第十三話 最初の動機に悪はない
太陽が遥か西に見える山へと入ろうとする頃、麻雀部部室では最後の客が席を立とうとしていた。
「今日はどうもありがとうございました。麻雀楽しんで頂けただけではなく、私個人の相談にも乗ってくれて……」
部員を代表して頭を下げるのは麻雀プリティこと一香。
昼前に小学生から受けた無邪気な発言に心を痛めた彼女であったが
「いや、私は私の思うまでを言ったまでで……」
と、照れながら一香に声をかける最後の客――魅国正之助――に励ましの言葉を受け、多少は落ち着いていた。
「何度も言ったけど……私も人とは違うことしてきたから多くの人から批判や疑念の言葉を投げられてねぇ。でもやっぱり決めるのは他人じゃない、自分なんだよ」
麻雀を打ちながら一香の悩みを聞いていた正之助は彼女に自分の過去を重ねたのだろうか。
「魅ぃちゃんのお婿さんも人とは違うことしていますね」
正之助をこの麻雀部へと連れてきた純が楽しそうに彼に皮肉を言う。正確には言った純も言われた正之助も皮肉とは思っていないだろう。
「ははは、そうだねぇ……自分の娘の進学先なのに、今日も釣りのことしか考えていないんだからねぇ」
笑いながら正之助は和平と杏子の方を見て
「君たちも頑張りなさい。また彼女が挫けそうになったら仲間としてしっかりと支えてくださいね」
皺を大きく緩める。
「は、はいありがとうごさいます!」
何か使命を与えられた、と思いはっきり返事する和平に対して
「あ……ありがとうごさいます……」
杏子はどこかぎこちない。
正之助は杏子の微妙な心の揺れを感じたのか彼女の方へ体を向けると
「自分も仲間も皆悩んでいる時は……こういうパッと来た年寄りの方が案外役に立ったりもするんですよ」
「……あん子、そんなに気にする事無いって。あのお爺さんの言うことも一理あるよ」
正之助が去った後、和平は杏子にしか聞こえない程の声で彼女に囁く。
「それは……私も頭では理解しているんだけど……」
杏子も小さい声で返す。
「私、何の役にも立ててないなぁって……」
「何言っているんだ、屋上で落ち込んでいた清水さんが部室に戻ったのはあん子のおかげだろ?」
杏子は口を尖らせながら和平に目をやり
「それは……私一人だけじゃないでしょう……」
少し咎める口調になる。
「それに……」
「……二人とも、今日は心配かけてごめんねー」
二人の会話に気が付かない一香。杏子の言葉を遮る形でお礼を言う彼女には屋上での面影はが全く見えない。
それを見て杏子は自分が悩んでいるのはよくない、と思ったのであろう。
「ほんとだよー、すっごく心配したけど、すっかり元気でよかったよ」
と、思いっきり一香の頭を撫でた。一香は顔を赤らめると
「な、なんか……あん子にそうされるの久しぶり……」
声が少々上ずる。
「魅ぃちゃんは私の見る限り悪い人ではないので大丈夫ですよ」
純が卓掃をしながら呟くと、和平は
「そうだな、一時はどうなるかと思ったけど、あの人のおかげで無事に終わることができた」
と、改めて心の中で正之助にお礼を言う。
前々から一香の進路については彼女自身から話を聞いており、何かの折には力になると心に決めたものの、こうなってしまった事を防げなかった自分に対して不甲斐ないと思う気持ちは杏子と同じく和平にもある。
一香が屋上から戻ってきたのだって、和平と杏子の二人で落ち込んでいた彼女をなんとか説得して部室へと連れ戻したというのが真実だ。麻雀部のためとはいえ強引だ、と一香に責められても否定はできない。
三時過ぎに正之助が来て一香は元気になった。本当に結果がよかっただけだ。
しかしこれが元で自分が落ち込んでしまってはいざという時一香の助けには成り得ない。強引であってもあれでよかったと和平は信じる事にした。
(味方とはいえ、いつも耳障りのいいことを言っているだけでは本当の助けにはならないから……)
「みんなー、手伝えなくってごめんねー」
廊下から凛が顔を覗かせる。彼女は部員であるも大学生ゆえに今日は不参加だったのだ。
「その代わり、友達に頼んで来年からスタートする麻雀部のポスター案を作ってきたよー」
凛はデータの入っているUSBメモリを見せると、部室の中を見回し
「……って、あれ? 先生は?」
「……立花先生ならさっき職員室に行ったまままだ戻っていませんけど……」
純が代表して答える。
「そっかー、それまで麻雀しながら待たせてもらうわ」
いつも細い目を更に細めて凛は微笑んだ。
――葵塚学園・職員室――
自分の席に座りパソコンを開いて今日の報告書を書こうとした直であるが、タイトルを書いたところで気が乗らないことに気がつく。原因は分かっている。
こういう時は少し外に出ようと喫煙室へと足を運ぶ直。行くべき方向から明美が西日を受けながら歩いてくるのに気がつく。
「立花先生、今日の麻雀部はどうでした?」
「どうでしたって……」
まさか「小学生に清水が凹まされました」なんて言えるわけが無い、特にニコニコと笑顔を浮かべる明美には。
「何か問題でもありませんでした?」
「いや、無かったな」
直の返事は早い。詳細まで求められると正確さに欠けるが、結果だけを見ると問題は起きていない。だから全くの嘘ではない。
「……そうですか。麻雀って偏見とかあるからその点大丈夫だったかなーって思って」
直は余裕の表情の明美が一瞬戸惑いを見せたのを見逃さなかった。
しかし、なぜその表情を見せたのかまでは分からない。麻雀に対する偏見は確かに明美の言うとおりある。その点を突きたかったのではないか? と考えてみる。
「まあ……、偏見のある奴は最初から来ないだろうよ」
これ以上明美と関わりたくない直はその場を切り上げようとしたが
「そうですか……、まあいいですわ。報告楽しみにしていますわね」
迫ることなく余裕の明美を見て、直は嫌な予感がした。
(まさか、あの小学生……。いや、いくらなんでもそこまでは……)
一香を傷つけた小学生の言葉が、明美の妹が示唆した事により放たれたものだとは直は気づけない。よって直の「問題ない」が正確ではないことを明美が後で知ることも、考えの範疇に無い。
もしかしたら小学生に対し何らかの関与はあるかもしれない。だがそう思ってもここで問い詰めるわけにも行かない。
それは確固とした証拠が無いから。そして明美とは問題を起こしたくないから。
あの日、校長が直に告げた事が現実のものになるためには周囲に対して――特に明美に対しては――余計な波風は立たないほうがいい。もっともその気になれば向こうから起こすであろう。
だが、直は一つだけ明美に聞いて見ることにした。
「なあ、明美……。お前はこのいつもこの学園のことを考えて行動しているよな?」
明美はその質問を受けて真顔になる。
「当たり前じゃない。それが私がこの学園にできる恩返しよ」
「うん、お前ならそう言うと思ったよ」
何か裏でやっているとは思うが、これがあるからとことん彼女を嫌いになれない。校長が彼女を信頼しているのもそのためだ。
(やはり私がトロッキーならあいつはスターリンだな)
やり方は違えどどちらも学園のためを思えばこそ、故にこちらから波風は立たせたくは無いのだ。
それが麻雀部と葵塚学園・一香と明美のためにとって良いことであると信じて――。




