第三十話 穏便に済ませた
四郎たちの麻雀勝負に勝った翌日。
和平がいつもの定食屋で昼食を摂っていると
「わへい部長」
「部長さん」
三菜と彩が和平の向かいに座った。
「やあ、『みなあや』」
和平が二人に笑顔で返すと
「わへい部長、この度は私のためにありがとうございました」
三菜が礼儀正しく頭を下げる。
昨日部室にて一連の流れを聞いた三菜は最初は怒りに震えていたが理由を聞くうちにその怒りが苦悩へと変わっていった。
「すいません、気持ちの整理をしたいので、今日はもう帰っていいですか?」
と、部室を後にした三菜。
今日彼女の顔を見る限り整理はついたようだ。
「朝の始業前に優子に会って話をしました。彼女は何度も何度も謝って、こっちが申し訳なくなるくらいに。でも……彼女だから私に対してそう思っていた事も納得しました」
(やはり昔からの知り合いならば気持ちは伝わるか……)
「四郎のことも何とかなりそう?」
和平が尋ねると三菜は一瞬黙ったが
「彼女のためにやったことならば……。まああんな無礼な態度を二度と取らないのが最低条件ですが」
麻雀に負けた後、時おり見せた神妙な態度を察するにおそらくそういう態度は取らないだろうと和平は考える。これ以上の無礼で一番傷つくのは彼をあの行いに走らせた優子なのだから。
「そうか、ありがとう」
「あ、いえ……こちらこそ」
三菜が戸惑いながら手を振る。
「そういえば、ついさっき学園のホームページに麻雀部の紹介動画が上がってましたけど……」
彩がスマートフォンを二人に見せる。
葵塚学園の公式ホームページには所属する部活動全てに個々のコーナーを与えている。その範囲内ならば宣伝・勧誘目的で更新は自由である。これまで直が作成した簡単な麻雀の説明と、部員の紹介のみであったが、紹介動画がアップされることとなった。
「ああ、凛がその辺り詳しいんで編集してもらったんだ。彩、押してもいい?」
「あ、はい。どうぞ」
彩の許可を得て和平は動画再生ボタンを押す。
『麻雀の力で悪を倒し正義を守る! その名は「麻雀プリティ!!」』
突然画面に現れた正義のヒロインに目を大きくさせる三菜と彩。
「部長さん、この方ひょっとして……」
「清水先輩ですよね? わへい部長」
「見たまんまだけど……」
画面の一香は別に顔をマスクで覆っているわけでも、とある美少女戦士のティアラをつけているわけでもない。
着ているのも学園のセーラー服だ。ただし「リーチー棒」は持っているが。
『今日は保健室で生徒に腹痛を起こさせている悪い細菌をやっつけに来たわ!!』
麻雀プリティこと一香が指差す先には「大腸菌」と書かれた紙を額に貼った全身タイツ姿の生徒が二人。
『お腹いたーい』
『お腹痛くて授業ができなーい』
「……男女それぞれひとりずつなんですね、部長さん。芸が細かいことで」
「ああ、たまたま保健室にいた生徒にお願いしたんだ。撮影は保健室の先生が面白そうだからって協力してくれたよ」
彼女は直と仲良しなので、話を聞いて笑いながら撮影を申し出たそうだ。
「……この女性の方の声、聞いたことが……」
三菜が声の主を思い出そうとすると
「それは後にして動画に集中しようか」
と、和平は画面を三菜に近づける。
実はこの大腸菌こそ四郎と優子であり、動画の撮影に参加させるのが直の「落とし前」なのだ。
和平が理由を尋ねると、直は当然のように
「麻雀部を侮辱したんだから、いい方に宣伝させるのが償いってものだろ?」
動画はまだ続く。
『そんな大腸菌を私は麻雀の力で倒すわ! 喰らいなさい、「七対子ビーム!」』
一香の出す「リーチー棒」から大きく「七」が飛び出て大腸菌にぶつかる。これは当然実際に出ているものではなく、凛が編集時に加えている表現だ。
『ぎゃあー』
『やられたわ!』
棒読みの台詞を吐きながら退場する大腸菌二人、もとい四郎と優子。
『これで二人とも腹痛が治ってめでたしね! 麻雀は勝つ! 「麻雀プリティ」と麻雀部をよろしくね!!』
一香の精一杯の笑顔で動画は終わりを告げた。
「……これで部員が増えたらすごいですね、わへい部長」
「ほんと、増えたら私たちが先輩だから、麻雀を頑張らないとね、三菜ちゃん」
「よーし、麻雀でも一番になるぞー!」
気合を入れる三菜に陸上部への未練はないようだ。
(これでめでたしか)
四郎たちの腹痛は直と保健室の先生がつじつまを合わせることで事実となり、事情を聞いた陸上部の顧問も不問ということにした。
三菜を陸上部へと戻そうとする騒動は、穏便な形で決着を見たのである。
葵塚学園校長室――
「校長、お帰りなさい」
緑色の眼鏡をかけた教頭が迎えると、校長は椅子に脱いだ上着を思い切り被せて叫ぶ。
「明美ちゃん、いつもの!」
「はい、畏まりました」
そう笑顔で答えて教頭は戸棚から小さなテーブルクロスと、何かが入った木製の箱を二つ取り出す。
テーブルクロスを床に敷いて箱を置く。続いて彼女は紙コップを持ってポットからお湯を注ぐ。
ここで箱の中に入っているものを出す。一つ目の箱からは黒い小さくて分厚い茶碗。もう一つからは茶道で見られる道具が一式。
教頭は正座をして抹茶を入れて紙コップのお湯を入れる。そして一気に茶筅でかき混ぜた。
その素早い動作を見てにこやかな表情になる校長。対して教頭の茶碗を見る眼差しは真剣だ。
こうして見事に泡立った抹茶ができたわけだが、まだ完成ではない。
続けて教頭は冷蔵庫から冷やされたコップを取り出し、同じくそこに入っていた牛乳を注ぐ。
その上に先ほど作った抹茶を乗せるように入れてストローを入れて
「はい、いつもの『抹茶ミルク』です。かき混ぜるかどうかはご自由に」
と、校長の前にそっと置いた。
「うーん、この後『ウオッカ』でも入れてくれたら最高なんだけど……」
「まだお仕事中ですからノンアルコールで」
しょうがないわね、と校長は一口飲んで一息吐く。
「理事長がね……、『学園公認でうちの大学に麻雀部を作るのなら、もっとインパクトのある宣伝して』とか訳の分からないことを言い出したのよ」
校長が荒れた原因は大学に麻雀部を作る話をした際に返ってきた理事長の意見だった。
「ああ……、学生個人が作るのならともかく、学校側が設立を後押しするのならば大学側もそれなりの理由とか成功の見込みが欲しいってことですかね」
「麻雀って聞くと尻込みしそうな人たちがいるでしょ? だから作るのもこっちが面倒見るならば入りやすいのかな、って思ったけど……こうも面倒なことになるとはね……。『インパクトのある何か』って何よ! 女の子が負けたら服を脱げと!?」
「理事長はオジサンですからもしかして麻雀にそういうイメージを……」
教頭が苦笑すると
「全くあのオッサン麻雀分かっているのかしら?」
「あれ、校長は麻雀分かっているのですか?」
教頭が眼鏡越しに上目遣いで尋ねると。
「い、いや……よく知らないわよ。ただ私は麻雀に熱心な生徒たちの後押しを校長としてしたいだけよ」
「そういうことにしておきます」
そう微笑みながら教頭は「抹茶ミルク」を作った道具を片付けようとしたが
「あ、そう言えば麻雀部がこんな動画を上げてました。これってかなりインパクトありますよね?」
と、パソコンを開いた。
「……『麻雀プリティ』か……。麻雀部も面白いこと考えるわね」
「動画がアップされてから一時間は、葵塚学園ホームページのトップに『新着更新』として表示されます。その間の閲覧数は約五百。我が学園の約三分の一がこれを見た事になります。麻雀が分からない人でもこの動画は好評なのでしょう」
校長は動画をまた再生させると
「この『麻雀プリティ』が大学に来たら、さらにいいのにね」
「その点ですが……」
教頭は昨日杏子に渡した進路希望調査票を机の上に置いた。
「早いね、もう書いたの?」
と、教頭を見る校長の目はそんなに驚いてはいない。
「ええ、三人ともその場で書いてその場で立花先生に渡したようです」
「その様子だと……」
そう言いながら校長は三人の調査票を見る。
「この『麻雀プリティ』は清水さんだっけ? やっぱり進路は『文教大学』のままか……」
ため息をつきながら調査票を机に戻す校長。
「こればかりは本人の希望ですからしょうがないでしょう」
「それもそうなんだけどさ……」
と、言いながら校長は再び画面の中にいる「麻雀プリティ」こと一香に目を向ける。
「なんか……もったいないわね」




