第三十一話 攻める時はオリているかのように(五)
実行委員長に候補者入れ替わりの口止めを依頼する三菜!
しかし委員長はそれを拒み勝負で決着をつけると言い出した!!
勝負は三菜が「白」を選ぶか否かで決まる!!!
どうなる三菜! どうなる麻雀部!!
「えいっ!」
勢いよく三菜は選んだ牌を表向きにする。
「こ、これは……!?」
「ほう、これは……」
大島の驚きの後で四郎の落ち着いた声。
三菜は牌に触れる際に閉じた瞼を恐る恐る開くとそこにあるのは何も刻まれていない牌。
「は……」
「『白』なのか、松岳?」
重く圧し掛かった責任に力が抜けた三菜の声を大島がさえぎる。
「ああ、これが『白』だ」
四郎は「白」を手にし、大島の目の前に差し出すと
「見ての通り何も無いだろ。真っ白だから『白』なんだよ」
「やったね、色部さん!」
力を戻そうと優子が三菜の肩を叩く。
「そうね……、ありがとう。粟田さん」
陸上をやっている優子の力は強かったのだろう。肩の痛みに耐えながら三菜は声を漏らす。
「と、言うわけでも一つの牌は『白』ではありません。はい、俺たちの勝利っと」
三菜の選んだ「白」と選ばれなかった牌をしまおうとした四郎の右手を大島が掴む。
「おい、松岳。それも実は『白』なんじゃないのか!?」
「え……?」
三菜の肩が強張る。
四郎は苦笑しながら
「おいおい何を言うんだ大島。『白』は一つしかないぞ」
「いや、怪しい。この牌を用意したのはお前だ。お前色部さんがどれを選んでもいいように『白』を二つ置いた。その上で俺が反発することを読んで俺に先行を提案する。違うか?」
食い下がる大島に四郎は苦笑を続ける。
「俺はお前が『麻雀牌を知っている者が有利に決まっている』と言うと思ったから提案したんだが……」
一瞬大島は手の力を弱めるが首を横に振ると
「仮にそうかもしれないが現に俺は後攻を選び。先行の色部さんは『白』を選んだ。しかし公平な勝負ならもう一つも何か確認すべきじゃないのか? コンテストに『公平性』を求めるならばこの勝負も公平にしてくれ! 頼む」
強気ながらも大島の発言が「お願い」に変わったことを知った四郎は大きく息を吐くと。
「確かに大島の言うことももっともだ。それじゃあもう一つが何か見てみようじゃないか」
裏向きの牌に手を触れた。
三菜が選ばなかったもう一つの牌――それは三菜が見たことの無い牌であった。
一見「白」のように見えるが、三菜の認める「白」と違うのは中心部に赤いビーズが埋め込まれていることである。
「た、確かに『白』じゃないな……。こ、これは……何だ、松岳?」
不思議そうに見つめる大島を尻目に四郎は三菜と優子に一瞥すると視線を大島に戻し
「これは『ダイヤのエース』だ」
「ダ……」
「ダイヤのエース!?」
三菜の力無き驚きを大島がかき消す。
「ほら、ダイヤっぽいものが一つ真ん中にあるだろ。だから『ダイヤのエース』なんだよ」
「そうか……、『ダイヤのエース』ならしょうがないな……」
「ダイヤのエース」を手に取り負けを認める大島。
四郎が何を仕掛けたのか理解できないままに、三菜は目的を達成したのであった。
部室に戻った三菜は和平の姿を見るなり
「わへい先輩は麻雀牌に『ダイヤのエース』があるのを知っていますか?」
「えっ、何それ!?」
「ええっ!?」
三菜は和平ならば「ダイヤのエース」の存在を知っている、と尋ねたのであるが、意外な答えに驚く。
「『ダイヤのエース』ってどこで見たんだい?」
「じ、実はですね……」
三菜は大島との交渉が成功したとの報告とともに「ダイヤのエース」についても話す。もっとも別にして話すことができないので当然のことなのだが。
「交渉の後で松岳君に頼んでカメラに収めた『ダイヤのエース』です」
三菜の差し出す携帯の画面を見た和平は「なんだぁ」と安堵の声を上げる。
「わへい先輩、やっぱり『ダイヤのエース』を知っているんですね」
「三菜、これはだな……」
「『白ポッチ』だな」
「『白ポッチ』だねえ」
「『白ポッチ』よ、三菜ちゃん」
和平が答える前に、直・杏子・一香の順で答えが出てしまう。
「えっ、『白ポッチ』ってなんですか?」
三菜は答えた三人のほうへと体ごと向ける。質問をした和平に背を向ける格好となってしまい、彼は思わず苦笑した。
「『白ポッチ』と言うのは、麻雀牌の一つで、リーチ後にこれをツモったら『オールマイティ』として使える牌なんだ。だからリーチ後にこれが来るとツモ和了りできることになる」
苦笑しながらも和平が答えると、三菜は首だけ和平に向けて
「そうなんですか? すごいですね!」
と、感心の声を上げる。
「しかもオールマイティだから、高目安目がある場合、高目の牌としてあつかうことができるのよ」
「つまり『69』待ちで『6』だとタンヤオがつくのになー、って場合『6』ツモったことにすることができるんだね。逆に『9』だと純チャンって場合は『9』にできるんだよ」
「『オールマイティ』だからそういうことができるんですね!?」
一香と杏子が補足することで、三菜は全てを三人に向ける。
「うちの部ではこの牌採用していないから……、色部が知らないのも当然か……」
「うちは全て『白』は普通のモノですからしょうがないですね」
直に和平は合いの手を入れるも
(じゃあなんで清水さんとあん子は知っていたんだ?)
と、心のうちで疑問を浮かべたがすぐに消した。二人ならすでにこれについても調べていると思ったからだ。
「『白ポッチ』……、『白』ということは、つまり……どっちも『白』だったってことなんですか?」
「ああ、三菜がどっちを選んでも三菜の勝ちだったんだよ」
そう、四郎が用意したのはどちらも「白」だったのだ。
しかし三菜には次なる疑問が湧き上がる。
「それじゃあもし仮に……私がこの『白ポッチ』を先に選んで……、後で『もう一つ見せてみろ』って言われた場合、どうなっていたんでしょう? 何も刻まれていない『普通の白』ですよ」
「確かに三菜ちゃんの言うとおりだねえ。真っ白だからどうやってごまかすつもりだったんだろう?」
三菜の疑問に杏子も首を傾げる。
「三菜ちゃんが『ただの白』を選ぶことに賭けていた……? いやそれは危険すぎる。何かウラがあるはずだわ」
一香も考え込んでしまう。
直は三菜の疑問には戸惑いを見せない。おそらく彼女なりのごまかしの方法を思いついたのであろう。
それは三菜の話を最初から最後までちゃんと聞いていた和平も同様であった。
「彼は三菜が『ただの白』を選んだ後で『白と言うのは何も無い牌だ』と言ったんだよな」
「ええ、そうです……」
「そうか……」
和平は三菜の携帯にある『白ポッチ』こと『ダイヤのエース』を見ると
「俺ならおそらくこう言うな。”これには何も刻まれていないだろう。これは『予備の牌』だ。一つの麻雀牌が無くなった時、この牌に失われた牌の模様を刻む。トランプでも一枚何も書かれていないのがあるだろう? それと同じことだ”って」
『白ポッチ』を『ダイヤのエース』と呼ぶのだからおそらくトランプにかこつけてごまかすであろう、と和平は考えた。
「たぶん大島ってヤツが先にどれを選んでも松岳のことだ、そんなごまかしで色部の勝ちになるだろう」
直の補足に和平は大きく頷く。誰が先行か、何を選ぶか関係ない。あの勝負になった時点で三菜の勝ちは決まっていたのだ。
(唯一大島に勝ち目があるとすれば……先に『白』が何であるを聞いておくべきだったな。でもその点もはぐらかされるか)
「どんなこじつけよ! でも……それが一番納得しちゃうわ」
一香は半ばあきれて半ば感心する。
「どうやっても勝つか……、しめじ君もいいところあるねえ。夏にこの部室に乗り込んできた時とは大違いだわ」
「あん子、しめじ君じゃなくて松茸君よ。彼女ができて少しは変わったんじゃないかしら」
「ああ、松茸君か。愛する女性のために頑張るなんて素敵な話よね……」
「いいえ、茸じゃないですってば先輩!」
とてつもない勘違いをしている一香と杏子に三菜が訂正を入れる。そのためか杏子は和平に視線を送り損ねた。
(あの時はどうなることかと思ったが……、委員長の説得に陸上部の彼を引き入れたとは……。すっかり和解したんだな……)
和平はそんな風に三菜を見つめる一方で
(それにしても彼、松茸じゃなかったんだ……)
と、修正を加えるのであった。




