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どう打つの?森  作者: 工場長
東三局・いろいろと面倒が起こっています
59/95

第三話 待っていた甲斐は一応あった

 和平たちがフードパークを出てから一時間後の「セブンスラグーン」店内。

「いらっしゃいませ」

 紫色の眼鏡をかけた店員が出迎えるは緑色の眼鏡をかけた教頭。

「ありがとね」

 微笑みながら自らの手にあるお札と店員の持つメダルを交換した教頭は迷わず直がいる台に向かう。


「……今日も男子生徒の取り締まりかい?」

 視界の隅で教頭を捕らえた直は、隣に座った彼女に皮肉を言う。

「いいえ、今日は立花先生に用がありまして」

「あたしを取り締まろうってかい?」

 ボタンを押すタイミングを見計らいながら笑みを浮かべる直。

「いいえ、先日男子生徒を見つけてくれたお礼とそれに対する相談です」

 教頭は台の方へと視線を向けると、すぐさま定期的にボタンを押す作業に入る。

「捕まった野郎は退学処分か、まあ自業自得だから明美に教えたあたしには何の後悔も無いけどな」

「生徒は自業自得ですが、所属している部はとんだとばっちりですね」

「……相談ってその部に関することかい?」

 タバコを口に運ぼうとした直の手が止まる。

「ええ、一人は無所属でしたが、もう一人は『詠唱魔術研究会』に入っていました。そこの会長は立花先生の麻雀部の部員と仲がいいそうで……」

 それを聞いた直は思わず噴出した。

「おいおい、そんな理由でこっちにも処分を下そうと? 連帯責任のあった江戸時代でも対象は責任者の親族だぜ!?」

 教頭はボタンを押しながら直を見る。

「そうじゃありません。そんな理由だから、処分取り消しを願い出てもらいたいと思いまして……」

「……とりあえず、メダルは入れろ。当てる気は無くても一応プレイしているようには見せてくれ」

 そう言いながら直は教頭が持っている箱を指差す。

「ああ、失礼しました」


 メダルを半分入れて教頭は話を再開する。

「『詠唱魔術研究会』の部員から、処分を無くすよう訴えがあったんです。彼は名前だけ会に入っているだけ。そのために私たちも処分とはあんまりだと」

「確かにそれはかわいそうだな」

「そこで研究会の会長と仲のよい部員のいる麻雀部から嘆願を受けた形をとりたいな、と」

「なるほど……、明美としても処分はしたくないんだね」

「ええ、でもただ『麻雀部からのお願い』を受け入れるだけでは話が成り立ちませんよね? そこで麻雀部には一つお願いをしたいのですよ」

 直は当てるための動きを一切やめ、教頭のほうへ顔を向けると叫んだ。

「おいおい、それじゃあこっちが損をするだけじゃないか、麻雀部はボランティア団体じゃないぞ!」

 直の声にも教師は動じずにボタンを押し続ける。

「お願いと言っても、別に麻雀部に損はない……むしろ好都合とは思いますが?」


 教頭の台から当りを知らせる音が鳴るが彼女の動きは変わらない。それを目の当たりにした直の表情に驚きの色が浮かんでいく。

「『オープンキャンパス』で何をするか、まだ決まっていないんでしょ? 校長から聞きましたよ」

「あたしは生徒の自主性を重んじたいんだよ」

 顔の向きを自分の台へと戻した直は時おり教頭の台を物惜しそうに見ながらタバコを切らんばかりに強く噛む。

「だから……立花先生は、『麻雀プリティ、また出したら?』の一言を切りのいいところで出せばいいんですよ。別に部員に強制はしないのだからいいんじゃないですかね?」

 ここでやっと台に変化が起きたことに気がついた教頭。しかし彼女ができるもう一つの行動はメダルを入れるだけだ。そしてボタン押しを再開。直はタバコを灰皿に置くとため息を一つ吐く。

「悪くはないと思うんですけどねー。誰も損せずに『詠唱魔術研究会』が助かるのですから」

「……確かに、こっちの損はないのに人助けをしないのは麻雀部の名に傷が付くな」

 直の表情に悔しさが出るが、それは教頭の要求を飲んだためではない。


「それなら交渉成立ですね、立花先生。何か不思議なことが起こっているこの台は立花先生にお譲りしますわ」

 立ち去る教頭を見ながらすかさず席を移す直。

「間に合ったぁ。最初からちゃんとやれば三万円分は出る当りだぞ……。それを『不思議なこと』って……もう、あいついくら無駄にしたんだ!」

 その言葉は教頭に聞こえたのだろうか。

「パチンコ中の立花先生は話しやすいですね」

 そう微笑みながら彼女は店を後にした。



 携帯電話を確認しながら和平は夜の国道を歩く。記憶が確かならばパチンコを終えた直は必ずこの道を車で通る。

 すでに彼女にメールを送ったとはいえ、見ていない可能性もある。だから和平は直に見つけてもらおうと帰り道であろう国道を歩いているのだ。

 和平は直の家はもちろん、直が行くパチンコ屋の場所も知らない。仮に両方知っていたとしても夜にそのどちらかで待っている姿を誰かに見られた場合、とんでもない誤解をそれぞれ別の理由で招くことになる。

 葵塚市は内陸にあるために夜でも暑い。この季節は夏ということもあり、湿気が和平の肌に吸い付いてきて不快に思える。

 そんなジメジメとした肌を軽やかな音を出しながら狙うのは蚊だ。他の虫は道沿いに等間隔でつけられている街頭やネオンに集うがこいつだけは和平が放つ二酸化炭素に誘われてくる。

 蚊を手で追いやりながら和平は周囲を眺める。走っているのは国道であるが郊外であるため、右側は水田。左側には大型のスーパーや電気屋が色とりどりの電飾で水田から来る虫たちを迎えている。

 二つの建物は広い駐車場を要してはいるが、午後十時も過ぎれば店は開いているとはいえ停まっている車は僅かしかない。


 やがて、一台の白い乗用車が和平の横を通り過ぎてやがて停まった。

 同時に和平の携帯電話がメールの着信を知らせる。

『おまえの前にいる』

 内容を読んだ和平はすぐさま車へと駆け寄った。

「先生、すいません。こんな夜遅くに」

 窓が開いたのを見て和平は直に頭を下げる。

「まあ内容はメールで知ったよ。乗りな、寮まで送ってやるから。大丈夫だって、夜道に迷った生徒を見つけて送った、って言えば誰が見ても問題にはならない」

 和平の心配を先回りで塞ぎながら直はドアを開けた。柑橘系の香りの中にどこかタバコ臭さがドアから流れ出る。


「言いたいことは『詠唱魔術研究会』に対する処分のことだろ? もしそれならば森には待ってもらって悪いがすでに話はついているんだ」

 アクセルを踏んでからの直の第一声は、和平への詫びの言葉だった。

「……それは『処分はしない』に決まったってことですか?」

 和平は右肘の辺りをさすりながら答える。どうやら蚊に刺されたようだ。

「ああ、なんでも研究会の誰かが教頭に直訴したらしい。教頭自身も会を許すつもりだったようだがそれでは筋が通らないと誰か仲裁役を探していたようなんだ」

「それで、麻雀部に白羽の矢が立った……」

 直は視線を正面に向けたまま頷く。

「ああ、あそこの会長は彩と仲良しだろ? その縁でな」

 どこかで聞いたような話だ、と和平が首を傾げる。

「あたしがパチンコ屋でスロット打っていたら明美のやつ隣の台に座ってそんな話をし出すんだ。ああ、明美って教頭の名前な」

 和平の脳裏に直と教頭が並んでスロットを打っている姿が浮かんでくる。しかし教頭とは転入時――つまりあの卒業の条件を知るとき以来会っていないので、彼女の顔が思い出せない。

「そ、そうですか……。詠子ちゃんたちへの処分が無いのならば何よりです」

 教頭の顔を思い出すのを諦めた和平の脳内は彩と詠子が喜んでいる姿へと変わる。

「そうか、せっかく待ってくれたのに悪いな。でもおまえのそんな仲間思いのところは評価するよ」

「ええ、内申書に書いてくれたらこの痒みも安いものです」

 そう言いながら和平は右肘を激しく掻きだした。



 寮の前で降ろしてもらい、直の車が見えなくなるまで手を振った後で、和平は詠子に電話をかける。

『はい、森さんですか?』

「ああ、詠子ちゃん今大丈夫?」

『はい、大丈夫です。森さん本当に今日はありがとうございました』

「いや……俺は話を聞いただけで……」

 直に願い出たときにはすでに問題は解決していた。それをどう言おうか和平は苦笑したが、

『森さんが立花先生にお願いしたおかげで私たち「詠唱魔術研究会」は謹慎処分を受けずに済みました』

 と、驚くべき言葉が詠子から発せられたのだ?

「えっ!? そうなの?」

『あれ、ご存じなかったのですか? ついさっき私の会にいる女の子が教頭の家の前で直訴したそうなんです』


 詠子の話によるとその女子生徒は教頭の帰宅を家の前で待っていたらしい。

 教頭が黒の専用車から降りるのを見るや彼女は教頭に訴えた。

「退学となった生徒は入部してすぐに来なくなりました。私たちはその生徒のためを思って籍を残していましたが、彼に裏切られたのです。それなのに私たちにも処分が下るなんてあんまりです!」

 教頭は彼女の手を取ってこう言ったという。

「こんな夜遅くまで待たせて本当にごめんなさいね。実はあなたたちのことは立花先生からもお願いされていまして……。それで見直しを考えていたのですが、あなたの誠意を見て今決めました。『詠唱魔術研究会』はこの退学問題とは無関係であると明日の役員会で伝えます。私が言うのですから間違いありません」

 そして教頭は女子生徒を専用車に乗せ、運転手に寮まで送るよう伝えた。


『教頭は立花先生からもお願いされていたって言ってました。これって森さんが立花先生に私たちのことを言ってくれたからですよね?』

「あ、うん……。そうだよ」

 本当は違うのだけど詠子にどう説明していいか分からない。何より和平自身全体が見えていない。

『本当にありがとうございました。後日お礼をしたいと思いますので、楽しみにしてください』

「あ、ああ。楽しみにしているよ」

『それではお休みなさい』

 電話を切った和平はもう一度今日の出来事を思い出す。全てが理解できたわけではないが一つ気がついたことがあった。

(どこかでズレている……)

 フードパークで詠子から聞いた話、車中にて直から聞いた話、教頭に訴えた女子生徒の話、その話の中に出た教頭の話。全てが本当のことだとしたらどこかで何かがズレている。

(俺のこともそうだけど、他にもどこかで”起こっていない”が”起こったこと”になっていないか? しかしこれで穏便に解決するのならば……)

 和平はこの矛盾には触れるまいと決めた。

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