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どう打つの?森  作者: 工場長
東一局・麻雀部創めました
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第七話 姫様が参られる

 部員が四人になったところで、部員集めは一時中断せざるを得ない状況になってしまった。

 葵塚学園は進学校であり、当然ながら定期テストも存在する。大学は存在するが、簡単にエスカレーター式に進学できるわけではない。定期テストもしくは部活動の成績が考慮される。

 その定期テストの一つ、学年末テストが来週に迫っていた。

 和平にとって定期テストの成績など卒業条件である麻雀部員八人と比べて大した事無いように見えるが、学生の本分は学業である。テストの成績があまりにも悪すぎると部長としての威厳に関わるし、それに何より校長が動いて部長を解任される可能性もある。そうなっては卒業などほぼ無いも同然だ。


「学年末テストに向けてこの部室も麻雀部員のための勉強部屋とするので麻雀をやるのは禁止だよ」

 直が卓から麻雀牌を取り出し、ロッカーの中へしまおうとすると

「麻雀の勉強はダメですか?」

 と清水が真剣な表情で手を挙げた。

「うむ……、テストに支障がなければいいが……」

 直が体を卓のほうに向けて考える。

「麻雀も頭の体操するのに必要ですよ、勉強ばっかりで萎えた頭の切り替えにもなるし」

 通子がもっともそうなことを言って直に翻意を促す。

「一日のうちで決められた一時間だけ、麻雀ができるって決まりはどうでしょう?」

 部長として和平が部員を代表したつもりで発言をする。

「うむ……、そこまで言うのなら、顧問として君達を信頼しようではないか」

 直はしまおうとした牌を戻し、一組を卓の中へ入れた。

「そうと決まったのならやろうぜ!」

 正二が待ってましたと卓につくと

「いや、やりたい時にやるってだけだから」

 と、和平は教科書を開いた。

「そうですよ、今はまだ勉強に頭を使いたいんです」

 通子はシャープペンシルを持って、ノートと睨めっこしている。

「……、清水さんは?」

 正二は哀れみの目を一香に向けた。最初に直に麻雀禁止をやめるよう訴えた彼女だ。きっと今も麻雀がしたいに違いないと考えたのだ。

「ごめんなさい、私実戦じゃなくて勉強したいから……」

 と、一香は本を取り出してページをめくった。

(この前も読んでた本だな『実践麻雀入門』か……あれも彼女が自分で探したんだろうな……)

 一香の麻雀に対する真剣さを再認識した後で、和平は思い教科書に視線を戻す。

「うんうん、みんな勉強しているならあたしはテスト問題作りに職員室行くか」

 直は感心した顔で頷いて部室を出て行った。麻雀ができない正二は落ち込みながら直の後に続いた。

 部室の中は和平・一香・通子の三人の世界となった。

 和平は時おり一香に「わへい君」と麻雀の事を尋ねられ、通子には「先輩ー、これー」とノートを見せられる。そのたびに和平は一つ一つ答えていく。

(うーん、なんかせわしないけど……、可愛い女の子二人に頼りにされているのだからいいか。教えるのも自分の勉強のうちになるだろうし)


 一時間ほどして部室の扉が開かれた。三人は直か正二が戻ってきたのかと視線をドアに向ける。ところが入ってきたのは予想と違う人だった。

「一香ー、今日も麻雀なのー?」

(……な、なかなかの美人……)

 茶色に染めた胸元までの髪をさらりと揺らしながら入ってきた女子生徒の顔は、すらっとした鼻筋に大きな目、下唇も少し大きい。そして背も高い。和平よりも何センチか上回るだろう。足元を見れば普通の上履きなので、ヒールで底上げをしているわけでもない。

(も、もしかしてこの人は……、噂の……)

「姫様?」

 通子が和平より先に呟いたが、姫様には聞こえなかったようだ。

「通子もそう思うか?」

 和平が小声で通子に尋ねる。

「そうですよね、先輩。あの方は噂の姫様ですよね」

 ところが一香は姫様の登場にも驚かず。

「あれ、あん子じゃん。どうしたの?」

(あ、あん子!?)

 と、姫様のイメージとは程遠い名前を呼んだのだ。

「えーっ、もうすぐ学年末テストだから一緒に勉強しようと思って探していたんだよ」

「えっ、清水先輩と姫様って仲良しなんですか?」

 通子がノートで口元を隠しながら小声で和平に尋ねる。

「いや、俺もその話を聞いたのは初めてだよ」


 姫様の噂は和平も聞いたことがある。――学園内でかなりの美女でありその上スポーツも学業も優秀、なおかつ性別問わず誰からも憧れの的とされていて、みんなから「姫様」とあだ名されている女子生徒がいると――。

 まさに才色兼備という四字熟語が似合うその彼女が目の前にいて、「あん子」と呼ばれているのは和平と通子にとって驚きだった。

(立花先生に『テストやらなくていい!』って言われても俺はこんなに驚かないぞ!? あ、いやとりあえずこの状況をなんとかしよう。一応ここは麻雀部の部室で俺は部長だから……、その点は姫様に認識させとかないと)

 と、決意するも二人に対して申し訳なさそうな言い方で割って入る。

「えーっと、ひ……、あん……、いや清水さんの知り合い?」

 二人の親しげに話している様子を見て、姫様に対して「姫様」と「あん子」どちらの呼び方も憚られるような気がなんとなくしたので、言い方を変えてみる。

「ああ、いきなり部室に入った上に話しちゃってごめんなさい。あたしは三石杏子みついし きょうこ。一香からは『あん子』って呼ばれているの」

 姫様が笑顔で丁寧に和平に謝った後で自己紹介をする。自分で自分を「姫様」と言わないのは当然のことか。

「そうだね、あん子とは一年生からの仲良しだから」

 一香が和平に彼には一度も見せたことの無い和やかな表情で答えると

「杏子は『あんこ』とも読めるから一香が勝手に『あん子』って言い出したんだよね」

 勝手に名前をもじったあだ名をつけるのは一香の癖なのだろうか。

 彼女に「わへい」と呼ばれている和平はそう思うと同時に、これは姫様を麻雀部に入れるチャンスなのではないのか、と部長として当然の考えを浮かべた

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