第二十八話 早ければいいとは限らないな
「せ、先生っ。穏便に済ませるんじゃないんですか!?」
四郎たちに麻雀をさせる直の真意を和平は図りかねている。
「穏便だよ。あの二人は授業をサボって人の部室に勝手に入ったんだ。こっちは教師としても麻雀部としても正当防衛だぞ」
直はさらに声を落として
「それにな、こっちがいくら穏便にしたくても、くっ付きたがる火の粉は徹底的に消すのがあたしの主義だ」
直は一香の方を向いて叫ぶ。
「清水、お前が森と打て!」
「えっ、私ですか?」
一香は自分が打つことになるとは思っていなかったようだ。自分を指差し驚いている。
「学園生同士でちょうどいいだろ、清水なら十分やっていける」
直に信頼されていると知った一香は表情を引き締め
「分かりました。わへい君、頑張ろう」
と、和平の肩を軽く叩く。
「お、俺が……お前らを倒してやる!」
吃りながらも四郎は精一杯の強がりを見せる。
「四郎君のために私も負けない!」
隣の優子も気合いが入る。
無理矢理四郎に連れてこられたと思っていた和平にとって彼女の発言は意外だった。
(四郎のためと言ったけどこの子は……)
勝負前に余計な詮索はしない方がいいと、和平は思考を中断させる
東家・一香
南家・優子
西家・和平
北家・四郎
コンビ対決なので、味方は隣同士ではなく対面にさせる。
「普段は東風戦なんだか、コンビ戦だし東南戦にしようか」
東風戦が親番一回ずつに対して東南戦は親番が二回来る。つまりかかる時間は二倍になる。
(先生、こいつらを早く帰す気無いな……)
最後までやったら授業が終わり、この棟は生徒や先生たちで溢れる。四郎らがウソをついてサボっていたことを隠し通すのは難しい。
「先生、でもトビ終了は有りですよね?」
「ああ、清水の言う通り誰かがトンだらその時点での持ち点で決まりだな」
「トンだら早く帰れるそうよ」
一香が四郎に対して激しい挑発の目を向ける。
考えてみれば、負けても三菜が陸上部に入ることはないが麻雀部にとっては負けられない戦いだ。
四郎のことだから麻雀部に麻雀で勝ったと吹聴するに違いない。きっと「授業中になぜそこにいたか」と疑問を持たれることなど考えまい。
そうなっては麻雀部の評判は落ち、大学に麻雀部をと言う話も白紙になる。
そして更に……。
(いかんいかん、勝負に集中だ)
「それじゃあ東南戦無制限一本勝負初め!」
直の合図に一香がサイコロを振る。
東一局 親・一香 ドラ一
最初に動いたのは四郎だった。
「よっしゃあ!これでリーチだあっ!」
八順目で威勢よく「八」を横に曲げる。
「とりあえず最初は様子見……」
相手がどんな麻雀をするか分からない状況なので一香は無難に四郎の現物である「(2)」を切った。
「……」
次にツモるはずの優子が「(2)」を見て固まっている。
「……どうしたの?」
一香が心配そうに声をかけると、ハッと顔を上げた優子は再び視線を戻すと
「ロ、ロンです……」
と牌を倒した。
「!!」
(何っ!)
優子のロンに和平と一香は驚く。
突っ込む四郎に注意を引き付けておいて優子が和了る。
(これが作戦だったら俺たちは二人を甘く見過ぎていた……?)
和平の悔いは優子の牌を見て疑問に変わる。
上(2)ロン→二三四六六六(3488)777 (2)ロン
「タ、タンヤオだけだと思うのですが……何点でしょう?」
泣きそうな顔で一香と和平を交互に見る和平。
「せ……、1300点です」
一香が戸惑いながら答える。
「あ、じゃあお願いします」
「はい、じゃあちょうどで、あと対面の方のリーチ棒もあなたのものです」
一香は自分の点棒を優子の目の前に置いた後で、四郎の1000点も置く。
「コンビ戦だからこの1000点は四郎君に……」
「それはダメだ。場に出た全ての点棒は和了った者が全てもらう決まりだ」
直が厳しく優子の希望を遮る。
ふと和平は千点棒を取られた四郎に目をやった。
今にも体外から噴出しそうな憤りを抑える表情。四郎にとっても優子の和了りは予想外だったわけだ。
(自分が和了れないから悔しがっているな)
優子は四郎のためにと和了ったかもしれないが、その意図は彼には伝わっていない。仮に伝わったとしてもリーチをかけた仲間の和了りを早い段階で邪魔をするのは作戦としては稚拙と言える。
(この勝負勝てるな……)
そのことが知れただけでも一香の1300点マイナスは、和平たちにとって既にプラスに転じている。
東二局 親・優子 ドラ6
今度は和平に手が入った。
七順目でテンパイした直後に優子から和了り牌の「(7)」が出るが和平は無視をする。
次に和平のツモ番。持って来た牌を入れて代わりに「(5)」を切る。
「よーし、今度こそ俺の番だ!リーチ!!」
四郎は和平のもう一つの和了り牌、「(4)」を横に曲げる。
先ほどと違い和平はこれを見逃さない。
「ロン!」
下(4)ロン→一二三(123赤56789)66 ロン(4)
「平和・一通・表ドラ2・赤ドラ1。12000点!」
「そ……、それはわざと彼女を見逃して俺を狙ったのか!?」
四郎はたまらずに立ち上がる。
「いや、偶然だよ。たった今テンパイしたんだ」
「……、くそっ!」
四郎は腹立たしげに叫びながら点棒を支払う。和平はそれをもらいながら心で叫ぶ。
(誰があの状況で「(7)」 ロンできるか!)
仮に優子の「(7)」 でロンした場合、和平は3900点しかもらえない。
上(7)ロン→一二三(12356789)66 ロン(7)
平和・表ドラ2 3900点
和平がテンパイしたときに切った「(5)」と引き換えに手に入れたのは、「赤(5)」だったのだ。
しかもその直後に高目である「(4)」を切ってリーチを宣言されては見逃す理由は何一つ無い。
(まあ、「(7)」でもロンだけどね)
なぜなら「(4)」の12000点に劣るとはいえ、優子からロンするよりは二倍の点数が手に入るからだ。
下(7)ロン→一二三(123赤56789)66 ロン(7)
平和・赤ドラ1・表ドラ2 8000点
東二局終了した時点で、四郎の点数は12000点と半分以下になっていた。
東三局 親・和平 ドラ5
四郎は懲りずに九順目「五」でリーチをかける。
(和了れないとはいえ動きは早いな……)
しかしこれだけリーチをかけても実らない。和平にとって四郎はすでに恐れるに足らない存在だ。
一香は現物の「赤五」を河に置く。
瞬間、優子の動きが止まった。しかし一香に気づかれる前に牌をツモ。
(さては、彼女はすでにテンパイしていて「五」が和了り牌だな? 四郎からは和了れないし、自分がツモる前だから清水さんの「赤五」で和了ったらチョンボだ)
どうも四郎よりも優子のほうが麻雀に向いているらしい。
(なんだったら誘ってみるか……。いや、さらに陸上部と事を構える火種となってしまうな)
そう思いながら和平は「北」を捨てる。
「なんでツモれないんだああぁぁぁつ!!」
四郎は悔しそうに「(赤5)」牌を置く。
「ロンっ」
一香が「(赤5)」を目に留めるやすぐに牌を倒した。
上「(赤5)」ロン→ 三四五(34567)34577 ロン(赤5)
「タンヤオ・平和・三色・表ドラ1・赤ドラ1、12000点です」
「お、俺はもう支払えない……!」 なぜなら四郎はリーチをかけたことにより残り点数が12000点を下回っていたのある。
結果
一位 和平・37000
二位 一香・36700
三位 優子・27300
四位 四郎・-1000(トビ)
和平&一香・73700
四郎&優子・26300
「……あたしら麻雀部の勝ちだな」
勝って当然なので直の声には喜びの色はない。
「くっ……、約束通りもう色部三菜に陸上部に戻れとは言わない……」
四郎は素直に負けを認めた。怒鳴られ麻雀をさせられすぐにすぐにトビ終了ではさすがに抵抗する気もうせたのであろう。
「私たちの負けですね、教室へ戻って全てを謝罪します。ただこれだけは言わせて下さい。」
優子が涙声で直を見る。
「四郎君がこんなことをしたのは私の責任です」




