第五話 最初からやらかしている
清水一香の最初の麻雀。後には和平が着いているが、これは闘牌後に彼女の打ち方について評価するためであり、決してその場で何をどうするかの指示をするためではない。
(聞かれても教えないけどね。まあ自ら参戦希望した清水さんだから俺を当てにするつもりはないだろうし)
サイコロで一香の山が割れるが、ドラの表示も一香は戸惑うことなくする。
(そこまで調べたのか!? ……えーっと、ドラ表示牌は「赤五」だからドラは「六」か……)
山から牌を取るのはちょっともたつきを感じるが、その点はやはり初めてであることを考慮せねばならない。
六順目にして通子が
「よーし、先輩がいないから私の勝ちです、リーチ!」
と「(6)」を切ってリーチをかけてきた。
正二と直は通子の現物を切る。
そして一香のツモ番。
(あっ……!!)
和平は今の感情を声や表情に出さないように必死になる。
「では……、追いかけのリーチです」
一香はツモった「(4)」を入れると「七」を切ってリーチをかける。
(これは、まさか!?)
「くっ!」
一発ツモを狙うも外した通子が「八」を切る。
「ロンッ! リーチ一発平和表ドラ3赤ドラ1、12000点です」
(うわーっ……)
和平の心の呟き(うわーっ……)は一香の手の凄さについてのものではない。
通子も正二も直も一香が倒した手牌を見て(うわーっ……)と思ったのだ。
一香の手牌
下家から八ロン→六六六七(4)(赤5)(6)(7)(8)(9)123 ロン八
「……清水、それ……」
直が尋ねると
「「五八」待ちつまり両面待ち、しかも雀頭も数牌の「六」で、刻子は全くないから平和ですよね」
淡々と答えながら確認していく一香
「あ……、やはり気がつきませんでしたか……」
通子が笑顔とも驚きともいえない表情を浮かべる。たぶんどう反応していいか分からないのだろう。
「えーっと……、単刀直入に言えば、清水さんはフリテンをしてるんだよ」
正二が自らを落ち着かせた上で一香に伝える。
「えっ、どういうこと? わへい君」
一香が戸惑いの表情を浮かべながら和平を見る。初めて見るその表情にドキッ、としながら和平は解説を始める。
「うーん……、まず清水さんはこの二つの形でしか和了れないと思ったんだよね」
〔1〕五でロン→五六六六七 五六七の順子と雀頭六六
〔2〕八でロン→六六六七八 六七八の順子と雀頭六六
「そう、「八」の方が出たからロンをしたの」
うん、うん、と頷きながら、和平は先ほど一香が河に捨てた七を彼女の手牌まで持ってきて
「残念ながらもう一つ和了の形があるんだよね」
〔3〕七でロン→六六六七七 六六六の暗刻と雀頭七七
「この形では平和じゃない。役無しだから和了れないと思うけど、リーチをかけたらそれだけで役がつくし、かけなくてもツモればツモという役で和了れる」
「リーチかけなければロン和了はできないですけどね。ツモればその時点で和了りなんですよ」
「和了れたはずなのに「七」を自分で捨てて、「五七八」待ちにしてしまった以上、清水はロン和了りできない状態になってしまったのさ」
通子と直が解説に加わり、自分の状況を把握し始めた一香。
「え……、つまり私は和了れていたのに、それがわからずに台無しにしてしまったってこと?」
和平は頷きながら一香の手牌を変える。
「そういう事になるね
(4)でツモ→六六六七七(赤5)(6)(7)(8)(9)123 ツモ(4)
で、ツモ赤ドラ1だよ」
そこまで聞いて一香の表情が一気に緩んだ。
「うわーっ! やっちゃったー!!」
「えっ、清水さん!?」
一香の変化に驚く和平。
「……はっ、な、なんでもないわ。私初めての麻雀で、初めてのチョンボしちゃったってことでしょ」
和平の驚きを見て、なんとか表情も口調もいつものように戻そうとするも動揺が見られる。
それを見た直が優しく励ます。
「いいんだよ、最初のうちはチョンボして失敗して覚えるものだ、次は同じことしなければいいんだよ」
通子も笑顔で励ます。
「そうですよー、最初にやって七順目で和了れる形になっただけでもすごいですよー」
正二もここでいいところを見せようと
「三面待ちの平和にならない方なんて、最初のうちは誰でも見逃すって、俺なんて未だに見逃すときあるもん」
未だに見逃すはマイナスじゃないのか。と、和平と直は思ったが無視する事にする。
「清水さん、チョンボをしたけど勝負はこれで終わったわけじゃないんだから、最後までやろう!」
「そうね……、まだ東一局だもんね……」
そう言いながら一万点棒をそっと卓上に置く一香。
しかし、このチョンボが後々まで響いて、一香は四着に終わってしまう。
「くそーっ、先生がまたトップかー!」
「私は二着ですよ、先輩」
和平には悔しがる正二も喜ぶ通子も連勝当然とタバコを吸う直も目に入らない。ただ一香の背中を恐る恐る見守っている。
(初めての麻雀で和了れるはずがチョンボに終わり結果四着か……、麻雀嫌いになったらどうしよう……)
麻雀に限らず何事かを始めるに当たり、その局面で嫌な思いをしたら二度とやらなくなるのはよくあることだ。和平は一香がそうならないように何か声をかけなければと頭をフル稼働させた。
「わへい君……」
しかし無常にも答えが出る前に一香が声を出す。
「清水さん……、えっ!?」
意外にも振り向いた一香の表情は笑顔だった。
「悔しいけど、楽しい。……ここまで自分の思い通りにならないもどかしさがすごく楽しい」
初めての一香の微笑む顔に和平の胸は高まる。それでも部長として声をかけなければとなんとか心と体に冷静を呼びかける。
「今日覚えた楽しさをずっと感じませんか、清水さん」
そう言って、それだけじゃ言葉足らずだと一旦慌ててもう一度冷静を呼びかける。
「もっと勉強してさらに自分の思い通りになった楽しみを味わいましょう、清水さん」
大事なことなので和平は「清水さん」を二回言った。
「うん」
こうして清水一香が入部し、最低部員数まであと四人となった。