ」
とりあえず彩の頭を撫でる和平。彩は「えへへ……」と微笑みながら
「うん? 何かシールが張っている。『税込み価格より50%割引』」
「遅い時間になるとこうやって値段を下げることで惣菜を捨てるもったいないことになるのを防いでいるみたいね」
「常連さんはそのタイミングを知っているから並んでいたって話ですね」
すでに闘いは終わった後で、先ほどまでの騒ぎは嘘だったかのように周りは静まり返っている。僅かに
「泰子さん、お父さんが好きなマツタケ天ぷら手に入りましたわー」
「あらー、佐加江さん、よかったですねー」
と、健闘を称えあう主婦が二人。
「三華ちゃんと彩ちゃんのも合わせて四人分しかないわ」
一香がため息をつきながら「アスパラガスの天ぷら」と「キスの天ぷら」を見せる。
「私は一個だけですけど先生が望んでいた『えび天』を手に入れました」
「四人分って、半分しか手に入ってないってことですよね……部長さん?」
「いや、全員天ぷらそば注文していないだろう、清水さん、メモには何が書いてある……?」
和平が尋ねると一香は
「戦場に赴いたものの健闘及ばず『アスパラガス』と『キス』よ」
「うん、それは聞いたんだ。俺が聞きたいのはー、天ぷらそば以外の人は何そば頼んだかなーって」
「たぶん『アスパラガスそば』と『キスそば』よ」
「清水先輩、そんなそばあります?」
彩が呆れたように首を傾げる。三華は無言で「ないない」と手を振ることで彩に答える。
「なるほどね、清水さん」
「はい?」
「戦場でメモを無くしたね?」
一香の肩が激しく揺れる。三人の視線にしばらく耐えていたものの、赤らめた顔をしながら漏れるように
「と、尊い……犠牲となられたのです……」
「うん、分かった。戦場の厳しさを皆に伝えて許してもらうことにしようか……」
「じ、時間も無いことですし。売り切れていたって言えば許してもらえますよ、きっと、ねえ彩ちゃん?」
「あっ、そうだ私、北海道出身の友達からいいことを聞いたんですよ!」
「……それで、天ぷらが四つとアイスが四個あるわけだ」
麻雀部の部室にてアイスの入った袋を差し出しながら頭を下げる買い出し組四人の姿。
彩が代表して頭を上げ
「北海道では真冬になると部屋で暖房をガンガンに効かしてキンキンに冷えたアイスを食べると……」
「残念ながらここは関東なんだなぁ」
直がひきつった笑みで遮る。
「うう……、すいません……」
「アイスは四人が食え、私たちは天ぷらを食べる」
一香の手から天ぷらの入った袋を奪うと直は四人に背を向ける。
「恐れながら麻雀部顧問の立花先生様に麻雀部部長として申し上げたき事がございます!」
自分達の失敗が起こした事態なのでいつもよりも敬語を(しかも時代劇っぽく)駆使する和平。
「ほう、なんだ。言ってみろ」
「ここは麻雀部ですので、誰が天ぷらを食べるか……」
「よーし、お前ら好きなの選べー」
「麻雀で勝負とすら言わせてくれないの!?」
驚きのあまり敬語を使わなくなる和平。
「ごめんなさい、私麻雀よく知らないのでー」
詠子が申し訳なさそうに四人に声をかける。
「そういうわけだ、麻雀をよく知らないのに勝負の場に上げようとは麻雀部部員として言語同断」
「いい機会だから北海道の風習を味わったらどうでしょうねぇ」
杏子が楽しそうに「キスの天ぷら」をチョイスした。
「あー、この『アスパラガスの天ぷら』二本入ってますね。私一本で十分なので……」
凛が四人と直を交互に見た後で、麻雀卓へと視線を移す。
「さ、さすが、凛。俺たちを助けてくれ……」
「残念ながら時間が無い」
「そ、そうですよね……わへい君。彩ちゃん、三華ちゃん。ここは諦めてアイスを……」
自分に一番の責任があると感じているのだろう、三人を慰める一香を見た直はその姿にしばし考えた後で
「分かった分かった私も鬼ではない。この『アスパラガスの天ぷら』一本を誰が食べるか決めようじゃないか」
「よし、四人なら麻雀がで……」
「だから時間が無いって」
直は三度の和平からの麻雀を退けると、付箋に何かを書き和平たちに見せる。手にしているのは四枚。
「ここは公平にくじで決めようじゃないか。一香、お前の姿に感動してこのくじだ。お前が引け」
「はっ、はい」
一香は自分から見て右端の付箋を選ぶと
「わへい君、彩ちゃん、三華ちゃん。恨みっこなしだよ」
彼女が引いた付箋に書かれていたのは
「顧問の私、立花 直!」




