第三十話 攻める時はオリているかのように(四)
「彼か……」
「そう、普段目立たないから俺もあいつが実行委員長だって知ったの一昨日だよ」
三菜の視線の先にあるのは「ミス葵塚学園コンテスト」の実行委員長。予習をしているのだろうかおとなしそうに教科書を目にする姿は特に三菜になんらかの特徴も与えない。
彼と同級生である松岳四郎でさえ印象が薄いのだから、この用事が無ければ卒業まで彼女の記憶には登場しなかったのかもしれない。
だがこちらに用がある以上そのような思いを抱くのは失礼である。
「あなたが大島君ね」
三菜の呼ぶ声に大島は顔を上げた。いきなり同じクラスでもない女性に声をかけられたのだ。顔にちょっと戸惑いの表情が見える。
「学園祭のことで……、ちょっと話があるんだけど来てくれないかな?」
三菜は笑顔を見せながら「愛の告白」と勘違いされないようにと先に理由を述べる。
「え、は、はい……」
少し慌てながらも頷く大島。
「よし、それじゃあ上の空き教室に行きましょう」
教科書を机にしまうと、大島はゆっくりと立ち上がった。意外と背が高いな、と三菜は初めて彼に対する印象を持った。
三人が目的の教室の前に立つと、その足音を聞きつけてか扉が開く。
だがこれは自動ドアではない。中にいた粟田優子が開けたのだ。彼女は決して場所取りのためではなく、今回の用事に必要な存在。
「四郎さん、お帰りなさい」
自分の家でもないのに彼女は恋人である四郎を笑顔で迎えた。
「えーと、それはいつもやっていることなのかな?」
三菜は半ばあきれた声を上げると、優子は自分の失態に気がつき
「あ、えっと……誰もいないので安心して使ってください」
と、顔を染めながら三人を迎え入れる。
「それで話というのはいったい……」
大島が不安げに椅子に座りながら三菜と四郎を見ると
「単刀直入に言うわね、今実行委員会ってほとんど教頭先生の操り人形なんでしょ?」
三菜はオブラートに包み隠さず、言いたいことを口に出す。
「そ、それは……」
怒ることなくうつむく大島。「強く言われても反発できない」と読んでいた三菜の予想は当たった、当初の目論見が旨く行き、彼女は安心して要求を伝える。
「そういうことなのね、それならお願いするわ。これから学園祭まで教頭先生にはあなたたちのやることには口を挟ませないで」
「え!?」
驚きの声を上げる大島に四郎が追撃をかける。
「一回面接をやったにもかかわらず『もう一度面接に来て欲しい』なんて教頭先生の指示だろう? 立候補者を出すのが義務づけられているこっちとしてはそんな中途半端なことは二度として欲しくないんだよ」
「そうです。四郎さんの言うとおりです。いつ『やっぱり予選落ちね』と言われるかハラハラする、わた……、ハラハラする立場の人のことを考えてください」
優子のこの発言に三菜は「優子は陸上部からの立候補者である」ことを確信した。四郎の気合の入れ方から見るに納得のいく結論だ。
(彼女が『ミス葵塚学園』になったら松岳君は鼻が高いだろうな……。ま、勝つのはあん子先輩だけど)
横目で二人を見ている三菜に
「ほら、色部さんも何か言って」
四郎が更なる追撃を促す。以前は「三菜!」と名前を呼び捨てにしていたのだが、彼女ができたので遠慮しているのだろう。「色部さん」と丁寧になっている。
「え、ああ……」
三菜は慌てて視線の先に大島を捉えると
「教頭先生は校内活動において一定の活躍ができる男子生徒しか卒業を認めないのよ? いくら実行委員長と努めたらかといって教頭先生におんぶに抱っこじゃダメよ」
「そうだぞ、独り立ちして教頭先生に心配をかけないようにしなければダメだ」
「教頭先生に立候補者について口出しして欲しくないのよ。あなたたちが選んだ候補者じゃない」
三菜に続き四郎・優子と攻撃の手は緩まない。
二人を見ながら三菜は改めてこの二人に協力を依頼してよかったと思っている。「麻雀部だけでは委員長に怪しまれる」と思い協力できる部を探していたのだ。
しかし三菜には麻雀部以外での知り合いは少ない。彩の友達である詠子が会長を務める「詠唱魔術研究会」は一時期明美のターゲットとされたため、万が一明美にこの動きを知られたことを考えると協力者としては不適切である。
そこで白羽の矢が立ったのが四郎のいる陸上部だった。陸上部なら女性も多く独自に候補者を立てられる(事実陸上部からは優子が出ている)。それに大島と四郎は同級生。
三菜と四郎の出会いは最悪であったが今では互いに恨みは無い。逆に最悪の出会いをしたからこそ何も知らない人間からは二人が密かに繋がっていることを考えないであろう。あくまでも「麻雀部と陸上部が同時に委員長に意見をした」という具合に。
「そ、それは……」
三人の攻撃に大島は何かを言おうとして口をつぐんだ。
実際最初の面接において立候補者が最終的に一人になってしまったのは実行委員が主導だったからだ。
それに業を煮やした明美が落選者から何人かをピックアップして「再面接出場者」とすると同時に別に候補者を募った。
つまりは面接で本選出場者を決めたのは実行委員であるが、そのお膳立ては教頭がほとんど行ったと言っても過言ではないのだ。
真実を知る大島であるが、実行委員長のプライドにかけて言えるわけがない。目の前にいる三人が彼に都合のいい勘違いしている以上、その勘違いを続けてもらうしかないのだ。
もっとも三菜は「明美の計画の対象」となっている麻雀部にいるので真実はある程度知っている。そのために最初から強気で行けたのだ。
「確かに……、俺たち実行委員が決めたから教頭先生の手を煩わせるわけにはいかない……。しかし委員を作った経緯からある程度の報告は義務づけられている……」
「それは『何も問題はない』と教頭先生へ都合のいい報告をしなさい。一時的に嘘はついたとはいえ、それによって得た結果が教頭先生が本来望む結果以上のモノになれば教頭先生は罪に問わないから」
「それは本当なのか?」
大島の身を乗り出した問いに三菜は頷く。本当は確信は持てないもののそこは強気に行くしかない。部長である和平から教わったことだ。
「そうよ、教頭先生は結果的に学園の利益になれば何をしても大丈夫な人なの。だからちょっとの嘘くらいなら見逃すわよ。一例を挙げれば『麻雀部は麻雀プリティーが出ます』とか」
さりげなく三菜は真の要求を入れる。
明美が「コンテストの公平性」を重んじるために「清水一香」名義ではなく今まで一香のみ演じていた「麻雀プリティ」名義で出馬を求めたのを逆手にとって麻雀部は杏子を出馬させた。
杏子であっても明美への報告は全て「麻雀プリティー」名義となる。つまり「麻雀プリティーの中の人」が入れ替わっていることなど明美は気づいていないのだ。
しかし何らかの形で実行委員から「麻雀プリティーは三石杏子さんです」との報告が明美へとなされたら全ては台無しになる。
章三たちが報告と称して一香に麻雀プリティーの格好をさせた写真を明美に送り続けても、だ。
「それは嘘じゃなくて真実だろ?」
「そうね、あくまでも一例よ。もし『麻雀プリティーって誰?』って聞かれることがあれば『麻雀プリティーは麻雀プリティーです』って答えればいいのよ。あくまでもうちは実行委員会の希望通り『麻雀プリティー』名義で出馬しているの。先に誰が麻雀プリティーか分かったら選挙の公平性にかけるじゃない」
ここまで言うと何か麻雀部の弱味を見せているような気がしたので
「それは教頭先生も望んでないことよ。細かいことで教頭先生にお伺いを立てちゃダメよ」
と、補足を入れる。事実なので堂々と言える。
「そ、そうか……それならば問題ない……だが……」
うつむいていた大島は三菜を強く見据えると
「今度は麻雀部と陸上部の操り人形になるってことにならないか?」
と、三菜と四郎・優子が思いもしなかった疑念をぶつけてきたのだ。強気すぎる三人(特に三菜と四郎)の口調に僅かながらも不信を抱いたのだが、不覚にもそのミスを誰も気づかない。
「そ、そんな訳無いじゃない……私たちはあたなたち実行委員が自分の意思で動いてくれればいいだけよ」
「だから俺は自分の意思で動きたいんだよ。君たちの意見を取り入れるかどうかは俺と色部さんとの勝負で決めてもらう。そうじゃなければ俺自身が納得できない」
「し、勝負って麻雀……?」
三菜が即座に思いつける勝負といえば麻雀しかない。
「それはダメだ。俺は麻雀のことなど一切知らない」
「そうね……」
困る三菜に四郎が助け舟を出した。
「それなら俺に任せろ。麻雀を知らない人間でもすぐにできる勝負だ」
そう言いながら彼は二つの麻雀牌を伏せて机の上に置いた。
「この二つのうちどれかひとつが『白』だ。『白』を選んだの勝ち。これでどうだ?」
「そ、そんな簡単な勝負なら大丈夫そうだな……」
二つの麻雀牌を見ながら大島が頷く。
「その前に誰が先に選ぶか決めないと」
三菜がジャンケンをしようとそっと拳を握ると
「ここは麻雀を知らない大島が先行じゃないのか? 麻雀知っている人間が先に選ぶのは知らない人間にとって不利だ。大島もそう思うだろ?」
「ああ……、いや……俺は自分でどうするか決める。色部さんがまずは選んでくれないか」
四郎の提案を受け入れず、大島は先行を譲った。四郎は残念そうな表情を浮かべた。
(え……、二分の一……。どうしよう……)
麻雀を知っているからといって後ろ向きの牌のどれが「白」か判別する方法など知るわけが無い。
(これ触っちゃたらやり直し効かないわよね……。でもやるしかない! 清水先輩と三石先輩、麻雀部ののためにも)
戸惑いながらも三菜自分の感を信じ、手前にある牌に触れて
「えいっ!」
と、表向きにした。




