第三十二話 すべての策略はこの日のために(一)
前回投稿よりだいぶ時間が経ってしまい申し訳ございません。
明美が「ミス葵塚学園コンテスト」の舞台上で顔を歪めている頃――
純は一人学園内を歩く。別に人に気づかれにくい特技を活かして秘密を探っているわけではない。むしろ今は人に気づかれなければならない。
彼女が手にしているのは麻雀部の屋台のチラシ。いくら料理の出来栄えに自信があってもその存在を知ってもらえなければ意味がない。
「麻雀部が新たに考えた中華料理ですよー」
『新たに考えた』は多少大げさではあるが、インパクトのある呼びかけをしなければ注目もされない。「元となるメニューそのもの」はありきたりなものなのだから。
目に付く人にチラシを配り歩いている純だったが、ある人物を見つけると歩みと配る動きを止めた。その人物が自分が当初思っていた人であることを確認すると、にっこりとさっきまでより可愛らしい笑顔になって
「魅ぃちゃん」
と、声をかけた。
「ああ……、これは純ちゃん」
相手は純を見て柔らかい笑顔を見せる。
「覚えていてくれたんだ」
魅ぃちゃんこと、魅国正之助が自分のこと――さらには呼び方――までも覚えていたことに純は幸せな気分になる。
「そりゃあそうですよ。この学園に来てできた初めてのお友達を忘れるわけがないでしょう?」
正之助の答えに少し顔が汗ばんだことに気がついた純は
「き、今日もお孫さんのために来たの?」
と、話題を変えてみる。
正之助は少し間を置いた後で目を細めると
「ああ……、孫娘が通うかもしれない学園の文化祭だからねぇ……」
何事か考えながら自分が来た理由を述べる。
「お婿さんはまた趣味の釣りをしているんでしょ? 大変だね」
「そう、まーた彼は休みだからってはりきっちゃって……ははは、全く困ったものだよ」
そう言う正之助だが困っているように見えない。
ふと、正之助は純の背後に眼をやると
「今日は人と待ち合わせをしているのですよ」
「えっ、この学園で?」
純は正之助の目線を追うために後ろを向く。そこに立っていた人物は彼女にとって想定の範囲外であった。
「麻雀部代表の麻雀プリティーだよー。みんな、よろしくねー!」
明美は目前の光景に顔をゆがめた。
『清水一香を麻雀プリティーとして立候補させる』
麻雀部はそれを受け入れたはずだ。定期報告でも一香は常に麻雀プリティーだった。
しかし、目の前にいる人物は誰だ? 麻雀プリティーではあるが一香ではない。
(すべて上手くいったはずなのに……)
そんな明美の動揺とは裏腹に、麻雀プリティーこと杏子の登場に会場からは歓喜の声が。
「私に投票してくれたら、あなたのハートを『カンリャンピン(2)』で打ち抜いちゃうぞー!」
持っている「リーチー棒」を掲げると、さらなる歓声を上げる会場。
そこにいる半数の生徒が彼女を相乗り候補としているのだから盛り上がるのは当然。ゆえに彼女の発言の意味を理解しているのかどうかは別問題である。
ちなみになぜ杏子の言う必殺技の名前が『カンリャンピン(2)』なのかはこの日の朝、麻雀部内で話し合ってなんとなく「語呂がいいから」と和平が主張したためだ。
「別に『カンウーピン(5)』でも『ペンサンピン(3)』でもいいじゃない?」
と、杏子が尋ねると、和平は顔を向けて
「いや、『カンリャンピン(2)』が一番言いやすいんだよ」
しっかりと答えるので杏子はもちろん他のメンバーも異論を出さなかった。
和平が杏子の顔を見るまでのほんの数瞬、彼の視線が杏子の胸に向かっていたのを気づいていたのは誰もいない。
「麻雀プリティーさんどうもありがとうございました。続いては……」
杏子が舞台袖に去ろうとするのを惜しむように声を上げる観客もといサクラたち。もっとも彼女は元から学園内では「姫様」と呼ばれている美少女であるため、歓声の全てがサクラではない。
(あの人がそう簡単に頭を下げるわけがなかった……)
観客の興奮とは対照的に、努めて冷静でいようとする明美。彼女が現時点で思いついた策は、直を問い詰めることだけでしかなかった。先ほど惨めに自分の前にさらしていた彼女の姿を思い出しながら。
「今頃教頭先生驚いているだろうなー」
学園の大通りに構えている麻雀部の屋台には舞台の歓声は聞こえてこない。
距離はそんなに離れてはいないのだが、各部とも自分の屋台に客を引き込もうと大きな声で呼びかけをしている。さまざまな屋台に興味の声を上げる来客者。さらには屋台での調理をする音が加わって、大通り自体がまるで一つの生き物であるかのように大きな声を発しているのだ。
だが学園祭のスケジュールは分かる。
凛はそろそろ杏子の出番だろうと、舞台上で起こるできごとを予想して笑みを浮かべたのだ。
「凛先輩。肉まん蒸しあがりましたよ」
通子が凜に負けない笑顔で声をかけると、彼女は真面目な表情になり
「肉まんじゃないでしょ、『イイマン』って言ってちょうだい」
と、通子に顔を向ける。目は相変わらず細い。
「だって、今はまだ肉まんじゃないですか」
通子の言うとおりで蒸し器から出てきたのはコンビニエンスストアでよく見かけるものと全く変わりのない姿の肉まん。
「これから『イイマン』にするとは言え、作る私たちが最初から肉まんって思っちゃいいものはできないでしょ」
そんなやり取りをしている間に。
「あの……、『イイマン』って言うんですか? それを二つ……」
小さな女の子を連れた男性が二人に遠慮がちに声をかけた。
「は、はい。いらっしゃいませ! キャベツ味・ニラ味・水菜味・パクチー味とあります!」
通子が元気よく対応すると男性はメニューを見ながら
「そうですね……、じゃあキャベツ味と水菜味を一つずつ」
「はい、ありがとうございます。二つで六百円になります」
通子の「ありがとうございます」をスタートの合図とした凜は二つの肉まんへ素早く一文字に切込みを入れる。
そして一つの切込みにはキャベツの千切り。もう一つには水洗いした水菜を敷き詰める。
「はい、お待たせしましたー。こちらがキャベツ味と水菜味です」
注文を受けてから男性に渡すまで約一分。調理は何度も練習してきたので、無駄な動きは一切ない。
「あ、ありがとうございます」
すでに通子にお金を支払っていた男性は笑顔で二つの『イイマン』を受け取ると、それを味わうべく休憩所へと去っていく。
この『イイマン』。当初は凜が冗談半分で考えたメニューかと麻雀部の誰もが思っていたが、凜は真剣であった。
凜いわく、肉まんに一文字に切り込みを入れるから『イイマン』なのだと言う。
しかし、ただ切り込むだけでは工夫が足りない。との周囲の突っ込みに対して
「じゃあ切り込みに何か挟んでみよう」
と、しばし考えた後で
「野菜にしたほうがシャキシャキとした食感が味わえていいじゃない? 緑色なら色合いもいいし」
さらに目を細める凜を見て
「緑色を入れるのでしたら『索子』もありますよね。二つあわせて『イーソウイイマン』にしてみたらどうですか?」
三華が索子がメニューにないことを憂い、凜に名称変更を求めると
「そんなの言いにくいじゃない、これは肉まんと『萬子』をかけているのだから、『イイマン』のままでいいの!」
と、凜は拒否をしてしまう。
結局、索子のメニューはできぬまま学園祭当日を迎えているのであった。
そのようなことを思い出しながら、通子は凜の考えた「イイマン」を眺めていると
「ねえ、通子ちゃん。あの女の子が着ている服見た?」
凜に声をかけられた。
「え? 何かありました?」
「あの子ねー。服に緑色をした鳥のワッペンつけていたのよ。小さかったけど」
「ええっ、全然気がつきませんでしたけど!?」
二人に常に笑顔を向けていた通子とは違い、凜が彼女を見ている時間は少なかったはず。
通子は凜の視力に驚きを隠せない。
「あれ、きっと『1』よ。私たちで育てたら将来立派な麻雀部員になるかもね」
「凜先輩……、仮にそうであったとしてもたぶんあの子がうちの学園に来るのは早くて十年後ですよ……」
楽しそうな凜に対して少し困った声を上げる通子。そんな二人の前に二組目の客が現れる。
「あ、いらっしゃいませー。って!!」
目の前にいるのは純と正之助、そしてもう一人の存在。この三人の組み合わせに通子は驚きを隠せない。
直から事前に話を聞いている凜でさえ、この二人が純と一緒だったのは意外であった。




