第二十九話 攻める時はオリているかのように(三)
明美より放たれしスパイであった章三と直樹は和平たちに弱みを握られ、真の麻雀部部員として活動することを誓う。
「これでみんなに私たちの作戦を安心して伝えられるね」
凜が杏子の持っていたカメラから記憶媒体を取り出す。これがある限り元スパイの二人は麻雀部に逆らえない。
「そうだね、私が立候補するなんてみんな知らないだろうし」
カメラを凜に預けた杏子の顔が引き締まる。
二人の言う通りだ、と和平は天井を仰ぐ。凛伝いに直からは黙認されているものの、それ以外の麻雀部員はこの事をまだ知らない。杏子が負けた事すらも。
隠す必要が無くなった今こそみんなには知らせるべきであろう。
目標を一つにして協力して動かなくては明美の策略はひっくり返らない。
「しかし、どこから説明すればいいんだ……?」
部長たるゆえに説明役になるであろう和平は脳内でこれまで事をまとめ始める。
「……二人には悪いけど……教頭先生がスパイを部に入れていたことも伝えなくてはならないわ。逆利用するためでもあるし、私たちの作戦の内容を迂闊に誰かに話さないためにも」
一香が章三と直樹を気の毒そうに見ると、二人は観念しているのか肩をすくめてうつむいた。
スパイは自分が卒業するためにとの行為であり、酌量の余地はあるが、凛への乱暴は完全に二人の暴走である。もっともその点は他の部員には隠しておくことにするが。
「さて……、今日のミーティングは反撃への決起集会だな」
廊下、そして麻雀部部室へと続く扉を見ながら和平が気合の入った声を出す。
「そうね、麻雀部のみんなはこの作戦に絶対ついてきてくれるよ」
一香はそんな和平を見上げて勇気を与えるのであった。
ミーティングは和平と一香の予想通りとなった。いや、いい意味でそれ以上の結果となった。
当初の予定なら「ミス葵塚コンテスト」の立候補になっていたはずの通子が手を挙げ
「どうせなら立候補するだけではなくて当選して『ミス葵塚学園』になっちゃいましょうよ。私たちがミスコンテストに積極的に動いていると知れば、教頭先生も安心するんじゃないですか」
「なるほど、嫌々やっていたら怪しまれるかもしれないからな」
直が感心した声を上げると通子は
「ま、正直教頭先生への意趣返しというか仕返しですけどね」
「でも……具体的に何をすればいいのでしょう? あん子先輩のポスター作るわけにもいかないですし……」
「そんなことしたら教頭先生にバレちゃいますし、コンテスト的にも違反でしょ?」
純がこの作戦の問題点を述べると三華も同調する。もっとも二人は作戦自体に反対しているわけではない。
「それなら明美……、いや教頭自ら解決策を示してくれている」
「え、別に教頭先生うちの部室に来ていないですけど?」
直が苦笑しながら答えると正二は思い当たる節がないと首を傾げる。
「教頭は来なかったけど、昨日うちの部に助けを求めに来た部があっただろう」
「確かに『うちは女性がいないから』と……、『サバイバルゲーム部』とあとは……」
彩がもうひとつの部を思い出そうとしている中、直は答えを続ける。
「その通りだ二盃、立候補者を出せない部は三石支持つまり相乗り候補とさせる」
明美が一香の当選確率を高めようとするために思いついた制度「相乗り候補」を利用しようとするものであった。
杏子が「麻雀プリティ」としてミスコンテスト本選に出場が決まった翌日。麻雀部は動き出す。
「ねえねえ乃木曽君。君の部からミスコンテストに立候補した人いる?」
同級生の男子生徒に笑顔で尋ねるのは彩。
「いや……、うちの部は女子がいないから……」
彼は苦笑しながら彩の問いに答える。
「それならうちの麻雀部の候補者を一緒に推さない? 候補者を出せない部は、候補者を出せる部と相乗りすれば大丈夫なんだって」
「ええっ、そうなの!?」
自分の部に降りかかる難問を解決する手段を見つけたことに乃木曽の目が輝く。
「誰が立候補するかは今の段階では言えないけど……。もしこの話に乗ってくれるならうちの部に来てくれないかな? あ、もちろん誰が立候補するか分かっても君の部以外の人に言っちゃダメだよ。選挙違反で落選が決まっちゃうから」
表向きは違反を恐れるためではあるが、それ以上に一香が立候補していると思い込んでいる明美を騙し続けるという真の理由がある。
「うん、分かった。部長に相談しておくよ」
「よろしくね」
部室に向かう乃木曽に彩は手を振って見送る。
その日のうちに乃木曽の所属する「男子書道部」は麻雀部への相乗りを決意する。
放課後、代表として麻雀部を訪れ、杏子が立候補することを知った彼は
「姫様が立候補するなんて……! みんなに言いたいけど言えないこのもどかしさー!!」
と、叫びながら机を激しく叩く。
杏子が立候補しているとは文化祭当日まで言えない。仮に言ってしまっても杏子とは同じ部ではないので信じてもらえないであろう。
「証拠を見せろよ、証拠を!」と迫られても、彼女を支持する者として手に入れた必要資料(つまりは証拠)はその日までカバンの中に隠しておくしかない。
「やっぱりあん子って結構人気あるんだな」
叩かれる机の音を心地よいリズムとしながら和平は杏子に尋ねる。
「森君は……私を最初に見たのが一香といるときの私だったからねぇ……。最初っから『姫様』って認識無いんだよね……」
(確かに『姫様』って思っていたのはあん子と会う前で……、会ってからは本人の希望があったとはいえそう思うことは一度も無かったな。麻雀部外の人間は『姫様』って反応だったし俺も『執事』扱いだし)
記憶の糸を手繰らせながら和平は杏子に質問を返す。
「そうだな、あん子の言うとおりだ。でも別に『姫様』のあん子は猫被っているわけじゃないだろ?」
杏子は口を尖らせながら和平を見上げると
「猫は被っていないよ。ほら、公の場と親しい人の前では見せる態度や顔が違うでしょ。それと同じことだよ」
「うん、分かっているよ。まあだから彼の反応が……って!!」
笑顔で応える和平だったが直後に顔がゆがむ。
杏子が彼の足を踏んでいるのだ。和平を見ている少し悲しそうな表情をしているがしばらくしていたずらっ子のような笑みを浮かべると
「いや、なんか……この流れで言うと森君が普段の私だとあまり人気無いように思っているようで少し腹が立った」
それだけじゃないようにも思えたが、和平は
「そんな……『それだけ互いに親しい人同士』って意味での『分かっている』だったのに……」
と、わざと悲しげな顔をしながら
「麻雀部のあん子も十分魅力的だよ」
内心本気のフォローを入れる。しかし
「!!!」
激しく杏子に足を踏まれる和平。今回の彼女は少しイラつきに困り顔である。乃木曽の前で姫様らしくない振る舞いであるが、彼は彩の選挙運動についての話を聞いているので気がついていない。
「そういうのはもっと言うべき相手がいるんじゃないのかな?」
小声で囁く杏子。
「え……?」
そう言われても瞬時に誰のことか理解できなかった和平は辺りを見回す。視界に入ってきたのは嫌そうな顔で「麻雀プリティ」の格好をしている一香。
和平の脳裏から足の痛みが消える。もっとも一香が和平の視界に入ったと確認した杏子が彼の足を解放していたのだ。まるで一香が正解と言わんばかりに。
明美のスパイであった章三と直樹は定期的に麻雀部の状況を彼女に報告していた。
その様子を凜に見られたことで正体がバレたのであるが、明美にそれを悟らせないためにも定期報告というスパイの活動は続ける必要がある。
今回の報告内容はコンテストに立候補のため「麻雀プリティ」になった一香。もちろんコンテストにおいてこの格好をするのは彼女ではなく杏子。だがそれを明美に知らせてはならない。
一香が嫌そうな顔をするのも「不本意ながら麻雀部のために立候補することとなった」と明美を欺くため。その表情を見た上で周囲が一香の思いとはウラハラにコンテスト当選に動いていると彼女が知れば、「麻雀部は一香を将来を犠牲にして動くことを決めた」と勝手に思い込むであろう。
なぜならそれは、明美が一番望んでいる展開なのだから。
その頃三菜は
「ああ、彼が……」
反撃を成功させるため、ある人物の説得に動いていた。




