第五話 白いアザラシはさすがにいないと思った
麻雀部のミーティングは正二の意外な一言から始まった。
「筑波の合宿所が手違いで参加者がいっぱいだったのに許可してしまったので、お詫びにワンランク上の河口湖に変更にした、ってさっき廊下で会った教頭が言ってましたよ」
「お、おい九断、その話は本当か?」
初耳な情報に直は戸惑いながら尋ねる。
「ええ、河口湖でも麻雀卓は置いていいと……」
「でも……どうして今になってそんなことを……」
凛が彼女なりに目を大きく見開いていると
「なんでも謹慎処分が降りなかったことを受けて、『詠唱魔術研究会』が筑波の合宿所を申請したみたいです。だけど、本来その枠が埋まっているのにオッケー出してしまったって話です」
正二の話を聞いて和平は昼休みの詠子からの言葉を思い出す。
「森さんのおかげで、また筑波山へ合宿に行けます。一緒になれるといいですね」
その時、和平は
「俺たちも筑波山に行くこと決まっているから」
と、笑顔で答えたが皮肉にも詠子の申請が麻雀部を筑波山から河口湖へと移すことになった。
「まあ……『詠唱魔術研究会』は学校の都合で急に状況が変わりすぎたから……引け目を感じて『筑波山はいっぱい』って言えなかったのかな?」
杏子が自分なりの見解を述べる。
「彩ちゃんも心配していましたから……」
三菜の言葉に彩は
「そうだよー、もう安心しだけど」
笑顔になる。
和平の右隣に座る通子が さらに隣の一香に聞こえないような小声で
「ひょっとしたら麻雀部が河口湖の合宿所になったのは、私たちへの細やかなお礼かも知れません」
「事態収集に貢献したから、ってこと?」
和平も小声で返事をする。しかし彼自身イマイチ「成し遂げた」と言う実感が湧かない。
「……さっきから何をコソコソ話しているの?」
一香が怪訝な表情を和平と通子に向ける。
「あっ、いや……河口湖って言えば富士山だよねって」
「そうです、清水先輩。樹海とかあるよね、って」
和平と通子が適当に答えると
「嫌ーっ! 樹海、お化け!?」
彩の悲鳴が聞こえてきた。
「樹海以外にもいいところはあるのですが……」
純が苦言を呈す。
「……だから小声で……ね」
と、心の中で彩と純に詫びながら和平は一香に少々口元が引きつった笑いを見せる。
「うーん、ちょっとそれを話すタイミングじゃ無かったかなぁ?」
一香は首を傾げながらも納得したようだ。
ほっと、胸を撫で下ろす和平と通子。
「詠唱魔術研究会」から退学者が出たことで、所属していた部としての責任が問われていたが結果として回避された。
これは学園全体には知れ渡っているものの、裏で麻雀部が動いていたのは知られていないし和平と通子としては知られたくはない。身内ならばなおさら厄介ごとに巻き込みたくはないのだ。
「……教頭が言っていたのはそれだけか?」
直が少し苛立ちを見せながら正二に尋ねる。
「え? えっと……」
その僅かな機嫌の悪さを察した正二が記憶の糸を辿る。
「あっ、そう言えば『別に他に考えがあるならいいんですが……』と最初に言ってから……」
彼は教頭の言葉を伝える。
――オープンキャンパスでも「麻雀プリティ」やったら来年部員増えるんじゃないですか? いや、ひょっとしたら……今すぐ入りたい人はいるかもしれませんよ?――
「……と、教頭自身あの動画がすごく気に入ったと笑顔で言ってましたね」
「……あ、そうか……私たちオープンキャンパスについて話しているんだった」
正二の話に杏子がこのミーティングの主旨を思い出す。
「そうでした、正二君が関係ないことを言うから話題がオープンキャンパスから合宿に変わっちゃったのです」
純が正二を咎めるように見る。正二は慌てながら
「ち、違うよ! オープンキャンパスについて教頭が意見を言っていたのを俺は言おうとしたけど、どうやって話を切り出せばいいか分からないから、合宿の話を先にしたんだよ!」
「合宿所グレードアップの手配までしてくれた上に、オープンキャンパスの企画についてヒントをくれるなんて至れり尽くせりですねぇ……」
三菜が感心の声をあげると
「詠子ちゃんの部についても親身になってくれたから、きっと教頭先生は新しい部に優しいのかもしれないね」
彩も教頭の肩を持つ。
「……と、言うことは色部と二盃は『麻雀プリティ第三弾』でいいんだな……」
「ええ、他の生徒たちからしてみれば今まで映像の中でしか居なかった『麻雀プリティ』に実際に会えるなんてすごいじゃないですか」
直の問いかけに三菜は笑顔で頷く。オープンキャンパスに来る人は来年学園に入ることを考えている人なので、今までの「麻雀プリティ」を見ていないことに気づかない。
直はそのことに何も触れぬまま一香を見て
「……清水はどうする?」
「え、私は別にお役に立てるのならば構いませんよ」
一香は深く考えずに賛意を示す。
「よーし、部室では私も思いっきり麻雀しちゃって部員を勧誘しちゃうよー!」
麻雀部を癒しの場としているため、部活動ではあまり人前に出ない杏子にも気合が入る。
「動画によって麻雀部の印象が変わっているので、もう一押しすれば部員も増えるでしょうね」
和平も深く考えずに頷く。
他の部員も反対意見は無かった。最後に凛が
「みんながそう言うのなら……」
と、少々消極的であったが。
「……うん、皆の総意であるならばオープンキャンパスでは三度『麻雀プリティ』に登場してもらおう。今日はここまで、後は自由!」
そう言うと直は安堵と腹立たしさが混じった複雑な顔を見せながら、何か用事があるのか素早く部室を後にした。凛も
「私はテストが近いので、勉強させてもらうよ」
と、手を振りながら部室を出る。
そんな凛が閉めた扉を眺めていた和平の中に一つの謎が浮かび上がる。いや正確には”正二に聞きたいこと”である。
「ところで正二、一つ聞きたいのだが……」
「なんすか、部長?」
「教頭ってどんな顔していたっけ?」
「はぁ!?」
呆れた声を上げる正二。
「教頭の顔になにかあるの?」
一香が和平に疑問を投げると
「いや……、教頭とは一番最初の日に会っただけだから顔を覚えていないんだよ。これからいろいろ会うこともあるだろうから、そんな時教頭が誰だか分からないと大変だろ?」
それを聞いた正二は呆れ顔を元に戻して
「えーっと、緑色の眼鏡と……」
「み、緑色の眼鏡だって!!」
正二の回答の途中ながら和平は驚いて、机を叩きながら立ち上がる。
「赤眼鏡と黄色眼鏡のほかに緑眼鏡もいるのか!?」
(きっと、赤と黄色と顔はそっくりなはずだ!)
最後まで聞かなくても和平の頭の中で教頭の顔はしっかりとできている。
「せ、先輩。どうしたんですか!?」
通子が心配そうに和平に声をかける。
「ああ、ごめんつい……」
和平はみんなに三人の眼鏡の話をした。
「……それって単純に三姉妹ってことじゃないの?」
杏子が最もな考えを述べる。
「葵塚学園に勤める教頭先生の家族の方が同じ市内で働いているのはなんらおかしくは無いですけど……」
純も杏子の意見に対して後押しをする。
「姉妹だから顔が似ているのは当たり前だよね、似すぎているから眼鏡の色で区別しているんじゃないかしら」
一香は眼鏡の違いについて推理する。
「そ、そうか……三姉妹か……」
頭を掻く和平の脳裏にはある光景が浮かんでいる。
(つまり……教頭の家から聞こえてきたのは姉妹の声か……、二人で教頭を待ちながら楽しく話をして……、教頭も後から加わって家族団らんと……)
家族団らんに対して否定はしない。家族でそれぞれ今日何があったかを話し合う――自分が実際に”やってる・やらない”かは別として――いいことだと思う。
(ひょっとしたら白い猫か白い犬が混じっているかもな)
その光景に微笑ましさを感じた和平は、笑いを見せまいと必死だった。そのことに必死すぎた。




