第二十一話 助けてください
「森部長さん」
不意に自分の名を呼ばれたことに和平の動きは止まる。
しかし、目の前は塩や砂糖の袋ばかり。
「あなたは確かフードパークの……」
一香の問いかけで和平の脳裏に声をかけた人物が浮かび上がる。自分たちが行くといつも出迎える赤い眼鏡の店員。
「あなたたち……麻雀部なんですってね」
彼女は店でいつも見せる笑顔をここでも見せた。
【同時刻・葵塚学園麻雀部部室】
凛はドアの外に何者かが立っているのを気配で感じていた。
さっきも誰か来ていたようだが、他の部員の作業と行動を見ていたため、ドアを見ることはなかった。
しかし、こうして室内を見ていたことは麻雀部の今後にためになると信じている。
だが外にいる人数が多くなってきているようだ。
「あれ? 誰かうちにお客さんですかね?」
彩がふとドアを見る。凛としてはこれ以上無視できない。
「まったく……用があるなら堂々と入ってくればいいのに……」
彼女はため息を吐きながら立ち上がる。同時に携帯電話がメールの着信を振動で知らせる。
メールならば後でもよいと、凛は顔を引き締めて――それでも笑みは忘れずにドアを開けた。
【同時刻・葵塚学園廊下】
凛への送信が無事に終わったのを確認すると直は職員室への歩みを再開する。
明美からの仕事は放り出せない以上、凛に託す事が悪あがきかもしれないが状況打開のための一つの望みであった。
そして彼女の予想通り自分が動ける時間はさらに削られる。
「立花先生、助けて下さーい」
直を呼び止めたのは藍と白のボーダーシャツがはち切れんばかりに筋肉に満ちた色白の男性教師。
「あなたはラグビー部の……」
「はい、金轟でーす」
北大西洋に浮かぶ島国出身のハーフ。カーンコーレ・金轟は、挨拶は声を張り上げていたものの、後は身の丈には見合わない弱々しい声で
「我が部の危機を立花先生のお力で……」
と、直にすがってきたのだ。
「一体どうしたのですか……」
普段陽気な金轟の様子に戸惑いながらも直は声をかける。
「全てはミスコンのせいでーす」
ミス葵塚学園コンテストは参加人員確保のために全ての部やクラブに参加を求めていた。
しかしラグビー部は立候補者を出さなかった。……いや、出せなかった。
「うちの部はマネージャーも含めて全員男なのでーす」
最初は実行委員会に何も言われなかったのでやり過ごせると思っていたところ、つい先ほど明美から直々の呼び出しを受けた。
「教頭が言うには『候補者不足のため、改めて誰か立候補をさせるか、どこか本選までに残った所と統一候補として参加しろ』とー……。さらに『困ったことがあれば麻雀部の立花先生を頼ればいい』とーも……」
(待て待て、それって……)
直が答えを脳内に浮かべる前に
「あまり大きな声で言えませんがー。麻雀部は本選に進出したのでしょーう? ならば教頭が『頼るように』と言うわけがないでーす」
確信を得たように呟く金轟を見て直は思わず
(組織票じゃないか……!)
と、舌打ちをする。
「立花先生怒ってますかー!?」
「あ、いえ……驚いたときの癖で……」
慌てて金轟の問いを否定する直だが内心では大当たりである。
女子部員が一人もいない部やクラブはラクビー部のみとは限らない。無理矢理新しい部を作ったために女子生徒が入りにくいまたは絶対に入れないのも存在する。
仮にそれらの全てが麻雀部の候補者に相乗りすることになったら相当の票を得る。
本選出場者が今現在一人だが、復活候補者が一香の他に(と、言っても麻雀部としては立候補させる気は無いのだが)もいれば、票は確実に割れる。現に直が再出馬を促す候補は麻雀部を除いても一人いる。
この一人と麻雀部への再出馬要請は直を足止めさせるための明美の策略で、その裏で彼女と実行委員は多くの人に再出馬を呼びかけているかもしれない。
もし候補者が乱立した場合、組織票の多さがモノを言う……。
(明美め……、清水を当選させようと弱みのある部を利用したか……、こうなっては『立候補しない』という選択肢は使えない……)
この選択肢を用いることは頼ってきたラグビー部を見捨てることになってしまう。
「……分かりました。私でよければ力になりましょう」
直は内に潜めた怒りを悟られないように微笑んだ。
立候補が回避できない以上、自分には金轟の願いを受け入れる以外の索はない。
(後は凛と森たちが上手い方法を考えてくれれば……)
激しい苛立ちと、喉の渇きを覚えながらも直は微笑み続けた。
【同時刻・葵塚学園麻雀部部室再び】
廊下に立っていたのはかつて筑波山で見た迷彩服に身を包む数人の男たち。だが視界の端に一人だけ制服姿の男子生徒もいる。
「あれ? あなたたちは……?」
凛は自分なりに驚いた目をしている。しかし向かい合う者にとっては、ただの細い目にすぎない。
「私は『サバイバルゲーム部』部長、宇田川洋一であります。ここにいるのは、『男子鉄道研究部』の北海九州男であります」
「ど、どうも……」
紹介された男は気弱に頭を下げる。
(先に“女子の”『鉄道研究部』があるから苦肉の策か……)
これも新たに部を作るための方便。と、心の内で凛は呟いた。
「それで……二つの部がどうしてここに?」
「それは……」
洋一が口を開く。話す内容は金轟が直に言ったのとほぼ同じであった。
「ええっ!?」
作業に気を取られていたため、プリントの存在を知らなかった凛や麻雀部一同は驚きを隠せない。
しかも洋一は金轟が言わなかったことを口にしたのだ。
「教頭先生がここだけの話、と我々に打ち明けてくださったことによると、『麻雀部は麻雀プリティが本選出場を決めた』と聞いています。かつて筑波山で私たちがした貴部へのご無礼に対する恨みがあるやもしれませぬが……是非そこを曲げて貴部の候補を我らが部の統一候補に!」
「えっ!? ええっ?」
凛は自分なりに驚いた目をしている。しかし相手にはただの細い目にしか見えない。
麻雀部はすでに通子が面接に落ちている。それを知る凛にとって、いや麻雀部の誰もが洋一の言葉など寝耳に水だ。
(それなのに本選出場? しかも通子ちゃんじゃなくて一香ちゃんが……?)
カーンコーレ・金轟が公平性を重んじて口にしなかった一言、つまりは洋一の失言とも言える行為が凛の対応を鈍くさせる。
(これも彼らの作戦……?)
凛が直のメールを読むには更なる時間を要するのであった。
【同時刻・葵塚市内】
「え、ええ……私たちは葵塚学園の麻雀部ですが……」
一香が和平に代わって答えると、勝美は既に知っていたのであろう。当然のように頷いて
「そうですよね……ならば森部長さん、私と麻雀で勝負しませんか?」
微笑みながら勝美が懐から取り出したのは、明美が妹たちのためと購入したゲーム機であった。




